恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
26 / 74
第2章

アリスと先輩と瞬間移動

しおりを挟む
 これはアリスたちが最上級学年に移る前のことです。
 学年が違ってしまい、ゆっくりお話ができるのは食堂での時間だけになってしまいました。
 とある日のお昼の時間。
 アリスが頬を上気させて私の手を握ってきました。
 すかさずジェニーがさっと結界を張ります。
 いつも、この阿吽の呼吸に感嘆します。
「先輩が、次の休みに一緒に街へ行こう、って言ってくれたの!」
「まぁ!」
 気が付くと私はうれしくて大きな声を上げていました。ジェニーの結界に感謝です。
 デートですね、なんて素敵なんでしょう。アリスもクリス先輩もお互いに好意を抱いているのは魔力の溢れ方で分かっていましたが、はっきりと恋人としてお付き合いはしていませんでした。いよいよ、お付き合いが始まるのでしょうか!
 
 「だから、二人も次の休みは空けておいてね!」

 え…?

 私は早とちりしたのでしょうか?盛り上がった気持ちが急にしぼんでいくのを感じながら、ジェニーの方を見ました。ジェニーも微かに目が丸くなっています。ジェニーの驚くところを見たのは初めてです。
 恐る恐る訊いてみました。
「あの、クリス先輩はお友だちを連れていらっしゃるの?」
 もしかすると、まずはグループで遊びに行こうと計画されていたのでしょうか。
「ううん?先輩は、二人で一緒に街へ行こう、って言ってたから、連れてこないと思う」
 え…?
 「先輩と二人きりなんて、心臓が持たない!絶対無理!」
 え…?
 私はアリスにがくがくと揺すぶられていたのですが、アリスの思考についていけていないようです。
 そして、先ほどから、アリスの思考よりも気になる状況が起きています。
 隣からピリピリとした魔力が微かに溢れています。
 私は断固としてそちらは見ませんでしたが、くっきりとした発音で言葉が発せられました。
「分かったわ。行きましょう。」
 行くのですか!?
 私は振り向きそうになりましたが、アリスの息を呑みコクコク頷く様を見て、慌てて顔を戻しました。絶対、見ません。
「でも、クリスを驚かせたいから、内緒にしましょう」
 穏やかな声でしたが、ピリピリとした魔力は最早はっきりと溢れています。アリスは目を見開いてカクっと一度だけ頷きました。私は、絶対、見ません。

 二人と別れて教室に向かいながら、ふと気が付きました。
 理由はともあれ、街へ遊びに行くのです。まだ幼いこともあり、お友だちとだけで遊びに行ったことはありません。セディと行ったこともありません。セディといつか行けるでしょうか。上気した頬を手で隠しながら、とても次のお休みを待ち遠しく思っていました。
 すっかり忘れていましたが、叔父様のブレスレットにようやく出番がくるようです。

 そして、とうとう街へ遊びに行く日です!
 いえ、違います、アリスの初デートの日です。
 待ち合わせの門で、私たち「3人」に気が付いたクリス先輩は、一瞬目を瞠り、そして小さく息を吐いた後、笑顔で出迎えてくださいました。先輩の優しさが申し訳ないです。
 町に着くと、人でいっぱいです。
 今日は月に一度の市が開かれる日なのだそうです。
 たくさんのお店に、たくさんの人です。私は初めての光景に気持ちが湧きたちました。ジェニーに連れられて、お店巡りです。ジェニーは上手にアリスとクリス先輩から遠ざかって私と二人になったのです。ジェニーは始めからこうする予定で付いてきたのでしょう。さすがです。
 噴水の近くでは、芸人の方が、火を噴き出したり、玉の上で逆立ちしたりしています。魔力は感じません。魔法を使わずにどうしてこんなことができるのでしょうか。
目を奪われました。
 お菓子を売っている屋台では、生れて初めてお買い物をしたのです。
 お店のご主人は、「お嬢ちゃんたち、可愛いからおまけだよ!」とお菓子を余分に盛ってくださいました。褒めて下さる上に、おまけまでして下さるなんて、なんていい人なのでしょう!
 うれしくて、楽しくて、とうとう封印石が光を放ってしまいました。
 「うふふ、興奮してしまいました」
 照れながらジェニーをみると、ジェニーは目を細めて私の頭を撫でました。
「これは、アリスに感謝ね」
 「はい、大感謝です!」
 「そうでしょう?」
 え…?
 恐る恐る振り返ると、やはりアリスがいます。クリス先輩は見当たりません。アリスから魔力を感じますので、得意の瞬間移動で来たようです。
「あの、先輩は…」
「二人を探していたら、はぐれちゃった」
 私の隣から隠す気配もなくピリピリとした魔力が立ち上っています。ですが、次の瞬間、魔力が和らぎました。
「アリス、探したよ」
 クリス先輩も瞬間移動で現れたのです。アリスを見て、心底、安堵して顔を緩めています。これにはアリスも俯いて「ごめんなさい」と呟いています。
 先輩はクスっと笑うとアリスの手を取りました。アリスは俯いたまま一瞬震えました。
 それでもいつものように二人から淡い魔力が立ち上っています。
「アリス、僕は急ぎすぎたみたいだね」
 アリスはますます俯いてしまいました。

 そんなアリスをいつもの優しい眼差しで見つめた先輩の魔力が、一瞬、濃くなりました。
 「アリス、ゆっくりでいいから、僕のことを考えてくれないかい?」
 低く柔らかな声がアリスを包み込みます。先輩の右手がアリスの頤に触れ、アリスと目を合わせられるようにしました。アリスは耳どころか首まで赤く染まっています。
 先輩の魔力が一層濃くなり、呼応するようにアリスの魔力も濃くなり始めました。

 ここから先は聞いてはいけない気がします。
 私はジェニーをぎゅっと抱きしめ、封印石に結界を張り、目を閉じて学園に漂う叔父様の魔力の残りに集中しました。ブレスレットの守護石が輝きます。
 そして、めまいのような感覚の後、学園の叔父様の部屋にいたのです。
 ジェニーが驚いて辺りを見回しながら
「シルヴィ、あなたが手紙以外で瞬間移動をできるなんて、知らなかったわ」
 と囁きました。
「私もできるとは思わなかったです」
 セディの手紙の転移の仕方を真似てみたのです。成功はしましたが、初めての魔力の使い方に疲れで重くなった体に逆らえず、床に座り込みながら答えて、私は失言に気が付きました。
「まさか、初めて、とか?」
 ゆっくりと、くっきりとした発音で言葉が発せられたのです。
 ピリピリとした魔力は肌を突き刺すようです。
 あぁ、アリス、私もとうとうジェニーの顔を見る番が来てしまったようです…。
 どうか後でジェニーのことを語り合うことに付き合ってください。
  ひとまず、私は俯いていた顔を上げる勇気をかき集めていました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...