英雄は根に咲く

ぼん

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第四部:根の奥へ

第18章:焔、暴れる 第1話:歪む焔の気配

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 深緑の聖域層――。

 その最奥へと踏み入った途端、世界の色がひとつ濁ったように思えた。空気は重く、奥底で何かがじわじわと蠢いている。

 僕たちは、根の最深部を目指して静かに歩みを進めていた。どこか安寧とは違う、ざわつく気配が、肌の内側にまとわりつく。

「……なんだ、この熱」

 カイさんが前を歩きながら、額の汗を拭う。

 普段なら軽口を飛ばす彼の声も、いまは低く、警戒の色を含んでいる。

 地の底を流れる根の網目が、じりじりと赤く脈打ち始めていた。

 足元の土は熱を帯び、壁の模様もどこか不自然に歪んで見える。その中を、ふわりと漂ういくつもの光の玉――精霊の気配も、妙にざわついていた。

 クレアさんが、そっと手元の光の玉を見下ろす。

「……精霊の流れが乱れてる。まるで、何かに怯えているみたい」

 リリィは、矢筒の残りを確かめながらも、いつも以上に沈黙を保っている。ガルドさんは盾を肩にかけ、ただ一言も発さず警戒を強めていた。

「カイさん、どこかおかしいですか?」

 僕は、胸元の光の玉を指先でなぞる。不安を紛らわせるように、ぎゅっと握りしめた。

「……ああ、たぶん――炎瘴の間だ」

 カイさんが小さく頷く。

 その時、遠くで何かが爆ぜるような音が響いた。

 根の奥から、強烈な熱気と光が一気に吹き上がる。

「行くぞ」

 カイさんの号令で、一行は足早に進路を変えた。

 ――炎瘴の間。

 根の力が集まり、灼熱と化した聖域層の危険地帯。

 空間全体がじりじりと焼けるような熱に満ち、光の玉たちもいつもの淡い輝きを失って、どこか苦しげに漂っている。

 その中心――

 焔の牙のレグナさんがいた。

 普段ならば誰よりも豪快な彼の周囲に、赤黒い熱の奔流が渦巻いている。

「レグナさん!」

 僕は思わず駆け寄ろうとした。だが、強烈な熱気に阻まれて、一歩も踏み出せない。

 レグナさんの胸元に集まる光の玉たちは、異常なまでに膨れ上がり、激しく震えていた。

 その中には、ひび割れ始めたものさえ混じっている。

「根の力と、精霊の気配が……混ざってる?」

 カイさんがぽつりと呟く。

「――何かが、ここで起きてる」

 リリィが低く言う。

 熱風が壁を揺らし、地の底の根が不自然なリズムで脈打っていた。

 僕の胸元の光の玉も、ただ事ではないと訴えるように熱く脈動している。

 レグナさんは、何もない遠くを睨んでいた。

 その顔には苦悩と怒気、そして何よりも――孤独な焦燥が浮かんでいる。

「誰も……俺の前に立つな」

 低い声が、空間を震わせた。

 熱がさらに膨れ上がり、炎瘴の間の空気全体が灼熱の檻へと変わっていく。

 その周囲で、光の玉たちが、まるで苦しむように揺れ続けている。

「レグナさん!」

 僕は再度呼びかけた。

 しかしレグナさんは、僕の声に振り向かず、ただ剣を地面に突き立てていた。

「誰にも、邪魔はさせない。全部、俺が守るんだ……全部、俺が……」

 その声音は低く、どこか遠い。

 カイさんが歯を食いしばる。

「……おい、あれは危ない。力の流れが……普通じゃないぞ」

 クレアさんが光の玉を握りしめる。

「精霊の流れが、歪んでいる。レグナさん、あなた自身が――」

「近づくな」

 レグナさんが、静かにそう言った。

 リリィが矢を番え、ガルドさんも盾を構えて前に出る。

「このままじゃ……」

 床を這う根の模様が赤く脈打ち始めた。根の奥から鈍く重い脈動が空間を揺らす。

 炎の奔流は、ますます勢いを増していく。

 僕の胸元の光の玉が、熱に反応するように震えた。何かが、ここからもう一段階、壊れてしまう――そんな直感があった。

「守るつもりでいたのに、いつのまにか……全部、力で抑え込もうとしている……」

 クレアさんの声がかすかに震えた。

 その時、レグナさんの手元で、ひとつの光の玉が鋭くひび割れた。

 同時に、空間全体に不穏な音が響き渡る。

 熱が、さらに膨れ上がる。

 カイさんが叫ぶ。

「離れろ、ニコ!これはもう……普通の暴走じゃない!」

 僕は立ち尽くしたまま、レグナさんを見つめていた。

 熱と焦燥に包まれながら、胸の中に、ずっと消えなかった問いが浮かぶ。

 ――守るって、なんだろう。

 守ろうとした力が、いつの間にか誰かを遠ざけ、従わせ、苦しめてしまう。

 レグナさんの“守り”は、いつから“支配”へと変わってしまったのか。

「……やめて、レグナさん! あなたの光は、そんなふうじゃなかったはずです!」

 声を張り上げても、熱の奔流に吸い込まれていく。

 炎瘴の間全体が、まるで意志を持ったように脈動し、不穏な熱が僕たちのいる空間すべてを覆い始めた。

 そのとき、クレアさんが小さく呟いた。

「……根の奥で、まだ何かが、目覚めてる」

 リリィが矢を下ろし、無言で周囲を見回す。

 ガルドさんが低く唸るように言う。

「このままじゃ……誰も、助からない」

 熱は、なおも高まっていく。

 根の力と精霊の気配が混ざり合い、何か決定的な“歪み”が生まれようとしていた。

 炎の奔流、光の玉の異常、根の奥の脈動。

 “暴走”はまだ始まったばかり――

 僕たちは、ただその中心に立ち尽くしていた。
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