殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯

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番外編

運命は紫水晶の中に

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 その日は起きた瞬間から、全てが煌めいているような気がした。
 こんな事は今まで経験したことがない。
 けれど、きっと悪いことではないのだろう。

 ヒューは自分にそう言い聞かせて、馬車からの風景を眺めていた。
 そんなヒューの様子に、向かいの席から父が穏やかに声をかけてきた。

「ヒュー。楽しそうだね。止まってしっかり見てみたいものがあるのかい?」

 ヒューはゆっくりと首を振った。
 内心、父の配慮が温かくも苦しかった。
 今、二人を乗せた馬車は、父の姉が嫁いでいるマーレイ公爵家に向かっている。父がヒューに告げた訪問の理由は、伯母様の好みの布が手に入ったということだったが、この国で一、二を争う財を持つ公爵家に訪ねる理由には苦しすぎるものがある。
 
 公爵家には歳の近い従兄妹が二人いると聞いている。
 ヒューに馴染んでもらえればと、期待してのことだと分かっていた。

 ヒューには歳の近い子どもと遊べた記憶はない。
 強い魔力は子ども脅えさせるからだ。
 ヒューの魔力の強さは、生まれる前から噂となっていた。国一番の魔法使いである白の守護師がヒューの誕生を予知して、母がヒューを身ごもったばかりのころから様子を見に訪れていたからだ。
 守護師の尽力の下、母子ともに健康に出産を迎えたものの、魔力の強さは屋敷に訪れる全ての幼い子どもを、屋敷の玄関に着いた途端に泣かせるものだった。
 子どもだけではない。大人も理性で押し隠しているものの、どうしても畏怖を覚えてしまうらしかった。

 運のないことにヒューは相手の思考を読む能力があった。
 自分を取り巻く脅えは筒抜けであり、その脅えはどうしてもヒューを傷つけていく。
 息子の傷に対して、何とか救いを求めて、父が伯母の子どもに期待をかけていることも、当然、ヒューには分かっていたのだ。

 だからヒューにはこの訪問は気の重いものだったが、不思議なことに、今朝は起きた瞬間から、世界が煌めいていたのだ。ヒューは自分に灯る期待を必死に消そうとしていた。



 期待はあっても、世界が煌めいていても、過去の経験は重くヒューにのしかかっていた。
 マーレイ公爵家に足を踏み入れ、客人の出迎えのために並んでいた小さな人影が目に入った瞬間、ヒューは俯いてしまった。訪れるであろう泣き声に身構えてしまう。

 その時だった。
 
 『天使だわ!』
 
 澄んだ歓喜の思考が、ヒューの頭に飛び込んできた。
 予想もしていなかった思考に、頭を跳ね上げたヒューは息を呑んだ。
 そこには、この世のものとは思えない美が二つ並んでいた。
 銀の髪にエメラルドの瞳を持つ「妖精」と、白金の髪に紫水晶の瞳を持つ愛らしい「天使」がいた。

 銀の妖精は、急に眉を寄せ、不機嫌さを見せたが、その表情すら見惚れるような美しさだった。白金の天使を護るように背中から抱きしめている。
 二人に見とれていたヒューは、再び飛び込んできた、明るく澄んだ思考で我に返った。

『やっぱり天使よ!壁の絵の天使よりも可愛いわ!』

 どうやらヒューの容姿を気に入ってくれたようだ。彼女こそ天使なのに。
 ヒューは恥ずかしさに戸惑いながら、生まれて初めて、背の高さがさほど変わらない相手の瞳を見つめ返した。
 紫水晶の瞳が、嬉しさを帯びて輝く。

――!

 ヒューの眼前は淡い緑の光で覆われた。
 
 目の前には、愛らしくも美しい、絶世の美を持つ女性が立っていた。
 白金の髪、澄んだ美しい紫水晶の瞳は、この女性が誰であるかをヒューに分からせる。
 彼女は瞳に合う淡い紫のドレスに身を包み、凛とした立ち姿がヒューに溜息を零させるほどの気品を感じさせる。
 微かに瞳を潤ませた彼女は、ゆっくりと白い手を差し出した。
 跪いた自分はそっとその手を取り、甲に口づける――
 
 そこで緑の魔力は途切れ、ヒューは「今」に引き戻された。目の前には白金の天使がきらきらと瞳を輝かせて挨拶を待っている。
 
 はっきりとした予知だった。
 ヒューは瞳を閉じて、今視たものの自分の未来を噛みしめた。

『どんな未来を予知しようと、僕が認めない限り僕の天使は渡さない』

 頭を凍らすような冷たく鋭い声が投げ込まれた。
 ヒューは目を瞬かせる。
 エメラルドの瞳がこちらを刺すような険しさで見据えていた。

 僕の思考を読んだだけでなく、彼の思考を送り付けてきたのか。

 ヒューは、自分にはない能力に初めて出会った。
 頬が緩み、口元も緩む。やがて緩んだ口から零れたものは、笑い声だった。
 確かにこれならヒューに脅える必要もないのだろう。
 彼の笑い声を聞いて、喜んだ天使が抱き着いてくる。
 吹雪のような厳しい寒さを感じながら、ヒューは、生まれて初めて、「子ども」の前で笑い続けていた。
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