英雄は根に咲く

ぼん

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第一部:冒険の根を張る

第5章:紅蓮の口づけ 第1話:溶岩の轍

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 今回の依頼は地下三十一~四十階層「炎熱の溶岩洞」の探索と魔獣駆除。足元を踏みしめるたび、赤くひび割れた岩盤がわずかに熱を帯びて軋む。天井の割れ目からは絶えず熱気が噴き上がり、視界は揺らめく陽炎に包まれていた。

「……ここ、本当に息苦しい」

 僕は額の汗を拭いながら、岩壁にもたれた。呼吸するたびに肺の奥まで熱が入り込んでくる。

「気を抜くと、喉やられるわよ。口の中に布を詰めると少し楽になるかも」

 クレアさんが落ち着いた声で助言をくれるが、その額にも汗が滲んでいた。光の精霊の加護で多少は耐えられているが、地熱の脅威は想像以上だった。

 ガルドさんは無言のまま先を歩き続けている。火の粒が舞う中、全身の装甲が熱にきしんでいた。

 そしてリリィは、風の精霊の力を借りて気流の乱れを探りながら斥候の役割を果たしていた。

「右の壁、温度が高すぎる。おそらく、裏にマグマが走ってる」

 そう言って、リリィは細い指で岩のひび割れを示す。

 この環境では、一歩の誤りが致命的な事故につながる。迷路のように入り組んだ洞の中を、四人は慎重に進んでいた。

 その時だった。

 足元の地面が、唐突に震えた。

 「揺れ?」

 僕が身構えた瞬間、洞の奥から轟音が響き渡った。

 ゴォオオオォン──ッ!

 熱風と共に吹き抜ける爆音。岩の天井に反響したその音は、自然の揺れではない。 “何か”が起こした音だった。

「前方から、精霊術の反応!」

 クレアさんが警戒を強める。

「くる!」

 リリィが矢を構えたその瞬間。

 広間の奥から現れたのは──派手に炸裂するような精霊術と共に岩塊を踏み砕いて跳び出してきた一人の少年だった。

 赤茶の髪を跳ねさせ、片手剣を肩に担いだ少年は、陽気な笑みを浮かべながら叫んだ。

「おいおい、こっちも仕事中なんだよ。そっちは助けてほしい?」

 状況にまるで合っていない軽口。だが次の瞬間、少年の足元から火と風の精霊の気配が炸裂した。

 現れた魔獣に向けて放たれた精霊術は、渦を巻くような火の奔流となり、まるで舞うように焼き払う。

 爆ぜる火炎の中、少年はひょいと肩をすくめた。

「まったく、もうちょい静かに出てくればいいのになあ」

 あっけらかんとしたその態度に、僕たちは一瞬、言葉を失った。

 少年──カイの精霊術は、軽やかで、けれど確かな威力を秘めていた。

 火と風の精霊の力を同時に纏った精霊術は、奔流のような熱とともに魔獣を押し流し、最後には巻き上がる熱風で動きを封じた。

 その合間を縫うように、ガルドさんが斬り込み、僕が追撃を重ね、リリィの矢が魔獣の急所を貫いた。

 短く、激しい戦いだった。だが、まるで呼吸が合っていたかのように、自然な連携が生まれていたのも事実だった。

「……倒した、のか」

 僕が汗をぬぐいながら、周囲を見渡す。舞い上がっていた火の粉が徐々に落ち着き、広間は静寂を取り戻していた。

 そんな空気の中、問題の“乱入者”はまるで散歩の途中かのように笑っていた。

「ふう。悪くない立ち回りじゃん。連携、取れてたし」

 肩に担いだ剣をくるりと回し、鞘に収める。その動きは、戦闘というより踊るようで、どこか浮世離れしていた。

 クレアさんが一歩前に出る。慎重な視線を向けたまま問いかけた。

「あなた……冒険者? ギルドの許可は?」

「あるよーん」

 彼はポーチからぎゅうぎゅうに詰まった許可証の紙片を取り出し、ひらひらと振った。

「カイ。火と風の精霊とそれ以外の精霊とも契約してる、正規の登録済み。ってことで、よろしく」

 僕は思わず前に出た。

 この空気、この声、この精霊術──何か懐かしさを感じた。

「……すごい精霊術だった。あれ、同時に二つの属性を?」

「ん、まあね。火と風は相性いいから。爆風とか、火流とか、応用もいろいろ」

 そう言いながら、カイさんは僕の胸元を見て、ふとにやりと笑った。

「そっちの玉、悪くない輝きしてるな。」

「えっ……」

「うんうん、こりゃあ将来有望。ってことで」

 カイさんは勝手に歩み寄り、四人の輪の中にずかずかと入り込んできた。

 リリィが一瞬だけ目を細めるが、彼はまるで気にしていない。

「なーんか面白そうだし、しばらく混ぜてもらっていい?」

 クレアさんが困ったように眉を寄せた。

「あなた、初対面よね?」

「そだね。でも、初対面って最初の一回だけじゃん? もう次からは“知り合い”だし」

 陽気なその笑みは、まるで炎のように熱くて軽やかだった。

 誰もすぐに返事をしなかった。けれど──僕の中では、なぜかその言葉が自然に届いていた。

 カイさんの精霊術には、確かに力があった。だがそれ以上に“誰かのために動く速さ”があった。あの瞬間、誰よりも早く魔獣に対峙し、戦場に飛び込んだ。
 それは、あのときのリリィの矢とも、ガルドさんの盾とも、クレアさんの光とも違う。

 けれど、どれも同じように──誰かを守るための光だった。

 僕は小さく、笑った。そして静かに言った。

「……きっと、悪くないと思う」

 その言葉に、クレアさんが驚いたようにこちらを見る。リリィはふっと息を吐き、視線を外した。

 ガルドさんは何も言わず、背を向けて先へと歩き出した。

 カイさんはというと、目を輝かせながら、僕の肩をがしっと抱いた。

「よし、じゃあ決定! 明日からよろしくな、弟分!」

「えっ、弟!?」

「だって雰囲気的にそうでしょ? なんか保護欲湧く感じするし!」

「そ、そんなの……!」

 騒がしくも、どこか楽しげな声が響いた。

 炎熱の溶岩洞に咲いた、新たな熱気──それは、まだ見ぬ“五人のかたち”の第一歩だった。
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