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神話時代:竜の都アルセリア・王と涙
【竜の都アルセリア・王と涙】 エピローグ:「観察者の問い」
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命の泉が、春の光を受けて静かに揺れていた。
十度の春と十度の雪が巡った朝――王は、その生涯に幕を下ろした。
季節の移ろいを見届け続けた王は、その朝、泉のほとりの小さな庵(いおり)で、まるで眠るように息を引き取った。
元祝詞役の老人と、かつての近衛隊長がそばで灯を守り、風に乗った花々が庵を優しく包み込む。
胸の鼓動が途絶えた瞬間――
泉は淡い光を放ち、音もなく祈りを空へと昇らせた。
王は、決して孤独ではなかった。
祈りと共に眠り、命は泉へ還る。
その光景を見守りながら、私はゆっくりと意識を開いた。
重さのない感覚の中で、耳に残るのは風の音だけだった。
肉体を離れた私の意識は、まだ泉のそばにとどまっている。
春の風が庵の戸を揺らし、花弁がひとひら、私の前を横切った。
――まるで、王の旅立ちを告げる別れの印。
「……終わったんだね」
静かに言葉が漏れた。
観察者としての私――アノンは、ひとつの長い観察を終えたのだ。
光がほどけ、私の意識は世界の上層へ静かに還っていく。
◇◇◇
目を開くと、そこは光と闇が交わる領域――
オリジア世界の外縁、創造主の使いたちが待つ場所だった。
「お戻りになられましたか、アノン様」
創造主の使い、エリウスが穏やかな声で迎える。
「エリウス。……彼の祈りは、命の泉として残ったよ」
「はい。泉の光は、確かにこの世界にも届いています」
エリウスはゆっくりと目を細め、言葉を続ける。
「ですが同時に、世界の『根』が軋み始めています。竜の加護を失った大地が、均衡を保てずにいるのです」
私は静かに頷いた。
「わかっている。命の泉の力は純粋すぎた。癒やしであると同時に、世界の流れそのものを変える力だから」
淡い光が空間を満たし、風の気配が通り抜ける。
光の大精霊ルミナが姿を現し、柔らかな翼を広げて光の粒を散らした。
「アノン様、光は確かに増しています。けれど……同じだけ影も深くなっています。この均衡は、いずれ『再生』を呼ぶのかもしれません」
「再生と崩壊は、いつもとなり合わせだよ」
私は静かに応える。
「それでも。祈りが続く限り、命は形を変えて生き延びるはずです」
その言葉に応えるように、闇の大精霊ノクスが影をまとって姿を現した。
「アノン様。あなたも感じているはずだ。命の泉が大地の『根』を満たすたび、地脈が震えている。この揺らぎが続けば……世界は形を保てまい」
「……そうだね」
私はゆっくりと目を閉じ、世界の底へ意識を沈める。
遠い地の奥から、かすかな振動が伝わってきた。
命の泉の光が地脈へ流れ込み、世界のあらゆる場所へと広がっていく。
癒やしであると同時に、大地を押し広げるほどの強い力を帯びて。
「見えるかい、エリウス」
私は静かに言った。
「大地の下で、光と闇が交錯している。竜たちの力が消えたことで、世界を束ねてきた『根』がばらけ始めているんだ」
エリウスの表情が揺れた。
「これが……『分断』の始まりなのですね」
私は深く頷く。
「オルザナ大陸は、新しい姿を求めている。泉の光が流れるたび、大地は――変わろうとしている」
火の大精霊ラギアが赤い閃光を散らし、低く唸るように言葉を放った。
「それで……世界は再生するのか? それとも崩れるのか?」
「どちらでもあり、どちらでもないよ」
私はかすかに微笑む。
「世界は死なない。ただ、形を変えるだけだ」
土の大精霊グランが重くうなずく。
「確かに、根は断たれつつある……だが大地そのものは、生きている」
ノクスは静かに影を揺らし、低く囁いた。
「光が強くなれば、闇もまた生まれる。竜なき世界は、あらたな均衡を探さねばならぬ」
私は視線を上げた。
そこには、揺らぐオリジア世界の姿が映し出されていた。
空を走る光の帯――地脈の流れ。
命の泉の力が海を渡り、山を越え、大陸を横断していく。
しかし、その先々で大地が軋み、裂けていくのが見えた。
「……始まったね」
ひとつだったオルザナ大陸が、静かに、だが確実に割れ始めていた。
大地は悲鳴を上げ、海が押し広がり、光の筋が四方へ分かれていく。
火、水、風、土――それぞれの力もまた、散り散りに流れていった。
「この流れは止められません」
エリウスの声が、かすかに震えた。
「アノン様……世界が裂かれます」
「止めなくていい」
私は首を振る。
「これは終わりじゃない。命が新しい形を選ぼうとしているだけだ。オルザナの分断は、世界が再生へ向かうための一歩なんだよ」
光と闇が交わり、四つの大地が海に浮かび上がる。
ゆっくりと離れていくその間、その一つの大陸に小さな丘が姿を現した。
まだ緑も草もない、ただの素朴な丘。
けれどそこにだけ、泉の光が真っ直ぐ届いていた。
「……あれは」
ルミナが息をのむ。
私は静かに頷く。
「かつて、二匹のドラゴンが最初に祈りを捧げた場所。そして、命の泉の流れが、最後にたどり着いた場所。そこから、また新しい物語が始まるだろう」
大陸が裂かれる痛みのなか、命の根が再び息を吹き返している――そんな光景だった。
「……アノン様」
エリウスが静かに問いかける。
「あなたは、これからも観察を続けられるのですか」
「もちろん」
私は自然と笑みをこぼす。
「この世界はまだ答えを持たない。なら、私はもう一度問いかけるよ。祈りとは何か、命とは、何を願うのか」
ルミナが翼を開き、淡い光を落とす。
「あなたの道が、また光に包まれますように」
ノクスが闇の影を揺らし、静かに続ける。
「その問いが、次の命を目覚めさせることを願おう」
私はくすりと笑い、振り返らずに歩き出した。
光と闇の境界を越え、風の流れへ身を委ねる。
「さて――次の問いを探しに行こう」
その言葉は風に溶け、世界の果てへと静かに広がっていった。
十度の春と十度の雪が巡った朝――王は、その生涯に幕を下ろした。
季節の移ろいを見届け続けた王は、その朝、泉のほとりの小さな庵(いおり)で、まるで眠るように息を引き取った。
元祝詞役の老人と、かつての近衛隊長がそばで灯を守り、風に乗った花々が庵を優しく包み込む。
胸の鼓動が途絶えた瞬間――
泉は淡い光を放ち、音もなく祈りを空へと昇らせた。
王は、決して孤独ではなかった。
祈りと共に眠り、命は泉へ還る。
その光景を見守りながら、私はゆっくりと意識を開いた。
重さのない感覚の中で、耳に残るのは風の音だけだった。
肉体を離れた私の意識は、まだ泉のそばにとどまっている。
春の風が庵の戸を揺らし、花弁がひとひら、私の前を横切った。
――まるで、王の旅立ちを告げる別れの印。
「……終わったんだね」
静かに言葉が漏れた。
観察者としての私――アノンは、ひとつの長い観察を終えたのだ。
光がほどけ、私の意識は世界の上層へ静かに還っていく。
◇◇◇
目を開くと、そこは光と闇が交わる領域――
オリジア世界の外縁、創造主の使いたちが待つ場所だった。
「お戻りになられましたか、アノン様」
創造主の使い、エリウスが穏やかな声で迎える。
「エリウス。……彼の祈りは、命の泉として残ったよ」
「はい。泉の光は、確かにこの世界にも届いています」
エリウスはゆっくりと目を細め、言葉を続ける。
「ですが同時に、世界の『根』が軋み始めています。竜の加護を失った大地が、均衡を保てずにいるのです」
私は静かに頷いた。
「わかっている。命の泉の力は純粋すぎた。癒やしであると同時に、世界の流れそのものを変える力だから」
淡い光が空間を満たし、風の気配が通り抜ける。
光の大精霊ルミナが姿を現し、柔らかな翼を広げて光の粒を散らした。
「アノン様、光は確かに増しています。けれど……同じだけ影も深くなっています。この均衡は、いずれ『再生』を呼ぶのかもしれません」
「再生と崩壊は、いつもとなり合わせだよ」
私は静かに応える。
「それでも。祈りが続く限り、命は形を変えて生き延びるはずです」
その言葉に応えるように、闇の大精霊ノクスが影をまとって姿を現した。
「アノン様。あなたも感じているはずだ。命の泉が大地の『根』を満たすたび、地脈が震えている。この揺らぎが続けば……世界は形を保てまい」
「……そうだね」
私はゆっくりと目を閉じ、世界の底へ意識を沈める。
遠い地の奥から、かすかな振動が伝わってきた。
命の泉の光が地脈へ流れ込み、世界のあらゆる場所へと広がっていく。
癒やしであると同時に、大地を押し広げるほどの強い力を帯びて。
「見えるかい、エリウス」
私は静かに言った。
「大地の下で、光と闇が交錯している。竜たちの力が消えたことで、世界を束ねてきた『根』がばらけ始めているんだ」
エリウスの表情が揺れた。
「これが……『分断』の始まりなのですね」
私は深く頷く。
「オルザナ大陸は、新しい姿を求めている。泉の光が流れるたび、大地は――変わろうとしている」
火の大精霊ラギアが赤い閃光を散らし、低く唸るように言葉を放った。
「それで……世界は再生するのか? それとも崩れるのか?」
「どちらでもあり、どちらでもないよ」
私はかすかに微笑む。
「世界は死なない。ただ、形を変えるだけだ」
土の大精霊グランが重くうなずく。
「確かに、根は断たれつつある……だが大地そのものは、生きている」
ノクスは静かに影を揺らし、低く囁いた。
「光が強くなれば、闇もまた生まれる。竜なき世界は、あらたな均衡を探さねばならぬ」
私は視線を上げた。
そこには、揺らぐオリジア世界の姿が映し出されていた。
空を走る光の帯――地脈の流れ。
命の泉の力が海を渡り、山を越え、大陸を横断していく。
しかし、その先々で大地が軋み、裂けていくのが見えた。
「……始まったね」
ひとつだったオルザナ大陸が、静かに、だが確実に割れ始めていた。
大地は悲鳴を上げ、海が押し広がり、光の筋が四方へ分かれていく。
火、水、風、土――それぞれの力もまた、散り散りに流れていった。
「この流れは止められません」
エリウスの声が、かすかに震えた。
「アノン様……世界が裂かれます」
「止めなくていい」
私は首を振る。
「これは終わりじゃない。命が新しい形を選ぼうとしているだけだ。オルザナの分断は、世界が再生へ向かうための一歩なんだよ」
光と闇が交わり、四つの大地が海に浮かび上がる。
ゆっくりと離れていくその間、その一つの大陸に小さな丘が姿を現した。
まだ緑も草もない、ただの素朴な丘。
けれどそこにだけ、泉の光が真っ直ぐ届いていた。
「……あれは」
ルミナが息をのむ。
私は静かに頷く。
「かつて、二匹のドラゴンが最初に祈りを捧げた場所。そして、命の泉の流れが、最後にたどり着いた場所。そこから、また新しい物語が始まるだろう」
大陸が裂かれる痛みのなか、命の根が再び息を吹き返している――そんな光景だった。
「……アノン様」
エリウスが静かに問いかける。
「あなたは、これからも観察を続けられるのですか」
「もちろん」
私は自然と笑みをこぼす。
「この世界はまだ答えを持たない。なら、私はもう一度問いかけるよ。祈りとは何か、命とは、何を願うのか」
ルミナが翼を開き、淡い光を落とす。
「あなたの道が、また光に包まれますように」
ノクスが闇の影を揺らし、静かに続ける。
「その問いが、次の命を目覚めさせることを願おう」
私はくすりと笑い、振り返らずに歩き出した。
光と闇の境界を越え、風の流れへ身を委ねる。
「さて――次の問いを探しに行こう」
その言葉は風に溶け、世界の果てへと静かに広がっていった。
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