英雄は根に咲く

ぼん

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第四部:根の奥へ

第16章:響く根、眠る声 第4話:呼ばれた名

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 空間全体を満たす暴走した光の中、僕はひとりきりの静寂に沈んでいた。

 意志を持たない力だけが、果てしなく流れ出していく。精霊の気配も、仲間の呼び声も、遠ざかっていく――僕の内側は、光の奔流と同じくらい空っぽだった。

 ──その時だった。

 まるで、時が止まったように、空気が変わった。

 どこからか、ひとつの光の玉が、激しく輝きながら暴走する僕の光に向かって飛び込んできた。

 その輝きは、他のどの光よりも鮮やかで、揺るぎなかった。まっすぐに、僕の“光”に軌道を変え、真っ直ぐに向かってくる。

「……いま、何か……」

 クレアさんが、かすれた声で息を呑む。

「……誰か、名前を……呼んだ?」

 けれど、その場の誰も、言葉を発していなかった。

 光の玉は、音もなく、ただ気配だけを震わせていた。なのに、僕にははっきりと“呼ばれた”と分かった。

 ――たしかに、名を呼ばれたのだ、と。

 それは、名もなき存在だった。

 誰の声でもなく、誰の口でもない。

 でも、たしかに僕を“ニコ”として“想い”だけで、呼んでくれていた。

 途端に、胸の奥で何かが大きく震えた。

 暴走していた光が、ほんの一瞬、立ち止まる。

 その光の玉は、僕の暴走する“光”の周囲を旋回し、そっと寄り添うように、気配で何度も何度も僕を呼んでくれていた。

「……精霊が、言葉じゃなく、ニコ君を……」

 クレアさんが静かに呟く。

「“名前”で……呼んでる……!」

 言葉にならない。

 でも、確かにそこに、名を呼ぶ“想い”があった。

 光の奔流の中、僕は初めて、自分自身に戻れた気がした。

(――僕は、“僕”で、ここにいる)

 暴走していた光が、ゆっくりと、内側に引き戻されていく。

 名もなき光の玉が、僕の暴走する光のすぐ傍に寄り添っている。

 まるで、忘れていた本当の自分をそっと導くように――。

「……ニコ」

 誰かがそう呼ぶ気がした。けれど、その声は空気を震わせるものではなかった。

 言葉でも音でもなく、光と気配だけの、心の奥に直接触れてくる“名”の感触。

 胸の奥の光が、僅かに震えた。

 さっきまで暴走していた力が、徐々に静まっていく。

 力の奔流が止まり、代わりにぬくもりのようなものが内側に満ちてくる。

「……すごい……」

 クレアさんが呟く。

「言葉じゃなくても……“想い”って、伝わるんだ……」

 仲間たちも、光の玉が生み出す不思議な空気を、静かに見守っていた。

 カイさんは息を呑み、ガルドさんは黙って手を胸に当てる。リリィはいつの間にか僕の近くまで歩み寄り、淡い光の玉を静かに掲げている。

 暴走した光の壁が、ゆっくりと解けていく。

 ただ力だけが満ちていた空間に、ひとつ、優しい気配が入り込む。

 それは、名を呼ぶ想い――

 “ここにいてほしい”“あなたであってほしい”という、言葉にならない願い。

 僕はもう一度、胸元の光の玉をそっと握りしめた。

 さっきまでの熱は消え、今は穏やかで、優しいぬくもりだけが残っていた。

「ありがとう」

 小さく心の中で呟く。

 誰にも聞こえなくても、その想いがちゃんと届いている気がした。

 その時、根の奥から、さらに大きな鼓動が響いた。

 今度は決して怖いものではなかった。

 根を通じて、精霊たちの気配が再び満ちてくる。

 精霊たちが、仲間たちの光の玉のもとへと少しずつ戻ってきた。

 クレアさんの光の玉は彼女の掌に寄り添い、カイさんの光の玉もすうっと肩に戻る。リリィの光の玉は、静かに彼女の胸元で淡く瞬いている。

 仲間の誰もが、しばらく黙っていた。

 全員がこの静かな“名を呼ぶ共鳴”を、心の奥で受け止めていた。

 僕はようやく息を吐いた。

「……ごめん、みんな。怖い思いをさせたね」

 その声に、カイさんが「まったくだ!」と苦笑し、クレアさんが涙を拭いながら頷く。ガルドさんも、無言で僕の肩をぽんと叩いてくれる。

 リリィは何も言わず、ただそっと光の玉を見つめていた。でも、その瞳はとてもやわらかかった。

 “名を呼ばれる”――

 それは、誰かに「ここにいる」と認められること。

 光の奔流の中で見失いかけた“自分”を、もう一度取り戻すこと。

 胸元の光の玉が、静かに瞬いた。

 根の奥では、鼓動が穏やかに響き続けていた。
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