片足を失くした人魚

青海汪

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 翠の背中を必死に追いながら、キャリーケースを引っ張る私は国際空港の人込みに飲み込まれそうになっていた。長時間のフライトに加えて連日の向こうの国で受けた聴き取り調査。病院へ担がれていった友人たちと別れもままならないまま、クタクタに疲れた私たち兄妹は再び日本の地へ戻ってきた。
 ほんの数か月前に私と翠は二人して、後見人の芹沢さんに見送られてあの学園へと旅立った。その時私は、母が死ぬまで明かさなかった父親の正体と初めての学園。そして心の通じ合わない兄との旅立ちにただただ不安だった。
 「…琳子、疲れたのか?」
 不意に立ち止り私の体調を気遣う翠。彼が向ける優しさに応えたくて、私はただ首を振って否定した。
 「大丈夫よ。…お」
 『お兄ちゃん』と言おうとして喉元が急に締め付けられるような違和感を覚え、口先まで出かけていたその言葉を慌てて飲み込んだ。翠は私の不自然さに気づくこともなく、キャリーケースとは別に肩に下げていた鞄を黙って持ってくれた。空港の入口で先にタクシーを停めに行ってくれていた芹沢さんたちが待っている。私たちの後見人の彼女は、まるで実の母親のように相好を崩し手を振っていてくれた。
 ―――私には優しく慈しんでくれた祖父母がいた。
 それなのに二人はある事件で殺された。
 ―――私には強くて美しい母がいた。
けれど彼女は不慮の事故で亡くなりこの世から消えた。
 ―――私には己の信念を貫く力を持つ父がいた。
しかし彼も父としての役割を全うすることなく。改めて正体を明かした後も私たちは家族になることはなかった。
 ―――私には誰よりも優秀な兄がいた。
 異父兄妹だと母に偽られた、実際には血の繋がりもない他人。私の浅はかな行いの所為で彼にどれだけの苦痛を強いていたのか、気づいたのは奇しくも翠の傷がとうに癒えてからだった。
 私には、家族がいない。
 本当に欲しいものは、いつだって与えられない。大切なものは失ってからその価値に気づかされる。
 ―――もう一度、初めましてから始めよう。
 そう言って消えた彼も、きっと。ずっと…
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