恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第2章

一瞬の邂逅

 最上級学年に上がり、はや一年が経とうとしています。
 半年前から、アリスとジェニーも再び同じ学年になり、慣れた生活が戻ってきました。 
 そのおかげなのでしょうか、以前よりも一段と強くなったダニエル先輩に、試合で一度だけ勝つことができたのです!
 アリスだけでなくジェニーまで抱き着いてお祝いしてくれました。
 私も嬉しくて、どうしようもないぐらい嬉しくて、二人に抱き着き返し、それでも収まらず、顔を両手で覆ってしゃがみこんでいる先輩にまで抱き着いてしまいました。
 先輩は首まで赤くなって、口をパクパクなさっていましたが、もう私とアリスは止まらず先輩をもみくちゃにしていました。――ジェニーとクリス先輩に止められましたが。
 
 すっかり最上級学年に溶け込み、毎日を送っていましたが、
 それは薬草学の授業を受けている時のことでした。
 薬草学の大方の内容は、既に叔父様から教わっていましたが、学園では珍しい薬草を生きている状態で見せてもらえるので、私はとても好きな授業です。
 
 今日の薬草は、「涙の草」と名付けられている葉が常に湿った状態にある変わった草です。
 この草の汁は、湿り気を維持させてくれるので、皮膚の病気に効くことが多いのです。
 手のひら程の高さの草ですが、命の光を強く持っている草で、草にしては珍しく魔素を宿しているものもいる、魔法使いにはとても貴重な草でもあります。

 草の汁の抽出法を試そうと少し俯いた時です。
 私のイヤリングが唸り声をあげるように、細かく振動を始めたのです。
 こんなことは初めてです。心臓をつかまれたような苦しさが体に走りました。
 
 セディ!
 
 気が付けば教室を飛び出して、叔父様の部屋に飛び込んでいました。叔父様はいません。
 お城にいるのでしょう。
 諦めきれず、何かセディの様子を知ることはできないか、部屋を見回します。
 机に、以前、叔父様が用意してくださった守護石のブレスレットの箱がありました。
 私は震える手で、箱からブレスレットを取り出し手首に嵌めました。
 部屋には叔父様の魔力が溜まっています。
 ブレスレットを付けた私なら、容易く叔父様の魔力を使うことができるはずです。
 今はあらゆる魔力が必要な時です。封印石を外しました。
 手の震えは収まっています。息を吸い込んで目を閉じました。
 手を胸に当て、叔父様の魔力を体に取り込みました。強く一点の曇りもない厳しいまでに清らかな力が私に駆け巡ります。
 
 叔父様、私を導いて!
 
 ブレスレットから銀の光が放たれました。
 白い霞のような空間の中、はるか遠くに叔父様の銀の魔力を、かすかに、おぼろげに、感じます。必死に銀の光と思われるものを感じる方向に目指します。以前、ジェニーと飛んだ移動とは比較にならない距離です。目印の叔父様の魔力を探しながら移動していきます。霞のような空間では息がうまく吸えません。押しつぶされそうな重さが体にのしかかってきましたが、ようやく「光」と確信できたものに意識を固定します。
 そして、空間が開けてきました。無謀な魔力の使い方に体中の細胞が悲鳴を上げています。
 それでも、無理やり空間を開きます。
 お城のお庭です。
 目の前に、艶やかな茶色の髪の男の子が、剣を支えにして蹲り、片手を脇腹に当てています。
 その刹那、私は体の悲鳴を一切忘れ去りました。
 俯いていても彼が誰だか分かります。
 
「セディ!」
 
 瞬間、柔らかな緑の瞳が私を見つめました。
 ずっと、ずっと見たかった淡い緑です。
 長いまつ毛に縁どられた、種から芽吹いたばかりの様な美しい柔らかい緑です。
 見惚れる美しい顔立ちは、別れた時よりも頬から丸みが薄れ、男の子らしさが増した面差しに感じます。
 驚きに開けられた口から、言葉がこぼれようとしたとき、
「無理なことはするな」
 魔力すら感じる深みのある声が響きました。
 叔父様は右手を掲げました。
「空間がつながっているうちに、戻るがよい」
 馴染んだ強い力が私を包み込みます。悲鳴を上げていた体の全てに魔力が染み込み、体が元の場所へと引き戻されるのを感じ、私は瞬時に治癒の力をセディに投げました。セディが白金の光に覆われるのを見て、私は叔父様の魔力に逆らわず身を委ねました。

 

 気が付くと、見慣れた天井がありました。 寮の私の部屋です。
 全て、夢だったのでしょうか。
「お嬢様、授業を放り出すことはなりませんよ」
 シャーリーの声です。少し強張った顔と声ですが、瞳は優しさが溢れています。
「セドリック様はご無事だそうです。ハリー様から伝言されました」
 私は目を閉じました。
 久しぶりに見ることのできた淡い緑の瞳が蘇ります。
 
 すっと私の胸の中に落ちた想いがありました。
「私…、セディのことが好き…」
 
 あの柔らかな緑の瞳をずっと見ていたい
 あの優しい瞳にずっと私を映していてほしい
 あの温かい手で私を撫でてほしい

 次から次へ、願いが沸き起こります。
 一秒だって離れていたくないのです。
 誰より、何より大事なのです。
 
湧き上がる想いにつられるように、涙が後から後からこぼれていきます。
  シャーリーがハンカチでそっと拭ってくれました。
 「素敵なことです。お嬢様」
 温かい声と言葉がたまらなく優しく感じて、私はハンカチに顔をうずめました。
 「学園をお辞めになりますか?」
ゆったりとした空気の中、シャーリーが尋ねます。
辞めればセディの傍にいられるでしょう。離れずにすむでしょう。
私に初めて「辞めたい」という思いが起こりました。
シャーリーを見つめます。少し細めな目は、凪いだ海のように穏やかです。
そして思い至ります。シャーリーは叔父様が直接頼んだ私の護衛の人です。
自分の立場を忘れてはいけません。

私はゆっくりと首を振りました。
まだ、自分で封印石を作ることができていません。
まだ、ダニエル先輩にも、他の先輩にも負けてしまいます。
まだ、まだ、刺客に打ち勝つことはできないのです。
セディを私のせいで危ない目には遭わせられません、いえ、遭わせたりはしません。
セディは私には私より大事なのです。
だから、まだ、セディの近くにいることはできないのです。

それでも、
「シャーリー、私は最短で卒業します。絶対に。」
入学前の目標をもう一度言葉にしました。もう目標ではなく計画です。
一刻も早く、あの淡い緑の瞳をもう一度思う存分見るのです。

シャーリーが優しく頭を撫でてくれました。
「できうる限り、このシャーリーもお手伝いをいたします」
私はシャーリーに抱き着いて、溢れる思いをやり過ごしていました。

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