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第1章
殿下
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初めて入ったお城は、とても大きいものでした。石造りの城壁の正門に鎧をまとった騎士の人たちが警備にあたっています。馬車の中の私を見て、騎士の一人が叔父様に身元を確認していました。
お父さま、ハルベリー侯爵の長女、叔父様にとって姪であることを告げると、すぐにそのまま通してくれました。別れ際、騎士の皆さんに手を振ると、少し驚いた様子をされましたが、何人かは手を振り返してくれました。優しい方たちです。
門を抜けると、庭が続きます。全面に芝が生え、美しい花の咲く低木が列を作り、離れたところには大きく古い木々が固まって林のように見える部分もあります。どの草木も見ているこちらまで清々しくなるぐらいの美しい緑です。
庭を抜け建物に入り、叔父様に連れられて殿下の部屋まで歩いていく途中、何人かの人とすれ違いました。どの人も厳しそうな表情をしていても、私が会釈をすると驚いた様子を見せながらも、笑顔を返してくれます。お城の中の皆さんも優しい方たちです。
やがて、廊下で剣を下げた人が二人立っているドアが見えてきました。殿下のお部屋なのでしょう。
叔父様が振り返り、首にかけていた封印石を外し握りしめました。石の魔力が叔父様に還っていき、叔父様は銀色の光に一瞬包まれました。
その瞬間、私の体のありとあらゆる部分が喜び、力が漲ってきます。久しぶりの自由な感覚がうれしくて、思わずセディに抱き着きました。
『可愛いい』
セディと警護のお二人から気持ちが漏れ出たようです。叔父様とお父様は肩を震わせながらドアを開け、私たちは部屋に入りました。
奥に置かれたベッドの周りに、魔法使いであることを示す紫のマントを羽織った4人の魔法使いが座り込んでいます。
『もう倒れる』
『吐きそうだ』
『限界だ』
声もなく大きくため息をつく人もいました。
皆さんが目を瞠って振り返りました。
「ハリー守護師、そちらが…」
魔法使いの一人が叔父様に話しかけていますが、私はほとんど聞いていませんでした。ベッドに横たわる殿下から目をそらせなかったのです。
汗があらゆるところから吹き出しています。明るい金色の髪は汗で濡れ顔に張り付き、息は浅く、聞いている方が苦しくなるぐらいです。私の眼には薄い掛布を通して殿下のお腹の一部に闇を思い出させる漆黒の塊が感じられます。毒はそこに集まっていたのでしょう。
さらに、そこから徐々に色を薄めながらも黒いオーラが全身をめぐっています。殿下のうっすらと開いた目から涙がこぼれ落ちました。
これだけの苦しみに3日も耐え続けているなんて…
助けてあげたい、せめてこの苦しみを軽くしてあげたい。
「殿下、私も頑張ります。」
殿下が目を見開き私に視線を動かしました。真っ青な空のような瞳に、私はできる限りの笑顔を見せ「頑張りますね。」とささやいて息を吸い込みました。
セディが手を握りしめ、一瞬後、離しました。
セディの切れ長の柔らかな緑の瞳が私を見ていました。
「無事にシルヴィが力を使えるよう、祈っている。」
強い眼差しに祈りの強さを感じて、なぜかその眼をずっと見ていたい気持ちがしました。
殿下の浅い呼吸に我に返り、私は目を閉じて自分の力を手に集め、黒い塊に当てました。黒い塊が揺れ始めたのを感じます。
いつもなら怪我を治す相手の命の力を高めることで、その人自身の治癒力も高めて二人で治していくのですが、殿下の身体には生きる力を全く感じ取れません。
ならば私の魔力で補うまでです。
私の身体の魔力の流れを感じ取ります。頭の先から足先まで力の脈を探ります。まだ殿下へ流れていない部分を全て注ぎ込みます。私の呼吸が乱れ始めましたが、黒い塊の色が薄まり始めたのが分かりました。
ですがこれだけでは、また黒く戻るだろうことも分かります。この塊はひどく殿下を傷つけ巣くっているのです。これまでここまで力を注ぎこんで治せなかったことはありませんでした。私の力では足りないのでしょう。
終わりにするべきでしょうか…。ですが、魔法使いの皆さんが癒しの魔力を再び使うことは、先ほどの心の声を聴く限りまだ無理な気がします。
どうするべきかと迷いだしたとき、昔、叔父様に教えていただいたことが浮かび上がりました。森に叔父様と出かけた時です。
『いいかい、もし一人きりになって魔力が足りなくてどうしようもなくなった時は、少し周りから魔力の材料を分けてもらうのだ。』
永く生きているものには魔力の基になる「魔素」が生まれています。叔父様は私を後ろから抱きかかえ、手を取って森の木々の魔素を感じさせてくれました。
目を閉じた何もない視界に、古い大木の命の力が白く光って浮かび上がり、そこからきらきらと魔力の基である「魔素」が流れていました。
そうです、今、どうしようもなくなっています。魔素を分けてもらいましょう。
意識を張り巡らせます。まずこの部屋の命の光を感じます。セディとお父様の光がすぐそばにあります。あ、初めて知りました、セディも魔力を持っていたのですね。セディの瞳によく似た淡い緑の光です。
そして何より驚いたことは、私の身体は叔父様の銀色の魔力で覆われていたことです。叔父様は私の力が暴走しないよう私の周りに力を寄り添わせていたのです。
魔法使いの皆さんはやはり命の光が弱っています。私が呼ばれるのも納得します。皆さんが心配ですが今は殿下を助けることが優先です。
意識を部屋の外に出し、お城の中を庭に向かって探っていきます。たくさんの命の光があちこち動き回っています。
いよいよお庭です。人よりも形が曖昧ですが芝の茂っていた辺りは淡く光っています。形が見えやすい木々の命の力を探りました。白く光った命の力の周りに魔素を感じます。
息を吸い込み、魔素を私に流れるように動かしていきます。
『シルヴィ、決して心を乱してはいけない。力の流れが抑制できなくなるから。』
叔父様の教えを思い出し、ゆっくりと魔素を取り込みます。木と私を結ぶ流れができ始めました。焦らず慎重にちょうどよい流れの量にしなければいけません。
そのとき、城門から勢いをつけて命の光が近づいてくるのを感じました。馬車でしょうか?
叔父様の魔力がその光を探りだしました。
…っ!
馬車とおじさまの魔力に気を取られた刹那、木々からの魔素の流れが勢いを増し、私に襲い掛かってきました。私の身体には弾けそうなほどの量が流れ込んできます。息ができないほどです。
流れを断ち切らなくては!
その時、叔父様の鋭い魔力が流れにぶつかり、断ち切りました。
ですが、入り込んだ魔素がここは狭いとばかりに暴れまわっています。
体のあらゆる部分に痛みを感じています。いつ力が暴走しても驚きません。
せめて殿下に力を注ぎこんで…!
痛みを抑えつけ、体に魔素を取り込ませます。自分の魔力に変わるにつれ痛みが熱へと変わります。内側から燃やされるようです。でき始めた魔力を手に集めると、熱さで手が溶けそうな激しさです。
殿下に巣くった塊に向け、少しずつ力を注ぎます。殿下に一度に流れれば殿下の身体が耐えられないでしょう。
塊を覆うぐらいに力が流れ込んだ時、塊が散って、殿下の身体が再生を始めました…!
身体をめぐっていた黒いオーラも消えています。かすかに殿下自身の命の力が光り始めました。
ここからは、魔法は要りません。自然の回復を待てばいいのです。
私はゆっくりと殿下に向けていた魔力を止めました。
手の熱さはもうどこに手があるかわからないほどです。ゆっくり魔力を止めたつもりでしたが、魔力と熱の流れが私の身体を逆流しながら駆け巡り、
パンッ!
私の何かが弾け、真っ白な世界に包まれました。
お父さま、ハルベリー侯爵の長女、叔父様にとって姪であることを告げると、すぐにそのまま通してくれました。別れ際、騎士の皆さんに手を振ると、少し驚いた様子をされましたが、何人かは手を振り返してくれました。優しい方たちです。
門を抜けると、庭が続きます。全面に芝が生え、美しい花の咲く低木が列を作り、離れたところには大きく古い木々が固まって林のように見える部分もあります。どの草木も見ているこちらまで清々しくなるぐらいの美しい緑です。
庭を抜け建物に入り、叔父様に連れられて殿下の部屋まで歩いていく途中、何人かの人とすれ違いました。どの人も厳しそうな表情をしていても、私が会釈をすると驚いた様子を見せながらも、笑顔を返してくれます。お城の中の皆さんも優しい方たちです。
やがて、廊下で剣を下げた人が二人立っているドアが見えてきました。殿下のお部屋なのでしょう。
叔父様が振り返り、首にかけていた封印石を外し握りしめました。石の魔力が叔父様に還っていき、叔父様は銀色の光に一瞬包まれました。
その瞬間、私の体のありとあらゆる部分が喜び、力が漲ってきます。久しぶりの自由な感覚がうれしくて、思わずセディに抱き着きました。
『可愛いい』
セディと警護のお二人から気持ちが漏れ出たようです。叔父様とお父様は肩を震わせながらドアを開け、私たちは部屋に入りました。
奥に置かれたベッドの周りに、魔法使いであることを示す紫のマントを羽織った4人の魔法使いが座り込んでいます。
『もう倒れる』
『吐きそうだ』
『限界だ』
声もなく大きくため息をつく人もいました。
皆さんが目を瞠って振り返りました。
「ハリー守護師、そちらが…」
魔法使いの一人が叔父様に話しかけていますが、私はほとんど聞いていませんでした。ベッドに横たわる殿下から目をそらせなかったのです。
汗があらゆるところから吹き出しています。明るい金色の髪は汗で濡れ顔に張り付き、息は浅く、聞いている方が苦しくなるぐらいです。私の眼には薄い掛布を通して殿下のお腹の一部に闇を思い出させる漆黒の塊が感じられます。毒はそこに集まっていたのでしょう。
さらに、そこから徐々に色を薄めながらも黒いオーラが全身をめぐっています。殿下のうっすらと開いた目から涙がこぼれ落ちました。
これだけの苦しみに3日も耐え続けているなんて…
助けてあげたい、せめてこの苦しみを軽くしてあげたい。
「殿下、私も頑張ります。」
殿下が目を見開き私に視線を動かしました。真っ青な空のような瞳に、私はできる限りの笑顔を見せ「頑張りますね。」とささやいて息を吸い込みました。
セディが手を握りしめ、一瞬後、離しました。
セディの切れ長の柔らかな緑の瞳が私を見ていました。
「無事にシルヴィが力を使えるよう、祈っている。」
強い眼差しに祈りの強さを感じて、なぜかその眼をずっと見ていたい気持ちがしました。
殿下の浅い呼吸に我に返り、私は目を閉じて自分の力を手に集め、黒い塊に当てました。黒い塊が揺れ始めたのを感じます。
いつもなら怪我を治す相手の命の力を高めることで、その人自身の治癒力も高めて二人で治していくのですが、殿下の身体には生きる力を全く感じ取れません。
ならば私の魔力で補うまでです。
私の身体の魔力の流れを感じ取ります。頭の先から足先まで力の脈を探ります。まだ殿下へ流れていない部分を全て注ぎ込みます。私の呼吸が乱れ始めましたが、黒い塊の色が薄まり始めたのが分かりました。
ですがこれだけでは、また黒く戻るだろうことも分かります。この塊はひどく殿下を傷つけ巣くっているのです。これまでここまで力を注ぎこんで治せなかったことはありませんでした。私の力では足りないのでしょう。
終わりにするべきでしょうか…。ですが、魔法使いの皆さんが癒しの魔力を再び使うことは、先ほどの心の声を聴く限りまだ無理な気がします。
どうするべきかと迷いだしたとき、昔、叔父様に教えていただいたことが浮かび上がりました。森に叔父様と出かけた時です。
『いいかい、もし一人きりになって魔力が足りなくてどうしようもなくなった時は、少し周りから魔力の材料を分けてもらうのだ。』
永く生きているものには魔力の基になる「魔素」が生まれています。叔父様は私を後ろから抱きかかえ、手を取って森の木々の魔素を感じさせてくれました。
目を閉じた何もない視界に、古い大木の命の力が白く光って浮かび上がり、そこからきらきらと魔力の基である「魔素」が流れていました。
そうです、今、どうしようもなくなっています。魔素を分けてもらいましょう。
意識を張り巡らせます。まずこの部屋の命の光を感じます。セディとお父様の光がすぐそばにあります。あ、初めて知りました、セディも魔力を持っていたのですね。セディの瞳によく似た淡い緑の光です。
そして何より驚いたことは、私の身体は叔父様の銀色の魔力で覆われていたことです。叔父様は私の力が暴走しないよう私の周りに力を寄り添わせていたのです。
魔法使いの皆さんはやはり命の光が弱っています。私が呼ばれるのも納得します。皆さんが心配ですが今は殿下を助けることが優先です。
意識を部屋の外に出し、お城の中を庭に向かって探っていきます。たくさんの命の光があちこち動き回っています。
いよいよお庭です。人よりも形が曖昧ですが芝の茂っていた辺りは淡く光っています。形が見えやすい木々の命の力を探りました。白く光った命の力の周りに魔素を感じます。
息を吸い込み、魔素を私に流れるように動かしていきます。
『シルヴィ、決して心を乱してはいけない。力の流れが抑制できなくなるから。』
叔父様の教えを思い出し、ゆっくりと魔素を取り込みます。木と私を結ぶ流れができ始めました。焦らず慎重にちょうどよい流れの量にしなければいけません。
そのとき、城門から勢いをつけて命の光が近づいてくるのを感じました。馬車でしょうか?
叔父様の魔力がその光を探りだしました。
…っ!
馬車とおじさまの魔力に気を取られた刹那、木々からの魔素の流れが勢いを増し、私に襲い掛かってきました。私の身体には弾けそうなほどの量が流れ込んできます。息ができないほどです。
流れを断ち切らなくては!
その時、叔父様の鋭い魔力が流れにぶつかり、断ち切りました。
ですが、入り込んだ魔素がここは狭いとばかりに暴れまわっています。
体のあらゆる部分に痛みを感じています。いつ力が暴走しても驚きません。
せめて殿下に力を注ぎこんで…!
痛みを抑えつけ、体に魔素を取り込ませます。自分の魔力に変わるにつれ痛みが熱へと変わります。内側から燃やされるようです。でき始めた魔力を手に集めると、熱さで手が溶けそうな激しさです。
殿下に巣くった塊に向け、少しずつ力を注ぎます。殿下に一度に流れれば殿下の身体が耐えられないでしょう。
塊を覆うぐらいに力が流れ込んだ時、塊が散って、殿下の身体が再生を始めました…!
身体をめぐっていた黒いオーラも消えています。かすかに殿下自身の命の力が光り始めました。
ここからは、魔法は要りません。自然の回復を待てばいいのです。
私はゆっくりと殿下に向けていた魔力を止めました。
手の熱さはもうどこに手があるかわからないほどです。ゆっくり魔力を止めたつもりでしたが、魔力と熱の流れが私の身体を逆流しながら駆け巡り、
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