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神話時代:竜の都アルセリア・王と涙
【竜の都アルセリア・王と涙】 第二話:「盟約の誓い」
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朝の光が、竜の都アルセリアにゆっくりと差し込み始めていた。
広場の上には淡い霧が薄くたなびき、その奥に潜む静かな高揚だけが、今日という日の特別さを物語っている。
――竜と人が再び盟約を結び直す、聖なる儀式。
私は王として、そしてその奥に潜むアノンとして、玉座の間の静けさに身を置いていた。
白い祭衣をまといながら身支度を整えるたび、肩に触れる外套の重さや王冠の冷たさが、責務の輪郭をより鮮明にしていく。
外では、朝を告げる鐘の音がゆっくりと広がっていった。
王族たちも同じように祭衣に身を包み、控えめな足音が石畳に淡く響く。誰もが今日の儀式を胸に刻んでいた。
大扉が開き、外気がすっと流れ込む。
瞬間、広場に集う民たちの祈りが、波のように押し寄せてきた。
皆が視線を向ける先――竜の社の塔。
その頂で、白金と漆黒の光が静かに揺らぎ、まるで都全体を見守るかのように蠢いている。
『畏怖の象徴』リュミエルとノクスグレア。
竜と人が歩みを共にすることを選んだ、あの初めの盟約。
その記憶は王の血にも民の祈りにも、石造りの道にも、深く息づいている。
――互いを赦し、共に生きるという約束。
王族たちが静かに後ろへつく。幼い王女も、厳格な王妃も、この日ばかりは同じ祈りを胸に抱いていた。
民衆の視線が一斉に王へと注がれる。
その熱に押されるように胸がざわついたが、私は深く息を吸って歩みを進めた。
広場中央の祭壇の前には、すでに二匹の竜が威容をたたえて佇んでいる。
沈黙のなか、子どもたちでさえ息をのんだまま動かない。
祝詞役、大臣、近衛たちが円陣をなし、儀式は静かに始まろうとしていた。
――この儀式は、千年を超えて続いてきた。
私の胸に宿る王の記憶が、淡く揺らめく。
都は時代ごとに赦しの形を変え、それでも祈りを重ねてきた。
祭壇に立ち、天を仰ぐ。
白金の鱗が朝日に照らされ、リュミエルの姿はどこまでも神聖だった。
ノクスグレアが黒い翼をわずかに動かすだけで、空気の重みがほんの少し変わる。
そして――リュミエルが告げた。
「今日、この都に新たな誓いを刻む。その心は、変わらぬ祈りか。それとも……」
柔らかく響く声に、私は静かに頷く。
――祈りとは、何なのだろう。
王は、民の祈りを代表して竜へ語りかける。
「我らは恐れと赦しを携え、この都に新たな誓いを捧げます。竜の加護とともに未来へ歩むことを――ここに、心より願う」
ノクスグレアが低く鳴いた。
「赦しとは、忘れることにあらず。祈りの灯が絶えた時、盟約は試される。王よ、そなたはそれを知るか」
真意を問う声に、私はゆっくりと答える。
「赦しとは、記憶を消すことではありません。痛みも過ちも抱えながら、それでも進む力を得ること……私はそう信じています」
風が少しだけ動いた。
精霊たちが祭壇の周囲に淡く気配を広げ、祈りの歌がどこかの民から零れ落ちるように生まれる。
――初めての盟約も、こんな風だったのだろうか。
王は剣を抜き、ゆっくりと掲げた。
朝日を受けた刃は光の矢となって天を貫く。
「リュミエル、ノクスグレア。我が名と、この命にかけて誓います。都の平和と均衡、竜との絆を未来へ受け継ぐことを」
二匹の竜の影が広場を覆う。
祝詞役たちの声が風に乗り、民たちの祈りと溶け合っていく。
祈りの輪は大きなうねりへ――
その熱が背中にそっと触れ、支えてくれるようだった。
リュミエルが翼を広げる。白金の光が淡い帳となって降り注ぎ、祭壇を包む。
ノクスグレアの漆黒の影も大地へ伸び、二匹が並び立つだけで都全体が静かに息を変えた。
私は一歩進み、剣を祭壇へ捧げた。
刃が陽光を受けて輝き、王の誓いと都の未来を象徴する。
祝詞役のひとりが前へ進み、両手をかざす。
「古き契り、いま新たに。竜と人と王、三つの祈りを結び合わせ、未来に誓いを捧げん」
澄んだ声が空へ昇り、民たちの視線がその言葉に静かに重なる。
リュミエルは頭を垂れた。
畏怖の象徴でありながら、それは深い信頼の仕草でもあった。
ノクスグレアも目を閉じ、闇の内側に光を抱えるような静寂を漂わせる。
王は膝をつき、竜たちへ誓う。
「この都と人々、そして竜が共に歩む未来を――私は心より願い、ここに新たな盟約を誓う」
その瞬間、精霊たちの気配が祭壇を包んだ。
光と闇、祈りがひとつに重なり、広場が柔らかく満たされていく。
祈りの歌が広がり、老いた者も、幼い者も、静かにその瞬間を受け止めていた。
私は目を閉じた。
王の意識とアノンの視点が重なり、祈りの意味が胸の奥で形を変える。
――盟約とは、ただ過去を赦すだけのものではない。
今を生き、これからを選ぶための約束だ。
リュミエルが告げる。
「王よ。祈りの誓いは光となろう。だが闇も訪れる。その時、再び問おう。何を守り、何を赦すのか」
続いてノクスグレアも静かに告げる。
「赦しは終わりではない。それは始まり。影が蠢く時、そなたの決断が都の未来を分かつ」
私は二匹の竜の眼差しを真正面から受け止めた。
民の祈り、王家の覚悟、祝詞役の声――すべてがひとつの絆へ変わる。
祭壇の周囲に歓声があふれ、涙が光り、祝祭の輪が広がっていく。
祈りの鐘が高く響き、太陽が雲を割って顔をのぞかせた。
その光とともに、私は静かに誓う。
「この都を、すべての祈りと涙を、私は守り続ける」
――けれど胸の奥に、言葉にならない影がそっと滲んでいた。
都は祝祭とともに新たな朝を迎えようとしている。
その静けさの奥で、確かに何かが息を潜めていた。
広場の上には淡い霧が薄くたなびき、その奥に潜む静かな高揚だけが、今日という日の特別さを物語っている。
――竜と人が再び盟約を結び直す、聖なる儀式。
私は王として、そしてその奥に潜むアノンとして、玉座の間の静けさに身を置いていた。
白い祭衣をまといながら身支度を整えるたび、肩に触れる外套の重さや王冠の冷たさが、責務の輪郭をより鮮明にしていく。
外では、朝を告げる鐘の音がゆっくりと広がっていった。
王族たちも同じように祭衣に身を包み、控えめな足音が石畳に淡く響く。誰もが今日の儀式を胸に刻んでいた。
大扉が開き、外気がすっと流れ込む。
瞬間、広場に集う民たちの祈りが、波のように押し寄せてきた。
皆が視線を向ける先――竜の社の塔。
その頂で、白金と漆黒の光が静かに揺らぎ、まるで都全体を見守るかのように蠢いている。
『畏怖の象徴』リュミエルとノクスグレア。
竜と人が歩みを共にすることを選んだ、あの初めの盟約。
その記憶は王の血にも民の祈りにも、石造りの道にも、深く息づいている。
――互いを赦し、共に生きるという約束。
王族たちが静かに後ろへつく。幼い王女も、厳格な王妃も、この日ばかりは同じ祈りを胸に抱いていた。
民衆の視線が一斉に王へと注がれる。
その熱に押されるように胸がざわついたが、私は深く息を吸って歩みを進めた。
広場中央の祭壇の前には、すでに二匹の竜が威容をたたえて佇んでいる。
沈黙のなか、子どもたちでさえ息をのんだまま動かない。
祝詞役、大臣、近衛たちが円陣をなし、儀式は静かに始まろうとしていた。
――この儀式は、千年を超えて続いてきた。
私の胸に宿る王の記憶が、淡く揺らめく。
都は時代ごとに赦しの形を変え、それでも祈りを重ねてきた。
祭壇に立ち、天を仰ぐ。
白金の鱗が朝日に照らされ、リュミエルの姿はどこまでも神聖だった。
ノクスグレアが黒い翼をわずかに動かすだけで、空気の重みがほんの少し変わる。
そして――リュミエルが告げた。
「今日、この都に新たな誓いを刻む。その心は、変わらぬ祈りか。それとも……」
柔らかく響く声に、私は静かに頷く。
――祈りとは、何なのだろう。
王は、民の祈りを代表して竜へ語りかける。
「我らは恐れと赦しを携え、この都に新たな誓いを捧げます。竜の加護とともに未来へ歩むことを――ここに、心より願う」
ノクスグレアが低く鳴いた。
「赦しとは、忘れることにあらず。祈りの灯が絶えた時、盟約は試される。王よ、そなたはそれを知るか」
真意を問う声に、私はゆっくりと答える。
「赦しとは、記憶を消すことではありません。痛みも過ちも抱えながら、それでも進む力を得ること……私はそう信じています」
風が少しだけ動いた。
精霊たちが祭壇の周囲に淡く気配を広げ、祈りの歌がどこかの民から零れ落ちるように生まれる。
――初めての盟約も、こんな風だったのだろうか。
王は剣を抜き、ゆっくりと掲げた。
朝日を受けた刃は光の矢となって天を貫く。
「リュミエル、ノクスグレア。我が名と、この命にかけて誓います。都の平和と均衡、竜との絆を未来へ受け継ぐことを」
二匹の竜の影が広場を覆う。
祝詞役たちの声が風に乗り、民たちの祈りと溶け合っていく。
祈りの輪は大きなうねりへ――
その熱が背中にそっと触れ、支えてくれるようだった。
リュミエルが翼を広げる。白金の光が淡い帳となって降り注ぎ、祭壇を包む。
ノクスグレアの漆黒の影も大地へ伸び、二匹が並び立つだけで都全体が静かに息を変えた。
私は一歩進み、剣を祭壇へ捧げた。
刃が陽光を受けて輝き、王の誓いと都の未来を象徴する。
祝詞役のひとりが前へ進み、両手をかざす。
「古き契り、いま新たに。竜と人と王、三つの祈りを結び合わせ、未来に誓いを捧げん」
澄んだ声が空へ昇り、民たちの視線がその言葉に静かに重なる。
リュミエルは頭を垂れた。
畏怖の象徴でありながら、それは深い信頼の仕草でもあった。
ノクスグレアも目を閉じ、闇の内側に光を抱えるような静寂を漂わせる。
王は膝をつき、竜たちへ誓う。
「この都と人々、そして竜が共に歩む未来を――私は心より願い、ここに新たな盟約を誓う」
その瞬間、精霊たちの気配が祭壇を包んだ。
光と闇、祈りがひとつに重なり、広場が柔らかく満たされていく。
祈りの歌が広がり、老いた者も、幼い者も、静かにその瞬間を受け止めていた。
私は目を閉じた。
王の意識とアノンの視点が重なり、祈りの意味が胸の奥で形を変える。
――盟約とは、ただ過去を赦すだけのものではない。
今を生き、これからを選ぶための約束だ。
リュミエルが告げる。
「王よ。祈りの誓いは光となろう。だが闇も訪れる。その時、再び問おう。何を守り、何を赦すのか」
続いてノクスグレアも静かに告げる。
「赦しは終わりではない。それは始まり。影が蠢く時、そなたの決断が都の未来を分かつ」
私は二匹の竜の眼差しを真正面から受け止めた。
民の祈り、王家の覚悟、祝詞役の声――すべてがひとつの絆へ変わる。
祭壇の周囲に歓声があふれ、涙が光り、祝祭の輪が広がっていく。
祈りの鐘が高く響き、太陽が雲を割って顔をのぞかせた。
その光とともに、私は静かに誓う。
「この都を、すべての祈りと涙を、私は守り続ける」
――けれど胸の奥に、言葉にならない影がそっと滲んでいた。
都は祝祭とともに新たな朝を迎えようとしている。
その静けさの奥で、確かに何かが息を潜めていた。
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