旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

文字の大きさ
46 / 70
伝承時代:海上交易路・大商隊の青年

【海上交易路・大商隊の青年】 第七話:「協力の夜明け」

しおりを挟む
 夜明け前の甲板には、静かな緊張と、どこかほっとした空気が混ざっていた。

 裂牙魚(れつがぎょ)の群れをどうにか退け、船を北東へ向け直したあと――僕たちはしばらく、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。

 空にはまだ星が残り、波には夜の冷気が漂っている。

 それでも、船は前へ進んでいた。

 ガンザスは張り具合の変わった帆を押さえつつ、小さく息を吐く。

「……無事だったのは、みんなのおかげだ」

 その声が、意外なほど柔らかかった。

 彼の背中越しに、うっすらと夜明けの光が差してくる。

 ロルドは修理した舵輪の根元に膝をつき、金具を指で軽く叩いていた。

「まだ持つな。次の港までは問題ない」

 手慣れた調子だけど、その声には職人としての誇りが滲んでいる。

 フィリカは矢筒を抱えながら、朝焼けに染まりつつある水平線をじっと見つめた。

「矢は……半分も残っていません。でも、退けられたのは皆のおかげです」

 静かな表情の奥に、少しだけ肩の力が抜けた気配がある。

 テルナはマストから身軽に飛び降り、勢いよくこちらへ歩いてくる。

「見張りは任せて! あたし、こういう時こそ役に立てるんだから!」

 耳も尻尾も、誇らしげに揺れていた。

 バシュラは、ふっと口元を緩める。

「多少はお役に立てたみたいですね。……計算だけが能じゃないって、分かった気がします」

 皮肉な口調の奥に、満足と照れが入り混じっていた。

 舵輪の傍でモルガが深く息を吐く。

「皆がいれば、どんな荒波も越えられるさ」

 その落ち着いた言葉に、周囲の空気が少しだけ温かくなる。

 船首では、イリルが祈りを終え、そっと空と海に手を合わせていた。

 彼女のそばに淡い光が漂い、風に溶けていく。

――僕も、手すりにもたれて海を眺める。

 昨日まで『違い』に戸惑い、つい壁を感じていた仲間たちが。

 いまは、それぞれ得意なことを自然に持ち寄り始めている。

 誰かの失敗を責めるんじゃなくて、できることを補い合う――

 ただそれだけのことが、どれだけ難しくて、どれだけ大切なのか。

 胸の奥で、じわりと実感が灯る。

◇◇◇

 夜の紺色がゆっくり朝の色へ変わり始めた。

 甲板には、柔らかな光が差し込む。

 僕は静かに息をつく。

 世界には――違う者同士が手を伸ばし合える可能性がある。

 協力って、力や知恵を持ち寄ることだけじゃない。

『相手を認める』という、もう一歩踏み込む勇気から始まるのだと――

 朝日が、船全体をゆっくり照らし始めていた。

 夜明けの光が甲板に満ちていくなか、僕たちはふたたび動き始めていた。

 港町を出てから続いてきた航海――

 魔物の襲来も、船の故障も、嵐の闇も越えてきたのだと、あらためて思う。

 それができたのは、みんなが自然に手を伸ばし合ったからだ。

 甲板のあちこちでは、早くも次の作業が進んでいた。

 テルナは甲板掃除を終え、フィリカの代わりにロープを器用にまとめている。

 ロルドは見習い水夫に工具の持ち方を教え、ガンザスは荷台の隅で小さなケガをした見習いの少年の手当てをしていた。

「ほら、泣くほどじゃねえよ。これくらいの傷、船乗りなら挨拶みたいなもんだ」

 少年は泣き笑いになりながら「うん」と答える。


 バシュラは物資の整理をしつつ、短く状況を伝えてくれる。

 イリルは、そんな仲間たちの姿を静かに見守りながら、時折海へ向けて祈りを捧げていた。

――かつては『違う』と思っていた声や手の動きが、いまでは『協力』という名の調和になっている。

◇◇◇

 帆の影を仰ぎ見ながら、ガンザスがみんなに声をかける。

「次の港までもう少しだな。ここまで無事に来られたのは、みんなの協力のおかげだ」

 静かなその言葉に、テルナが尾を揺らしながら笑った。

「でもさ、またトラブル来るかもしれないよね」

「来るだろうな」

 ガンザスが苦笑すると、周りからも小さな笑い声がこぼれる。

 不思議だ。

 昨日までなら不安に変わったはずの言葉なのに、誰も顔を曇らせない。

 恐れや戸惑いより、前へ進む気持ちの方が強くなっていた。

「休める時に休んでおけ。次は新しい仕事が待ってるからな」

 ガンザスの声に、それぞれがうなずき、交代で持ち場を離れる。

 湯気の立つスープやパンの香りが甲板に広がり、仲間たちの笑い声が波音にまじり合う。

 僕は手すりにもたれ、静かに海を見る。

 もう――壁なんてどこにもなかった。

フィリカがそっと僕の隣に立った。

「……この船の上なら、言葉が違っても、きっとなんとかなる気がします」

 朝の光が彼女の横顔を照らし、穏やかな影を落としていた。

 僕は胸の奥が温かくなるのを感じる。

 協力とは、完璧な理解じゃない。

 違いを恐れず、共に歩く勇気を持つことなんだ――

 そう思えた瞬間。

 船全体に、朝の光がやさしく広がった。

 私のなかで、静かな確信が生まれる。

 異なる命が手を伸ばし合う世界。

 それはきっと、どんな危機にも負けない『未来の芽』になる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...