英雄は根に咲く

ぼん

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第四部:根の奥へ

第17章:囁きは心を照らす 第2話:語られぬ問い

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 静樹の回廊――根の聖域層の中腹、その名の通り静かな光と緑が織りなす細長い廊下を、僕はサンディさんと二人、辺りを見て回っていた。

 仲間たちと深緑の誓いはしばしの休息を取っている。ガルドさんは壁際で目を閉じ、クレアさんは小さく祈りを捧げている。リリィも、カイさんも、互いに言葉は交わさないが、それぞれの思いでこの場所に馴染もうとしていた。

 僕は手元の光の玉をそっと見つめる。

「……不思議ですね。精霊って言葉がないのに、なぜかそばにいる気がするんです」

 ぽつりとこぼすと、隣のサンディさんが優しく微笑んだ。その目は深い森のように静かで、僕の問いかけを拒まない。

「精霊が言葉を話さないのは、意志がないからじゃありませんよ」

 サンディさんは、足を止めて回廊の中央――木漏れ日の差す一角に立つ。光の玉がいくつもふわりと浮かび、枝先に引き寄せられるようにして舞っていた。

「……どうして、そう思うんですか?」

 僕の声は、思ったよりも弱かった。自分の光が暴走したあの瞬間、自分の“守りたい”という気持ちが、精霊には届かなかったのではないか――そんな不安が胸に沈んでいた。

「私ね、ずっと考えてたんです。精霊って、どうして言葉を話さないんだろうって」

 サンディさんは両手を組み、ゆっくりと光の玉に語りかけるように目を細める。

「……答えは、たぶん簡単です。“わかってくれる”と、信じているからじゃないかなって」

「“わかってくれる”……?」

「はい。精霊は、人間が言葉で伝えようとするより、ずっと前から“想い”だけでつながろうとしてくれる存在です。だから、わざわざ言葉で教えなくてもいい。“この人ならきっと伝わる”、そう思って寄り添うんだと思います」

 サンディさんの声は淡い。けれど、深い湖の底から湧き上がるような確信があった。僕は思わず、手のひらの光の玉をそっと握りしめる。

「僕……僕は、力で守りたかったんです。でも、その“守りたい”が……精霊には届かなかったのかもしれない」

 目の前の光の玉は、何も言わない。ただ、かすかに揺れたように見えた。

「――本当に届かなかったのかな?」

 サンディさんが、小さく問い返す。その横顔には、僕の弱さも、迷いも、すべて見透かしているような優しさがあった。

「守りたいっていう気持ち。その奥に、本当に伝えたい想いが隠れていたんじゃない? “力”とか“強さ”じゃなくて、ただ――“一緒にいたい”とか、“そばにいてほしい”とか……。ね?」

 僕は何も言えなかった。心の奥で、小さな何かが震える音がした。

 沈黙が、回廊に降り積もる。けれど、それは重さではなく、風のような優しさだった。

 サンディさんは、両手を広げて木漏れ日の中に光の玉を浮かべた。

「ねえ、ニコ君。精霊は――あなたの心の奥にある“言葉にならない想い”を、いちばん近くで見つめているんだと思います」

 僕は、そっと息を吸い込む。心臓の奥で、何かが静かに脈打つのを感じていた。

「でも、僕の想いは……時々、自分でもわからなくなるんです。守りたいって気持ちが、本当に正しいのかどうか、不安になることもあって……」

「それは、きっとみんな同じですよ」

 サンディさんは、微笑んだ。

「たとえば私だって、祈るときに“これでいいのかな”って、何度も迷ったことがあります。でも――それでも伝えようとする気持ちが、精霊との“橋”になるんだと思います」

「……橋?」

「うん。川の向こう側を見つめるように、不安でも手を伸ばす。その手を、精霊はいつも静かに受け取ってくれているんです。言葉がなくても、きっと」

 光の玉が、ふわりと舞い上がった。そのひとつが、僕の肩先にそっと降りてきて、小さく瞬いた。

「……わかってくれる、か」

 思わず呟いた言葉に、サンディさんが静かに頷く。

「力で守ろうとすることも、間違いじゃない。でも――“一緒にいたい”って願うことも、きっと精霊にはちゃんと伝わる。だから、怖がらなくていいんです」

 僕は、肩に乗った光の玉を両手で包み込む。温かな輝きが、じんわりと胸の奥に広がっていく。

「……ありがとう、サンディさん。少し、心が軽くなりました」

「ふふ、よかった」

 二人で歩き出す。静樹の回廊の先には、仲間たちの気配が戻り始めていた。

 クレアさんがこちらに気づき、小さく手を振る。ガルドさんは、遠くから無言で頷いた。リリィも、気配だけでそっと見守っている。

 そのとき、回廊の奥から、地面の根が微かに脈動しはじめた。柔らかな光が広がり、風がさざめく。

「……行こう。きっと、また何かが始まる気がする」

 心のどこかで、言葉にならない想いが、静かに響き続けていた。

 精霊は何も言わない。でも、きっと――“わかってくれている”そう信じて、また一歩、歩き出した。
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