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おまけ1 前編

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「先生さようならー! また明日ね!」
「はい、また明日。気をつけて帰るんだよ」
「はーい!」
 元気な返事や明るい笑い声と共に、パタパタと遠ざかっていく軽い足音の群れ。足音の主達は四つ辻の前で1度立ち止まって振り向き、こちらに手を振ってから、三々五々各々の目指す方へ向かってバラけて行った。最後の1人が見えなくなるまで見送ってから、屋内に入る。
 今は夏だ。空調魔法の働いていない屋外は、立っているだけで汗が吹き出してくる暑さである。熱中症になるかもしれないし、用もないのに外に居続けるのは得策ではない。
 室内を見渡すと、規則的に並べた椅子と机が少し乱れていた。あの子達にはちゃんと片付けるように教えているけれど、こういう詰めが甘いところはまだ子供だな。そのことを微笑ましく思って、小さく笑う。
 椅子と机をキッチリ正しい位置に戻しながら、狭い建物の戸締りをしていく。ここは俺が街から借りている建物だ。元々は偶にある集会の会場として使われていたらしいのだが、街が発展して町民が多くなってきてからは手狭になって、集会の会場は新しい別の建物に移転。この建物は使われなくなった。そこを俺が『子供達に勉強を教えられる場所が欲しい』と言い出したら、快く貸してくれたのである。しかも、なんと無料で。『次世代の教育という公共の福祉の為に使うのだから』という理由らしい。太っ腹にも程がある。せめてでもの礼に建物の管理や修繕は俺がやっているが、それで恩が返せているかは正直怪しい。
 元を正せばどこから流れてきたのかも分からない余所者の俺に、大切な子供を任せるところからして、ここの人達はかなりのお人好しだ。実際、普段の授業料とは別に、しょっちゅう生徒が先生に渡せと親に持たされたからと言って食べ物やら小物やらをくれる。実にありがたいことだ。今も昔も、俺は他人の善意に生かしてもらっているな。
 屋内の戸締りの確認をしてから、外に出て建物に鍵をかける。いつもなら座学の後はこの建物の庭で騎士志望の子供達に剣術の指導をしているのだが、今日はお休みだ。建物の外周をグルっと回って外からもう一度、念の為に戸締りを確認してから、敷地から出た。
 俺はこの町で、子供達に勉強と剣術を教えて生活している。町から貰える補助金と、生徒の親からの謝礼が日々の糧だ。大金持ちというわけではないが、お陰様で毎日何不自由なく暮らして、僅かながらも貯蓄ができるくらいの稼ぎはある。子供相手の仕事は準備に実地に毎日休む暇もないくらいの忙しさだが、性に合っているらしくなかなか楽しくやっていた。
「あら、こんにちは、ホークショー先生。こんな時間にここで見かけるなんて、珍しいわね」
「こんにちは。実は今日は、午後の剣の鍛錬はお休みでして」
「あら、ということは、今日がなのね! まあまあ、直ぐ気が付かなくってごめんなさい! それなら先生、この魚持ってって!  さっき港から届いたばっかりで、新鮮で美味しいわよ!」
 そう言って大きな魚を差し出すのは、家族で魚屋を営むシュミットさんだ。何を隠そうこの家の三姉妹も、全員俺の生徒である。
「気持ちは嬉しいですけど、ちゃんとお代は払わせていただきますよ」
「何言ってんの! せっかくのお祝いの日でしょ! これは私からの贈り物。遠慮なんかしちゃ駄目よ!」
「しかしですねぇ……」
「仕方ないわねぇ、それじゃぁ、定価の半分でどう?」
 本当に気前がいいな。こっちが気を使ってもらってるのに、申し訳なくて遠慮するのが逆に失礼な気がしてくるくらいだ。苦笑しながらじゃあお言葉に甘えてそれで、と言うと、毎度あり! と元気のいい返事が返ってくる。今日のメインは魚で決定だな。あの子の大好物だから、ちょうどいい。シュミットさんにお礼を言って、魚屋を後にする。
 その後も買い物しようと店をいくつか回ったのだが、その度に『今日はお祝いなんでしょう?』と沢山のものを貰ってしまった。買ったものより貰ったものの方が多いなんて、どういう事だよ。本当にここの人達は気前がいい。また今度なにかお礼をしないとな。大荷物を抱え、えっちらおっちら帰路についた。
 家に帰ったのは昼ごはんももう終わりといった時間。途中で貰った軽食と果物を軽く摘んでから、家中の掃除をする。窓を磨いて、床を掃き、ベッドメイクは念入りに。家中くまなくピカピカだ。窓の外を見ると、太陽が随分傾いている。おっと、これはちょっと急がないと。掃除道具を片付け、さっさと食事の準備に移る。
 魚を捌いたり、サラダを作ったり、スープを煮込んだり忙しくしていると、あっという間に夕方だ。もうそろそろか? 1度料理の手を止め、キッチン以外の部屋にも灯りをつけに行く。
 リビングでランプを弄っていると、遠くからやってくる足音が。聞き覚えのある、忙しないその足音を聞いて、俺は自然と笑みを浮かべていた。明かりのついたランプをテーブルに置いて、扉の方を向きそれが開かれる瞬間を待つ。
「ただいま、サリー!」
「おかえり、オーウェン」
 扉を勢いよく開けてこちらに飛びついてきたその人を、両腕でしっかり抱きとめた。鎖骨の辺りにグリグリと頭を押し付けられるのを、擽ったさを我慢して甘受する。昔と変わらず俺に甘えてくるのは、俺の同居人であり、恋人でもある、オーウェンその人だ。成長して体が大きくなっても、こういう可愛らしいところは変わらない。
「オーウェン、まだご飯作ってる途中だから、離して」
「んー、もうちょっと……」
「もう、甘えたさんだな」
 よしよし、と頭を撫でて旋毛にキスをする。本当、図体は大きくなっても中身は昔と全然変わらない。まあ、そういう所もいいって思っちゃうんだけど。クスクスと笑っていると、オーウェンが少しムッとした顔でこちらを見る。おや、機嫌を損ねてしまったかな?
「サリー、また俺の事子供っぽいと思ったでしょう」
「まさか。甘えん坊で可愛いのは昔からだな、と思っただけさ」
「なんだよ、それ! 同じようなことじゃないか!」
 益々ムクれるオーウェン。どうやら拗ねさせてしまったようだ。まあ、この子も年頃だしな。子供扱いは嫌なんだろう。折角の日に諍いは嫌なので、素直に謝ることにする。
「ごめんよ。オーウェンのことが好きなもんだから、ついそういう感情と結び付けちまった」
「……悪いと思ってるのなら、キスして」
 そう言って目を閉じて顔を上向けるオーウェン。オーウェンが大きくなったと言っても元々俺の背が高いので、俺が屈んで協力しないとキスはできない。その事をやっぱり可愛く思いつつも、今度は学習して口には出さなかった。大人しく、オーウェンのそれに自分の唇を合わせる。
「ん、ふぅ……」
 オーウェンは直ぐに俺の唇を割り、口内に舌を侵入させてきた。上顎を舐められ、鼻にかかった声が漏れる。それに気を良くしたらしく、オーウェンはキスの角度を変えて更に俺の口内を舐った。舌を吸われたり、絡ませられたり、甘噛みされたり。その絶技にだんだんと頭の芯が蕩けていく。一頻り俺とのキスを楽しんだ後、オーウェンは漸く唇を離し、吐息のかかる距離で、色っぽく俺の名を呼んだ。
「サリー……」
 間近で見る美しい榛色に、ウットリと見惚れる。少し伸びた柔らかな前髪の隙間から覗くそれは、俺に対してギラギラとした焼け付くような視線を向けてきていた。それを見るだけで、背筋がブルリと震える。
 熱に浮かされたような目付きでお互い見つめ合う。腰に回されていた手が、服の上を滑り胸の所まで来て、プラケットを辿った。そしてオーウェンの手が、俺の服の第一釦にかかった、その時。
「はーい、お邪魔するわね! お誕生日おめでとう、オーウェン!」
 バタン、と大きな音を立てて、まだ鍵をかけていなかった玄関扉が開いた。俺とオーウェンはズコッ、とズッコケかけながらも、慌てて姿勢を正す。その様子を客人……マーゴはキョトンとした顔で見ていた。
「若しかして、お邪魔だったかしら?」
「いや、そんな、まさか! 全然何も邪魔していないよ、マーゴ! いきなり扉が開いて、ビックリしただけさ!」
「……それならそういうことにしておくけれど、今度からは我慢できなくても鍵をかけた方がいいかもしれないわね」
 ううっ、気を使われてる……。恥ずかしい……。カッカッと熱くなった顔をパタパタ仰ぎながら、何とか話を変えようと話題を探す。
「あ、そうだ! 料理の仕上げがまだなんだった! 人数揃ったし直ぐ持ってくるから、2人にテーブルの準備を任せていいか?」
「勿論! サリーの料理、楽しみだわ」
 これ幸いと急いでキッチンに戻る。料理の仕上げが終わる頃には、火照った熱はだいぶマシになっていた。湯気の立つ料理を皿に取り分け、リビングに持っていく。テーブルの準備を終えた2人が配膳を手伝ってくれて、直ぐにテーブルの上は豪華な料理でいっぱいになった。それぞれ席に着いたのを確認してから、コップを持ち上げ音頭を取る。
「じゃあ、改めましてオーウェン誕生日おめでとう」
「おめでとう!」
「ありがとう」
 そう、今日は記念すべきオーウェンの誕生日。早引けしたのも、買い物をしていたのも、道中色々貰ったのも、全部この為。前々から決めていた通り、俺とオーウェンといつの間にかいい友人となっていた魔女のマーゴの3人で祝っている。オーウェンの誕生日を3人だけで祝うのは、ここに来てからできた習慣の1つだ。
「はい、オーウェン。これプレゼント」
「ありがとう! 開けてもいい?」
「勿論!」
 マーゴの贈ったプレゼントは、珍しい内容の稀覯本。オーウェンが今学校で重点的に学んでいる分野のものらしい。これ、なかなか手に入らないんだよ、とオーウェンは喜んでいた。俺からの贈り物は万年筆。ここに来て直ぐに買ったものが使い過ぎて壊れそうだと言っていたから、その代わりにと思って。これも、オーウェンは喜んでくれた。それこそ、万年筆としてはかなりいいものだけど、珍しい本程高くもないのに、と申し訳なるくらいには。大切に使うね、という言葉の通り、とても大事そうにしまっていた。
「それにしても、大きくなったわね、オーウェン。まだ15歳なのにこれだけ大きくなったのなら、将来は庭に生えている林檎の木よりも高くなるんじゃない?」
「流石にそこまでは伸びないよ。でもまあ、まだまだ成長過程なのは確かだね。最近成長痛で関節が痛くて痛くて」
「あら、それなら今度、痛み止め持ってきてあげる」
「そういえば、こないだマーゴの持ってきてくれた香水、町の奥さん方に好評だぜ。値段も手頃だし、これならまたお願いしたいってさ」
「あら本当? 腕がなるわね。また材料の準備しないと」
「んっ! サリー! この魚、すっごく美味しい!」
「本当か? それは良かった。後でシュミットさんにお礼言っとかないといけないな」
 誕生日祝いの夕食の時間はやいのやいのと楽しく過ぎていく。話すことは沢山あった。それぞれの近況に始まり、最近夢中になってることから時事まで。マーゴによると、どうも俺達の祖国は俺達が国を出ていくことになったあの騒動以来、あちこちに悪評が広まってすっかり落ち目らしい。ついこの間、とうとう隣国の属国になったそうな。それを聞いてふーん、としか思わなかったのだから、俺も結構薄情だ。
 俺としてはそんなことよりも、オーウェンとマーゴが俺の料理を気に入ってくれるかどうかの方が気になった。結局、2人共用意したもの全部舌鼓を打って食べてくれたので、良かったけど。
 あと、昔話も少しした。前はあんなにぎこちなかったのに俺も敬語を使わずに話すのも大分慣れてきたねとか、オーウェンが一人称を『俺』に変えた時は俺が『オーウェンがグレた!』と大騒ぎして大変だったとか、色々。それと、この日の為に用意していたとっておきの酒を開けたけれど、3人共話に夢中になって全く手つけなかったのには笑ってしまった。兎に角とても楽しく有意義な時間だったとおもう。
 そして料理もあらかた片付き、夜も更けてきた頃。話の最中に窓の外を見て月の高さを確認したマーゴが、声を上げる。
「あら、もうこんな時間。まだまだ話したいけれど、続きはまた今度。今日はもうお暇するわ」
「本当だ、月があんな所にある。あんまり女性を遅くまで引き止めておくのも悪いしな、今回はここらでお開きにしとくか。話し疲れたろう。後の始末は俺らがやっておくから、早く帰りな。マーゴ、今日は来てくれてありがとう」
「こっちこそ、お招きくださってありがとう」
 普段と違って、泊まっていけばいいのに、とは言わなかった。マーゴの方もいつもなら泊まりを誘ってくるのに今日に限って、何も言わない俺達の態度の変化を態々指摘したりしない。大人の対応ってやつだ。聡い友人を持つとこういう時に有難い。
 玄関までマーゴのことを送って行って、そこからじゃあね、とマーゴが魔法で移動して消えるまで手を振り続ける。マーゴが帰ったのを見計らってから家に入り、扉を閉めた。いつもなら2人で途切れることなく話しながら片付けをしていくのだが、今日は違う。お互い何となく目も合わせないまま、黙々と食器を下げていく。食器の触れ合う小さな音だけが辺りに響いている。やがてその片付けも終わって、とうとう何もすることがなくなってしまった。
「……風呂、入る?」
「……うん」
「あ、じゃあ、オーウェン先に入ってくれよ。俺、やる事あるからさ」
「分かった」
 オーウェンは着替えをとってから、いそいそと風呂場に引っ込んだ。風呂場の扉が完全に閉まったのを確認してから、俺はその場に座り込み、ハァーッと大きな溜息をついた。
 この国に来て早2年。遂に……遂にこの日がやってきてたのか。話の始まりは2年前の冬。この国に来てから暫く、生活も落ち着いてきた頃のことだ。





 それは、いつもの通りお休みと言い合ってオーウェンと同じにベッドについて、眠ろうとした時のこと。ウトウトとしていた寝入り端、突然俺の上にのしかかる重みが。すわ寝込みを襲う敵襲かと兵士時代の癖でその重みの主を投げ飛ばそうとし、途中でそれがオーウェンだと気がついて慌てて止める。オーウェンは俺に襟首を掴まれベッドから中途半端にずり落ちた体制で何とか止まった。
「オ、オーウェン様! 申し訳ありません! お怪我はございませんか!?」
「ビ、ビックリしたぁ……。サリー、あなたってば本当に力が強いんだね。僕も幼子でもあるまいし結構重いのに、吹っ飛びかけたよ」
 急いでベッドの上にオーウェンを抱き上げ、怪我がないかあちこち引っくり返して確かめる。幸い背中を柔らかいベッドのマットレスに打ち付けただけで、オーウェンに大きな怪我はなかった。一先ずホッとひと安心して、胸を撫で下ろす。
「ああ、ご無事で本っ当に良かった……。オーウェン様、どうして私の上に乗ったのですか? 寝相が悪いわけでも、寝惚けてた訳でもないでしょう。今回は良くても、次も同じことをされたら今度こそ怪我をするかもしれませんよ」
 折角無事に祖国を出れたのに、オーウェンが上に乗ったばかりに寝惚けた俺に投げ飛ばされて首の骨を折って死亡、なんてシャレにもならない。俺はオーウェンのやることには滅多に苦言を呈したりしないのだが、こればっかりは流石に命に関わる事なので口を出させてもらった。すると、その答えとしてオーウェンが口にした言葉に、俺は度肝を抜かれることになる。
「ごめんなさい……。サリーのことを襲おうと思って、つい……」
「お、襲っ!?」
 えっ? ん? 何? 今なんて?
 襲う? 俺を? オーウェンが? どうして? 次々に浮かぶ疑問。答えの出ない問い。どういうことか分からなくて、俺は変な顔をしていたのだろう。そんな様子を見たオーウェンが、説明の言葉を続ける。
「だって、折角国から出られて自由になったんだ。時間も、余裕もできた。これで僕達、もう誰にも遠慮することなく愛し合えるだろう? 最後までは無理でも、その事前準備として、今ここで触りっこくらいしてもバチは当たらないと思わないか?」
 成程、言いたいことは分かった。つまりは『邪魔者がいなくなったんだから、心置きなくエロいことがしたい。もう我慢の限界だ』。と、言うことか。自分に素直でよろしい。若いって、凄いなぁ……。
 おっと、意識をお空の彼方に飛ばしている場合じゃなかった。今は目の前のことに集中しなくては。俺はオーウェンの目を真っ直ぐ見つめ、真剣な表情を作り口を開く。
「オーウェン様……それは、駄目です」
「えぇっ!? 何で!」
 不満も顕に大きな声を出すオーウェン。俺に詰め寄ろうとしたのを、慌てて押し止めた。俺は努めて平静でいられるように意識しながら、理由を説明し出す。
「いいですか、オーウェン様。あなたはまだ13歳です。そういうことを経験するには些か……いえ、大分早いと私は思うのです。そうですね、あと5年はお待ちいただいて」
「嫌だ! そんなに待てない!」
「では、あと4年と半年」
「さっきと半年しか変わってない!」
 オーウェンがムキになっている。我儘なんて『一緒のベッドで寝たい』くらいが精々だった、あのオーウェンが。成長を感じるな……。まあ、これをごねられても困るんだけど。さて、どうやって言いくるめようか、と俺が考え込んでいると、オーウェンがガバッと掛布団を捲って中に潜り込んだ。
 おや、諦めてふて寝することにしたのか? いつもと違って今日はやけにあっさり引くんだな。まあ、こっちとしてはその方が助かるんだけど。……なーんて、余裕ぶっこいて考えていたのが悪かった。
「っ!? っ、ちょっ、オーウェン様!?」
 なんと、突然伸びてきた手が、俺の寝巻きのズボンをずり下ろそうとしたのである! 犯人は考えるまでもない。オーウェンだ! モダモダと抵抗するが、形勢はこちらの方が圧倒的に不利。膂力や技術は元軍人の俺の方が上だが、俺の能力は対人戦闘特化。まさかオーウェンのことを蹴り飛ばす訳にもいかないし、こっちは遠慮があってもあっちは本気でズボンを脱がそうとしてくる。しばらく抵抗したものの、あえなくズボンは半端に脱がされてしまった。
「オーウェン様、本当にまってくださっ、!」
 足の間に入られたかと思うと、あっと思った時にはもう遅い。その前の攻防で脱げかけたパンツを、グイッと下ろされてしまう。しかも、それだけでなく、オーウェンは大口を開けて俺のを舐めようとして……。
「わああぁぁぁっ!」
 咄嗟に先手を打って、オーウェンの顔に枕をぶつけるように押し付ける。モゴッと苦しそうな声が聞こえたが、気にしている暇はない。オーウェンが藻掻いている間に慌ててパンツとズボンを履き直し、ベッドを降りて部屋の隅に行った。オーウェンは押し付けられた枕を投げ捨て、怒りも顕に声を荒らげる。
「何をするんだ!」
「あなたこそ、何をなさるんですか!」
「僕はただ、サリーのペニスを舐めて、その気にさせようと思って……」
「そ、そんなはしたないこと、オーウェン様はやらなくていいんですよ!」
「サリーは昔僕にやってくれただろう! しかもちょっと無理矢理だった!」
 ヴッ、その事を言われるともう何も言い返せなくなってしまう。まさか、過去の自分の行いが首を絞めることになるとは。一生の不覚。黙り込む俺に、オーウェンはさらに畳みかけてきた。
「愛する人と交わりたいと思って、何が悪いんだ! 世の恋人達は普通にやっているぞ! そりゃあ、確かに僕はまだ子供だ。そのことは認める。でも、だからって僕の気持ちを軽く扱って欲しくないんだ。例え十余年しか生きていなくても、この気持ちは世間的な恋人に抱く愛と何も変わらない。お願い、サリー。僕を受け入れて。僕は不安なんだ。いつかあなたが正気に戻って、やっぱり僕との事は気の迷いだった、よく考えたらそういう対象には見れない、と言って離れていってしまわないか、心配で心配で……」
「オーウェン様……」
 掛け布団を皺になる程強く握り締め、俯きがちに言葉を絞り出すオーウェン。その顔は泣くのを堪えているようにも見える。不安のせいか、ただでさえ小柄な彼の体はいつもより更に一回り小さく感じられた。
 あの日のことを思い出す。オーウェンの幸せを願い、彼の手を離した日のことを。あの時俺は、確かに思ったじゃないか。愛しいこの子の幸せな未来の為なら、何だってしてやるって。
 今のオーウェンは幸せなのか? 俺が不甲斐ないばっかりに俺の心を疑い、来もしない離別の未来を恐れ、すっかり萎縮してしまっている。その表情は悲しみと不安で曇っていた。俺は、こんな顔をさせる為にオーウェンを縛る戒めを解いたのではない。危うく大切なことを見落とすところだった。
「……分かりました。御相手いたしましょう」
「本当か!? 言質は取ったぞ!! 男に二言はないからな!!!」
 オーウェンはバッと顔を上げ、力強くヨシッッッ! と握り締めた拳を天高く掲げた。そこには先程まで背負っていた悲壮な空気は微塵もない。むしろ、俺から自分の望んだ言質を取ったことで元気ハツラツだ。……若しかして、嵌められた?
「あ、あの。オーウェンさ」
「よし、そうと来たら、早速やろう! 今やろう! 直ぐやろう! サリーは上がいい? それとも下? 両方でもいいよ。どれでも必ずあなたを満足させてみせるからね!」
「ま、待ってくださいっ!」
 バッ! と手を前に出して、矢継ぎ早に話していたのを一旦止めさせる。不満そうな顔をしたオーウェンが口を開く前に、慌てて言葉を発した。
「御相手はいたします! いたしますけども! あと2年お待ちください! せめてあなたが成人してからにしましょう!」
「はぁ!? そんなの絶対無理だよ! なんかこう、色々と爆発する!」
「では、前戯まではやってもいいです! 慣らしも必要でしょうしね! でも、本番は2年後のあなたの成人までは絶対に駄目です! これはケジメですから! 承知していただけないのなら、一生そういうことはなしにしますよ!?」
「でも……」
「オーウェン様」
 これ以上は1歩も譲歩しない、と重々しく名前を呼ばうことで思い知らせる。オーウェンは少し不満そうに何か言いたげだったが『一生なしにする』という俺の言葉に思うところがあったようで、それ以上は何も言わなかった。それに一安心して、俺は肩の力を抜く。
「それと、もう1つ条件が。受け入れる側は負担が大きいですから、私がやります。体格が大きい方が受け手をやる方が、色々と都合がいいですしね。よろしいですか?」
「それは、僕は構わないけど……。サリーはいいの? 男なら、突っ込む方やりたいものじゃない?」
「私はオーウェン様と褥を共にできるのなら、どんな役割でも喜んでお受けいたしますよ」
 本心からの言葉だったが、それを聞いたオーウェンはなんだか変な顔をする。何だよ。俺、何かおかしなこと言ったか?
「……狡い、サリー。余裕綽々にそんなこと言って、我儘ばっかの僕が子供みたいだ」
「そう思うのならあと2年頑張って耐えて、我慢のできる大人なところを見せてください」
「うん、分かった。あと2年だ。僕が15歳になった時、サリーを抱く。それまでは我慢する」
 やれやれ、何とか言いくるめられたみたいだ。無理矢理押し切られたら彼に甘い俺では拒みきれなかっただろうから、良かった。ホッと胸をなでおろしていると、何故かベッドを降りてこちらに近寄るオーウェン。おい、何だよ。どうした。何をしようとしている。思わず後退ろうとするが、無慈悲にも後ろは壁。さっき部屋の隅に逃げたからな。またもや過去の自分の行動が首を絞めてくる!
「本番がまだ先なのは納得したけど……前戯は我慢しなくてもいいんだよね?」
「それは……」
「男に二言はなしだよ、サリー」
「……分かりましたよ」
「やったぁ!」
 最早為す術なし。ウキウキ気分でスキップでもしそうなオーウェンに、ベッドに連れ戻される。結局その日、俺は朝までオーウェンに離して貰えなかった。
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