旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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神話時代:祈りの丘・最初の巫女

【祈りの丘・最初の巫女】 プロローグ:「分断の余波を見つめて」

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 世界は、ただ沈黙していた。

 光と闇の境目に、呼吸のような静かな空気が漂っている。

 ひとつだった大陸が四つへ裂けた――その余波がまだ世界に残り、何もかもが『再生の前』で止まっているようだった。

 高みからその光景を見下ろしながら、私はゆっくり息をつく。

 裂け目はまだ赤く熱を抱え、溶けた岩の光がかすかに脈動している。まるで、大地そのものが痛みを覚えながら鼓動しているかのようだった。

 海は新しい境界を描き、風も自分のゆく先を見失ったように漂っている。

 けれど、その乱れた世界のただ中に――ふと、小さな『兆し』が生まれようとしていた。

「……あれが、始まりか」
 独り言のように漏れた声に、淡い光が応える。

 光の帳を押し分けるように、五つの影が姿を現した。

 創造主の使い――エリウス、オルド、ラクシア、ヴァルガ、イスト。

 彼らは音もなく近づき、私と同じように裂けた世界を見下ろした。

 最初に口を開いたのは、均衡を司るエリウスだった。

「アノン様。世界の形は、ようやく定まりつつあります」

 静かな声。けれどどこかに、深い寂しさが滲んでいた。

「しかし……命の泉が流した力が、根の深層まで染み込んでしまいました。均衡は、まだ揺らいでおります」

「それでも、命はまだ終わっていないよ」

 そう答えるより早く、地の底を揺らすような低い振動が響く。

 秩序を司るオルドが低く息を吐いた。

「理は保たれている。ただ秩序は途切れた。竜たちの意志が失われ、祈りを束ねる者がいない」

 ラクシアがそっと丘を見つめる。

「けれど大地は、まだ応えています。命は滅びを拒み、また芽吹こうとしているのですね」

 ヴァルガの瞳が赤く瞬いた。

「終わりは必要。しかし今の再生は性急だ。残された者たちは、まだ哀しみの意味に触れていない」

 時を司るイストが、風のような声音で笑った。

「時は止まりません。悲しみも、いつか『物語』になる。……アノン様。あなたはまた『問い』を投げかけようとしているのですね?」

「もちろん」

 私は肩の力を抜き、小さく笑った。

「この世界が選ぶ『命の継ぎ方』を見てみたいんだ。痛みのあとに、どんな祈りが残るのか――」

 その時だった。

 祈りの丘の上で、ふわりと淡い光が集まり始めた。

 光は静かに形を結び、やがて六つの輝きが降り立つ。

 光のルミナ。闇のノクス。火のラギア。水のセルシア。風のアウラ。土のグラン。

 六体の大精霊たちが揃い、世界の再生を見守るように佇んでいた。

 ラクシアがほほえむ。

「ほら。彼らも同じものを感じているのですね。命が、もう一度『祈り』を編もうとしているのを」

 ノクスの声が、夜の底から響くように静かに言った。

「祈りは危うい。願いが力を求めれば、力は再び争いを呼び起こすかもしれぬ」

 それに応えるように、ルミナが柔らかな光を落とす。

「それでも闇があるから、光は生まれるのです。今度こそ、彼らが『共に祈る』道を見いだせるのなら」

 私は黙って丘を見つめた。

 そこには、まだ何もない。

 けれど、風と光と土のあいだから――かすかな『声』のような気配が確かにあった。

「……聞こえるか?」

 問いかけると、エリウスが静かに目を閉じた。

「はい。まるで――命の記憶が、形になろうとしているかのようです」

 オルドがわずかに頷く。

「理ではあり得ぬ現象。しかしこの世界では、『奇跡』さえ法則の一部なのでしょう」

 私は笑った。

「奇跡というより、世界の『意志』かな。痛みも祈りも、同じ場所へ還るようにできている」

 その瞬間、丘の中心が淡く光を帯びた。

 光の中にひとつの影が浮かび上がる。

 風が包み、花びらのような粒子が舞い散る。

 そして――そこに、一人の少女がいた。

 風に抱かれるようにして立っていた少女は、白い髪を揺らしながら静かに呼吸をしていた。

 まるで世界そのものの音を聴いているように、胸がかすかに上下している。

 ラクシアが息をのむ。

「この子は……誰、なのでしょう」

「まだ誰でもないよ」

 私は穏やかに答えた。

「でも、彼女の存在そのものが『祈り』だ」

 エリウスが少女に目を向ける。

「この少女は……世界が遺したものなのですね」

「そう。人の涙、竜たちの誓い、精霊たちの共鳴――その全部が、この形を選んだ」

 少女の唇がわずかに動く。

 風の音に混じって、小さな声がこぼれた。

『どうして……世界は、泣いているの……』

 その瞬間、場の空気が静まり返った。

 大精霊たちも、使いたちも、誰も答えられなかった。

 私はひざを折り、少女の方へ視線を合わせる。

「それを知るために、君は生まれたんだ」

 静かに言うと、少女の瞼がゆっくりと開く。

 その双眸には――光と闇の両方が映っていた。

 ラクシアがそっと呟く。

「……この子は『最初の巫女』になるのでしょうね。世界をつなぐ祈り手として」

「だろうね」

 私は微笑む。

「私は彼女を見ていくよ。彼女がどんな祈りを響かせ、どんな未来を呼ぶのか――それが次の観察になる」

 風が丘を撫で、淡い光が草花を照らすように広がっていく。

 ルミナが小さく光を揺らした。

「アノン様……またひとつの物語が始まりますね」

「そうだね」

 私は空へ目を向けた。

 裂かれた世界の向こうで、まだ見ぬ時代がゆっくりと形を作りつつある。

「世界は痛みを抱えても、美しくあろうとする。その証を確かめるために、私は問いを重ねるよ」

 少女がそっと手を伸ばした。

 小さな手がすくった光はふわりと丘に散り、花のように咲き広がる。

 命の記憶が、再び世界に根づいていった。

 私はひとつ息をつき、穏やかに微笑む。

「さて――この観察録は、どこまで続くだろうね」

 その言葉は風に溶け、祈りの丘は、新たな時代の静かな『始まり』を告げていた。

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