英雄は根に咲く

ぼん

文字の大きさ
97 / 126
第四部:根の奥へ

第19章:芽吹きと呼ぶにはまだ早い 第2話:クレア── “信じること”への一歩

しおりを挟む
 静寂が空間を満たしていた。

 けれど、それは決して“何もない”静けさではなかった。交響の環──根の奥に生まれたこの不思議な場所で、クレアは自分の鼓動を数えるように、そっと立ち尽くしていた。

 仲間たちの気配は、すでに遠い。けれど、光の玉だけは彼女のすぐそばにあった。淡い金色の光が、そっとクレアの足元を照らしている。

 ──進め。

 心の奥で、そんな声がした気がした。けれど実際には、誰の声でもない。ただ、ここに立つ自分の奥底から、どこかで懐かしく響いたものだった。
 
 クレアはゆっくりと歩き出す。根の天蓋が高く広がるこの空間には、風ひとつ吹かない。歩みを進めるたびに、苔と土がやさしく足を受け止める。

 その静寂の中で自然と過去の自分を思い出していた。
 
 ──昔の自分。

 まだ誰も信じなかった頃。

 仲間を作ることも、誰かに寄りかかることもなく、生き抜くことだけが全てだった日々。

 冒険者でありながら、どこかで“独り”を選んでいた。

 誰にも本当の弱さを見せないことが、強さだと信じていた。

 傷つくのが怖かった。裏切られるのが、誰かに“頼ってみてしまう”自分自身が、何よりも怖かった。
 
 けれど今、胸元には小さな光の玉が寄り添っている。

 クレアは、そっとペンダントの器を指でなぞった。金属の冷たさの奥に、微かなぬくもりがある。
 
「……進めばいいのよね」

 呟いた声は、土と苔に吸い込まれた。

 返事はない。ただ、光の玉だけが、静かに前へと揺れている。
 
 道はやがて、緩やかな上り坂になった。天井の根が編み目のように重なり、わずかな隙間から青白い光がこぼれている。

 ふいに空気の密度が変わる。

 目の前に現れたのは、もう一人の“自分”だった。
 
 ──幻影。

 それは、かつての孤独な自分。

 誰も信じず、誰にも頼らず、ただ精霊と使命だけに身を預けていた少女。

 その瞳はまっすぐで、どこまでも冷たい。けれど、その奥に潜む寂しさを、今のクレアはよく知っていた。
 
「……あなたは、私?」

 問いかける声は震えていなかった。

 幻影は静かに、クレアを見返す。その目には、言葉にならない“問い”が揺れていた。
 
「なぜ、変わろうとしたの?」

 幻影のクレアがそう囁いた気がした。
 
 「誰も信じなければ、傷つかない。一人でいれば、裏切られることもない。そうやって、ここまで生き延びてきたはずなのに……」
 
 今のクレアは、そっと目を伏せた。

 そのとおりだ、と心の奥で認める。

 誰にも本音を明かせず、心を閉ざしてきた過去が、今も自分の中に根を張っている。
 
 けれど──。
 
「それでも、私は……」

 顔を上げた。その視線は、もう恐れを知らなかった。

「私は、一人じゃない。もう、そう思いたいの」
 
 光の玉が、淡く脈動する。

 その輝きが、クレアの影を後ろから包み込むように、ふわりと広がっていく。
 
「仲間がいる。私を支えてくれる人がいる。信じてみてもいいって、今は思えるの」
 
 幻影は、微かに表情を動かした。それは、かつての自分には持ち得なかった“やさしさ”の色だった。
 
「信じれば、きっと強くなれる。誰かを信じることで、自分自身も信じられるようになる。私は、それを“あの人たち”に教わった」
 
 その言葉に、光の玉が応える。

 柔らかな金色が、クレアの胸元で確かに揺れた。
 
 幻影のクレアは、やがて静かに消えていく。

 消えていく姿を見送りながら、クレアは一歩、前へと踏み出した。
 
「私は、もう一人じゃない──」
 
 土と苔を踏みしめる感覚が、確かに“今”を教えてくれる。

 誰かと繋がり、信じることが、こんなにも怖くて、そしてこんなにもあたたかいものだとは、昔の自分は知らなかった。
 
 クレアは胸元の器をそっと包み込みながら、次の一歩を踏み出す。

 その足取りには、確かな覚悟が宿っていた。

 しばらく歩くと、道はやがて細い橋となり、地下の川をまたいでいた。橋の下からは澄んだ水音が絶えず響いてくる。その流れも、まるで心の奥を洗うような静けさをたたえていた。

 クレアは立ち止まり、流れを見下ろす。水面に映るのは、今の自分の顔。そして──もう一つの、幼い自分の面影。
 
「怖かったのね」

 ふと、心の中で呟く。

 それは誰への言葉でもない。ただ、ずっと胸の奥に積もっていた本当の感情だった。
 
 信じたかった。けれど、信じることがあまりに怖かった。

 その弱さを隠すために、強く見せかけて生きてきた。

 冒険者になった日のことも、最初の依頼のことも、誰にも頼らずにやりきったあの夜のことも──。
 
 けれど今、その隣には“もう一人の自分”はいなかった。

 橋を渡った先に広がるのは、淡い光の玉が静かに舞う空間。仲間の気配は、まだ遠いけれど、決して失われたわけじゃない。
 
 歩を進めるたび、ペンダントの中の光の玉が優しく揺れる。

 仲間の声や笑い、涙や励まし。そのすべてが今の自分を包んでくれている。
 
「私は……ひとりで立ち続けることもできた。でも、今は違う」

 声に出してみると、不思議と胸の痛みが和らいだ。
 
「“信じること”は、弱さじゃない」
 
 そう呟いた瞬間、胸元の光の玉がふっと明るさを増す。

 その輝きが、クレア自身の歩みと共鳴し始める。
 
「ありがとう……」

 思わずそう呟く。

 それは、精霊へでも、仲間へでもなく、過去の自分自身への“許し”の言葉だった。
 
 光の玉が、ふいに空中へ舞い上がり、クレアの前に留まる。金色の輝きが空間を満たし、苔と土の匂いがやわらかく胸を撫でていく。
 
「私は、もう一人じゃない。信じてみる」

 その一歩は、確かに“前”へと踏み出された。
 
 静かに目を閉じると、光と音がやさしく満ちていくのを感じた。

 精霊の気配が、遠い昔よりもずっと近くに思えた。ただ心の奥底で“共鳴”する気配。

 自分の弱さも、痛みも、すべてを抱きしめてくれるような温かさが、胸の中心に広がっていく。
 
 光の玉が光を放ち、地底の大空間をやわらかく照らした。
 
 ──ありがとう。

 そんな言葉が、静かに空気へ溶けていく。
 
 歩き出したクレアの背後には、もう“孤独”はなかった。

 たとえ一人であっても、もう一人ではない。

 支え合い、信じ合う仲間がいること。その事実がクレアの歩みに確かな強さを与えてくれる。
 
 やがて光の玉が、彼女の進むべき道を静かに示す。

 次の試練へと誘うその輝きは、もはや恐れではなく優しさと勇気に満ちていた。
 
 胸の奥で、微かに芽吹くものがある。

 それはまだ“花”とは呼べない。けれど、確かな変化だった。
 
 ──芽吹きは、まだ早い。

 けれど、信じる一歩が、きっとすべての始まりになる。
 
 遠くで、仲間たちの足音や声が響く気がした。

 その音を頼りに、クレアは前へ進む。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

処理中です...