旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

文字の大きさ
4 / 70
神話時代:竜の都アルセリア・王と涙

【竜の都アルセリア・王と涙】 第一話:「王の選択」

しおりを挟む
 深い静寂が、王の間を満たしていた。

 夜明け前の竜の都アルセリア王宮。大理石の床にはまだ闇が薄く残り、冷たい空気が肌に触れる。私はその中で目を覚ました。

――この身体は、アルセリアの王。

 私は今、その『器』の内側から世界を観察している。

 重い王衣の感触、指先に冷たく触れる金の指輪。まぶたの裏に残る眠気と、身体に宿る微かな違和感。それらすべてが『人の王としての現実』を一気に流し込んでくる。

 外では、朝の祈りを告げる鐘が、静かな空気を震わせていた。

 竜の都アルセリア――

 二匹の竜と人が共に歩むことを選び、長い歳月をかけて築かれた都市。祈りと誇り、畏れと祝祭。そのすべてが、この王の血脈と共にある。

 ただ、観察者としての私は知っている。

 人々が『竜』と呼ぶ存在は、記録や伝承の中では『ドラゴン』とも呼ばれてきた。祈る者と見守る者――その距離や祈りの形が、名前の揺らぎとなって表れているのだ。

 今、この都には祝祭の余韻とは別に、かすかな不安の影が漂っていた。

 私は王の足で廊下を歩く。

 控えの間には近衛兵たちが整列していた。私が姿を見せると、全員が深く礼を取る。その動きの奥に、忠誠だけではない『畏れ』が微かに揺れていた。

「おはようございます、陛下」

 近衛隊長が挨拶を寄せる。夜の疲れをわずかに残した顔。しかし、瞳の奥には『王』という存在に向けられる静かな緊張が宿っていた。

「おはよう。昨夜はよく眠れたか?」

「はっ。王宮も私も、問題なく」

 形式的な言葉のやり取り。けれど、その隙間に流れる気配から、都そのものが『何か』を恐れ、同時に『何か』を待っているのが伝わってくる。

 玉座の間に入ると、窓の向こうに薄青い空がわずかに色づき始めていた。

 王座に座ると、王としての重責と、この身体に染みついた記憶が胸の奥で絡み合う。

――王とは孤独だ。

 命じる者でもあると同時に、すべての祈りと恐れを背負う者。

 私は、その重さを確かに感じていた。

◇◇◇

 やがて朝食の席へ。

 銀器の並ぶ静かな食卓。家族と呼ばれる者たちとの会話は柔らかいが、その裏側には王族ならではの期待と不安が透けて見える。

「父上、今朝は空がとても綺麗です」

 末の王女が微笑む。無垢な笑顔の中に、この都への祈りが宿っていた。

「ああ。今日も都に祝福があるといいな」

 王としての声と、観察者としての感覚が胸の中で交差する。

 食後、私は庭へ出る。

 朝の空気は澄み、祈りの声が遠くから聞こえる。

 だが、竜の社――リュミエルとノクスグレアが祀られた聖域――へ近づくほど、空気の密度が変わっていく。

 人々が膝をつき、静かに祈りの言葉を紡ぐ。

「竜の加護を……」

「王よ、どうか都を……」

 その声音には、祝祭よりも不安の色が濃い。

 竜は守護であり、畏怖であり、均衡の象徴でもある。

 その均衡が揺らぎ始めているのだ。

◇◇◇

 竜の社の大扉の前に立つ。

 ここには、都中の祈りと怯えが堆積している。

 精霊の気配が薄い膜のように場を覆い、境界を守っていた。

 私は扉に手をかけ、静かに押し開いた。

 途端に、壮大な静寂が押し寄せる。

――リュミエル

――ノクスグレア

 白金の光と漆黒の影。

 ただその場にいるだけで世界を支配する『圧』があった。

「王よ。この都の朝は静かであろうか」

 リュミエルの声は、低く澄んでいて、広間の空気を震わせる。

「はい。皆の祈りのもと、平穏です」

 ノクスグレアが黒い翼を揺らし、静かに問いを投げかける。

「お前は竜を畏れ、民の祈りに縋るのか」

「……この都のすべてを受け入れたい。祈りも畏れも、祝福も。私は強くはない。だからこそ、迷いながらも歩いていく」

 竜たちは黙り込む。その沈黙に、都の祈りと不安が溶け込んでいた。

「王よ。盟約とは祈りの結晶であり、畏れの証でもある。それを忘れぬことだ」

 リュミエルの声は厳しくも温かい。

 私は息を整え、応じる。

「リュミエル、ノクスグレア。私は――いや、王家は、この都の均衡と祈りを守り続ける」

 二匹の竜がわずかに目を細めた。

「では、問いを与えよう」

「竜と人。お前はどちらを選ぶ?」

 私は答えられなかった。

「その迷いこそが、均衡を揺るがす」

 そう、リュミエルが静かに告げた。

◇◇◇

 社を出ると、朝の光が都に降り注いでいた。

 王宮へ戻る道で、民がひそやかに頭を垂れ、祈りの声を紡ぐ。

 都は今、祈りと畏れ、均衡の狭間にある。

 だが、その静けさの下には確かな波がある。

――選択の時は遠くない。

 空には白い雲が流れ、祈りの鐘が、新しい一日を告げていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...