英雄は根に咲く

ぼん

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第二部:覚悟の種が揺れる

第10章:折れた剣の先で 第4話:守るか、進むか

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 苔光の揺らぐ第四十九階層――魔素の乱れはなおも続き、空気は埃と熱気と緊張で満ちていた。

 戦いの余波で崩れた通路の両端を瓦礫が塞ぎ、幾重もの魔獣の死骸が一帯を不気味な静寂で覆っている。

 ブルーミング・ルーツ、虚ろの斜陽、焔の牙――三つのパーティは激戦の末に肩を寄せ合い、かろうじて合同戦線を維持していた。

 魔獣の波はようやく収まりつつあったが、誰もが傷と疲労を抱え、膝をつき、泥のような息を吐いている。苔光は壁や天井で不安定に脈打ち、時おり崩落した瓦礫から細かな砂がぱらぱらと落ちてきた。

「……このままじゃ、持たねぇぞ」

 カイさんが肩で息をしながら苔光の暗がりを見据える。リリィは矢筒を確かめ、あと数本しか残っていない矢を静かに数えていた。クレアさんは額に汗を浮かべながら、防壁の精霊術を保ったまま仲間の様子を見渡す。

 焔の牙の仲間たちは拳を握り締めて壁際に集まり、虚ろの斜陽の者たちは沈黙したまま石畳に座り込んでいた。

 精霊術の消耗が激しく、光の玉もかすかに鈍く揺れている。

「このままここに留まっていたら、次の崩落で全滅しかねない」

 虚ろの斜陽の一人が低い声で言い、仲間が重く頷いた。

「今なら、突破できる……か?」

 焔の牙のレグナさんが拳を握り、前方を睨む。

「無茶言うなよ。体力も精霊術も、これ以上はもたねぇ」

 別の仲間がため息まじりに応じた。

「でも、このままここで防戦してても、結局袋小路になるだけだろ」

 カイさんが苛立ちを隠さず呟く。

 リリィは無言のまま壁際で呼吸を整える。ガルドさんは黙って傷ついた盾を握りしめ、仲間の輪から外れた位置で通路奥を見張っていた。

 地下の奥で、再び魔獣の咆哮が響いた。苔光が一瞬だけ消えかけ、全員が身を縮める。虚ろの斜陽のリーダー、アレイドさんは無言で光の玉を見つめ、光と闇の交わるその奥で考え込んでいるようだった。

 数分、重苦しい沈黙が続いた。誰もが進む、守る、諦める、その狭間で、言葉を失っている。

 息づかい、服の擦れる音、苔光のかすかな波だけが空間を満たしていた。

 やがて、苔光がふっと明るさを取り戻した瞬間、僕がそっと顔を上げた。折れた剣の柄をしっかりと握りしめ、ためらいがちに一歩だけ前へと踏み出す。

「……進みましょう。この先に、まだ守るべきものがある」

 その声は小さく、けれど確かに全員の耳に届いた。

 パーティごとの壁を超え、苔光の暗がりに静かな波紋が走る。

 焔の牙の一人が、目を丸くして僕を見る。

 虚ろの斜陽のアレイドさんが、はっとしたように顔を上げ、じっと僕を見つめた。

 僕の言葉が、苔光の静寂を切り裂いたように空間に響いた。

 それは大声でも、力強い叫びでもなかった。ただ、誰もが胸の奥で聞き逃せないほどの“意志”を帯びていた。

「進む……だと?」

 焔の牙のレグナさんが、驚いたように僕を見る。

「この状況でか? 武器も満足にないのに」

 だが、その目にほんのわずかに希望が灯っていることを、僕は見逃さなかった。

 虚ろの斜陽の一人が低く呟く。

「守ることに執着して、ここで終わってもいいのか……?」

 苔光の中で、各パーティの面々が少しずつ顔を上げていく。

 クレアさんは静かに僕の隣に並び、リリィもゆっくりと矢を番え直した。ガルドさんは盾の縁をなぞる手を止め、黙ったまま僕の肩に手を置く。

「……俺たちは、何度もここで命拾いしてきた。でも、本当に“守るだけ”じゃ、この先には進めねぇんだろうな」

 カイさんが、半ば自嘲気味に口を開いた。

「後ろを守るためにも、前に出るしかないんだと思う」

 クレアさんが苦笑する。

「進むってことは、何かを失うかもしれないってことだ」

 虚ろの斜陽の仲間が呟く。

「それでも……守りたいものがあるなら」

 焔の牙のレグナさんは黙って自分の拳を見つめる。

 やがて、

「……面白ぇじゃねぇか」

 とニヤリと笑った。

「なあ、リーダー」

 レグナさんがアレイドさんに目を向ける。

 アレイドさんは、ずっと無言のまま光の玉を見つめていた。

 しばしの沈黙の後、静かに口を開く。

「進むか、守るか――どちらを選んでも、後悔するのは同じかもしれない。けれど……たった今、俺たちは“進もう”という声をもらった」

 虚ろの斜陽の仲間が一斉に僕を見る。

 ブルーミング・ルーツ、焔の牙、虚ろの斜陽――三つのパーティが苔光の下でひとつに心を重ねた。

「……ニコ君」

 クレアさんが小さく名前を呼ぶ。

「うん。僕、やっぱり……進みたい。守りたいからこそ、前に進む」

 その言葉が、最後の決意を仲間たちに届けた。

「行こうぜ、みんな」

 カイさんが拳を握りしめ、ガルドさんが無言でうなずく。リリィも弓を握りしめながら微かに微笑んだ。

 虚ろの斜陽の誰かが、そっと僕に近づいて言う。

「……まだ君たちは“何者か”にはなっていない。でも、その目は迷っていないな」

 苔光の道が、奥へと続いている。

 崩落の気配、魔素の乱れ、傷と疲労――どれも変わらない。それでも、いま三つのパーティには新しい意志が芽生えていた。

「進もう。今度は、全員で」

 アレイドさんの一言が、道しるべのように皆を導いた。

 パーティの列が再び動き出す。苔光の下、折れた剣を握る僕の手が小さく震えている。

(守ることと進むこと。きっとその両方が“覚悟”なんだ)

 僕は、仲間たちの足音を確かめるように、ゆっくりと歩き出す。苔光の揺らぎと精霊の気配に包まれながら、前へ――
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