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第八話
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第八話
一同を乗せた馬車は明朝に出立したにも関わらず、門所には多くの見物人が集まっていた。しかしそんな外の様子を気にすることなく、同じ車に乗るコマリは地図を片手に深々と溜め息を吐いていた。
「長旅に疲れでも出てきたか?」
「えぇ。でもこの旅ですべて決着が着くと思っていますので、楽しくもありますのよ」
偽りのない言葉に素直に微笑んで返した。きっとこの先も彼女の前向きな気性に励まされるだろう。
「わたしのような者には、貴方のような行動力のある人が相応しいのだろうな」
「お褒めのお言葉と受け取ってよろしいのかしら?」
皮肉めいた科白だが目は嬉しそうに輝いていた。が、ふいにその瞳に迷いに似た感情を滲ませた。耳を澄まし既に一行が町を出ていることを確認すると、コマリは改めてわたしを見上げてきた。
「サトルが…月のものが止まっていると、聞きました」
彼女が伝えたがっていることがわからず困惑した。
月のもの…。一度逡巡したが、それが女性特有の生理現象だと思い出しすぐに何を意味しているのか直感した。
「お付きの侍女から聞きましたので確かです」
「つまり……サトル殿がトウタの子を宿していると?」
わたしたちの命を狙うサトル殿が子を授かった。剣の巫女である彼女の子。もしも亡くなったオオサク島の姫巫女が言う通り、剣の巫女が大君の血を継ぐ者ならば――
逸る想いを抑え冷静を装う。少なくともコマリにはまだ、サトル殿の正体を知られてはいけない。
「私…あの子の目が怖いんです」
恐ろしげに手を組むと彼女は瞬きを繰り返し呟いた。
「私と顔を合わせてもあの夜のことやミズハ寮のことも…何も語らず。いえ、なかったかのように平然と振舞うんです」
馬車の揺れとは別に、彼女の肩が微妙に震えていた。気丈なコマリがこんな風に怯える姿を初めて見た。
「彼女の友が殺されたのに、沢山の人間があの火事で死んだのに……。この世の地獄だと思っていました。だけどあの目はそんな、私の覚えた恐怖よりももっと恐ろしい、何かを知っているように見えて……とても怖い」
この世の地獄。あの屋敷の焼け跡から推測される炎の勢いに飲まれ、多くの人々が焼け死んだ。今でもコマリは火や、何かが焼ける匂いに怯えていたのにサトル殿は何事もなかったように過ごしている。わたしたちの想像を絶する恐怖を、彼女は体験してきたというのか。
「サトル殿とは直接話しをしたのか?」
首を横に振り暗い面持ちで呟いた。
「常にトウタが隣にいますもの。目の前にいながらトウタを介して喋っているようなものです」
何か気にかかった。トウタがそんなにも一人の人間に執着しているのが不思議に思えたのだろうか。わたしにせよヌヒの宮にせよ、利益を見越して接しているような彼が常に傍にいるというのは、余程彼女を大切に思っているからかもしれない。
「宮様」
呼びかけられ反射的に顔を上げると、眉を八の字に寄せたコマリが不安げに視線を漂わせていた。
「何故ヌヒの宮様が北の地へ行こうと言われたのか、お心当たりはありますか?」
いや、と短く否定する。
「大君並びに大后までもお連れて…家臣たちも色々と憶測しているようです。中には笑いたくなるようなことを考えている者もいるらしいですよ」
ふいに語尾が明るく跳ね上がった。口元を軽く手で押さえ、笑みをこぼしながら
「宮様が連れてきてエナという少女が教えてくれました。日が暮れても姿を見せないと思っていたら、なんと兵たちとお喋りをしていたって言うんですよ」
先程とは打って変わって楽しそうに話すコマリの様子を眺め、エナ殿を紹介して正解だったと満足感を覚えた。
都に帰ってからエナ殿を正式に貴族の養女として迎え入れ、今一度礼儀作法等を教え込む手筈となっている。しかし彼女の生来の明るさが早くもコマリの心を解きほぐしてくれていると思うと、十分に侍女としての資質を備えていると言えるだろう。しばらく思い出し笑いを続けると、どこかすっきりした晴れやかな顔立ちに戻り背筋を伸ばした。いつもの迷いのない真っ直ぐな眼差しをわたしに向けてきた。
「例え北の地でなにが起きようと、私は決して後悔しません」
強い意志を感じただ黙って口元を緩め頷いた。ヌヒの宮がどんな目的を持っているのかわからない。ただ、もしも彼がわたしの出生を調べ確認する為に大君同行の上で北を目指しているのだとするならば、わたしは――それを止めたくはない。無知だからこそ、知らなくてはいけない。わたしたちの未来の為にも。
己の正体を。
ナルヒトたちの行列はかなり長くて空から見るとまるで大蛇が這っているように見えた。エナがいる間全然飛べなかったけど、やっぱり歩くよりも早い。列から離れず近づき過ぎないように適当な距離を保って飛行し続けた。顔に当たる風が都の頃より少し塩辛い。心なしか肌寒さを覚えたけど着替えの服なんてないから我慢した。
地面に映る俺の影が豆粒くらいになるまで高く昇るとずっと先に海が見えた。白くぼやけて見るからに寒そうで、思わず腕をさすった。話し相手がいないからずっと口を閉ざして空を飛び続ける。たまに鳥たちと擦れ違う程度で空には当たり前だけど人間はいない。ライやサトルたちといることに慣れていたから、一人ぼっちでいるとどうしてもむかしを思い出してしまう。
窓から見える景色がすべてだったあの頃は、こうして空を飛ぶ日がくるなんて想像もできなかった。俺を研究する準備が整うまで俺はずっと閉じ込められていた。俺の子どもが育つまで俺が逃げないように。
傷の数だけ俺は嫌われていて、殺されそうになった記憶だけ憎まれている。だからあの部屋を出ても、両親は俺を見てくれなかった。今でもわからない。あの二人にとって、俺は本当に必要だったのか。
列が休憩の為に小さな村へ向かったので人気のない場所を探して降り立った。
ナルヒトたちは村長の屋敷に入って行くようだ。高い塀の向こうへ消えていく姿を見送り四方に広がる畑を見渡した。川辺に建つ水車が規則正しく回っている。とても喉かな村で大君がきているのに村人たちはあまり関心を持っていないようにも見えた。
どこかで休もうと適当な所を探しに畦道を歩く。
「ふあぁ~」
歩きながら背伸びをしていると赤とんぼが鼻先を飛んでいった。人間とは違う飛び方が面白くて、後を追って走り出した。透明な羽をばたつかせながら、とんぼはどんどん畑から離れていく。ふいに目を逸らし周囲を見回して、妙な感覚を覚えた。
俺、この風景…知っている。木々の間から覗く畑も、川上にポツンと置かれたボロボロの水車もすべてが懐かしい。そこにある光景が醸し出す匂いが、忘れていた記憶を刺激していった。
一度だけ、俺はここにきた。いつだろう。ずっと、ずっとむかしに―――誰かが手を引いてくれた。ライじゃない。初めて会った時、ライは手を繋ぐのを嫌がったから。
でも俺は誰かと手を繋ぐのが大好きだった。
長い指が小刻みに震えて、掌が少し汗ばんでいた。俺とその人はぎこちなく手を繋いだまま畦道を歩いていた。夕日が二人の影を一つの大きな闇に変え、収穫を終えたばかりの畑に映している。
烏の声が寂しげに辺りにこだまする。歩調が早く、歩き慣れない俺は何度も躓きそうになってその度に手を引っ張った。どこに向かっていたんだろう。必死に歩く大きな背中を見上げ息を切らせた。肩の下で黒髪が揺れている。斜め下から見るあの人の顔の輪郭が鈍い光を反射させていた。頬を伝う涙に気付いたのはその人が立ち止まってからだった。
とんぼが水車の裏へ回ったので俺もついていった。
幅の狭い川が山の麓から流れている。木々の生い茂る先が少し薄暗くなっていて、まるで秘密の場所をみんなから隠しているみたいだ。見慣れない草がいっぱい生えた川岸を上っていく間、足裏から小さな石の感触が伝わってひんやりと気持ちがよかった。
しばらく歩くうちに次第に木の影が覆い被さり、頬を撫ぜていく風が涼しくなった。背の高い草が一斉に凪ぎ記憶と目の前の風景が重なる。
川から離れて森に入るとまるで風が行く先を示すように、自然と草が左右に分かれていった。
短い休憩だったのであまり身体の疲れは取れなかった。周囲に関知されると面倒なのでできるだけ平気を装っていたが、先程の休憩で奇しくもトウタに見抜かれてしまった。話しの流れ上仕方なくサトル殿に内密に調合を頼むことになったが、もしこれを隣に座る彼女が知ったならどうなるだろう。想像するだけで苦笑が漏れた。
「お疲れですの?」
過敏に反応すると不安げに小首を傾げて顔を覗き込んだ。その仕草があまりにさり気なく、無邪気に映ったので、思わず微笑んだ。
「そうだわ、エナを呼びましょうか? 面白い話を沢山知っていますの」
いつの間にかエナ殿はコマリのお気に入りになっていた。断る理由も思いつかなかったので、徒歩で列の最後尾に連れ添っていたエナ殿を車内に呼びつけると、彼女は喜々として喋り出した。
「どうしてそんなに面白い話を知っているの? お米と間違えて飼い葉を食べるなんて…」
苦しげに腹を抱えながらコマリは目尻の涙を拭った。
すると嬉しそうに笑顔を浮かべながら
「実話なんです。私がいた孤児院で一時お米が獲れなくなったものですから。それを私が脚色してみたんです」
「孤児院には食糧援助を行っているはずだが」
気になって言及すると言い難そうに眉を寄せて答えた。
「……盗まれたんです」
途端それまでの明るい雰囲気が一変した。笑っていたコマリも表情を固くしてエナ殿を見詰めたので、慌てて取り繕うように顔の前で手を振った。
「でも私たちで育てていた稲があったんで。それに大君が私たちを気にかけて下さっているだけで十分なんです。こうして宮様たちに直接お会いできるだけで私は誰よりも幸せです」
恍惚とした口調に浸透する大君支配を実感する。彼女もまた、イシベの大臣と同じように大君を崇拝し、その配下にいることへなんら疑問も持たず大君の為なら迷わず死ねるのだと思うと胸が痛んだ。
大君が支給する食糧まで手をつける者がいるというのは、そこまで追い詰められた人間がいたという証し。わたしが見ているのはまだ上辺だけ。世界は深い泥沼のようなものだ。わたしたちが存在するのはその上澄みにある美しい所なのに、ほんの少し先には彼女たちが暮らす不明瞭な日常が広がっている。
直に触れてみなければその沼の深さは誰にもわからないのかもしれない。
いつの間にか俺は小走りに駆けていた。何かから追い立てられるように、怖くて、不安で、そんな思いから必死に逃れようとしていた。そして心臓の高鳴りが最高潮に達した時、ふいに足を止め道の先に立つ大木を見上げた。
太くて黒い枝が空を覆い隠そうとしているみたいに大きく広がっている。その枝先に壊れかけた鳥の巣があった。雛の鳴き声は聞こえない。もう誰もいないのかもしれない。
背後で鳥の羽ばたきが聞こえたような気がして振り向こうとしたその時、踵に何か硬いものが当たった。驚いて足元を見ると―――苔まみれの大木の根元に置かれた、同じように苔だらけの粗末な墓の前で『お母さん』は泣いていた。
突然頭の奥で蘇った記憶に成す術もなく身体を硬直させる。冷や汗をかいていた俺の目の前で、当時の様子が色鮮やかに再現された。
―――今では見下ろせる小さな背中。この人が俺の世界のすべてだった頃は、いつも涙を流して見上げていた。小さな羽虫が飛び交う貧相な墓はきっと『お母さん』の両親が眠っている。泣き伏す姿を見詰め『痛い』とか『怖い』って気持ちをこの人もむかし経験したんだと直感した。
怖かった。痛かった。だけど何よりも俺を憎むあの眼差しが辛かった。
肩がピクッて反応し俺の方を見ようとした時、またその目が俺を捉えるのかと思い身構えた。だけど腕の隙間から見るそれは不思議な色を宿していた。
唇が動きゆっくりと言葉を吐き出す。でも蝉がうるさくて、俺は反射的に目を逸らした。
『ごめんね……』
あの時、聞き届けられなかった言葉がこだまする。
言葉を知らなかった俺は、それをただの雑音として聞き流していた。いつその態度が豹変し俺に殴りかかるか、それだけを警戒してずっと母親から目を逸らし続けていた。監禁を解かれたばかりの俺を、母親は研究員たちから引き離すように連れ出した。俺の外出に難色を示す泣き黒子の男にも、どうしても墓参りへ行きたいんだって縋りついて頼んでいた。
どうして、そんなに必死なのかわからなくて、都に戻って教育を受けるうちに、この記憶はどこかへ消えていった。初めて聞いた罵倒以外の声も、俺を見詰める目が濃い悲しみに溢れていたこともすべて忘れた。
「……」
両脇に垂らしていた腕が震え、いつの間にか拳を強く握り締めていた。腹の底から熱いもの込み上げ、胸を圧迫し目元が痺れて涙が止まらなくなった。
―――どうして忘れてたんだろ。
今ならあの言葉に続いた科白が思い出せそうな気がして、必至に記憶を探った。
間近で見るのは初めてだった蝉が、近くの木に止まりうるさく鳴いていた。口がないのにどうやって音を出すのか気になって、小さかった俺は傍にいる母親よりも蝉に集中していた。何よりも母親から目を逸らす口実ができたのが嬉しかったから。
ミーン ミン ミン ミン ミン…
不思議な響きに掻き消されそうになりながら母親は傍らで呟いた。俺の世界からその声だけを排除しようと、もっと蝉に集中する。お願いだからこっちを見ないで欲しい。
『……』
横目で一瞬だけ捉えたあの人の顔が深い絶望に変わった。だけどどうしてそんな顔をしているのかわからず、また怒られるかもしれないと慌てて蝉に関心を移した。
かつて蝉がとまっていた木は蔦に覆われていて、同じように空を見上げる俺はあの時より空を近くに感じている。ライと暮らしてサトルやトウタに会って、楽しい、とか嬉しいって気持ちをいっぱい感じた。みんな、大人が嫌いで、ずっと子どものままでいれると思っていた。過去を受け入れるなんて、難しいことも考えたくなかった。
―――立ち止まっているのは、俺だ。
あの頃の俺たちに戻れないならもっと違う形で取り戻したい。大切にしたい人がいるから。だからもう一度思い出したい。俺が聞き届けなかった、あの人の言葉を。
掌にこぼれた汗が辺りの景色を反射させていた。そこには木漏れ日の下で薄っすらと影を宿した母親が、誰でもない俺を直視している姿を映しだしていた。
『…生きて、いて、くれて……ありがとう………』
一陣の風が草を凪ぎ、その勢いに吹き飛ばされるようにして母親と小さな俺の姿も消えていった。古びた墓石が草に揉まれ隠れそうになりながら俺を見上げている。確かに訪れていた時の流れが、長い間硬く閉ざされてきた感情をゆっくりと解していく。
「――――おかぁ、さん…?」
身体の中でいっぱいになった想いが、ふいに口の端からこぼれ落ちる。
語尾が周囲の音に溶け込んだ。もう呼びかけに応えてくれる人はいない。空を見詰めたまま死んで逝った父親も、この手で触れられない。大切な人。大好きな人。代わりのない存在だったから…俺を見て欲しかった。
胸が燃えているみたいに熱くて苦しい。堰を切ったみたいに涙が止まらなくなった。どんどん流れて、ずっと溜まっていた痛くて辛かった感情が一緒に出ていく気がした。たったひととき『親子』を感じた記憶を失っている間、俺の中の『悪』は母親で父親だった。だけど憎む人たちなのにそれでもいつも無意識にあの手を求めていた。
「…嫌いに…なれないよぉ」
誰もいない。静かな森の中で俺の泣き声だけがこだまする。沢山の子どもたちが一緒に泣いているみたいで、声が嗄れるまで続けるとひゃっくりが止まらなくなった。
涙でベトベトになった頬を擦って顔を上げる。木漏れ日が優しく降り注ぐ。木の葉が静かに音を立てて揺れ、温かい風が抱き締めるように吹いてきた。
過去はもう変えられない。でもあの日夕暮れ色に染まった空の下、俺とお母さんが繋いだ温もりだけはずっとずっと変わらない。空に向かって伸ばしたこの手はまだ小さいけど、この手が誰かを求めているとしたらそれはきっと―――
「サトル」
出発したばかりの馬車の中でトウタは足を組み替えながらぼくの名前を呼んだ。そしてぼくの顔色を確認しながら額に手を置き、熱を測るとホッとしたように溜め息を吐いた。
「熱は下がったみたいだね」
ぼんやりする頭を抑え会釈を返す。一瞬彼の瞳に翳りが過ぎった気がしたが、今は考えることさえ煩わしかった。
「……ナルヒトの宮も体調を崩し始めているみたいなんだ」
薬の調合を頼まれたのだろう。しかし何故かあまり気乗りしない様子だ。まさか彼がぼくの身体を気遣って渋っているとは思えなかったけど、喉元まで出かかっていた言葉をそのまま吐き出した。
「わかった。作っておくよ」
ふっと疲れたような表情で困ったように眉を寄せた。そして軽くぼくの頭を叩くと
「あまり無理はしないでくれよ。何よりも大切な時なんだから」
とぼやいた。
それからも数日の間、ほとんど止まらずに走り続けた車が一斉に止められ大臣たちが集められた。苦虫を噛み潰した顔のトウタも外を一瞥し心底面倒臭そうに出ていった。気になってぼくも後を追うと、ひんやりとした外気が一気に体温を奪い取っていく。
思わず両腕をさすり、吐き出す白い息が北へ近づいてきたのだと実感させた。
小高い山が連なる崖の隘路を前に大臣が頭を寄せ合って何事かを話し合っている。その中に混じる最年少の彼を、遠巻きに眺めた。
振り返ればトウタは、ぼくの前で様々な表情を見せていた気がする。勿論感情の乏しい彼に露骨な表現を求めてはいないのだが、それでも、時折り感じる暖かな感情は…
慌ててかぶりを振り気持ちを切り替えようと谷底を覗き込んだ。暗闇の中を流れる白い糸のような川に息を飲む。気の遠くなるような絶景にしばし言葉を失い呆然と立ち尽くす。足元から伝わる轟々と叫ぶ濁流に触発され、あの日の恐怖が記憶の奥底で蠢いた。
たった数ヶ月の間で何が変わったんだろう。当初計画していた復讐劇は大君一族滅亡で幕を閉じるはずだった。だけど…このぼくが、大君になれると? きっと何年経とうと考えつかない発想だ。ぼくの子孫が大君一族となり、新たな歴史を築いていく? 信じられない。いや、信じたくないだけかもしれない。ただ祖先や家族の無念を晴らす為だけにきたはずが、いつの間に目的を変えてしまったのだろう。
こんな風に迷うぼくを、犠牲になった人々は嘲笑っているかもしれない。
半時程経ち、ようやく結論が出たのか車に戻ってきたトウタは硬くなった肩を揉みながら
「車は置いて行くことになったよ。これから先は馬に乗るから準備をして」
客観的に見てもそれ以外の手段はないのに、大君に乗馬させるなど言語同断と主張する老臣たちの所為で話し合いは無意味に長引いたようだ。
崖の底から吹き上がる冷風に当たって眩暈がした。
「大丈夫?」
こめかみを押さえながら頷いたものの、トウタは不安を拭い切れぬ様子だった。
「…日暮れまでに北と本土の門所まで行って、明日の朝一番に北へ渡る」
相槌を打つと彼の肩越しにが馬車から降りてくるナルヒトの宮が見えた。続いて降りるコマリに手を差し伸べる、二人の睦まじさにお付きの侍女たちまでもが目を細めて温かく見守っている。
「……そうだ、これを」
ぼくの視線を追って振り返ろうとしたトウタに薬の箱を渡す。合間を縫って作っておいた宮の薬だった。
「あぁ、ありがとう。渡しておくよ」
箱を一瞥し懐にしまうと手を引いてぼくらが乗る馬へ向かった。あまりに彼がさり気なく手を繋いできたので、拒む機会を失った。一つに繋がった指先を見詰めながら違和感を覚える。だけどそれ以上考えるのが恐ろしくて、いつも思考はここで停止していた。
それから一同は車を捨て馬に移って進んでいった。馬上で揺られながら次第に瞼が重たくなってきた。崖下から吹き上げてくる冷風に火照った頬が心地よい。
「サトル…?」
温かい背中越しにトウタの声が響く。
薬が効いてきたのかもしれない。頭がぼんやりとしてきた。彼の背にしがみつきながら急激な睡魔に抗え切れず、混沌とした眠りの中へ入り込んでいった。
狭い崖を渡り小さな町に入ると一行はそのまま宿へ向かっていった。今日はここで泊まるみたいだ。真っ黒な馬に跨る一番派手で重たそうな冠を被っているのが、多分大君だ。今は頭しか見えないけど思っていたよりジジィだ。でもどこからどう見ても他の人間と変わった所はなくて、どうして大君と他を区別するのかわからない。
あの男の為に死んで逝った奴がいっぱいいて、でも死んで逝った奴の為に死ねる奴は…どれだけいるんだろう。ナルヒトはいっぱいの奴が自分の為に死んでくれるような、そんな大君になりたいのかな。そう思うと胸が痛んだ。きっとそんなナルヒトは嫌いになる。大嫌い、大嫌い。
『大嫌いだ…』
ふいにサトルのあの言葉が思い出された。
今でも…俺を嫌っているのかな? 速度を上げて列の先頭まで飛んでみる。すると茶色い馬に二人乗りするサトルとトウタの姿があった。
「!」
トウタの背中にしがみつくサトルを見た途端、しばらく呼吸をするのを忘れて立ち止まった。唇を噛み締めて痛みを紛らわせようとしたけど効かない。手足が痺れるように痛んで今すぐにでもサトルのところへ飛んでいきたかった。けどそれを必死の思いで堪え、町の外れにある森に飛び降りた。
人気の少ない町だけにわたしたちが入ってきても周囲はひっそりとして静かだった。この地域を治める大臣が何十人もの家来を連れて挨拶にきた他、町の人間をほとんど見かけない。
「北の…討伐以来、治安が悪化して故郷を離れる者が後を絶たなかったと聞きましたが、それもあながち嘘でもなかったのですね」
あまりに周囲が静まり返っているのでコマリの声も大きく響いた。
大臣に用意させた屋敷に着くなり周囲からも疲労の色が露骨に見え始めていた。気丈に振舞ってはいるもののコマリもいささか顔色が悪い。
「貴方も少し休むといい」
「えぇ。でも宮様は」
「わたしは大君と大后のご機嫌を伺ってすぐに戻る」
一瞬迷いを浮かべたが相槌を打つと
「ではお先に休ませて頂きますね」
と侍女を連れ下がった。ふいに思い立ち背中に向かって呼びかける。
「エナ殿は」
「外で兵たちと話しております」
上辺だけの微笑みを残し、どこか悲しげな雰囲気をまとったままコマリは立ち去った。その後ろ姿を見送り彼女もまた、何かを感じ取っているのかもしれない。わたしたちの未来が北の地で大きく変わる予感。わたしたちの命を狙う理由が祖先の恨みならば、彼女はこの旅を機に動くと思っていた。しかしトウタを介して渡してきた薬は、毒ではなかった。
試しに飲ませてみた猫は平然と縁側で寝そべっている。残りの丸薬を掌に出してしばらく考え込んだ。もしも毒が混じっているのなら、わたしは死ぬのだろうか。
「……」
青い瞳の少女。夢の中で何度も見かけたその瞳に、賭けてみたくなった。できることなら誰も疑いたくない。その切実な願いと共に薬を飲み干すと、大君たちが休む客室へ向かった。
宮廷にある大君の部屋と比較にならない程の広さの客室だったが、その分お付きの者たちの数を減らし寛ぎ易い様に脇息や背凭れを用意した。不満もあるだろうがそんなことはおくびにも出さず相変わらず威厳に満ちた姿でわたしを直視する。
「明日、北の地へ到着致します。お身体等に異変はありませぬか?」
「えぇ。案じることないと皆とあの薬師にも伝えておくれ」
「…薬師にも?」
背筋に冷たいものが走る。いつの間にサトル殿は大后と接触していたのだろうと、記憶の限りを辿って考えてみた。
「皆に気を遣わせると思い黙っていましたが、大君とわたくしは以前から胸を患っていました。けれどあの薬師が作った薬を飲むようになって随分と症状が改善されました。ですから道中もあの者が付いていると知り心強い思いでしたのよ」
穏やかな態度から彼女に寄せている絶大な信頼を感じ、焦りを覚えた。まさか大君たちにも既に近づいていたのか? 用意周到な手口に皮肉にも感嘆せざるを得ない。
「ナルヒトよ、そなたは継承権を手に入れ」
唐突に大君が開口した。
「その一声ですべてが動かせる今、何故、目的の知れないヌヒの宮の提案を呑みこの旅に賛同した?」
言葉の裏まで読み取ろうとする鋭い眼差しを正面から受け止め、高鳴る心臓の音に耳を澄ませた。人払いをして室内には誰もいない。だが宮廷とは違い壁伝いに庭でさえずる鳥の声や、慌しく動く人の気配を肌身に感じた。
「大君のお心は常に民と共にあると存じております。ですがわたくしの心は、母として、クレハとナルヒトの行く末にあります」
そっと大后は胸に手を当てすと一語一句に万感の想いを込め、確かめるようにわたしを見詰めた。
「血の繋がりがすべてだった一族に…新たな風を吹き込んでくれると信じていました。貴方はわたくしの子です。大切な……命に代えても守らなければならない、わたくしの子どもなのです」
血潮が熱く騒ぎふいに目頭が熱くなった。嘘偽りのない言葉に無上の喜びを感じ、喉元まで出かかっていた科白が泡のように消えてしまいそうだった。
「わたしは…」
不意打ちを食らい思わず声が震える。しかしそれでも伝えなければならない。
「今日この時まで…家族、を感じたことはございませんでした。わたしは亡き宮の代わりであり、それ以上でもそれ以下でもないのだと」
目を見張る大后の姿が目に入ったが歯を食い縛り必死に紡いだ。
「自らの記憶も、真の名もなきただの人間が…唯一つこの世の真実を手に入れるということが、貴方方への復讐でもありました」
悲しみに暮れる大后から目を逸らし表情一つ変えずにわたしを眺める大君を見た。
「歪めた歴史を正し誠の心を胸に、今一度、民衆に問いかけてみたいのです」
深呼吸をして続く言葉を吐き出した。
「大君という存在は果たして、いつまで万人に認められるのかを」
これまでにない重厚な沈黙が圧しかかる。初めて口にした本音に二人は明らかに戸惑いを隠せずにいる。だが後悔はなかった。
「真実を手に入れる…というならば、その目を見開き見えぬものこそ見るべきだ」
感情のない淡々とした口上に思わず顔を上げる。深い翳りを宿した虚ろな眼差しを捉えそこに潜む底のない闇を見た。
「混沌とした世に君臨した我らの祖先が神と崇められるのは当たり前だ。歴史を紐解き改めて確認するのだな。我らが治める世の他に、これ程平穏が長く続いた時代はなかったと悟るだろう」
恐らく代々教え込まれてきた自らを神聖視する言葉を操る顔は、長く背負い続けた苦悩に歪んでいた。不意に怯えるように大后がその腕に縋った。
「お止め下さいまし」
懸命に訴えるが大君はその手を払いのけて続けた。
「思想とは民を統一する最も有効な手段」
重たげな冠に手を当て吐き捨てるように呟いた。
「故に我らの破滅は……世の破滅だ」
降り立った森は思っていたよりも広くて色々な種類の樹が生えていた。都の秘密基地があった森よりも幹が太くて背も高かい。種類の違いかもしれないけど、なんとなくこっちの方が木々も生きいきしているみたいだ。
辺りが夕日色に染まっていく光景を枝の上で眺めながら、ずっと考えていた。だけど、わからなくて、わかりたいけど、わからなくて何度も頭を掻き毟って考えた。どうして…サトルはトウタを選んだんだろう。それがとても嫌で、すっごく嫌で仕方がない。でももしもサトルがライを選んだとしても、やっぱり嫌だったかもしれない。ライが大好きで、でもサトルもトウタも好きだ。なのに大好きな奴同士が一緒になるのがこんなに嫌で、息ができないくらい怖いんだろう。
ぼんやりと茜空を飛んでいく鳥の群れを目で追いながら、いっそのことこのままどこかへ飛び続けてやろうかと思ったその時
「あーこんなところにいた!」
足元から懐かしいキンキン声が届く。
「エナ!」
コマリの侍女になって以来だ。綺麗な服を着て何かを抱え俺に向かって手招きしている。
「さっさと下りてきなさいよー!」
エナが抱える籠から食い物のいい匂いがしていたので喜んで飛び降りた。ばれないよう少しだけ飛んで下りたら、デカイ目を更に開けて驚かれた。
「すっごーい! あんたって身軽ねぇ! ハルカネよりも素敵だわ!」
籠から食い物を出しながら褒めてくれた。
「ハルカネって誰だ?」
初めて見るご馳走に涎を垂らしながら、聞き慣れない名に反応した。すると今度はうっとりと胸の前で両手を合わせた。
「私と今、すっごくいい感じなのよぉ。ノグの大臣のご子息で大君の護衛隊に入ってるんだけど、ゆくゆくは大臣へ昇進するの。つ、ま、り! 恋愛しながらも玉の輿ってこと!」
玉の輿っていう意味がよくわからなかったけど、なんとなく嬉しいことなんだと相槌を打った。
「もうすごく素敵なの! まぁ多少…鼻は低くて目は小さくて顔はデカイけど、優しくて…私の身分とか一切関係ないって言ってくれているのよ!」
「ふぅん」
適当に頷きながら食い物を頬張る。その間エナは夢見心地の表情でぼんやりとどこか遠くを見詰めていた。これが恋する人間の顔ならライとは豪い違いだと思った。
でも幸せそうな顔をする所だけはよく似ている。
「ねぇ!」
一番デカイ鳥の唐揚げに手を伸ばそうとした途端、突然声を荒げて叫んだから驚いて唐揚げを地面に落としてしまった。
「あー!」
ここ最近で起きた一番の悲劇に絶叫する俺を無視し
「私! 実は……盗み聞きしちゃったの! 勿論こんなこと知れたら重大よ? 秘密を共有するだけでも重罪だわ! 殺されるかもしれないけど、でも…あんたならいいや」
「ん…うん……」
何だかすごい迫力に押されてつい頷いてしまった。するとほっと胸を撫で下ろしエナは急に真剣な表情をで俺に顔を近づけてきた。
「……ナルヒトの宮様が」
もう一度深呼吸をし
「大君の実の御子ではないって、本当なの?」
一陣の風が優しく顔を撫ぜていく。暖かい夕日色に染められた落ち葉が舞う光景の中に、初めて宮廷に上がり交わした会話が蘇ってきた。
『わたしは大君の御子ではない。だから一族が隠し続けた真実を暴くことができると、信じていた……』
悲しげに睫を伏せて呟くナルヒト。今更だけど、大君を憎んでいるって言ったくせに、どうして大君になりたがっていたんだろうと俺はいつも不思議だった。
「むかし……ナルヒトの宮が実は女宮じゃないかって噂があったらしいけど、そんなのすぐに消えたわ。だって、偽物の訳がないって…信じていたのに」
肩を落とすエナにあの時のナルヒトが重なった。
『だが今のわたしは悩んでいる。例え偽りでもそれが罷り通るこの世界を…愛しく思う者たちがいるのに、変革することは果たして正義となり得るのかどうか。真実が平和をもたらすのか………わからない』
ナルヒトは大君の子どもではない。でもその嘘を本当だと思う奴らにとって、本当のことがわかると大変なことになる。俯いたまま今にも泣き出しそうなエナを見て実感した。ナルヒトが大君を目指すのはそんな世界を変えようとする為。嘘を続けるにはもっと嘘が必要になる。そんな悪循環を断ち切りたいんだ。
『未来を変えることが…ぼくの復讐だ』
そしてサトルの悲痛な声が聞こえてきた。あの二人が一緒になることで決まる未来を変えようと、サトルはまた罪を犯そうとしている。だけどもし、サトルの言う未来が本当になったら。いっぱいの人間が死んでいく。信じていた大君に裏切られてみんなが傷ついて死んでいく。
―――俺が、ライを失ったみたいに、誰かが大切な、人を、失う。
冷や汗が吹き出た。心臓が早鐘を打って頭痛がする。生臭い血の匂い。燃え上がる火の粉に照らされた顔は蒼褪めていて、手にした最後の温もりと重みが、ゆっくりと奪われていくあの時の恐怖と悲しみをみんなが同時に体感する。
想像できない地獄に眩暈を覚えた。
「ねぇ!」
いきなり泣き腫らしたエナの顔がアップになった。
「どうしよう! だって絶対に嘘なんかじゃないの! 国家機密よ! 偶然、大君と大后と…ナルヒトの宮様が話している所を私が通りかかっただけで」
「…他に誰が聞いたの?」
俺の質問に一瞬迷いを浮かべ黙り込んだ。そして落ち着かなげに視線を彷徨わせながら言葉を選び続けた。
「ハルカネが……。でもちょうど私に結婚を申し込んでいる時だったから…耳に入っているか、わからないけど…」
肩を小刻みに震わせエナは縋るように俺を見詰めた。ナルヒトが大君の血筋ではないってだけで、こんなにも怯える人がいる。泣き黒子の男が俺に教えたことは嘘じゃなかった。
大君がこの世界のすべてで、それを支えに生きている奴がいる。
「……でも、ナルヒトは…悪い奴じゃない」
「そうよね! 大君の御子じゃない訳がないわよね! だって私をコマリ様の侍女にしてくれたくらいお優しい方だし、あれは冗談に決まってるわ」
一方的に捲くし立てるとホッと胸を撫で下ろし満面の笑顔を浮かべた。なんでもいいから誰かに否定して欲しかっただけなのかもしれない。
「それはそうとさ、宮様から伝言で明日、北へ渡るってさ。それとさぁ…私よからぬ噂聞いちゃったのよ」
急に好奇心を剥き出しにした爛々と光る眼差しで俺を捉えると
「あんたがノロノロしてるからさ、サトルって子が妊娠しちゃったらしいわよぉ」
一瞬、エナの言っている意味がよくわからなかった。無反応の俺を叱責するかのように、今度はゆっくりと
「子どもができたらしいのよ!」
と口を動かした。
「どうし…て? だって、好きじゃなきゃ生まれないって……」
「何言ってんのよ!」
と怒鳴りかけ、ふいに黙り込むと畳み掛けるように諭してきた。
「そんな…人の気持ちってどうとでも変わるのよ?」
「……誰、の…?」
「誰って…そりゃぁトウタ様じゃなきゃ……」
―――サトルがトウタを好きだなんて信じたくない。
エナが何か喋りかけてきた。だけど全然聞こえてこない。途切れ途切れに「仕方がない」と聞き取れたけど、沸き立つ感情を抑え切れなくて駆け出した。
サトルに母親の面影を求めていた訳じゃない。サトルも同じようにいつまでも変わらないことを望んでいたから。大人にならなくてもいい。だけど一緒に歩いていきたい。誰にも渡したくない。
だってそれは……理屈なんかじゃないんだ。
コマリの寝顔を見た途端それまでわたしを奮い立たせていた何かがゆっくりと粉砕されていく気がした。お付きの侍女たちに席を外させ、穏やかに寝息を立てる彼女の傍らに腰を下ろす。枕元には侍女が活けた花が飾られていた。鮮黄色の花弁が幾重にも重なった美しい花はコマリの雰囲気によく似て心が落ち着く。
嘆息と共に我慢していた感情が吐き出された。結局大君は永遠の命を望んでいるのだ。自らが築いてきた歴史の最後を見届ける為に。それこそ大君に相応しい資質と思っている。
やはり…わたしは…必要ではなかったのだな。
誰でもよかった。歴代大君たちの願いを叶えられる者ならばどこの馬の骨と知れぬ人間でも構わなかったのだ。しかし、と頭をもたげる疑問が湧き上がる。宮廷で謁見した際大君は、わたしにも一族の血が流れていると断言していた。あれは一体何を意図した発言なのだろう。
次第に暗く染まっていく室内で黄色い花だけが明るく輝いていた。
「………」
暗中の灯り。ふいにたった一条の光に縋る思いで花弁に手を伸ばした。
鈍い痛みが腹部を貫く。
朦朧とする頭を持ち上げ、いつの間にか横たわっていた布団の中で起き上がるも気怠く、しばらく眩暈が続いた。八畳程の室内に人気はない。馬上で眠っていた間に次なる町へ到着していたようだ。ふいに臀部に違和感を覚え布団を持ち上げてみる。すると白く皺の少ない敷布団の上に朱色の血が咲いていた。
夢現とした意識下で昨夜に薬を飲み忘れていたことを思い出し自嘲する。
「つぅ……」
下腹部を押さえ衣に縫いつけた薬を取り出した。と、掌に出した丸薬を眺め思わず驚愕する。よく似ているがこれはぼくの薬ではない。
咄嗟に記憶の限りを辿り、今朝トウタを通じてナルヒトの宮に渡した薬を思い出した。間違いない。これは彼の為に作った薬だ。つまり彼はぼくの薬を服用した可能性がある。とは言え、常人が服用しても大して副作用がある訳でもない。元々特殊な環境で産まれ育った峠に住むぼくたち一族の身体に合わせて作ったものだ。それにしてもなんたる失態。薬師として有るまじき行為だ。
「はぁ」
深々と溜め息を吐き、取り敢えず身体を洗おうと立ち上がった。眠っている間に乱れた衣を正し、窓から吹き込んできた風に促がされ顔を上げた。夕闇に同化する巨大な森を見詰め行く先を決めた。
「…宮様?」
窓から注ぐ暖かな光が消え半時程経っていた。背後で起き上がったコマリが灯りをつけようとしている気配が伝わったが、わたしはずっと黙り込んだまま動けずにいた。
「こんな暗がりで…。いかがなさいました?」
蝋燭の淡い光が迫ってくる。潤んだ視界にそれが余計に眩しく感じられる。ふいに彼女の手が肩に触れ、流れる髪が胸元へ落ちる音が聞こえた。
「……宮…様…」
驚きのあまりわたしを呼ぶ声がひきつっていた。その声に触発され、夢中で手元に散りばめられた枯れた花弁を集めた。
「違う! 違う……!」
必至に否定するも、心の奥でわたしは確信していた。
わたしは―――人間ではない。
記憶をなくし、空を飛んだ。触れるだけで花が枯れるわたしを、人間と言えるのか?
わたしを抱き締めコマリは泣き崩れた。迸る激情は熱い涙となって流れ落ちる。ただ何かを思い出しそうで、もどかしさが心を掻き乱す。答えのない暗澹とした疑問がどんどん増幅していき、わたしたちを包む闇がただ一つの真実さえも飲み込んでしまいそうだった。
「コマリ…」
暗闇の中に浮かぶ白い輪郭を両手で支え、力の限り抱き締めた。何故こんなにも不安なのだ。わたしたちは多くを望まない。何も望まない。ただこの想いを貫きたいだけだ。
共に残る人生を歩みたい。ただ、それだけなのに―――
闇雲に駆けているうちにいつの間にか森の奥まで来てしまった。完全に陽が沈み聳え立つ木々は大きな影になって俺を見下ろしている。どこからか烏の鳴き声が聞こえる他に生き物の気配はない。疲れて立ち止まると心臓がすごい速さで動いていた。身体が火照って喉が渇いて痛いくらいだ。
こめかみの汗を拭いながら水を求めてゆっくりと歩き出す。いつの間にか霧が漂っていたけど、冷たい水の匂いがこの先から流れてくる。枝が枠を作る空を見上げ心の中でライの名前を呼んでみた。どんなに考えてもわからない時、一緒に考えてくれたライを思えばきっとわかる気がしたから。
だけど白い月はただ寂しげに俺を見ているだけで、何も教えてくれない。思い余って首から提げていた巾着袋を取り出した。中の骨がぶつかり驚く程済んだ音色を立てた。
理屈じゃないならこの気持ちはなんなんだろう。わからないことだらけで、初めてトウタを…嫌だと思った。サトルがトウタを好きでも、俺、トウタが……一瞬でも憎いと思った。
過去に拘らない。だからライはサトルを好きだった。その気持ちが色々なものを壊していく。だけどナルヒトたちみたいに新しく何かを作っていくことだってできる気がした。
なら俺も、俺にも作れるのかな。二人みたいに、そこにいるだけで周囲が幸せになれるような、関係を。
俺が今生きているのは、みんながいてくれたから。だから俺は幸せになりたい。みんなの分も、サトルと―――
突然強い風が正面から吹いてきた。思わず手をかざして顔をしかめた。乳白色の霧が流される中で、骨が再び綺麗な音を響かせた。ゆっくりと瞬きしながら、よく冷やされた水の匂いが風に乗って運ばれてくるのを感じた。
「誰かいるの?」
それは久し振りに聞く、懐かしいサトルの声だった。
随分奥まで入ってきてしまったが、茂みに隠れた大きな泉を見つけた時ただの徒労に終わらずに済んだと喜んだ。夜の帳が降りるとすぐに月が高くまで昇り、暗い水面を穏やかに照らした。森の奥へ進むに連れ霧の色が濃度を増して尚更都合がよかった。できるだけ人目にはつきたくない。
まとっていた衣を脱ぎ捨てゆっくりと泉に入っていく。あまり深くまで足を踏み入れたくないが、月のものを流す為には仕方がない。腰の辺りまで浸かると持参した布を水に浸し身体を拭いた。
白い息が出るぐらい鳥肌が立つ寒さだが、元々峠で暮らしていたぼくにとって我慢できないものではない。峠の気候の悪さはきっと人々の想像を超えている。晴天が続くかと思えば突然、猛吹雪が続き、雪が解けたかと思うとあちらこちらで川が氾濫する。やっと川の水が収まったかと思えば穀物がすべて洪水にやられ不作が続く。その度に一族は絶滅の危機に追いやられ、次第に依代の数も増えていった。
―――そう、ここは峠よりも理想的な世界なんだ。誰も知らないから、ぼくらのウロ峠に理想を重ねて求めているだけ。
滴る雫が水面に波紋を広げていく。ふいに風が強くなりそうな予感がしたので、泉から離れ衣をまとった。かじかんだ指で帯を締めていると背後から強風が押し、木々の向こうの霧を吹き払っていった。
木々のざわめきに混じって澄んだ音色が響く。
「!」
驚愕し振り向くと木の影に誰かが立っていた。ここからは逆光でよく見えないが背格好からして、もしかしたらトウタかもしれない。
「誰かいるの?」
微動しない人物に不安が膨らみ始めた時、茂みを掻き分け―――この世にいるはずのない彼が姿を現した。
数秒の間、完全に呼吸を忘れ立ち尽くした。
月があまりに綺麗だから、あの世とどこかが繋がってしまったのか? 討伐をきっかけにウロとの入り口が繋がってしまったように、彼もまた…
「サト、ル……」
大きく見開かれた青い瞳が優しく微笑む。最後に見た彼は、ライを抱いて泣き叫んでいたのに、今目の前に立つ人はなんて穏やかな眼差しをするのだろう。
「!」
いつの間にか間近に迫っていた顔を見て我に返る。
「サトルだ!」
喜びに満ちた笑顔で暖かな腕がぼくを抱き締める。その確かな温もりを肌で感じながらも、どうしても信じられず
「……生きて…いた……の…?」
と問いかけた。
「ライが…いないのに、きみが、生きているはずないって……」
混乱する頭で呆然と呟く。
「トウタが、言ったの?」
鋭い言及に弱々しく頷いて応えた。
「…俺は、死ねない」
初めて聞く強い意志を宿した言葉。いつの間に、彼はこんなに強くなったのだろう。ぼくの知らない間に、ピリは、一人で成長していた。ふいに涙が込み上げてきた。
「それでも…きみは、一人で行っちゃうんだ……」
無意識に吐き出していた科白にピリは目を見張る。そして慌てて
「サトルだって!」
と叫んで反論してきた。
「トウタが好きなの? トウタの子どもを生むの? トウタと結婚…するの?」
「…子どもを?」
我が耳を疑い聞き返した。すると今度は彼自身も当惑を顕わにし
「エナが、サトルが妊娠したって…」
最近コマリの侍女になった少女の名を思い出し、ようやく意味を解した。
「……水面下でぼくが妊娠したって噂が流れていたんだね」
同時にそんな噂を信じて血相を変えた彼が可笑しく思え、吹き出しそうになった。しばらくお腹を抱え笑いたいのを我慢し不貞腐れたように口元を曲げるピリを見上げた。
「薬をまた飲み始めただけだよ。彼とはまだ婚姻している訳じゃないから、結婚までの純潔を誓っている」
それはぼくが彼に提示した条件だった。すべてが片づくまで決してぼくに触れさせない。
「そう…なの……?」
気の抜けたような顔で呟くと、一気に頬を染め恥ずかしそうに俯いた。
「どうして、きたの?」
嫌味な質問だと知りつつも押さえ切れずに口にした。すると曇りない瞳を向け
「サトルを助けたい」
頬が一気に熱を帯びた。けれどその言葉の裏にある意味を聞きたくて、どうしても心が卑屈に歪んでいくのがわかった。
「…きみから一番大切な人を奪ったのに?」
一瞬の沈黙。黙り込むかと思いきや、一文字に結ばれた唇を解き
「ライを殺したのはサトルじゃない」
とはっきりとした口調で彼は応えた。
「サトルは……もういっぱい苦しんだんだろ? ならもそれ以上辛い思いなんてしなくていいんだ!」
胸が締めつけられ言葉に詰まった。彼がぼくを憎んでいると思っていたのに…こうしてぼくを気遣ってくれている。それがただ嬉しくて、嬉しいのにその気持ちを無理やり押さえつけた。
「ぼくの苦しみなんて…この先、この国が辿る未来と比べたら毛の先にも及ばないよ」
滑らかに舌先からこぼれていく言葉をどこか他人事のように聞きながら、ぼんやりと頭の隅で考えた。ぼくは彼を苦しめたいのか?
「言ったよね? ぼくには人の死が見えるって。あの二人が結ばれれば一族が隠し続けた真実が明らかになり、混沌が世界を襲う。誰もが大君を崇拝するからこそ、裏切られた時の絶望は計り知れない」
思いつくままに攻撃的に語彙を羅列し、彼を混乱させようとしているだけなんだろうか。
自問しながら疑問がどんどん膨らみ胸を圧迫していった。目の前に立つ彼は、手に入れられ
ないから、この手で傷つけようとしているのかもしれない。
忘れられないくらいの傷を与えて―――
「ナルヒトの宮は大君一族を破滅させ、大革命を起こす。これまで浸透していた大君を神聖視する教育を悉く否定し、途絶えがちだった異国との貿易にも着手する。同時に莫大な情報が閉鎖的だったこの国に流れ込み、人々は激動する時代についていけず貧困の差が更に広がる」
目に見えて彼の瞳から光が消えていくのに、止められない想いが暴走した。
「世界はぼくらが思っているよりもずっと広い。時の流れに上手く乗り、私腹を肥やした連中は更に高みを目指して進出してくる。七つに分かれた大陸を目指して何度も戦争を繰り返す」
怯えるその顔を見た途端、心臓を鷲掴みにされるような痛みを覚えた。
「戦争は国がかりの商売だ。屍を上回る利益が舞い込む。しかも国の指揮を執るのはかつて大君と崇められていた男の子孫だ。所詮は自ら否定しても、人々は支配者を渇望する」
ぼくは痛めつけることでしか想いを伝えられない。彼が追ってきても、それを拒んで、また後悔を繰り返すんだ。
「だから止めなくちゃ、いけないんだ」
力強く断言するも、込み上げてきた感情に刺激され涙腺が緩み温かい雫がこぼれ落ちた。
どうせ、誰にもぼくを救えない。誰も、助ケテクレナイ……
「ナルヒトたちが……結ばれても未来が平和になれるように……もっと、一緒に、考えればいいんだ」
長い沈黙を経て彼は静かに口火を切った。
「もう誰かを失うなんて嫌だ。俺、ナルヒトとコマリが好きだ。あの二人がいるだけで、心が温かくなるんだ。あんなに好き合っているのに、引き離すなんて、嫌だ!」
出会った頃と変わらない真っ直ぐな強い眼差し。瞳の奥に垣間見た熱い想いに気づいたが、ぼくを追ってここまできたのは、母親の面影を求めているからだと動揺する自分に言い聞かせた。
淡い月の明かりに照らされながら、サトルは涙を流していた。その姿はまるで天女みたいで沢山の人を殺していたのにどうしていつまでも綺麗なままでいられるのか、ふいに疑問に思えた。
どんな時でも、サトルはとびっきり綺麗だ。いつからかライがサトルを見るようになっても心のどこかでそれは当たり前だと納得していた。だって俺も初めて会った時から、本当は、心奪われていたんだ。
人形みたいに整った顔が優しげに俺に微笑んだ時
『表通りで倒れていたのをここまで運んだんだ。もう身体の調子は大丈夫?』
俺の正体を知っても変わらずに、いつも、あの笑顔を向けてくれた。だからいつまでも傍にいたい。この気持ちを……なんて伝えたらいいんだろう。
「……俺は、サトルを助けたい」
俺を見詰める青い瞳が一層深みを増した気がした。繋いだ手が小刻みに震えている。大きな目から一気に涙がこぼれた。同時にかぶりを振りながら
「……剣が…見つからない……」
「剣……?」
「……ウロ峠に住む乙女に託した大切なものだったんだ。いつかまた、二人が緑豊かな峠で出会えるようにと誓った…神聖なもの…」
「そんなの、なくたって」
「違う!」
サトルはそう叫ぶと、膝から崩れ落ちるようにして座り込み泣きじゃくった。
「ぼくらは…祖先の為にも依代になって! 大地の一部になって…緑を取り戻さなきゃいけない。そうじゃなきゃ二人は永遠に出会えないから」
何かに怯えた、助けを求める目。俺はついさっきもこの顔を見ていた。
「祖先の夢が叶った時、初めてぼくらは峠から解放される! それまで宮入りの儀を絶やしてはいけないんだ」
そうだ…エナだ。ナルヒトが大君の血筋ではないって叫んでいたエナの表情と同じなんだ。サトルは剣に縛られている。エナたちが大君を崇拝し尊敬しているように、サトルたちも、剣を理由にしている。剣があるから峠を離れられない。祖先の恨みを、誓いを裏切れない。って、呪縛にしてサトルの一族はずっと生きてきたんだ。
思わず背筋を冷たいものが走った。憎しみの悪循環は、ここでも、まだ、生きていた。
緑を取り戻す為に自分の命さえも投げ出さなければいけない環境。自由に生きられない、生まれついての監禁。そんなの……駄目だ…。
もしウロ峠に戻ったとしても、サトルは一人で宮入りをしちゃう。誰にも強制される訳でもないのに共有してきた想いがそうさせる。
「……剣が見つからない以上、ぼくの居場所はどこにもない」
赤く腫れた目元を隠すように立ち上がると、それまでの態度を一変させた冷ややかな口調で言葉を紡いだ。
「ぼくを止めたいなら、その手でぼくを殺して」
それはどんな鋭い刃より深く胸に突き刺った。
噛み締めた言葉の代わりに必死に首を振る。どうしてそんなに悲しいことを言うのかわからない。だけど俺がわからない以上にきっとサトルも苦しんでいる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ……ぶりを振り俯く俺に歩み寄ると、サトルはそっと唇を重ねてきた。
サトルの体温を感じた途端、同時にどうしようもなく切ない感情が全身から沸き起こって、このまま放したくないって思った。
「!」
口の中に苦い何かが広がっていく。驚いてサトルを見上げたが逆光で表情が見えなかった。
頭の奥が熱くなって喉が嗄れそうだ。身体が急に何倍にも重みを増し意識が遠くなった瞬間、足元がふらつき前のめりに倒れ込んだ。
麻痺しているのか頭から倒れたのに全然痛みを感じなかった。それどころか自分の身体じゃないみたいに全身が鉄の塊のように動かない。朦朧とする意識で、渾身の力を振り絞って顔を上げると、一歩、また一歩と後退り…俺を見詰めながらサトルがゆっくりと遠退いていた。
止めようとして、俺は一度もサトルを止められなかった。今も指先まで力が入らないで、ただ去っていく後ろ姿を見送ろうとしている。どうしてこんなに胸が痛いんだろう。サトルを見ているだけで、悲し過ぎて涙が止まらない。切なくて、胸が苦しい。
「…サトルが……自由になれたら…俺、なんでもする」
痺れた口をなんとか動かし涙を拭いながら懇願した。けれどサトルはかぶりを振って拒む。
「……例えどんな汚い手法を使ってでも…ぼくは、あいつらを殺す」
と冷たく言い放った。
「きみは…いつまでも……変わらないで、幸せを手に入れて。そして……北の地に決して近づかないで」
俺が口出しする前に踵を返すと
「北は…死者たちの怨念で……汚れているから」
と呟き駆け出していった。
一同を乗せた馬車は明朝に出立したにも関わらず、門所には多くの見物人が集まっていた。しかしそんな外の様子を気にすることなく、同じ車に乗るコマリは地図を片手に深々と溜め息を吐いていた。
「長旅に疲れでも出てきたか?」
「えぇ。でもこの旅ですべて決着が着くと思っていますので、楽しくもありますのよ」
偽りのない言葉に素直に微笑んで返した。きっとこの先も彼女の前向きな気性に励まされるだろう。
「わたしのような者には、貴方のような行動力のある人が相応しいのだろうな」
「お褒めのお言葉と受け取ってよろしいのかしら?」
皮肉めいた科白だが目は嬉しそうに輝いていた。が、ふいにその瞳に迷いに似た感情を滲ませた。耳を澄まし既に一行が町を出ていることを確認すると、コマリは改めてわたしを見上げてきた。
「サトルが…月のものが止まっていると、聞きました」
彼女が伝えたがっていることがわからず困惑した。
月のもの…。一度逡巡したが、それが女性特有の生理現象だと思い出しすぐに何を意味しているのか直感した。
「お付きの侍女から聞きましたので確かです」
「つまり……サトル殿がトウタの子を宿していると?」
わたしたちの命を狙うサトル殿が子を授かった。剣の巫女である彼女の子。もしも亡くなったオオサク島の姫巫女が言う通り、剣の巫女が大君の血を継ぐ者ならば――
逸る想いを抑え冷静を装う。少なくともコマリにはまだ、サトル殿の正体を知られてはいけない。
「私…あの子の目が怖いんです」
恐ろしげに手を組むと彼女は瞬きを繰り返し呟いた。
「私と顔を合わせてもあの夜のことやミズハ寮のことも…何も語らず。いえ、なかったかのように平然と振舞うんです」
馬車の揺れとは別に、彼女の肩が微妙に震えていた。気丈なコマリがこんな風に怯える姿を初めて見た。
「彼女の友が殺されたのに、沢山の人間があの火事で死んだのに……。この世の地獄だと思っていました。だけどあの目はそんな、私の覚えた恐怖よりももっと恐ろしい、何かを知っているように見えて……とても怖い」
この世の地獄。あの屋敷の焼け跡から推測される炎の勢いに飲まれ、多くの人々が焼け死んだ。今でもコマリは火や、何かが焼ける匂いに怯えていたのにサトル殿は何事もなかったように過ごしている。わたしたちの想像を絶する恐怖を、彼女は体験してきたというのか。
「サトル殿とは直接話しをしたのか?」
首を横に振り暗い面持ちで呟いた。
「常にトウタが隣にいますもの。目の前にいながらトウタを介して喋っているようなものです」
何か気にかかった。トウタがそんなにも一人の人間に執着しているのが不思議に思えたのだろうか。わたしにせよヌヒの宮にせよ、利益を見越して接しているような彼が常に傍にいるというのは、余程彼女を大切に思っているからかもしれない。
「宮様」
呼びかけられ反射的に顔を上げると、眉を八の字に寄せたコマリが不安げに視線を漂わせていた。
「何故ヌヒの宮様が北の地へ行こうと言われたのか、お心当たりはありますか?」
いや、と短く否定する。
「大君並びに大后までもお連れて…家臣たちも色々と憶測しているようです。中には笑いたくなるようなことを考えている者もいるらしいですよ」
ふいに語尾が明るく跳ね上がった。口元を軽く手で押さえ、笑みをこぼしながら
「宮様が連れてきてエナという少女が教えてくれました。日が暮れても姿を見せないと思っていたら、なんと兵たちとお喋りをしていたって言うんですよ」
先程とは打って変わって楽しそうに話すコマリの様子を眺め、エナ殿を紹介して正解だったと満足感を覚えた。
都に帰ってからエナ殿を正式に貴族の養女として迎え入れ、今一度礼儀作法等を教え込む手筈となっている。しかし彼女の生来の明るさが早くもコマリの心を解きほぐしてくれていると思うと、十分に侍女としての資質を備えていると言えるだろう。しばらく思い出し笑いを続けると、どこかすっきりした晴れやかな顔立ちに戻り背筋を伸ばした。いつもの迷いのない真っ直ぐな眼差しをわたしに向けてきた。
「例え北の地でなにが起きようと、私は決して後悔しません」
強い意志を感じただ黙って口元を緩め頷いた。ヌヒの宮がどんな目的を持っているのかわからない。ただ、もしも彼がわたしの出生を調べ確認する為に大君同行の上で北を目指しているのだとするならば、わたしは――それを止めたくはない。無知だからこそ、知らなくてはいけない。わたしたちの未来の為にも。
己の正体を。
ナルヒトたちの行列はかなり長くて空から見るとまるで大蛇が這っているように見えた。エナがいる間全然飛べなかったけど、やっぱり歩くよりも早い。列から離れず近づき過ぎないように適当な距離を保って飛行し続けた。顔に当たる風が都の頃より少し塩辛い。心なしか肌寒さを覚えたけど着替えの服なんてないから我慢した。
地面に映る俺の影が豆粒くらいになるまで高く昇るとずっと先に海が見えた。白くぼやけて見るからに寒そうで、思わず腕をさすった。話し相手がいないからずっと口を閉ざして空を飛び続ける。たまに鳥たちと擦れ違う程度で空には当たり前だけど人間はいない。ライやサトルたちといることに慣れていたから、一人ぼっちでいるとどうしてもむかしを思い出してしまう。
窓から見える景色がすべてだったあの頃は、こうして空を飛ぶ日がくるなんて想像もできなかった。俺を研究する準備が整うまで俺はずっと閉じ込められていた。俺の子どもが育つまで俺が逃げないように。
傷の数だけ俺は嫌われていて、殺されそうになった記憶だけ憎まれている。だからあの部屋を出ても、両親は俺を見てくれなかった。今でもわからない。あの二人にとって、俺は本当に必要だったのか。
列が休憩の為に小さな村へ向かったので人気のない場所を探して降り立った。
ナルヒトたちは村長の屋敷に入って行くようだ。高い塀の向こうへ消えていく姿を見送り四方に広がる畑を見渡した。川辺に建つ水車が規則正しく回っている。とても喉かな村で大君がきているのに村人たちはあまり関心を持っていないようにも見えた。
どこかで休もうと適当な所を探しに畦道を歩く。
「ふあぁ~」
歩きながら背伸びをしていると赤とんぼが鼻先を飛んでいった。人間とは違う飛び方が面白くて、後を追って走り出した。透明な羽をばたつかせながら、とんぼはどんどん畑から離れていく。ふいに目を逸らし周囲を見回して、妙な感覚を覚えた。
俺、この風景…知っている。木々の間から覗く畑も、川上にポツンと置かれたボロボロの水車もすべてが懐かしい。そこにある光景が醸し出す匂いが、忘れていた記憶を刺激していった。
一度だけ、俺はここにきた。いつだろう。ずっと、ずっとむかしに―――誰かが手を引いてくれた。ライじゃない。初めて会った時、ライは手を繋ぐのを嫌がったから。
でも俺は誰かと手を繋ぐのが大好きだった。
長い指が小刻みに震えて、掌が少し汗ばんでいた。俺とその人はぎこちなく手を繋いだまま畦道を歩いていた。夕日が二人の影を一つの大きな闇に変え、収穫を終えたばかりの畑に映している。
烏の声が寂しげに辺りにこだまする。歩調が早く、歩き慣れない俺は何度も躓きそうになってその度に手を引っ張った。どこに向かっていたんだろう。必死に歩く大きな背中を見上げ息を切らせた。肩の下で黒髪が揺れている。斜め下から見るあの人の顔の輪郭が鈍い光を反射させていた。頬を伝う涙に気付いたのはその人が立ち止まってからだった。
とんぼが水車の裏へ回ったので俺もついていった。
幅の狭い川が山の麓から流れている。木々の生い茂る先が少し薄暗くなっていて、まるで秘密の場所をみんなから隠しているみたいだ。見慣れない草がいっぱい生えた川岸を上っていく間、足裏から小さな石の感触が伝わってひんやりと気持ちがよかった。
しばらく歩くうちに次第に木の影が覆い被さり、頬を撫ぜていく風が涼しくなった。背の高い草が一斉に凪ぎ記憶と目の前の風景が重なる。
川から離れて森に入るとまるで風が行く先を示すように、自然と草が左右に分かれていった。
短い休憩だったのであまり身体の疲れは取れなかった。周囲に関知されると面倒なのでできるだけ平気を装っていたが、先程の休憩で奇しくもトウタに見抜かれてしまった。話しの流れ上仕方なくサトル殿に内密に調合を頼むことになったが、もしこれを隣に座る彼女が知ったならどうなるだろう。想像するだけで苦笑が漏れた。
「お疲れですの?」
過敏に反応すると不安げに小首を傾げて顔を覗き込んだ。その仕草があまりにさり気なく、無邪気に映ったので、思わず微笑んだ。
「そうだわ、エナを呼びましょうか? 面白い話を沢山知っていますの」
いつの間にかエナ殿はコマリのお気に入りになっていた。断る理由も思いつかなかったので、徒歩で列の最後尾に連れ添っていたエナ殿を車内に呼びつけると、彼女は喜々として喋り出した。
「どうしてそんなに面白い話を知っているの? お米と間違えて飼い葉を食べるなんて…」
苦しげに腹を抱えながらコマリは目尻の涙を拭った。
すると嬉しそうに笑顔を浮かべながら
「実話なんです。私がいた孤児院で一時お米が獲れなくなったものですから。それを私が脚色してみたんです」
「孤児院には食糧援助を行っているはずだが」
気になって言及すると言い難そうに眉を寄せて答えた。
「……盗まれたんです」
途端それまでの明るい雰囲気が一変した。笑っていたコマリも表情を固くしてエナ殿を見詰めたので、慌てて取り繕うように顔の前で手を振った。
「でも私たちで育てていた稲があったんで。それに大君が私たちを気にかけて下さっているだけで十分なんです。こうして宮様たちに直接お会いできるだけで私は誰よりも幸せです」
恍惚とした口調に浸透する大君支配を実感する。彼女もまた、イシベの大臣と同じように大君を崇拝し、その配下にいることへなんら疑問も持たず大君の為なら迷わず死ねるのだと思うと胸が痛んだ。
大君が支給する食糧まで手をつける者がいるというのは、そこまで追い詰められた人間がいたという証し。わたしが見ているのはまだ上辺だけ。世界は深い泥沼のようなものだ。わたしたちが存在するのはその上澄みにある美しい所なのに、ほんの少し先には彼女たちが暮らす不明瞭な日常が広がっている。
直に触れてみなければその沼の深さは誰にもわからないのかもしれない。
いつの間にか俺は小走りに駆けていた。何かから追い立てられるように、怖くて、不安で、そんな思いから必死に逃れようとしていた。そして心臓の高鳴りが最高潮に達した時、ふいに足を止め道の先に立つ大木を見上げた。
太くて黒い枝が空を覆い隠そうとしているみたいに大きく広がっている。その枝先に壊れかけた鳥の巣があった。雛の鳴き声は聞こえない。もう誰もいないのかもしれない。
背後で鳥の羽ばたきが聞こえたような気がして振り向こうとしたその時、踵に何か硬いものが当たった。驚いて足元を見ると―――苔まみれの大木の根元に置かれた、同じように苔だらけの粗末な墓の前で『お母さん』は泣いていた。
突然頭の奥で蘇った記憶に成す術もなく身体を硬直させる。冷や汗をかいていた俺の目の前で、当時の様子が色鮮やかに再現された。
―――今では見下ろせる小さな背中。この人が俺の世界のすべてだった頃は、いつも涙を流して見上げていた。小さな羽虫が飛び交う貧相な墓はきっと『お母さん』の両親が眠っている。泣き伏す姿を見詰め『痛い』とか『怖い』って気持ちをこの人もむかし経験したんだと直感した。
怖かった。痛かった。だけど何よりも俺を憎むあの眼差しが辛かった。
肩がピクッて反応し俺の方を見ようとした時、またその目が俺を捉えるのかと思い身構えた。だけど腕の隙間から見るそれは不思議な色を宿していた。
唇が動きゆっくりと言葉を吐き出す。でも蝉がうるさくて、俺は反射的に目を逸らした。
『ごめんね……』
あの時、聞き届けられなかった言葉がこだまする。
言葉を知らなかった俺は、それをただの雑音として聞き流していた。いつその態度が豹変し俺に殴りかかるか、それだけを警戒してずっと母親から目を逸らし続けていた。監禁を解かれたばかりの俺を、母親は研究員たちから引き離すように連れ出した。俺の外出に難色を示す泣き黒子の男にも、どうしても墓参りへ行きたいんだって縋りついて頼んでいた。
どうして、そんなに必死なのかわからなくて、都に戻って教育を受けるうちに、この記憶はどこかへ消えていった。初めて聞いた罵倒以外の声も、俺を見詰める目が濃い悲しみに溢れていたこともすべて忘れた。
「……」
両脇に垂らしていた腕が震え、いつの間にか拳を強く握り締めていた。腹の底から熱いもの込み上げ、胸を圧迫し目元が痺れて涙が止まらなくなった。
―――どうして忘れてたんだろ。
今ならあの言葉に続いた科白が思い出せそうな気がして、必至に記憶を探った。
間近で見るのは初めてだった蝉が、近くの木に止まりうるさく鳴いていた。口がないのにどうやって音を出すのか気になって、小さかった俺は傍にいる母親よりも蝉に集中していた。何よりも母親から目を逸らす口実ができたのが嬉しかったから。
ミーン ミン ミン ミン ミン…
不思議な響きに掻き消されそうになりながら母親は傍らで呟いた。俺の世界からその声だけを排除しようと、もっと蝉に集中する。お願いだからこっちを見ないで欲しい。
『……』
横目で一瞬だけ捉えたあの人の顔が深い絶望に変わった。だけどどうしてそんな顔をしているのかわからず、また怒られるかもしれないと慌てて蝉に関心を移した。
かつて蝉がとまっていた木は蔦に覆われていて、同じように空を見上げる俺はあの時より空を近くに感じている。ライと暮らしてサトルやトウタに会って、楽しい、とか嬉しいって気持ちをいっぱい感じた。みんな、大人が嫌いで、ずっと子どものままでいれると思っていた。過去を受け入れるなんて、難しいことも考えたくなかった。
―――立ち止まっているのは、俺だ。
あの頃の俺たちに戻れないならもっと違う形で取り戻したい。大切にしたい人がいるから。だからもう一度思い出したい。俺が聞き届けなかった、あの人の言葉を。
掌にこぼれた汗が辺りの景色を反射させていた。そこには木漏れ日の下で薄っすらと影を宿した母親が、誰でもない俺を直視している姿を映しだしていた。
『…生きて、いて、くれて……ありがとう………』
一陣の風が草を凪ぎ、その勢いに吹き飛ばされるようにして母親と小さな俺の姿も消えていった。古びた墓石が草に揉まれ隠れそうになりながら俺を見上げている。確かに訪れていた時の流れが、長い間硬く閉ざされてきた感情をゆっくりと解していく。
「――――おかぁ、さん…?」
身体の中でいっぱいになった想いが、ふいに口の端からこぼれ落ちる。
語尾が周囲の音に溶け込んだ。もう呼びかけに応えてくれる人はいない。空を見詰めたまま死んで逝った父親も、この手で触れられない。大切な人。大好きな人。代わりのない存在だったから…俺を見て欲しかった。
胸が燃えているみたいに熱くて苦しい。堰を切ったみたいに涙が止まらなくなった。どんどん流れて、ずっと溜まっていた痛くて辛かった感情が一緒に出ていく気がした。たったひととき『親子』を感じた記憶を失っている間、俺の中の『悪』は母親で父親だった。だけど憎む人たちなのにそれでもいつも無意識にあの手を求めていた。
「…嫌いに…なれないよぉ」
誰もいない。静かな森の中で俺の泣き声だけがこだまする。沢山の子どもたちが一緒に泣いているみたいで、声が嗄れるまで続けるとひゃっくりが止まらなくなった。
涙でベトベトになった頬を擦って顔を上げる。木漏れ日が優しく降り注ぐ。木の葉が静かに音を立てて揺れ、温かい風が抱き締めるように吹いてきた。
過去はもう変えられない。でもあの日夕暮れ色に染まった空の下、俺とお母さんが繋いだ温もりだけはずっとずっと変わらない。空に向かって伸ばしたこの手はまだ小さいけど、この手が誰かを求めているとしたらそれはきっと―――
「サトル」
出発したばかりの馬車の中でトウタは足を組み替えながらぼくの名前を呼んだ。そしてぼくの顔色を確認しながら額に手を置き、熱を測るとホッとしたように溜め息を吐いた。
「熱は下がったみたいだね」
ぼんやりする頭を抑え会釈を返す。一瞬彼の瞳に翳りが過ぎった気がしたが、今は考えることさえ煩わしかった。
「……ナルヒトの宮も体調を崩し始めているみたいなんだ」
薬の調合を頼まれたのだろう。しかし何故かあまり気乗りしない様子だ。まさか彼がぼくの身体を気遣って渋っているとは思えなかったけど、喉元まで出かかっていた言葉をそのまま吐き出した。
「わかった。作っておくよ」
ふっと疲れたような表情で困ったように眉を寄せた。そして軽くぼくの頭を叩くと
「あまり無理はしないでくれよ。何よりも大切な時なんだから」
とぼやいた。
それからも数日の間、ほとんど止まらずに走り続けた車が一斉に止められ大臣たちが集められた。苦虫を噛み潰した顔のトウタも外を一瞥し心底面倒臭そうに出ていった。気になってぼくも後を追うと、ひんやりとした外気が一気に体温を奪い取っていく。
思わず両腕をさすり、吐き出す白い息が北へ近づいてきたのだと実感させた。
小高い山が連なる崖の隘路を前に大臣が頭を寄せ合って何事かを話し合っている。その中に混じる最年少の彼を、遠巻きに眺めた。
振り返ればトウタは、ぼくの前で様々な表情を見せていた気がする。勿論感情の乏しい彼に露骨な表現を求めてはいないのだが、それでも、時折り感じる暖かな感情は…
慌ててかぶりを振り気持ちを切り替えようと谷底を覗き込んだ。暗闇の中を流れる白い糸のような川に息を飲む。気の遠くなるような絶景にしばし言葉を失い呆然と立ち尽くす。足元から伝わる轟々と叫ぶ濁流に触発され、あの日の恐怖が記憶の奥底で蠢いた。
たった数ヶ月の間で何が変わったんだろう。当初計画していた復讐劇は大君一族滅亡で幕を閉じるはずだった。だけど…このぼくが、大君になれると? きっと何年経とうと考えつかない発想だ。ぼくの子孫が大君一族となり、新たな歴史を築いていく? 信じられない。いや、信じたくないだけかもしれない。ただ祖先や家族の無念を晴らす為だけにきたはずが、いつの間に目的を変えてしまったのだろう。
こんな風に迷うぼくを、犠牲になった人々は嘲笑っているかもしれない。
半時程経ち、ようやく結論が出たのか車に戻ってきたトウタは硬くなった肩を揉みながら
「車は置いて行くことになったよ。これから先は馬に乗るから準備をして」
客観的に見てもそれ以外の手段はないのに、大君に乗馬させるなど言語同断と主張する老臣たちの所為で話し合いは無意味に長引いたようだ。
崖の底から吹き上がる冷風に当たって眩暈がした。
「大丈夫?」
こめかみを押さえながら頷いたものの、トウタは不安を拭い切れぬ様子だった。
「…日暮れまでに北と本土の門所まで行って、明日の朝一番に北へ渡る」
相槌を打つと彼の肩越しにが馬車から降りてくるナルヒトの宮が見えた。続いて降りるコマリに手を差し伸べる、二人の睦まじさにお付きの侍女たちまでもが目を細めて温かく見守っている。
「……そうだ、これを」
ぼくの視線を追って振り返ろうとしたトウタに薬の箱を渡す。合間を縫って作っておいた宮の薬だった。
「あぁ、ありがとう。渡しておくよ」
箱を一瞥し懐にしまうと手を引いてぼくらが乗る馬へ向かった。あまりに彼がさり気なく手を繋いできたので、拒む機会を失った。一つに繋がった指先を見詰めながら違和感を覚える。だけどそれ以上考えるのが恐ろしくて、いつも思考はここで停止していた。
それから一同は車を捨て馬に移って進んでいった。馬上で揺られながら次第に瞼が重たくなってきた。崖下から吹き上げてくる冷風に火照った頬が心地よい。
「サトル…?」
温かい背中越しにトウタの声が響く。
薬が効いてきたのかもしれない。頭がぼんやりとしてきた。彼の背にしがみつきながら急激な睡魔に抗え切れず、混沌とした眠りの中へ入り込んでいった。
狭い崖を渡り小さな町に入ると一行はそのまま宿へ向かっていった。今日はここで泊まるみたいだ。真っ黒な馬に跨る一番派手で重たそうな冠を被っているのが、多分大君だ。今は頭しか見えないけど思っていたよりジジィだ。でもどこからどう見ても他の人間と変わった所はなくて、どうして大君と他を区別するのかわからない。
あの男の為に死んで逝った奴がいっぱいいて、でも死んで逝った奴の為に死ねる奴は…どれだけいるんだろう。ナルヒトはいっぱいの奴が自分の為に死んでくれるような、そんな大君になりたいのかな。そう思うと胸が痛んだ。きっとそんなナルヒトは嫌いになる。大嫌い、大嫌い。
『大嫌いだ…』
ふいにサトルのあの言葉が思い出された。
今でも…俺を嫌っているのかな? 速度を上げて列の先頭まで飛んでみる。すると茶色い馬に二人乗りするサトルとトウタの姿があった。
「!」
トウタの背中にしがみつくサトルを見た途端、しばらく呼吸をするのを忘れて立ち止まった。唇を噛み締めて痛みを紛らわせようとしたけど効かない。手足が痺れるように痛んで今すぐにでもサトルのところへ飛んでいきたかった。けどそれを必死の思いで堪え、町の外れにある森に飛び降りた。
人気の少ない町だけにわたしたちが入ってきても周囲はひっそりとして静かだった。この地域を治める大臣が何十人もの家来を連れて挨拶にきた他、町の人間をほとんど見かけない。
「北の…討伐以来、治安が悪化して故郷を離れる者が後を絶たなかったと聞きましたが、それもあながち嘘でもなかったのですね」
あまりに周囲が静まり返っているのでコマリの声も大きく響いた。
大臣に用意させた屋敷に着くなり周囲からも疲労の色が露骨に見え始めていた。気丈に振舞ってはいるもののコマリもいささか顔色が悪い。
「貴方も少し休むといい」
「えぇ。でも宮様は」
「わたしは大君と大后のご機嫌を伺ってすぐに戻る」
一瞬迷いを浮かべたが相槌を打つと
「ではお先に休ませて頂きますね」
と侍女を連れ下がった。ふいに思い立ち背中に向かって呼びかける。
「エナ殿は」
「外で兵たちと話しております」
上辺だけの微笑みを残し、どこか悲しげな雰囲気をまとったままコマリは立ち去った。その後ろ姿を見送り彼女もまた、何かを感じ取っているのかもしれない。わたしたちの未来が北の地で大きく変わる予感。わたしたちの命を狙う理由が祖先の恨みならば、彼女はこの旅を機に動くと思っていた。しかしトウタを介して渡してきた薬は、毒ではなかった。
試しに飲ませてみた猫は平然と縁側で寝そべっている。残りの丸薬を掌に出してしばらく考え込んだ。もしも毒が混じっているのなら、わたしは死ぬのだろうか。
「……」
青い瞳の少女。夢の中で何度も見かけたその瞳に、賭けてみたくなった。できることなら誰も疑いたくない。その切実な願いと共に薬を飲み干すと、大君たちが休む客室へ向かった。
宮廷にある大君の部屋と比較にならない程の広さの客室だったが、その分お付きの者たちの数を減らし寛ぎ易い様に脇息や背凭れを用意した。不満もあるだろうがそんなことはおくびにも出さず相変わらず威厳に満ちた姿でわたしを直視する。
「明日、北の地へ到着致します。お身体等に異変はありませぬか?」
「えぇ。案じることないと皆とあの薬師にも伝えておくれ」
「…薬師にも?」
背筋に冷たいものが走る。いつの間にサトル殿は大后と接触していたのだろうと、記憶の限りを辿って考えてみた。
「皆に気を遣わせると思い黙っていましたが、大君とわたくしは以前から胸を患っていました。けれどあの薬師が作った薬を飲むようになって随分と症状が改善されました。ですから道中もあの者が付いていると知り心強い思いでしたのよ」
穏やかな態度から彼女に寄せている絶大な信頼を感じ、焦りを覚えた。まさか大君たちにも既に近づいていたのか? 用意周到な手口に皮肉にも感嘆せざるを得ない。
「ナルヒトよ、そなたは継承権を手に入れ」
唐突に大君が開口した。
「その一声ですべてが動かせる今、何故、目的の知れないヌヒの宮の提案を呑みこの旅に賛同した?」
言葉の裏まで読み取ろうとする鋭い眼差しを正面から受け止め、高鳴る心臓の音に耳を澄ませた。人払いをして室内には誰もいない。だが宮廷とは違い壁伝いに庭でさえずる鳥の声や、慌しく動く人の気配を肌身に感じた。
「大君のお心は常に民と共にあると存じております。ですがわたくしの心は、母として、クレハとナルヒトの行く末にあります」
そっと大后は胸に手を当てすと一語一句に万感の想いを込め、確かめるようにわたしを見詰めた。
「血の繋がりがすべてだった一族に…新たな風を吹き込んでくれると信じていました。貴方はわたくしの子です。大切な……命に代えても守らなければならない、わたくしの子どもなのです」
血潮が熱く騒ぎふいに目頭が熱くなった。嘘偽りのない言葉に無上の喜びを感じ、喉元まで出かかっていた科白が泡のように消えてしまいそうだった。
「わたしは…」
不意打ちを食らい思わず声が震える。しかしそれでも伝えなければならない。
「今日この時まで…家族、を感じたことはございませんでした。わたしは亡き宮の代わりであり、それ以上でもそれ以下でもないのだと」
目を見張る大后の姿が目に入ったが歯を食い縛り必死に紡いだ。
「自らの記憶も、真の名もなきただの人間が…唯一つこの世の真実を手に入れるということが、貴方方への復讐でもありました」
悲しみに暮れる大后から目を逸らし表情一つ変えずにわたしを眺める大君を見た。
「歪めた歴史を正し誠の心を胸に、今一度、民衆に問いかけてみたいのです」
深呼吸をして続く言葉を吐き出した。
「大君という存在は果たして、いつまで万人に認められるのかを」
これまでにない重厚な沈黙が圧しかかる。初めて口にした本音に二人は明らかに戸惑いを隠せずにいる。だが後悔はなかった。
「真実を手に入れる…というならば、その目を見開き見えぬものこそ見るべきだ」
感情のない淡々とした口上に思わず顔を上げる。深い翳りを宿した虚ろな眼差しを捉えそこに潜む底のない闇を見た。
「混沌とした世に君臨した我らの祖先が神と崇められるのは当たり前だ。歴史を紐解き改めて確認するのだな。我らが治める世の他に、これ程平穏が長く続いた時代はなかったと悟るだろう」
恐らく代々教え込まれてきた自らを神聖視する言葉を操る顔は、長く背負い続けた苦悩に歪んでいた。不意に怯えるように大后がその腕に縋った。
「お止め下さいまし」
懸命に訴えるが大君はその手を払いのけて続けた。
「思想とは民を統一する最も有効な手段」
重たげな冠に手を当て吐き捨てるように呟いた。
「故に我らの破滅は……世の破滅だ」
降り立った森は思っていたよりも広くて色々な種類の樹が生えていた。都の秘密基地があった森よりも幹が太くて背も高かい。種類の違いかもしれないけど、なんとなくこっちの方が木々も生きいきしているみたいだ。
辺りが夕日色に染まっていく光景を枝の上で眺めながら、ずっと考えていた。だけど、わからなくて、わかりたいけど、わからなくて何度も頭を掻き毟って考えた。どうして…サトルはトウタを選んだんだろう。それがとても嫌で、すっごく嫌で仕方がない。でももしもサトルがライを選んだとしても、やっぱり嫌だったかもしれない。ライが大好きで、でもサトルもトウタも好きだ。なのに大好きな奴同士が一緒になるのがこんなに嫌で、息ができないくらい怖いんだろう。
ぼんやりと茜空を飛んでいく鳥の群れを目で追いながら、いっそのことこのままどこかへ飛び続けてやろうかと思ったその時
「あーこんなところにいた!」
足元から懐かしいキンキン声が届く。
「エナ!」
コマリの侍女になって以来だ。綺麗な服を着て何かを抱え俺に向かって手招きしている。
「さっさと下りてきなさいよー!」
エナが抱える籠から食い物のいい匂いがしていたので喜んで飛び降りた。ばれないよう少しだけ飛んで下りたら、デカイ目を更に開けて驚かれた。
「すっごーい! あんたって身軽ねぇ! ハルカネよりも素敵だわ!」
籠から食い物を出しながら褒めてくれた。
「ハルカネって誰だ?」
初めて見るご馳走に涎を垂らしながら、聞き慣れない名に反応した。すると今度はうっとりと胸の前で両手を合わせた。
「私と今、すっごくいい感じなのよぉ。ノグの大臣のご子息で大君の護衛隊に入ってるんだけど、ゆくゆくは大臣へ昇進するの。つ、ま、り! 恋愛しながらも玉の輿ってこと!」
玉の輿っていう意味がよくわからなかったけど、なんとなく嬉しいことなんだと相槌を打った。
「もうすごく素敵なの! まぁ多少…鼻は低くて目は小さくて顔はデカイけど、優しくて…私の身分とか一切関係ないって言ってくれているのよ!」
「ふぅん」
適当に頷きながら食い物を頬張る。その間エナは夢見心地の表情でぼんやりとどこか遠くを見詰めていた。これが恋する人間の顔ならライとは豪い違いだと思った。
でも幸せそうな顔をする所だけはよく似ている。
「ねぇ!」
一番デカイ鳥の唐揚げに手を伸ばそうとした途端、突然声を荒げて叫んだから驚いて唐揚げを地面に落としてしまった。
「あー!」
ここ最近で起きた一番の悲劇に絶叫する俺を無視し
「私! 実は……盗み聞きしちゃったの! 勿論こんなこと知れたら重大よ? 秘密を共有するだけでも重罪だわ! 殺されるかもしれないけど、でも…あんたならいいや」
「ん…うん……」
何だかすごい迫力に押されてつい頷いてしまった。するとほっと胸を撫で下ろしエナは急に真剣な表情をで俺に顔を近づけてきた。
「……ナルヒトの宮様が」
もう一度深呼吸をし
「大君の実の御子ではないって、本当なの?」
一陣の風が優しく顔を撫ぜていく。暖かい夕日色に染められた落ち葉が舞う光景の中に、初めて宮廷に上がり交わした会話が蘇ってきた。
『わたしは大君の御子ではない。だから一族が隠し続けた真実を暴くことができると、信じていた……』
悲しげに睫を伏せて呟くナルヒト。今更だけど、大君を憎んでいるって言ったくせに、どうして大君になりたがっていたんだろうと俺はいつも不思議だった。
「むかし……ナルヒトの宮が実は女宮じゃないかって噂があったらしいけど、そんなのすぐに消えたわ。だって、偽物の訳がないって…信じていたのに」
肩を落とすエナにあの時のナルヒトが重なった。
『だが今のわたしは悩んでいる。例え偽りでもそれが罷り通るこの世界を…愛しく思う者たちがいるのに、変革することは果たして正義となり得るのかどうか。真実が平和をもたらすのか………わからない』
ナルヒトは大君の子どもではない。でもその嘘を本当だと思う奴らにとって、本当のことがわかると大変なことになる。俯いたまま今にも泣き出しそうなエナを見て実感した。ナルヒトが大君を目指すのはそんな世界を変えようとする為。嘘を続けるにはもっと嘘が必要になる。そんな悪循環を断ち切りたいんだ。
『未来を変えることが…ぼくの復讐だ』
そしてサトルの悲痛な声が聞こえてきた。あの二人が一緒になることで決まる未来を変えようと、サトルはまた罪を犯そうとしている。だけどもし、サトルの言う未来が本当になったら。いっぱいの人間が死んでいく。信じていた大君に裏切られてみんなが傷ついて死んでいく。
―――俺が、ライを失ったみたいに、誰かが大切な、人を、失う。
冷や汗が吹き出た。心臓が早鐘を打って頭痛がする。生臭い血の匂い。燃え上がる火の粉に照らされた顔は蒼褪めていて、手にした最後の温もりと重みが、ゆっくりと奪われていくあの時の恐怖と悲しみをみんなが同時に体感する。
想像できない地獄に眩暈を覚えた。
「ねぇ!」
いきなり泣き腫らしたエナの顔がアップになった。
「どうしよう! だって絶対に嘘なんかじゃないの! 国家機密よ! 偶然、大君と大后と…ナルヒトの宮様が話している所を私が通りかかっただけで」
「…他に誰が聞いたの?」
俺の質問に一瞬迷いを浮かべ黙り込んだ。そして落ち着かなげに視線を彷徨わせながら言葉を選び続けた。
「ハルカネが……。でもちょうど私に結婚を申し込んでいる時だったから…耳に入っているか、わからないけど…」
肩を小刻みに震わせエナは縋るように俺を見詰めた。ナルヒトが大君の血筋ではないってだけで、こんなにも怯える人がいる。泣き黒子の男が俺に教えたことは嘘じゃなかった。
大君がこの世界のすべてで、それを支えに生きている奴がいる。
「……でも、ナルヒトは…悪い奴じゃない」
「そうよね! 大君の御子じゃない訳がないわよね! だって私をコマリ様の侍女にしてくれたくらいお優しい方だし、あれは冗談に決まってるわ」
一方的に捲くし立てるとホッと胸を撫で下ろし満面の笑顔を浮かべた。なんでもいいから誰かに否定して欲しかっただけなのかもしれない。
「それはそうとさ、宮様から伝言で明日、北へ渡るってさ。それとさぁ…私よからぬ噂聞いちゃったのよ」
急に好奇心を剥き出しにした爛々と光る眼差しで俺を捉えると
「あんたがノロノロしてるからさ、サトルって子が妊娠しちゃったらしいわよぉ」
一瞬、エナの言っている意味がよくわからなかった。無反応の俺を叱責するかのように、今度はゆっくりと
「子どもができたらしいのよ!」
と口を動かした。
「どうし…て? だって、好きじゃなきゃ生まれないって……」
「何言ってんのよ!」
と怒鳴りかけ、ふいに黙り込むと畳み掛けるように諭してきた。
「そんな…人の気持ちってどうとでも変わるのよ?」
「……誰、の…?」
「誰って…そりゃぁトウタ様じゃなきゃ……」
―――サトルがトウタを好きだなんて信じたくない。
エナが何か喋りかけてきた。だけど全然聞こえてこない。途切れ途切れに「仕方がない」と聞き取れたけど、沸き立つ感情を抑え切れなくて駆け出した。
サトルに母親の面影を求めていた訳じゃない。サトルも同じようにいつまでも変わらないことを望んでいたから。大人にならなくてもいい。だけど一緒に歩いていきたい。誰にも渡したくない。
だってそれは……理屈なんかじゃないんだ。
コマリの寝顔を見た途端それまでわたしを奮い立たせていた何かがゆっくりと粉砕されていく気がした。お付きの侍女たちに席を外させ、穏やかに寝息を立てる彼女の傍らに腰を下ろす。枕元には侍女が活けた花が飾られていた。鮮黄色の花弁が幾重にも重なった美しい花はコマリの雰囲気によく似て心が落ち着く。
嘆息と共に我慢していた感情が吐き出された。結局大君は永遠の命を望んでいるのだ。自らが築いてきた歴史の最後を見届ける為に。それこそ大君に相応しい資質と思っている。
やはり…わたしは…必要ではなかったのだな。
誰でもよかった。歴代大君たちの願いを叶えられる者ならばどこの馬の骨と知れぬ人間でも構わなかったのだ。しかし、と頭をもたげる疑問が湧き上がる。宮廷で謁見した際大君は、わたしにも一族の血が流れていると断言していた。あれは一体何を意図した発言なのだろう。
次第に暗く染まっていく室内で黄色い花だけが明るく輝いていた。
「………」
暗中の灯り。ふいにたった一条の光に縋る思いで花弁に手を伸ばした。
鈍い痛みが腹部を貫く。
朦朧とする頭を持ち上げ、いつの間にか横たわっていた布団の中で起き上がるも気怠く、しばらく眩暈が続いた。八畳程の室内に人気はない。馬上で眠っていた間に次なる町へ到着していたようだ。ふいに臀部に違和感を覚え布団を持ち上げてみる。すると白く皺の少ない敷布団の上に朱色の血が咲いていた。
夢現とした意識下で昨夜に薬を飲み忘れていたことを思い出し自嘲する。
「つぅ……」
下腹部を押さえ衣に縫いつけた薬を取り出した。と、掌に出した丸薬を眺め思わず驚愕する。よく似ているがこれはぼくの薬ではない。
咄嗟に記憶の限りを辿り、今朝トウタを通じてナルヒトの宮に渡した薬を思い出した。間違いない。これは彼の為に作った薬だ。つまり彼はぼくの薬を服用した可能性がある。とは言え、常人が服用しても大して副作用がある訳でもない。元々特殊な環境で産まれ育った峠に住むぼくたち一族の身体に合わせて作ったものだ。それにしてもなんたる失態。薬師として有るまじき行為だ。
「はぁ」
深々と溜め息を吐き、取り敢えず身体を洗おうと立ち上がった。眠っている間に乱れた衣を正し、窓から吹き込んできた風に促がされ顔を上げた。夕闇に同化する巨大な森を見詰め行く先を決めた。
「…宮様?」
窓から注ぐ暖かな光が消え半時程経っていた。背後で起き上がったコマリが灯りをつけようとしている気配が伝わったが、わたしはずっと黙り込んだまま動けずにいた。
「こんな暗がりで…。いかがなさいました?」
蝋燭の淡い光が迫ってくる。潤んだ視界にそれが余計に眩しく感じられる。ふいに彼女の手が肩に触れ、流れる髪が胸元へ落ちる音が聞こえた。
「……宮…様…」
驚きのあまりわたしを呼ぶ声がひきつっていた。その声に触発され、夢中で手元に散りばめられた枯れた花弁を集めた。
「違う! 違う……!」
必至に否定するも、心の奥でわたしは確信していた。
わたしは―――人間ではない。
記憶をなくし、空を飛んだ。触れるだけで花が枯れるわたしを、人間と言えるのか?
わたしを抱き締めコマリは泣き崩れた。迸る激情は熱い涙となって流れ落ちる。ただ何かを思い出しそうで、もどかしさが心を掻き乱す。答えのない暗澹とした疑問がどんどん増幅していき、わたしたちを包む闇がただ一つの真実さえも飲み込んでしまいそうだった。
「コマリ…」
暗闇の中に浮かぶ白い輪郭を両手で支え、力の限り抱き締めた。何故こんなにも不安なのだ。わたしたちは多くを望まない。何も望まない。ただこの想いを貫きたいだけだ。
共に残る人生を歩みたい。ただ、それだけなのに―――
闇雲に駆けているうちにいつの間にか森の奥まで来てしまった。完全に陽が沈み聳え立つ木々は大きな影になって俺を見下ろしている。どこからか烏の鳴き声が聞こえる他に生き物の気配はない。疲れて立ち止まると心臓がすごい速さで動いていた。身体が火照って喉が渇いて痛いくらいだ。
こめかみの汗を拭いながら水を求めてゆっくりと歩き出す。いつの間にか霧が漂っていたけど、冷たい水の匂いがこの先から流れてくる。枝が枠を作る空を見上げ心の中でライの名前を呼んでみた。どんなに考えてもわからない時、一緒に考えてくれたライを思えばきっとわかる気がしたから。
だけど白い月はただ寂しげに俺を見ているだけで、何も教えてくれない。思い余って首から提げていた巾着袋を取り出した。中の骨がぶつかり驚く程済んだ音色を立てた。
理屈じゃないならこの気持ちはなんなんだろう。わからないことだらけで、初めてトウタを…嫌だと思った。サトルがトウタを好きでも、俺、トウタが……一瞬でも憎いと思った。
過去に拘らない。だからライはサトルを好きだった。その気持ちが色々なものを壊していく。だけどナルヒトたちみたいに新しく何かを作っていくことだってできる気がした。
なら俺も、俺にも作れるのかな。二人みたいに、そこにいるだけで周囲が幸せになれるような、関係を。
俺が今生きているのは、みんながいてくれたから。だから俺は幸せになりたい。みんなの分も、サトルと―――
突然強い風が正面から吹いてきた。思わず手をかざして顔をしかめた。乳白色の霧が流される中で、骨が再び綺麗な音を響かせた。ゆっくりと瞬きしながら、よく冷やされた水の匂いが風に乗って運ばれてくるのを感じた。
「誰かいるの?」
それは久し振りに聞く、懐かしいサトルの声だった。
随分奥まで入ってきてしまったが、茂みに隠れた大きな泉を見つけた時ただの徒労に終わらずに済んだと喜んだ。夜の帳が降りるとすぐに月が高くまで昇り、暗い水面を穏やかに照らした。森の奥へ進むに連れ霧の色が濃度を増して尚更都合がよかった。できるだけ人目にはつきたくない。
まとっていた衣を脱ぎ捨てゆっくりと泉に入っていく。あまり深くまで足を踏み入れたくないが、月のものを流す為には仕方がない。腰の辺りまで浸かると持参した布を水に浸し身体を拭いた。
白い息が出るぐらい鳥肌が立つ寒さだが、元々峠で暮らしていたぼくにとって我慢できないものではない。峠の気候の悪さはきっと人々の想像を超えている。晴天が続くかと思えば突然、猛吹雪が続き、雪が解けたかと思うとあちらこちらで川が氾濫する。やっと川の水が収まったかと思えば穀物がすべて洪水にやられ不作が続く。その度に一族は絶滅の危機に追いやられ、次第に依代の数も増えていった。
―――そう、ここは峠よりも理想的な世界なんだ。誰も知らないから、ぼくらのウロ峠に理想を重ねて求めているだけ。
滴る雫が水面に波紋を広げていく。ふいに風が強くなりそうな予感がしたので、泉から離れ衣をまとった。かじかんだ指で帯を締めていると背後から強風が押し、木々の向こうの霧を吹き払っていった。
木々のざわめきに混じって澄んだ音色が響く。
「!」
驚愕し振り向くと木の影に誰かが立っていた。ここからは逆光でよく見えないが背格好からして、もしかしたらトウタかもしれない。
「誰かいるの?」
微動しない人物に不安が膨らみ始めた時、茂みを掻き分け―――この世にいるはずのない彼が姿を現した。
数秒の間、完全に呼吸を忘れ立ち尽くした。
月があまりに綺麗だから、あの世とどこかが繋がってしまったのか? 討伐をきっかけにウロとの入り口が繋がってしまったように、彼もまた…
「サト、ル……」
大きく見開かれた青い瞳が優しく微笑む。最後に見た彼は、ライを抱いて泣き叫んでいたのに、今目の前に立つ人はなんて穏やかな眼差しをするのだろう。
「!」
いつの間にか間近に迫っていた顔を見て我に返る。
「サトルだ!」
喜びに満ちた笑顔で暖かな腕がぼくを抱き締める。その確かな温もりを肌で感じながらも、どうしても信じられず
「……生きて…いた……の…?」
と問いかけた。
「ライが…いないのに、きみが、生きているはずないって……」
混乱する頭で呆然と呟く。
「トウタが、言ったの?」
鋭い言及に弱々しく頷いて応えた。
「…俺は、死ねない」
初めて聞く強い意志を宿した言葉。いつの間に、彼はこんなに強くなったのだろう。ぼくの知らない間に、ピリは、一人で成長していた。ふいに涙が込み上げてきた。
「それでも…きみは、一人で行っちゃうんだ……」
無意識に吐き出していた科白にピリは目を見張る。そして慌てて
「サトルだって!」
と叫んで反論してきた。
「トウタが好きなの? トウタの子どもを生むの? トウタと結婚…するの?」
「…子どもを?」
我が耳を疑い聞き返した。すると今度は彼自身も当惑を顕わにし
「エナが、サトルが妊娠したって…」
最近コマリの侍女になった少女の名を思い出し、ようやく意味を解した。
「……水面下でぼくが妊娠したって噂が流れていたんだね」
同時にそんな噂を信じて血相を変えた彼が可笑しく思え、吹き出しそうになった。しばらくお腹を抱え笑いたいのを我慢し不貞腐れたように口元を曲げるピリを見上げた。
「薬をまた飲み始めただけだよ。彼とはまだ婚姻している訳じゃないから、結婚までの純潔を誓っている」
それはぼくが彼に提示した条件だった。すべてが片づくまで決してぼくに触れさせない。
「そう…なの……?」
気の抜けたような顔で呟くと、一気に頬を染め恥ずかしそうに俯いた。
「どうして、きたの?」
嫌味な質問だと知りつつも押さえ切れずに口にした。すると曇りない瞳を向け
「サトルを助けたい」
頬が一気に熱を帯びた。けれどその言葉の裏にある意味を聞きたくて、どうしても心が卑屈に歪んでいくのがわかった。
「…きみから一番大切な人を奪ったのに?」
一瞬の沈黙。黙り込むかと思いきや、一文字に結ばれた唇を解き
「ライを殺したのはサトルじゃない」
とはっきりとした口調で彼は応えた。
「サトルは……もういっぱい苦しんだんだろ? ならもそれ以上辛い思いなんてしなくていいんだ!」
胸が締めつけられ言葉に詰まった。彼がぼくを憎んでいると思っていたのに…こうしてぼくを気遣ってくれている。それがただ嬉しくて、嬉しいのにその気持ちを無理やり押さえつけた。
「ぼくの苦しみなんて…この先、この国が辿る未来と比べたら毛の先にも及ばないよ」
滑らかに舌先からこぼれていく言葉をどこか他人事のように聞きながら、ぼんやりと頭の隅で考えた。ぼくは彼を苦しめたいのか?
「言ったよね? ぼくには人の死が見えるって。あの二人が結ばれれば一族が隠し続けた真実が明らかになり、混沌が世界を襲う。誰もが大君を崇拝するからこそ、裏切られた時の絶望は計り知れない」
思いつくままに攻撃的に語彙を羅列し、彼を混乱させようとしているだけなんだろうか。
自問しながら疑問がどんどん膨らみ胸を圧迫していった。目の前に立つ彼は、手に入れられ
ないから、この手で傷つけようとしているのかもしれない。
忘れられないくらいの傷を与えて―――
「ナルヒトの宮は大君一族を破滅させ、大革命を起こす。これまで浸透していた大君を神聖視する教育を悉く否定し、途絶えがちだった異国との貿易にも着手する。同時に莫大な情報が閉鎖的だったこの国に流れ込み、人々は激動する時代についていけず貧困の差が更に広がる」
目に見えて彼の瞳から光が消えていくのに、止められない想いが暴走した。
「世界はぼくらが思っているよりもずっと広い。時の流れに上手く乗り、私腹を肥やした連中は更に高みを目指して進出してくる。七つに分かれた大陸を目指して何度も戦争を繰り返す」
怯えるその顔を見た途端、心臓を鷲掴みにされるような痛みを覚えた。
「戦争は国がかりの商売だ。屍を上回る利益が舞い込む。しかも国の指揮を執るのはかつて大君と崇められていた男の子孫だ。所詮は自ら否定しても、人々は支配者を渇望する」
ぼくは痛めつけることでしか想いを伝えられない。彼が追ってきても、それを拒んで、また後悔を繰り返すんだ。
「だから止めなくちゃ、いけないんだ」
力強く断言するも、込み上げてきた感情に刺激され涙腺が緩み温かい雫がこぼれ落ちた。
どうせ、誰にもぼくを救えない。誰も、助ケテクレナイ……
「ナルヒトたちが……結ばれても未来が平和になれるように……もっと、一緒に、考えればいいんだ」
長い沈黙を経て彼は静かに口火を切った。
「もう誰かを失うなんて嫌だ。俺、ナルヒトとコマリが好きだ。あの二人がいるだけで、心が温かくなるんだ。あんなに好き合っているのに、引き離すなんて、嫌だ!」
出会った頃と変わらない真っ直ぐな強い眼差し。瞳の奥に垣間見た熱い想いに気づいたが、ぼくを追ってここまできたのは、母親の面影を求めているからだと動揺する自分に言い聞かせた。
淡い月の明かりに照らされながら、サトルは涙を流していた。その姿はまるで天女みたいで沢山の人を殺していたのにどうしていつまでも綺麗なままでいられるのか、ふいに疑問に思えた。
どんな時でも、サトルはとびっきり綺麗だ。いつからかライがサトルを見るようになっても心のどこかでそれは当たり前だと納得していた。だって俺も初めて会った時から、本当は、心奪われていたんだ。
人形みたいに整った顔が優しげに俺に微笑んだ時
『表通りで倒れていたのをここまで運んだんだ。もう身体の調子は大丈夫?』
俺の正体を知っても変わらずに、いつも、あの笑顔を向けてくれた。だからいつまでも傍にいたい。この気持ちを……なんて伝えたらいいんだろう。
「……俺は、サトルを助けたい」
俺を見詰める青い瞳が一層深みを増した気がした。繋いだ手が小刻みに震えている。大きな目から一気に涙がこぼれた。同時にかぶりを振りながら
「……剣が…見つからない……」
「剣……?」
「……ウロ峠に住む乙女に託した大切なものだったんだ。いつかまた、二人が緑豊かな峠で出会えるようにと誓った…神聖なもの…」
「そんなの、なくたって」
「違う!」
サトルはそう叫ぶと、膝から崩れ落ちるようにして座り込み泣きじゃくった。
「ぼくらは…祖先の為にも依代になって! 大地の一部になって…緑を取り戻さなきゃいけない。そうじゃなきゃ二人は永遠に出会えないから」
何かに怯えた、助けを求める目。俺はついさっきもこの顔を見ていた。
「祖先の夢が叶った時、初めてぼくらは峠から解放される! それまで宮入りの儀を絶やしてはいけないんだ」
そうだ…エナだ。ナルヒトが大君の血筋ではないって叫んでいたエナの表情と同じなんだ。サトルは剣に縛られている。エナたちが大君を崇拝し尊敬しているように、サトルたちも、剣を理由にしている。剣があるから峠を離れられない。祖先の恨みを、誓いを裏切れない。って、呪縛にしてサトルの一族はずっと生きてきたんだ。
思わず背筋を冷たいものが走った。憎しみの悪循環は、ここでも、まだ、生きていた。
緑を取り戻す為に自分の命さえも投げ出さなければいけない環境。自由に生きられない、生まれついての監禁。そんなの……駄目だ…。
もしウロ峠に戻ったとしても、サトルは一人で宮入りをしちゃう。誰にも強制される訳でもないのに共有してきた想いがそうさせる。
「……剣が見つからない以上、ぼくの居場所はどこにもない」
赤く腫れた目元を隠すように立ち上がると、それまでの態度を一変させた冷ややかな口調で言葉を紡いだ。
「ぼくを止めたいなら、その手でぼくを殺して」
それはどんな鋭い刃より深く胸に突き刺った。
噛み締めた言葉の代わりに必死に首を振る。どうしてそんなに悲しいことを言うのかわからない。だけど俺がわからない以上にきっとサトルも苦しんでいる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ……ぶりを振り俯く俺に歩み寄ると、サトルはそっと唇を重ねてきた。
サトルの体温を感じた途端、同時にどうしようもなく切ない感情が全身から沸き起こって、このまま放したくないって思った。
「!」
口の中に苦い何かが広がっていく。驚いてサトルを見上げたが逆光で表情が見えなかった。
頭の奥が熱くなって喉が嗄れそうだ。身体が急に何倍にも重みを増し意識が遠くなった瞬間、足元がふらつき前のめりに倒れ込んだ。
麻痺しているのか頭から倒れたのに全然痛みを感じなかった。それどころか自分の身体じゃないみたいに全身が鉄の塊のように動かない。朦朧とする意識で、渾身の力を振り絞って顔を上げると、一歩、また一歩と後退り…俺を見詰めながらサトルがゆっくりと遠退いていた。
止めようとして、俺は一度もサトルを止められなかった。今も指先まで力が入らないで、ただ去っていく後ろ姿を見送ろうとしている。どうしてこんなに胸が痛いんだろう。サトルを見ているだけで、悲し過ぎて涙が止まらない。切なくて、胸が苦しい。
「…サトルが……自由になれたら…俺、なんでもする」
痺れた口をなんとか動かし涙を拭いながら懇願した。けれどサトルはかぶりを振って拒む。
「……例えどんな汚い手法を使ってでも…ぼくは、あいつらを殺す」
と冷たく言い放った。
「きみは…いつまでも……変わらないで、幸せを手に入れて。そして……北の地に決して近づかないで」
俺が口出しする前に踵を返すと
「北は…死者たちの怨念で……汚れているから」
と呟き駆け出していった。
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