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おまけ2 (攻め視点)
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人生を生きるとは、なんと難しいことだろう。何かを望んで、その為に身命を削りどれだけ努力しても、報われることはない。少なくとも、俺の人生はそうだった。
いつも実態をよく知らないまま『愛』というものを求めて奔走し、それを得られず挫折し、絶望している泥沼のような人生。辛いだなんて、単純な一言で簡単に表せるようなもんじゃない。毎日生きるのが苦しくて苦しくて、堪らなかった。
ただ、誰かに愛して欲しい。周りの人間はいとも簡単に叶えている愛を得るという行為を、こんなにも渇望している自分が与えられないなんて、不公平だとも思った。一時期はいっそ死んでしまおうかと思うくらい、追い詰められていたと記憶している。
そんな俺にも、たった1人俺だけを愛してくれる恋人ができた。彼の名前は 日波 傑。同い年で、大きく立派な体と、オドオドした中身のギャップが可愛い素敵な人だ。俺の度を過ぎた独占欲も、激しい嫉妬心も、全部まるっと受け止めてくれる、正しく天使のような器の持ち主。料理上手で、頭がよくって、優しくって、純粋で、真面目で、一途で……あと、とってもエロい。
なんで彼みたいに魅力的な人間が俺なんかと付き合ってくれているのか、未だに謎である。俺はそんな魅力満載の傑に、もうベタ惚れだ。自分でもあいつを見つめる時、目がハートになってると思う。マジで傑ってばそんくらい可愛いんだよ。
これでもし傑に捨てられでもしたら、俺はショック死するだろう。傑にその話をすると、いつも決まって『それは逆でしょ』と笑われる。曰く、もし相手に捨てられるとしたら、それは俺じゃなくて傑の方なんだそうだ。全く理解できない。誰が好き好んでこんな素敵な恋人を捨てようと思うものか。ましてや俺は傑の存在を生まれてから20年近く待ち望んでいたんだ。絶対手放してなんかやらない。傑は永遠に俺の隣にいればいいんだ。
今日は、その大好きな恋人との初デート。『あんまり雰囲気があると逆上せちゃうから程々に手を抜いたデートプランでお願い』という傑の要望で、デート場所はある程度気の抜けるショッピングモールで行われることになった。傑の要望も鑑みつつ大まかなデートコースとしては『雑貨屋でお揃いのグッズを探す→フードコートで食事→映画を見る』こんな感じだ。
俺としては、できればそのあと傑を家に連れ込んで……なんてことを考えたり考えなかったりしている。ガッツいてると思われるかもしれないが、あんだけ魅力的な恋人を持って、我慢できるはずもない。せめて今日のうちにキスくらいは済ませたいものだ。
それにしても、傑のやつ遅いな。
いや、待ち合わせの時間まではまだまだ余裕があるんだけども、あいつの性格上、2時間以上前からスタンバってそうなもんなんだが。待ち合わせ場所のオブジェの前で時間を確認しつつ首を捻っていると、先程から遠くでチラチラとこちらを見ていた派手な格好をした女がこちらによってきて、声をかけられる。
「あのー、すいません。お1人ですか? 私も今日1人なんですけど、よかったら……」
「悪いけど、恋人と待ち合わせ中だから」
素っ気なく返事を返すと、女は残念そうにしながらも遠ざかっていく。しつこくしない相手でよかった。自分の見た目が、人を引き寄せるものだというのは自覚している。昔は見た目も他人に好かれるための道具として活用していたが、恋人ができた今となっては煩わしくて仕方がない。
おかげで全身から近寄るなオーラを出している筈なのに、今でも知らない女にしょっちゅう声をかけられる。それにしたって今日は声をかけられる回数が多い。ここ10分の間に、さっきの女でもう3人目だ。初デートだから、気合を入れた格好をしてきたせいかもしれない。俺がモテたいのは、傑1人だけなのに。こんなことなら、デート気分を味わう為とかなんとか言って待ち合わせせずに、隣同士に住んでるんだから、最初から2人一緒に家を出りゃよかった。
ああくそっ! 柄にもなく遅刻している傑が心配で、ついつい余計なことを考えてしまう。アイツの事だから寝坊とかはありえないし、自惚れでもなんでもなくて、連絡もなしに俺を待たせるなんて、マジで事故かなにかにでもあったんじゃないだろうか?
そういえば、こないだアイツからGPS付きのネックレスを貰ったんだった。お揃いでアイツも俺と同じのをつけているはずだから、確認すれば傑の今いる場所なんて一発で分かるじゃないか。
早速教えてもらったばかりのGPSの位置情報の取得の仕方を思い出しながら携帯をいじっていると、前方から誰かが駆け寄ってくる気配がした。覚えのあるそのその足音に、表には出さないが、内心とホッとする。
なんだ、やっぱり俺が早く着きすぎただけで、傑が事故にあったんでもなんでもなかったんじゃないか。杞憂に終わってよかった。安心して携帯から顔を上げるも、膝に手をつき走ってきたせいで乱れた息を整える人物を見て、ピシリと体が固まる。
「遅れてごめん! 家は早めに出たんだけど、今日に限ってアンケートのお兄さんとか、道に迷ったお姉さんとかに捕まっちゃってさ。結構待ったでしょ?」
こちらにかけられた声は間違いなく恋人の喬のものだ。
だが、肩で息をしながら俺を見るコイツは一体誰だ? 全く見覚えがない人間が、見知った恋人のあのとろけるような甘い声で話しかけてくる、このわけの分からない現象が起きてるのは、俺の脳がバグっているからか?
「……喬くん? どうしたの? 口も聞きたくないほど怒ってるの?」
目の前の男に心配そうに声をかけられ、ハッとする。改めて男を頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察してみるが、やはり少しの見覚えもない。
ファッショナブルな身なりは普段付き合いのある友人達によくいる格好だが、こんなヤツいただろうか? そもそもこれだけ背が高い知り合いは恋人の傑くらいしか思いつかない。
だが、傑はこんなに服装に気を使うような男ではなかったはずだ。アイツは服装なんて布が通報さえされない程度に体を覆っていたら、それでいいと思ってる節がある。基本的に上に着るものは全部シャツで下に履くものは全部ズボンと呼んでる感覚の人間が、突然ファッションに敏感になってここまでオシャレに決めてこれる筈もない。
なにより、俺にはこの男をハッキリと自分の恋人と言い切れない理由がある。
眼前の男が傑であるという確信がいまいち持てず、半信半疑で間抜けなことを尋ねた。
「お前……ひょっとして傑か?」
「そうだけど……どうしてそんなこと聞くの?」
言える筈がない。長い前髪をさっぱり切った目の前の男の顔に、見覚えがないってことを。そもそも俺はいつも前髪を伸ばしている傑の顔を、ちゃんと見えてなくて覚えてないから判別がつかないってことを。
ただ、まあ、滅多にないほど高い背と、メタモルフォーゼする前と少しも変わらない声と仕草で、この男は恋人の傑だと判断できよう。なにより視覚情報から見れば全くの別人だが、俺の本能が『こいつは傑だ』と告げている。よし、こいつは恋人の傑だ。間違いない。見た目が様変わりして多少うろたえたが、それくらいで俺が傑を見間違えるはずないもんな。自分の野生の勘を信じよう。
取り敢えず、男の正体が傑と分かったのなら、一体全体どうしてコイツがこんな格好をしているのか解明すべきか。
「おい、傑。何なんだ今日のその格好は?」
「んと、上着と、シャツと、ズボンです。こっちは時計」
「そういうこと聞いてんじゃねぇーよ。つか、髪どうした」
「これはねぇ、テクノカットって言うんだって。でも、ワカメちゃんヘアーにしか見えないよねぇ。喬くんもそう思わない?」
「だから、そういうこと聞いてんじゃねぇってば!」
普段から少しズレてる傑は、俺の言わんとしていることが分からないらしい。小首を傾げてキョトンとしている。ああもう、そんなところも可愛いな!
「俺は、なんでお前が急にそんな格好したのかって聞いてんの!」
「だって……今日はせっかくの初デートでしょ? だからオシャレに決めてきたんだよ! 僕が変な格好してたら隣にいる君まで笑われるかもしれないし、そんなの嫌だもん」
傑はなんの衒いもなく飄々と言ってのけた。
確かに、今の傑はかなり洒落ている。
人を選びそうな先鋭的な髪型も、スッキリとしてバランスのとれた顔立ちと切れ長の目にはよく似合っているし、柄にもないシックなファッションも傑の良さを引き立てていて、前までのもっさりした暗い雰囲気の男と同一人物とは、とてもじゃないが思えない。ここに来るまでの間に沢山声をかけらたと言っていたが、十中八九そいつら全員下心ありきで傑に近づいたんだろう。
「喬くん、やっぱこの格好気に入らなかった? 僕、自分のセンス信じられないからこういうの得意な叔父さんに選んでもらったから、いけると思ったんだけど……」
……はぁ? 薄々勘づいてたけど、その格好、やっぱり俺以外の男に選ばせたのか。他の男に選ばせた格好で嫉妬深い彼氏とのデートの場にやってくるとか……いや、落ち着け自分。傑は変なところで抜けてるから、そこに含ませた意味なんて一切なくて、これは純粋に恋人の前ではオシャレでいたいという思いからの行為に違いない。せっかく俺の為に洒落込んできてくれたのに、こっちの都合で勝手に怒ってはだめだ。
「いや……よく似合ってるよ」
「本当? よかったぁ」
悟られないように怒りを抑えているせいでぶっきら棒になってしまった誉め言葉にも、傑はフニャリと蕩けるような笑みを浮かべる。
まあ、悔しいが今の服装が傑によく似合っているというのは本当だ。
タイトなジャケットとボトムスで作ったIラインシルエットは傑の細い体を引き立てていて、背が高いのもあいまりいい意味で人目を引く。靴だっていつもの汚れたスニーカーじゃなくて、ちゃんとした革の紐靴だ。動きが制限されると言って嫌っていた時計だって今日はちゃんと着けていて、それがいいアクセントになっている。俺とお揃いのGPS付きネックレスとの相性もよく考えてあるらしいそのファッションは、一目で傑の良さをわかっている人間の仕事だとすぐ分かった。こいつのことをよくよく知っているのは、俺一人で十分なのに。
だが、傑の叔父さんとやらのプロデュース力は認めざるを得ない。特に傑に髪を切らせたのは英断だろう。前の野暮ったい長髪スタイルもサラサラの髪が触り心地が良くて俺は好きだったが、今の清潔感のある髪型も嫌いじゃない。特にうなじから刈り上げられた生え際にかかるラインがエロくて唆る。なにより長い前髪を切ったせいで、傑の綺麗に整った顔が見れるようになったのがデカい。
もちろん今でも髪をはらった傑の顔を真正面から見たことがない訳ではなかったが、それは大抵セックスの最中だったりするので、他のことに必死で頭がはっきりした状態で傑の顔を眺めるのはこれがほぼ初めてになる。改めて見ると、なんていい男なんだろうか。惚れた欲目も多分にあるだろうが、涼やかな目元とキリッとした怒り眉、少し口角が上がっていて柔和な印象を与える口が小さな顔にバランスよく配置されていて、道行く人から次々に声をかけられるのも頷ける男振りだ。
この活発そうな顔立ちで今みたいに、傑が標準装備している自虐的な考え方から来るらしい自信なさげな表情をされてしまうと、堪らなく庇護欲が掻き立てられる。
だがそれは、ここに来るまでに俺もまともに見たことがなかった傑の素顔を、俺より先に不特定多数の輩に見せびらかしてきたということだ。
「この格好、喬くんが気に入ってくれるかドキドキだったから、お気に召して安心したよ。髪もちょっと嫌だったけど、思い切ってバッサリ切ってよかった」
いいわけあるか! 傑のあのサラサラの髪を俺以外の誰かが触った挙句、切ったんだぞ? ここに来るまでの間も、通りすがりの赤の他人風情がお前の顔を眺めまわしてたんだろ? ちっともよくない! そいつら全員目玉穿り返しても足りないくらいだ!
ああ、でも! 俺のために世間から自分を守るバリアー代わりだった髪を切って、精いっぱい悩んでめかしこんできたであろう、健気な傑相手にこんな身勝手な怒り方できっこない。ここは男らしく、傑の彼氏として懐の深いところを見せるため、グッと我慢だ。
「走ってきて喉乾いたろ? 今そこの自販機で飲み物買ってきてやるよ」
「そんな、待たせた上にそこまでやってもらっちゃ……」
「いーからいーから! これ位任せておけって!」
傑の反対を無理やり押しとどめ、半ば振り切るようにしてその場を離れる。一旦傑から離れて頭を冷やそうという算段だ。折角の初デートなのに、俺の狭量のせいで台無しにしてしまったら一生悔いが残るだろう。傑は優しいから俺のこの難儀な性格をどこまでも許容してくれるが、だからって甘えっぱなしではいけない。俺もどこかで自制しなくては。
まずは深呼吸。次に10までユックリ数を数える。
よし、だいぶ落ち着いたな。飲み物も買ったし、これで傑とのデートを平和に再開できる。
……と、思ってたのに。
「すみません、今お時間ありますか?ウチ、暇してるんですけど、ちょっと一緒にお茶とか行きません?」
「えっ、時間ですかえーっと……」
傑のところに戻ってみると、頭を冷やす為にそばを離れているちょっとの間に、なんとアイツはまた女に声をかけられていたのだ。
なんなんだその受け答え! さっさとキッパリ断れよ! こういうのに慣れてないからもたつくのは当たり前だと頭では分かっていても、その煮え切らない態度にやっぱりムカつく。そんな傑の見た目しか見てないクソ女相手に何ヘラヘラ愛想笑いしてんだ! お前の笑顔見ていいのは俺だけだろ! ていうかもっと離れろや! なに体触れるくらい近寄らせてんだよ、今にも腕を組まれそうになってるじゃねぇか! 突き飛ばすなりなんなりして振り払えや!
怒りのあまり手に力がこもり、今しがた買ったばかりのスチール缶が手の中でべコリと歪む。
駄目だ、もうこれ以上耐えられねぇ。
「あー、ゴメンね。俺達これから用事あるから。他当たって」
「わ、喬くん!?」
女と傑との間に無理やり体を割り込ませ、2人を無理やり引き離す。驚いて声を上げた傑を無視して、細い手首をムンズと掴み足早にその場を離れる。
あー駄目だ。折角の傑との初デートなのに、何もかもが気に入らなくて腹が立つ。叔父さんに見立ててもらったという傑の格好も、俺が必死に周りから隠そうとしている傑の魅力をアイツ自身が理解せず無頓着に見せびらかしてしまうことも、声をかけてきた女を慣れていなくてうまく躱せなかったという傑にはどうしようもないことですら、腹が立ってしょうがない。むしろ思い出したら余計ムカついてきた。
クソッ! イメチェンがなんだ。傑はそのままでも十分魅力的だから手を加えなかっただけで、こいつの魅力に気が付いたのは俺が1番最初なんだからな! そもそも傑が自分のことに無頓着なのがいけないんだ! それでこないだの合コンでも酷い目にあってたってあとから聞いたし。人を見た目で判断する奴には碌な奴がいないんだ。きっとさっき傑の顔を見て寄ってきた女だってろくでなしに違いない。だいたい何であれくらいパッパとかわせないんだよ。適当なこと言ってあしらえばいいだろうが! それとも何か? 傑の方もモテはじめてまんざらじゃないのか? なんだかんだ言って男の俺より女のほうが良くなったのか? ……ふざけんなそんなの絶対許さねえ。ここまで来たら、手足切り落として閉じ込めてでも俺のものに……
「ちょっ……止まって、喬くん!」
傑の逼迫した呼びかけに、ハッと意識が引き戻される。
後ろを振り返ると俺に手を掴まれたまま、少し体制を崩して顔をしかめる傑の姿があった。
……やってしまった。一気に頭から血の気が引く。
「傑……俺、また……」
まただ、またやってしまった。もう二度と怒りに任せて傑に接しないって誓ったのに。
どうして俺はいつもこうなんだ。すぐ頭に血が上って自分の感情を優先させ、大切なものを傷つける。冷静に考えれば到底ありえないような妄執に取りつかれて、どんな時も俺に直向きな傑を疑ってばかりだ。
果たして、こんな醜い俺は、本当に人に愛される資格があるんだろうか? 今まで俺が大勢の人間に捨てられてきたのは、当然の結果だったんじゃないのか?
「喬くん」
どこまでも重く沈んでいく俺の思考を、傑の声が遮る。それにつられて顔を上げると、予想に反して傑の脅えた表情ではなく、明るい笑顔に迎えられた。
「喬くんありがとー! あの人しつこくって困ってたんだよ。本当は自分でお断りしなくちゃいけないんだろうけど、僕ああいう時どうしていいかわからないから、メッチャ助かった! ピンチになったら颯爽と現れて問題を解決してくれるカッコいい恋人がいて、僕は幸せ者だなぁ。ていうか、僕って君に助けられてばっかだね。合コンの時もこんな感じだったもんね」
ペラペラとまくしたてられ、こちらからは何も言えずポカンとしてしまう。まさか今の乱暴な行為を自分を助ける為だけにやったととらえる馬鹿はいないだろう。傑だってそうだ。その証拠に何か取り繕うように俺をベタ褒めしている。
「傑、俺……」
「待って。喬くんの言いたいことは分かるよ。怒っちゃって我を失っちゃったこととか、そんなとこでしょ? 先に言っちゃうけど、そのことで僕は引いたりしないし、別れようと思ったりもしないから。君が怒るのは僕のこと好きだって気持ちの裏返しだって知ってるし、それだけ強く思われてるってことだもん。僕は君のそういうところも含めて好きになったんだから、変な遠慮はしないでほしいな」
ニコニコと笑いながら、明るく楽しそうに傑が俺に語り掛ける。話の内容だけでなく、それだけで救われたような気持ちになる。今まで俺は、ありのままの自分を認めもらい、そのまま愛してもらいたくてもがき苦しんでいた。
しかし、本当の俺はとても醜くて自分勝手な人間だ。嫉妬深くて、独占欲が強くて、こと自分が愛されるということに関しては必死になってすぐ頭に血が上る。今だってそうだ。到底受け入れやすい人間などではない。
この醜い本性を押し殺さなければ、だれにも受け入れてもらえないものだと思っていたのに。
それなのに傑は、こんな醜い俺をそのまま愛してくれるという。こんな都合のいい夢みたいなこと、あっていいのだろうか? やっぱり傑は俺の天使で、運命の相手に違いない。
「ね、ちょっとドタバタしちゃったけど、デートをはじめようよ。僕、昨日生まれて初めて楽しみすぎて夜寝られないなんて経験したんだからね ここで中止とか絶対嫌だよ!」
おどけた調子で両手をひかれた。何か嫌なことがあっても、こんな風にして、すぐに傑が俺の気持ちを切り替えさせてくれる。俺はいっつもそんな傑の態度に助けられているんだ。
「……なあ、このままだとどうせどこいっても声かけられるだろうし、行き先変更していい?」
「いいけど……どこに行くの?」
「まずは服屋そこで今度は俺がおまえを全身コーディネートする。恋人が他の男に選んでもらった服を着たままデートとか俺が嫌だから」
「な、なるほど……」
傑が感心した様子で感心したような声を上げる。きっと心の中で普通のデートもこんなふうなんだろうな、と勘違いしているに違いない。
「それでその次はジュエリー店。そこで指輪買う」
「はいぃっ!?」
「愛の告白と一緒にGPS付きのネックレス首輪貰ったんだから、プロポーズと一緒に虫除け機能付きの結婚指輪を買ってやるよ」
「マ、マジスカ」
「あはは、マジですよ」
カチコチに固まった傑の手を、今度は優しく引いて前に進む。
もう、先程までの暗い雰囲気は二人の間にない。
これからもきっと、俺達の間には沢山の問題が降り掛かってくるだろう。
けれど、傑と一緒ならばどんな問題も乗り越えていけるはずだ。
きっと2人の未来は明るいものに違いない。
いつも実態をよく知らないまま『愛』というものを求めて奔走し、それを得られず挫折し、絶望している泥沼のような人生。辛いだなんて、単純な一言で簡単に表せるようなもんじゃない。毎日生きるのが苦しくて苦しくて、堪らなかった。
ただ、誰かに愛して欲しい。周りの人間はいとも簡単に叶えている愛を得るという行為を、こんなにも渇望している自分が与えられないなんて、不公平だとも思った。一時期はいっそ死んでしまおうかと思うくらい、追い詰められていたと記憶している。
そんな俺にも、たった1人俺だけを愛してくれる恋人ができた。彼の名前は 日波 傑。同い年で、大きく立派な体と、オドオドした中身のギャップが可愛い素敵な人だ。俺の度を過ぎた独占欲も、激しい嫉妬心も、全部まるっと受け止めてくれる、正しく天使のような器の持ち主。料理上手で、頭がよくって、優しくって、純粋で、真面目で、一途で……あと、とってもエロい。
なんで彼みたいに魅力的な人間が俺なんかと付き合ってくれているのか、未だに謎である。俺はそんな魅力満載の傑に、もうベタ惚れだ。自分でもあいつを見つめる時、目がハートになってると思う。マジで傑ってばそんくらい可愛いんだよ。
これでもし傑に捨てられでもしたら、俺はショック死するだろう。傑にその話をすると、いつも決まって『それは逆でしょ』と笑われる。曰く、もし相手に捨てられるとしたら、それは俺じゃなくて傑の方なんだそうだ。全く理解できない。誰が好き好んでこんな素敵な恋人を捨てようと思うものか。ましてや俺は傑の存在を生まれてから20年近く待ち望んでいたんだ。絶対手放してなんかやらない。傑は永遠に俺の隣にいればいいんだ。
今日は、その大好きな恋人との初デート。『あんまり雰囲気があると逆上せちゃうから程々に手を抜いたデートプランでお願い』という傑の要望で、デート場所はある程度気の抜けるショッピングモールで行われることになった。傑の要望も鑑みつつ大まかなデートコースとしては『雑貨屋でお揃いのグッズを探す→フードコートで食事→映画を見る』こんな感じだ。
俺としては、できればそのあと傑を家に連れ込んで……なんてことを考えたり考えなかったりしている。ガッツいてると思われるかもしれないが、あんだけ魅力的な恋人を持って、我慢できるはずもない。せめて今日のうちにキスくらいは済ませたいものだ。
それにしても、傑のやつ遅いな。
いや、待ち合わせの時間まではまだまだ余裕があるんだけども、あいつの性格上、2時間以上前からスタンバってそうなもんなんだが。待ち合わせ場所のオブジェの前で時間を確認しつつ首を捻っていると、先程から遠くでチラチラとこちらを見ていた派手な格好をした女がこちらによってきて、声をかけられる。
「あのー、すいません。お1人ですか? 私も今日1人なんですけど、よかったら……」
「悪いけど、恋人と待ち合わせ中だから」
素っ気なく返事を返すと、女は残念そうにしながらも遠ざかっていく。しつこくしない相手でよかった。自分の見た目が、人を引き寄せるものだというのは自覚している。昔は見た目も他人に好かれるための道具として活用していたが、恋人ができた今となっては煩わしくて仕方がない。
おかげで全身から近寄るなオーラを出している筈なのに、今でも知らない女にしょっちゅう声をかけられる。それにしたって今日は声をかけられる回数が多い。ここ10分の間に、さっきの女でもう3人目だ。初デートだから、気合を入れた格好をしてきたせいかもしれない。俺がモテたいのは、傑1人だけなのに。こんなことなら、デート気分を味わう為とかなんとか言って待ち合わせせずに、隣同士に住んでるんだから、最初から2人一緒に家を出りゃよかった。
ああくそっ! 柄にもなく遅刻している傑が心配で、ついつい余計なことを考えてしまう。アイツの事だから寝坊とかはありえないし、自惚れでもなんでもなくて、連絡もなしに俺を待たせるなんて、マジで事故かなにかにでもあったんじゃないだろうか?
そういえば、こないだアイツからGPS付きのネックレスを貰ったんだった。お揃いでアイツも俺と同じのをつけているはずだから、確認すれば傑の今いる場所なんて一発で分かるじゃないか。
早速教えてもらったばかりのGPSの位置情報の取得の仕方を思い出しながら携帯をいじっていると、前方から誰かが駆け寄ってくる気配がした。覚えのあるそのその足音に、表には出さないが、内心とホッとする。
なんだ、やっぱり俺が早く着きすぎただけで、傑が事故にあったんでもなんでもなかったんじゃないか。杞憂に終わってよかった。安心して携帯から顔を上げるも、膝に手をつき走ってきたせいで乱れた息を整える人物を見て、ピシリと体が固まる。
「遅れてごめん! 家は早めに出たんだけど、今日に限ってアンケートのお兄さんとか、道に迷ったお姉さんとかに捕まっちゃってさ。結構待ったでしょ?」
こちらにかけられた声は間違いなく恋人の喬のものだ。
だが、肩で息をしながら俺を見るコイツは一体誰だ? 全く見覚えがない人間が、見知った恋人のあのとろけるような甘い声で話しかけてくる、このわけの分からない現象が起きてるのは、俺の脳がバグっているからか?
「……喬くん? どうしたの? 口も聞きたくないほど怒ってるの?」
目の前の男に心配そうに声をかけられ、ハッとする。改めて男を頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察してみるが、やはり少しの見覚えもない。
ファッショナブルな身なりは普段付き合いのある友人達によくいる格好だが、こんなヤツいただろうか? そもそもこれだけ背が高い知り合いは恋人の傑くらいしか思いつかない。
だが、傑はこんなに服装に気を使うような男ではなかったはずだ。アイツは服装なんて布が通報さえされない程度に体を覆っていたら、それでいいと思ってる節がある。基本的に上に着るものは全部シャツで下に履くものは全部ズボンと呼んでる感覚の人間が、突然ファッションに敏感になってここまでオシャレに決めてこれる筈もない。
なにより、俺にはこの男をハッキリと自分の恋人と言い切れない理由がある。
眼前の男が傑であるという確信がいまいち持てず、半信半疑で間抜けなことを尋ねた。
「お前……ひょっとして傑か?」
「そうだけど……どうしてそんなこと聞くの?」
言える筈がない。長い前髪をさっぱり切った目の前の男の顔に、見覚えがないってことを。そもそも俺はいつも前髪を伸ばしている傑の顔を、ちゃんと見えてなくて覚えてないから判別がつかないってことを。
ただ、まあ、滅多にないほど高い背と、メタモルフォーゼする前と少しも変わらない声と仕草で、この男は恋人の傑だと判断できよう。なにより視覚情報から見れば全くの別人だが、俺の本能が『こいつは傑だ』と告げている。よし、こいつは恋人の傑だ。間違いない。見た目が様変わりして多少うろたえたが、それくらいで俺が傑を見間違えるはずないもんな。自分の野生の勘を信じよう。
取り敢えず、男の正体が傑と分かったのなら、一体全体どうしてコイツがこんな格好をしているのか解明すべきか。
「おい、傑。何なんだ今日のその格好は?」
「んと、上着と、シャツと、ズボンです。こっちは時計」
「そういうこと聞いてんじゃねぇーよ。つか、髪どうした」
「これはねぇ、テクノカットって言うんだって。でも、ワカメちゃんヘアーにしか見えないよねぇ。喬くんもそう思わない?」
「だから、そういうこと聞いてんじゃねぇってば!」
普段から少しズレてる傑は、俺の言わんとしていることが分からないらしい。小首を傾げてキョトンとしている。ああもう、そんなところも可愛いな!
「俺は、なんでお前が急にそんな格好したのかって聞いてんの!」
「だって……今日はせっかくの初デートでしょ? だからオシャレに決めてきたんだよ! 僕が変な格好してたら隣にいる君まで笑われるかもしれないし、そんなの嫌だもん」
傑はなんの衒いもなく飄々と言ってのけた。
確かに、今の傑はかなり洒落ている。
人を選びそうな先鋭的な髪型も、スッキリとしてバランスのとれた顔立ちと切れ長の目にはよく似合っているし、柄にもないシックなファッションも傑の良さを引き立てていて、前までのもっさりした暗い雰囲気の男と同一人物とは、とてもじゃないが思えない。ここに来るまでの間に沢山声をかけらたと言っていたが、十中八九そいつら全員下心ありきで傑に近づいたんだろう。
「喬くん、やっぱこの格好気に入らなかった? 僕、自分のセンス信じられないからこういうの得意な叔父さんに選んでもらったから、いけると思ったんだけど……」
……はぁ? 薄々勘づいてたけど、その格好、やっぱり俺以外の男に選ばせたのか。他の男に選ばせた格好で嫉妬深い彼氏とのデートの場にやってくるとか……いや、落ち着け自分。傑は変なところで抜けてるから、そこに含ませた意味なんて一切なくて、これは純粋に恋人の前ではオシャレでいたいという思いからの行為に違いない。せっかく俺の為に洒落込んできてくれたのに、こっちの都合で勝手に怒ってはだめだ。
「いや……よく似合ってるよ」
「本当? よかったぁ」
悟られないように怒りを抑えているせいでぶっきら棒になってしまった誉め言葉にも、傑はフニャリと蕩けるような笑みを浮かべる。
まあ、悔しいが今の服装が傑によく似合っているというのは本当だ。
タイトなジャケットとボトムスで作ったIラインシルエットは傑の細い体を引き立てていて、背が高いのもあいまりいい意味で人目を引く。靴だっていつもの汚れたスニーカーじゃなくて、ちゃんとした革の紐靴だ。動きが制限されると言って嫌っていた時計だって今日はちゃんと着けていて、それがいいアクセントになっている。俺とお揃いのGPS付きネックレスとの相性もよく考えてあるらしいそのファッションは、一目で傑の良さをわかっている人間の仕事だとすぐ分かった。こいつのことをよくよく知っているのは、俺一人で十分なのに。
だが、傑の叔父さんとやらのプロデュース力は認めざるを得ない。特に傑に髪を切らせたのは英断だろう。前の野暮ったい長髪スタイルもサラサラの髪が触り心地が良くて俺は好きだったが、今の清潔感のある髪型も嫌いじゃない。特にうなじから刈り上げられた生え際にかかるラインがエロくて唆る。なにより長い前髪を切ったせいで、傑の綺麗に整った顔が見れるようになったのがデカい。
もちろん今でも髪をはらった傑の顔を真正面から見たことがない訳ではなかったが、それは大抵セックスの最中だったりするので、他のことに必死で頭がはっきりした状態で傑の顔を眺めるのはこれがほぼ初めてになる。改めて見ると、なんていい男なんだろうか。惚れた欲目も多分にあるだろうが、涼やかな目元とキリッとした怒り眉、少し口角が上がっていて柔和な印象を与える口が小さな顔にバランスよく配置されていて、道行く人から次々に声をかけられるのも頷ける男振りだ。
この活発そうな顔立ちで今みたいに、傑が標準装備している自虐的な考え方から来るらしい自信なさげな表情をされてしまうと、堪らなく庇護欲が掻き立てられる。
だがそれは、ここに来るまでに俺もまともに見たことがなかった傑の素顔を、俺より先に不特定多数の輩に見せびらかしてきたということだ。
「この格好、喬くんが気に入ってくれるかドキドキだったから、お気に召して安心したよ。髪もちょっと嫌だったけど、思い切ってバッサリ切ってよかった」
いいわけあるか! 傑のあのサラサラの髪を俺以外の誰かが触った挙句、切ったんだぞ? ここに来るまでの間も、通りすがりの赤の他人風情がお前の顔を眺めまわしてたんだろ? ちっともよくない! そいつら全員目玉穿り返しても足りないくらいだ!
ああ、でも! 俺のために世間から自分を守るバリアー代わりだった髪を切って、精いっぱい悩んでめかしこんできたであろう、健気な傑相手にこんな身勝手な怒り方できっこない。ここは男らしく、傑の彼氏として懐の深いところを見せるため、グッと我慢だ。
「走ってきて喉乾いたろ? 今そこの自販機で飲み物買ってきてやるよ」
「そんな、待たせた上にそこまでやってもらっちゃ……」
「いーからいーから! これ位任せておけって!」
傑の反対を無理やり押しとどめ、半ば振り切るようにしてその場を離れる。一旦傑から離れて頭を冷やそうという算段だ。折角の初デートなのに、俺の狭量のせいで台無しにしてしまったら一生悔いが残るだろう。傑は優しいから俺のこの難儀な性格をどこまでも許容してくれるが、だからって甘えっぱなしではいけない。俺もどこかで自制しなくては。
まずは深呼吸。次に10までユックリ数を数える。
よし、だいぶ落ち着いたな。飲み物も買ったし、これで傑とのデートを平和に再開できる。
……と、思ってたのに。
「すみません、今お時間ありますか?ウチ、暇してるんですけど、ちょっと一緒にお茶とか行きません?」
「えっ、時間ですかえーっと……」
傑のところに戻ってみると、頭を冷やす為にそばを離れているちょっとの間に、なんとアイツはまた女に声をかけられていたのだ。
なんなんだその受け答え! さっさとキッパリ断れよ! こういうのに慣れてないからもたつくのは当たり前だと頭では分かっていても、その煮え切らない態度にやっぱりムカつく。そんな傑の見た目しか見てないクソ女相手に何ヘラヘラ愛想笑いしてんだ! お前の笑顔見ていいのは俺だけだろ! ていうかもっと離れろや! なに体触れるくらい近寄らせてんだよ、今にも腕を組まれそうになってるじゃねぇか! 突き飛ばすなりなんなりして振り払えや!
怒りのあまり手に力がこもり、今しがた買ったばかりのスチール缶が手の中でべコリと歪む。
駄目だ、もうこれ以上耐えられねぇ。
「あー、ゴメンね。俺達これから用事あるから。他当たって」
「わ、喬くん!?」
女と傑との間に無理やり体を割り込ませ、2人を無理やり引き離す。驚いて声を上げた傑を無視して、細い手首をムンズと掴み足早にその場を離れる。
あー駄目だ。折角の傑との初デートなのに、何もかもが気に入らなくて腹が立つ。叔父さんに見立ててもらったという傑の格好も、俺が必死に周りから隠そうとしている傑の魅力をアイツ自身が理解せず無頓着に見せびらかしてしまうことも、声をかけてきた女を慣れていなくてうまく躱せなかったという傑にはどうしようもないことですら、腹が立ってしょうがない。むしろ思い出したら余計ムカついてきた。
クソッ! イメチェンがなんだ。傑はそのままでも十分魅力的だから手を加えなかっただけで、こいつの魅力に気が付いたのは俺が1番最初なんだからな! そもそも傑が自分のことに無頓着なのがいけないんだ! それでこないだの合コンでも酷い目にあってたってあとから聞いたし。人を見た目で判断する奴には碌な奴がいないんだ。きっとさっき傑の顔を見て寄ってきた女だってろくでなしに違いない。だいたい何であれくらいパッパとかわせないんだよ。適当なこと言ってあしらえばいいだろうが! それとも何か? 傑の方もモテはじめてまんざらじゃないのか? なんだかんだ言って男の俺より女のほうが良くなったのか? ……ふざけんなそんなの絶対許さねえ。ここまで来たら、手足切り落として閉じ込めてでも俺のものに……
「ちょっ……止まって、喬くん!」
傑の逼迫した呼びかけに、ハッと意識が引き戻される。
後ろを振り返ると俺に手を掴まれたまま、少し体制を崩して顔をしかめる傑の姿があった。
……やってしまった。一気に頭から血の気が引く。
「傑……俺、また……」
まただ、またやってしまった。もう二度と怒りに任せて傑に接しないって誓ったのに。
どうして俺はいつもこうなんだ。すぐ頭に血が上って自分の感情を優先させ、大切なものを傷つける。冷静に考えれば到底ありえないような妄執に取りつかれて、どんな時も俺に直向きな傑を疑ってばかりだ。
果たして、こんな醜い俺は、本当に人に愛される資格があるんだろうか? 今まで俺が大勢の人間に捨てられてきたのは、当然の結果だったんじゃないのか?
「喬くん」
どこまでも重く沈んでいく俺の思考を、傑の声が遮る。それにつられて顔を上げると、予想に反して傑の脅えた表情ではなく、明るい笑顔に迎えられた。
「喬くんありがとー! あの人しつこくって困ってたんだよ。本当は自分でお断りしなくちゃいけないんだろうけど、僕ああいう時どうしていいかわからないから、メッチャ助かった! ピンチになったら颯爽と現れて問題を解決してくれるカッコいい恋人がいて、僕は幸せ者だなぁ。ていうか、僕って君に助けられてばっかだね。合コンの時もこんな感じだったもんね」
ペラペラとまくしたてられ、こちらからは何も言えずポカンとしてしまう。まさか今の乱暴な行為を自分を助ける為だけにやったととらえる馬鹿はいないだろう。傑だってそうだ。その証拠に何か取り繕うように俺をベタ褒めしている。
「傑、俺……」
「待って。喬くんの言いたいことは分かるよ。怒っちゃって我を失っちゃったこととか、そんなとこでしょ? 先に言っちゃうけど、そのことで僕は引いたりしないし、別れようと思ったりもしないから。君が怒るのは僕のこと好きだって気持ちの裏返しだって知ってるし、それだけ強く思われてるってことだもん。僕は君のそういうところも含めて好きになったんだから、変な遠慮はしないでほしいな」
ニコニコと笑いながら、明るく楽しそうに傑が俺に語り掛ける。話の内容だけでなく、それだけで救われたような気持ちになる。今まで俺は、ありのままの自分を認めもらい、そのまま愛してもらいたくてもがき苦しんでいた。
しかし、本当の俺はとても醜くて自分勝手な人間だ。嫉妬深くて、独占欲が強くて、こと自分が愛されるということに関しては必死になってすぐ頭に血が上る。今だってそうだ。到底受け入れやすい人間などではない。
この醜い本性を押し殺さなければ、だれにも受け入れてもらえないものだと思っていたのに。
それなのに傑は、こんな醜い俺をそのまま愛してくれるという。こんな都合のいい夢みたいなこと、あっていいのだろうか? やっぱり傑は俺の天使で、運命の相手に違いない。
「ね、ちょっとドタバタしちゃったけど、デートをはじめようよ。僕、昨日生まれて初めて楽しみすぎて夜寝られないなんて経験したんだからね ここで中止とか絶対嫌だよ!」
おどけた調子で両手をひかれた。何か嫌なことがあっても、こんな風にして、すぐに傑が俺の気持ちを切り替えさせてくれる。俺はいっつもそんな傑の態度に助けられているんだ。
「……なあ、このままだとどうせどこいっても声かけられるだろうし、行き先変更していい?」
「いいけど……どこに行くの?」
「まずは服屋そこで今度は俺がおまえを全身コーディネートする。恋人が他の男に選んでもらった服を着たままデートとか俺が嫌だから」
「な、なるほど……」
傑が感心した様子で感心したような声を上げる。きっと心の中で普通のデートもこんなふうなんだろうな、と勘違いしているに違いない。
「それでその次はジュエリー店。そこで指輪買う」
「はいぃっ!?」
「愛の告白と一緒にGPS付きのネックレス首輪貰ったんだから、プロポーズと一緒に虫除け機能付きの結婚指輪を買ってやるよ」
「マ、マジスカ」
「あはは、マジですよ」
カチコチに固まった傑の手を、今度は優しく引いて前に進む。
もう、先程までの暗い雰囲気は二人の間にない。
これからもきっと、俺達の間には沢山の問題が降り掛かってくるだろう。
けれど、傑と一緒ならばどんな問題も乗り越えていけるはずだ。
きっと2人の未来は明るいものに違いない。
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