英雄は根に咲く

ぼん

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プロローグ

第1話:終わった村

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 ──夢の中で、また村が燃えていた。夜の闇に浮かぶ火柱。崩れ落ちる家々の屋根、呻き声を上げる木々。風に乗って、焼けた藁と土の匂いが鼻をつく。

「……おかあさん!」

 あのとき、自分はまだ、名前を呼ぶことしかできなかった。
 足は震え、声は喉に張りつき、転んだ泥の冷たさだけがやけに鮮明だった。

 ──もう遅い。そう思った瞬間、背中を誰かに抱き上げられた。
 がっしりとした腕の温もり。耳元で聞こえたのは、短く、でも確かな言葉。

「生きろ。走れ」

 その人の顔は、今ではもう思い出せない。でも、あの声と手の力だけは、今も身体に刻まれている。村を包んだ火の海は、なにもかもを焼き尽くしていった──声も、名も、思い出も。
 
 ──パチン。木の軋む音がして、目が覚めた。

 薄暗い天井が視界に広がる。窓の外、夜明け前の空は淡く染まりはじめていた。

 ニコは寝台から静かに起き上がる。胸の奥に残る痛みは、夢の中で感じた炎の残り香のようだった。

 夢だとわかっている。あれは何度も繰り返し見てきた記憶。けれど目が覚めても、身体の奥にひどく重たいものが残るのはなぜだろう。

「……ロゼ。カルム。エリン……」

 小さく呟く。誰にも聞こえないように、誰にも届かないように。かつて、村で一緒に過ごした人たちの名前。遠い昔の、わずかに覚えている名前たち。名前だけでも──せめて名前だけでも、忘れたくなかった。

 顔は思い出せなくても、声の響きも覚えていなくても。たしかにそこにいた、大切だった誰か。生きていた証を、自分の中で咲かせていたいと願った。
 
 部屋の隅に立てかけてある、古びた短剣に目をやる。黒ずんだ鞘。鈍く光る刃。

 それは、かつて自分を救ってくれた“彼”の形見だった。あの人は元冒険者で、中央都市の外れに住んでいた。

 自分が村を失って彷徨っていたとき、拾ってくれたのがその人だった。言葉数の少ない人だったけれど時折火を囲んで語ってくれた英雄譚の数々──世界樹の下で戦った英雄たちの話に、ニコは目を輝かせた。

 あの人は最後まで笑って「本当の英雄なんてものは、ただの語り草さ」と言っていたけれど。それでも、あの人の背中は、ニコにとって間違いなく“英雄”だった。
 
 着替えを終え、鞘に短剣を差し、軽くその柄に触れる。今はもう、あの人はいない。自分を育ててくれた唯一の人も──いなくなった。けれどその人がくれたものはまだここにある。刃でも力でもない「生きろ」という、ひとつの言葉。
 
 軋む床を踏みしめながら、ニコは扉の前に立つ。今日は、冒険者になる日だ。英雄譚に憧れたわけじゃない。──ただ、誰かを守れる人になりたかった。かつて守られたように。今度は、自分が誰かの光になれたらと、そう思った。

 まだ怖い。地下へ潜ること。魔獣と戦うこと。何より、自分が誰かの力になれるかどうか。それでも──

「……いってきます」

 誰もいない部屋に、小さな声が響く。それはまるで、“根の奥”に届くように、静かに空気に染みこんでいった。
 肩に手を添えるように、微かな風が通り抜けた気がした。
 
 光はまだ、灯っていない。けれどどこかで何かが、小さく震えたような気がした。
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