旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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伝承時代:海上交易路・大商隊の青年

【海上交易路・大商隊の青年】 第二話:「多民族の仲間たち」

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 朝の陽が帆船の甲板に淡く差し込み、木材の表面を金色に照らしていた。

 出航してまだ間もない大商隊の船。

 その広い甲板では、人間、ドワーフ、エルフ、獣人、魔人――

 異なる種族の仲間たちが、それぞれの役目をこなしていた。

 ドワーフ族のガンザスは、今日も誰より早く荷を担ぎ上げている。

 力任せというより、長年の旅で培った馴染んだ動きだった。

「重さにびびるなよ。荷物は相棒みたいなもんだ」

 低く太い声が、朝の静けさを軽く震わせる。

 仲間の失敗を笑い飛ばし、ときに的確な指示を出す――

 まさに親分だ。

 エルフ族のフィリカは、静かな足取りで甲板を歩き、淡い銀髪を三つ編みに束ね、次の港で必要になる交渉書類を整理していた。

 銀髪の向こうで、淡い光が紙面に反射する。

「現地語での表記、少し癖がありますね……修正しておきます」

 その静かな声は、聞くだけで落ち着く。

 獣人族のテルナは、金色の耳としっぽをぴんと立て、軽やかな動きで甲板を駆け回っていた。

 野生の勘がそのまま身体になったような素早さだ。

「そこ! ロープ緩んでるよ!」

 明るい声に、誇らしげな笑みが透ける。

 魔人族のバシュラは、帳簿と計算道具を抱え、輸送物資や消費量を冷静に管理している。

「……計算間違いは許されません」

 潮風の音に溶けるような声。

 灰色の肌、小さな角、短く切った黒髪はこの甲板で少し異質に見えるが、数字を扱う姿は揺るぎなく、仲間たちの信頼がにじんでいる。

 僕――ライネルは、そんな仲間たちの姿を見ながら息を吸い込む。

 種族も文化も違う者たちが、一隻の船の上で、声をかけ合い、手を貸し合い、朝の空気の中で調和していく。

 それが、少し不思議で、どこかまぶしかった。

◇◇◇

――最初は、戸惑いばかりだった。

「ドワーフ流は古い」

「エルフは几帳面すぎ」

「人間は要領ばっか」

 ささいな一言で場の空気が固くなることもある。

 僕はどう輪に入ればいいのか分からず、ひとこと声をかけるだけでも迷ってしまう。

 フィリカは返事を待たずに会話を進めるし、ガンザスは大声でぐいぐい迫ってくる。

 テルナは耳やしっぽで感情を伝えてきて、最初は合図だとは気づかなかった。

 バシュラは帳簿から顔を上げるたび、冷静すぎる視線を返してくる。

――どう馴染めばいいんだろう。

 胸の奥がざわついて、手が強張る瞬間もあった。

◇◇◇

 昼食の時間。

 厨房から湯気が立ちのぼり、スープがいい香りを漂わせている。

 ガンザスが僕の皿にスープをよそってくれる。

「よく食え。船の上は体力勝負だ」

 テルナがパンを押しつけるように笑った。

「ライネル、これも食べな!」

 フィリカは焼いたばかりの堅焼きパンを少し差し出す。

「甘さは控えめですが、腹持ちは良いですよ」

文化も違えば、食べ方も違う。

 けれど、同じ釜の飯を食べているというだけで、ほんの少し肩の力が抜けた。

 バシュラは黙って席を外し、帳簿を片手に甲板へ戻っていく。

 その背に流れる静けさもまた、彼女の仲間としての形なのだと思った。

◇◇◇

 食後、航海長のモルガがゆったりと姿を見せた。

 日焼けした肌、長い髪、堂々とした体躯、僕と同じ人間族だ。

 ただ立っているだけで安心感が漂う。

「今日も順調そうだな。新人ども、何か困ったことはあるか?」

 ガンザスが豪快に笑う。

「心配いらねぇよ。俺がついてる」

 ガンザスの笑い声に、テルナがしっぽを振った。

 そして、モルガの視線が僕に向く。

「ライネル、お前はどうだ?」

「……大丈夫、です」

 その声が小さかったのを自覚し、胸の奥が少しだけ揺れた。

 船縁では、エルフの巫女イリルが祈りを捧げている。

 銀髪が朝日にきらめき、風に揺れる祭服がどこか精霊の気配を思わせた。

 僕はそっと息を吸い込む。

――この船の上で、僕はちゃんと役割を果たせるだろうか。

 そんな不安と期待が、静かに胸の奥で混ざり合っていった。

◇◇◇

 航海長モルガは舵輪を握り、視線を遠くの波へ滑らせる。

 その背中には、荒れた海も穏やかな海も知り尽くした者だけが持つ、揺るぎない静けさがあった。

「風が変わる。テルナ、見張り台へ」

「了解!」

 テルナはしっぽを高く上げ、軽やかな身のこなしで梯子を駆け上がっていく。

 耳が風の向きに合わせて動き、しっぽが合図のように揺れた。

 ガンザスは荷台の端から端まで歩きまわり、重い木箱を平然と持ち上げて整理していく。

「おい、ライネル。そっちのロープ、締め直し頼むぞ!」

 僕は慌てて結び目を確かめる。

「は、はい!」

 手が震える。

 でも、さっきよりは少しだけ、自信があった。

◇◇◇

 人間族の仲間たちも、それぞれの持ち場で動き続けていた。

 荷物の確認、船室の清掃、備品の補充――誰もが淡々と役割をこなしている。

 誰かが困れば手を貸し、疲れれば肩を叩き、冗談で笑わせる者もいる。

 その自然な流れに混ざるのは、まだ少し怖い。

 でも、温かかった。

 僕は、帳簿を手に動き続けた。

 積み荷の番号を確認し、帳簿と照らし合わせ、数をひとつずつ数える。

 昨日よりも、やれることが増えている。

 昨日よりも、みんなの声がよく聞こえる。

 胸の奥に、小さな手応えが灯り始めていた。

◇◇◇

 休憩になると、仲間たちが甲板に集まった。

 ガンザスが大きなパンを切り分け、テルナは果物をぽんぽんと皿にのせていく。

 バシュラは無言で湯を沸かし、香りの強い茶を丁寧に淹れてくれる。

「エルフのパン、また持ってきた」

 フィリカが短く言って、堅焼きパンを差し出す。

「ありがと……って、僕この味、けっこう好きかも」

 思わず漏れた言葉に、フィリカの目元が少しだけ柔らかくなる。

 誰かが呟いた。

「同じ釜の飯だな」

 その言葉が、静かに心の奥へ染み込んだ。

◇◇◇

 潮風が甲板を渡り、雲がゆっくりと流れていく。

 航海長モルガは舵輪を握りながら、低く言った。

「風、良し。流れも悪くない。今日は順調だ」

 バシュラは帳簿に数字を書き足し、テルナはマストの上で海鳥の動きを追い、フィリカは次の寄港地に備えて書類を整えている。

 ガンザスは荷の固定を点検しつつ仲間に声を飛ばしている。

 みんなが――この船を動かしていた。

 そして僕も、物資を細かく確認しながら、ようやく自分の役割を掴みはじめていた。

 私のなかで、小さな確信が育っていく。

――違いは、壁じゃない。

 最初は戸惑い、ぶつかり、分かり合えずに迷うこともある。

 でも、それぞれの声を聞き、手を貸し合い、同じ海を見つめて……。

 ゆっくりと、確かに『仲間』になっていける。

◇◇◇

 風がひとつ揺れ、帆がばんと音を立てて膨らむ。

「よし、行くぞ!」

 ガンザスの声が船全体に響く。

 仲間たちは再び持ち場へ戻り、甲板を舞う風が潮の香りを運んでいく。

 私は静かに空を見上げた。

 青い空。

 遥かな水平線。

 異なる文化と声を持つ仲間たちが、同じ船に乗って進んでいる。

 その光景が、胸の奥で温かく広がった。

――この旅は、きっと始まったばかりだ。

 違う命、違う考え方。

 けれど今だけは、同じ海の上で同じ旅路を歩んでいる。

 風が頬を撫で、遠い波の音が重なる。

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