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第2章
進路と誓いの印
私が最短で卒業するとして、――もちろん、するつもりです。セディの傍に戻ります!――学園での生活があと1年ほどになりました。
アリスとジェニーも遅くとも1年半で卒業したいそうです。
卒業の時期が見えてくると、その先のことも色々考えることになります。
学園を卒業した生徒の半数は、実は、家業や家を継ぐ方々なのです。クリス先輩も家を継ぐために領地に戻られます。
残りの半数が、魔法使いとして生活していくことになります。大抵は実家に戻り、その地で医師や薬師の役割を果たすことになります。
実家に戻らず、学園で研究を続ける方、王城で叔父様のように守護を務める方もごく少数ですがいます。
試合の後、ダニエル先輩が珍しく声をかけてきてくださいました。
「お前、卒業後はどうするんだ?」
私は、叔父様の助手を務めるという名目で、王城で勤めつつ叔父様とお城の警護に守られる生活となるでしょう。
叔父様から息が止まりそうなほどの輝く笑顔で、この私の進路を申し出て下さったのですが、やはり申し訳なく思ってしまいます。叔父様、せめて、叔父様のお役に立つように努力します!
先輩に私の進路をお伝えすると、先輩は神妙に頷きました。
私の事情をご存知の先輩ですから、納得してくださったのかもしれません。
ダニエル先輩の進路を尋ねたところ、視線を逸らして呟かれました。
「俺は…、まだ…、決められていない…」
先輩はどんな進路を決められるのでしょう。楽しみです。
ジェニーは、薬草学で研究をしたいそうですが、実家の周りの薬草をもっと調べたい思いが強く、学園に残るか実家に戻るか検討中です。
そして、アリスです。
「私は、研究をしたいものもないし、王城で勤めるほど優秀でもないから、実家に戻るしかないなぁ…」
彼女にしては珍しく、明るさが抜け落ちた声です。
今日獲得した栗のタルトにも手が全く付けられていません。アリスが戦利品を食べないなんて重症です。
ですが、それも仕方ないことと思ってしまいます。
クリス先輩がいよいよ後一月で卒業することを決められたのです。
正直なところ、クリス先輩はもっと早くに卒業なさると思っていましたが、研究もしながら生徒として学園に残っていらしたのです。
それでも、とうとうお家の方から戻るように言われたそうです。
クリス先輩のご実家は伯爵家で、その領地はアリスの実家がある地域から馬車で3週間かかる距離があるのです。
アリスは、タルトを食べないまま席を立っていきました。
私は一体何ができるのでしょう。
「あまりシルヴィが悩む必要はないわよ」
ジェニーが残されたタルトを味わいながら、つぶやきました。
確かにできることはないかもしれませんが、それでも心配です。
「そうじゃないの。シルヴィはクリスのことを分かっていないから」
ジェニーはすっかり平らげたタルトのお皿を脇にやり、私を見つめました。
「クリスはね、外見とは違うのよ。腹黒なの」
え…
「だから心配は全く必要ないの。むしろ別の心配をするべきね」
今度はお茶を味わうジェニーに、どんな心配をするべきなのか、何となく恐くて私は訊けませんでした…。
それから、二日後、私はジェニーの言っていたことが分かった気がしました。
「アリス、今から少し時間をくれないかい?」
授業が終わり、寮に向かおうとしていた私たちに、クリス先輩がいつもの低く柔らかな声をかけてきました。
私は二人の邪魔にならないように、会釈をして先に帰ろうとしたのですが、
「ジェニーもシルヴィも、できれば時間をくれないかい?」
先輩は眉を下げて困ったような眼差しでお願いをされたのです。
戸惑う私は思わずジェニーを見ました。
ジェニーは厳しい眼差しで先輩を見つめています。黒い瞳同士でなぜか穏やかならぬ視線のやり取りが交わされています。
アリスはそのやり取りに気づく余裕はありません。俯いて手を白くなるほど握りしめています。思わずその手に触れて治癒をかけてしまいました。
アリスが泣きそうな笑いそうな顔で私を見ます。
隣から微かに溜息が漏れ、「シルヴィ、行きましょう」と静かに決断を促されました。
先を歩いていた先輩が立ち止まった場所は、学園の森でした。
森を少し入ったところに、開けた場所があり――ここ数年はダニエル先輩が「修行」によく使っているそうです――、夕暮れになりかかった日差しが一面を柔らかく照らしています。
先輩は私たちに振り返り、アリスの手を取りました。
二人からいつものように魔力が立ち上ります。
同時に―ドンッ!という音がしました。
先輩はこの場所を包む結界を張ったのです。
強固な結界です。今までの試合でもお目にかかったことのない強さです。
これを分解するには、クリス先輩に封印をかけないと無理でしょう。
アリスも目を見開いて結界を眺めています。
ジェニーは小さく舌打ちしました。閉じ込められたことに怒ったのでしょうか?
「アリス」
先輩が少しかすれた、でも甘さのある声で呼びかけました。
アリスは既に手まで赤く染まっています。
先輩はアリスの手を取ったまま、跪きました。
「僕は、僕の魔力にかけて、生涯にわたる君への愛を誓います」
眩しいほどの魔力が先輩から立ち上り、先輩はアリスの手の甲に口づけました。
アリスの身体に先輩の魔力が駆け巡り、再び手の甲に集まると、光は収まったのです。
これは「誓いの印」です。
強い魔力をもつ魔法使いは、この印を相手に贈ると、その印を通して相手に自分の命が尽きるまで魔力のごく一部を与え続けることになるのです。
常に魔力を分けることになるので、一生に一人、長であっても二人しか印を刻むことはできません。
文字通り一生をかけた誓いと絆なのです。
刻むには強い魔力が必要で、さすがの先輩も結界が解けています。
先輩はゆっくりとアリスの手の甲から唇を離しました。
手の甲に刻まれた丸い印を見つめ、嬉しさに目を輝かせた笑みをアリスに向けます。
アリスはとめどなく涙をこぼし続けています。
先輩は立ちあがり、指で涙をぬぐいました。
「アリス、僕に君の印をもらえないかい?」
艶を含んだ黒い瞳がアリスを捕らえます。先輩は息を呑んだアリスの首に顔をうずめました。
「試してみてくれるだけでも、僕は幸せになれる」
アリスは目を閉じ、跪きました。先輩もアリスに合わせて跪きます。
差し出された手を取り、アリスが誓いました。
「私は、私の魔力にかけて、一生の愛を誓います」
オレンジの魔力が光を放ち、先輩の身体を駆け巡り、そして消えました。
甲には小さいですが、印が刻まれています。
力尽きて倒れるアリスを抱き留め、先輩はアリスの頭にキスを落としました。
「ありがとう、アリス」
先輩は、そのまま額に、瞼に、口づけていきます。
ようやく目を開いたアリスの唇を優しく指で撫でた後、先輩は目を伏せ、唇を重ねました。
アリスが目を見開き離れようとするのを、指を髪にくぐらせ後頭部を抱え、貪るようにキスを深めます。
私はようやく我に返り、いつぞやのようにジェニーにしがみつき中庭へ転移しました。
転移して二人から離れても、まだ動悸が収まりません。
熱い頬を抑えながら、気を紛らわそうとジェニーに話しかけてみました。
「これで、先輩が卒業しても、離れているのは結婚式までで…」
あら…?
二人の魔法使いの立ち合いの下、誓いの印を交換する。
これは魔法使いの「結婚」の儀式です。
あ…、プロポーズと婚約は飛ばしたのですね、まぁ、お互い思いは通じているので…
え…、あの結界は何だったのでしょう。そういえば、アリスに何も告げずに突然印を刻んだような…
不意を衝かれて、アリスは人生の大きな決断を…
ポンと肩を叩かれました。
思わず飛び上がると、ジェニーが首を振っています。
「クリスは、他の男が寄り付く機会なんか一瞬たりとも許さないのよ」
頷きながら、それでも私は笑顔が浮かんできました。
手順は「腹黒い」ですが、手順が違ってもきっといつかは同じ結論に至ったとこの4年間の二人を見ると思います。
アリス、おめでとうございます!
アリスとジェニーも遅くとも1年半で卒業したいそうです。
卒業の時期が見えてくると、その先のことも色々考えることになります。
学園を卒業した生徒の半数は、実は、家業や家を継ぐ方々なのです。クリス先輩も家を継ぐために領地に戻られます。
残りの半数が、魔法使いとして生活していくことになります。大抵は実家に戻り、その地で医師や薬師の役割を果たすことになります。
実家に戻らず、学園で研究を続ける方、王城で叔父様のように守護を務める方もごく少数ですがいます。
試合の後、ダニエル先輩が珍しく声をかけてきてくださいました。
「お前、卒業後はどうするんだ?」
私は、叔父様の助手を務めるという名目で、王城で勤めつつ叔父様とお城の警護に守られる生活となるでしょう。
叔父様から息が止まりそうなほどの輝く笑顔で、この私の進路を申し出て下さったのですが、やはり申し訳なく思ってしまいます。叔父様、せめて、叔父様のお役に立つように努力します!
先輩に私の進路をお伝えすると、先輩は神妙に頷きました。
私の事情をご存知の先輩ですから、納得してくださったのかもしれません。
ダニエル先輩の進路を尋ねたところ、視線を逸らして呟かれました。
「俺は…、まだ…、決められていない…」
先輩はどんな進路を決められるのでしょう。楽しみです。
ジェニーは、薬草学で研究をしたいそうですが、実家の周りの薬草をもっと調べたい思いが強く、学園に残るか実家に戻るか検討中です。
そして、アリスです。
「私は、研究をしたいものもないし、王城で勤めるほど優秀でもないから、実家に戻るしかないなぁ…」
彼女にしては珍しく、明るさが抜け落ちた声です。
今日獲得した栗のタルトにも手が全く付けられていません。アリスが戦利品を食べないなんて重症です。
ですが、それも仕方ないことと思ってしまいます。
クリス先輩がいよいよ後一月で卒業することを決められたのです。
正直なところ、クリス先輩はもっと早くに卒業なさると思っていましたが、研究もしながら生徒として学園に残っていらしたのです。
それでも、とうとうお家の方から戻るように言われたそうです。
クリス先輩のご実家は伯爵家で、その領地はアリスの実家がある地域から馬車で3週間かかる距離があるのです。
アリスは、タルトを食べないまま席を立っていきました。
私は一体何ができるのでしょう。
「あまりシルヴィが悩む必要はないわよ」
ジェニーが残されたタルトを味わいながら、つぶやきました。
確かにできることはないかもしれませんが、それでも心配です。
「そうじゃないの。シルヴィはクリスのことを分かっていないから」
ジェニーはすっかり平らげたタルトのお皿を脇にやり、私を見つめました。
「クリスはね、外見とは違うのよ。腹黒なの」
え…
「だから心配は全く必要ないの。むしろ別の心配をするべきね」
今度はお茶を味わうジェニーに、どんな心配をするべきなのか、何となく恐くて私は訊けませんでした…。
それから、二日後、私はジェニーの言っていたことが分かった気がしました。
「アリス、今から少し時間をくれないかい?」
授業が終わり、寮に向かおうとしていた私たちに、クリス先輩がいつもの低く柔らかな声をかけてきました。
私は二人の邪魔にならないように、会釈をして先に帰ろうとしたのですが、
「ジェニーもシルヴィも、できれば時間をくれないかい?」
先輩は眉を下げて困ったような眼差しでお願いをされたのです。
戸惑う私は思わずジェニーを見ました。
ジェニーは厳しい眼差しで先輩を見つめています。黒い瞳同士でなぜか穏やかならぬ視線のやり取りが交わされています。
アリスはそのやり取りに気づく余裕はありません。俯いて手を白くなるほど握りしめています。思わずその手に触れて治癒をかけてしまいました。
アリスが泣きそうな笑いそうな顔で私を見ます。
隣から微かに溜息が漏れ、「シルヴィ、行きましょう」と静かに決断を促されました。
先を歩いていた先輩が立ち止まった場所は、学園の森でした。
森を少し入ったところに、開けた場所があり――ここ数年はダニエル先輩が「修行」によく使っているそうです――、夕暮れになりかかった日差しが一面を柔らかく照らしています。
先輩は私たちに振り返り、アリスの手を取りました。
二人からいつものように魔力が立ち上ります。
同時に―ドンッ!という音がしました。
先輩はこの場所を包む結界を張ったのです。
強固な結界です。今までの試合でもお目にかかったことのない強さです。
これを分解するには、クリス先輩に封印をかけないと無理でしょう。
アリスも目を見開いて結界を眺めています。
ジェニーは小さく舌打ちしました。閉じ込められたことに怒ったのでしょうか?
「アリス」
先輩が少しかすれた、でも甘さのある声で呼びかけました。
アリスは既に手まで赤く染まっています。
先輩はアリスの手を取ったまま、跪きました。
「僕は、僕の魔力にかけて、生涯にわたる君への愛を誓います」
眩しいほどの魔力が先輩から立ち上り、先輩はアリスの手の甲に口づけました。
アリスの身体に先輩の魔力が駆け巡り、再び手の甲に集まると、光は収まったのです。
これは「誓いの印」です。
強い魔力をもつ魔法使いは、この印を相手に贈ると、その印を通して相手に自分の命が尽きるまで魔力のごく一部を与え続けることになるのです。
常に魔力を分けることになるので、一生に一人、長であっても二人しか印を刻むことはできません。
文字通り一生をかけた誓いと絆なのです。
刻むには強い魔力が必要で、さすがの先輩も結界が解けています。
先輩はゆっくりとアリスの手の甲から唇を離しました。
手の甲に刻まれた丸い印を見つめ、嬉しさに目を輝かせた笑みをアリスに向けます。
アリスはとめどなく涙をこぼし続けています。
先輩は立ちあがり、指で涙をぬぐいました。
「アリス、僕に君の印をもらえないかい?」
艶を含んだ黒い瞳がアリスを捕らえます。先輩は息を呑んだアリスの首に顔をうずめました。
「試してみてくれるだけでも、僕は幸せになれる」
アリスは目を閉じ、跪きました。先輩もアリスに合わせて跪きます。
差し出された手を取り、アリスが誓いました。
「私は、私の魔力にかけて、一生の愛を誓います」
オレンジの魔力が光を放ち、先輩の身体を駆け巡り、そして消えました。
甲には小さいですが、印が刻まれています。
力尽きて倒れるアリスを抱き留め、先輩はアリスの頭にキスを落としました。
「ありがとう、アリス」
先輩は、そのまま額に、瞼に、口づけていきます。
ようやく目を開いたアリスの唇を優しく指で撫でた後、先輩は目を伏せ、唇を重ねました。
アリスが目を見開き離れようとするのを、指を髪にくぐらせ後頭部を抱え、貪るようにキスを深めます。
私はようやく我に返り、いつぞやのようにジェニーにしがみつき中庭へ転移しました。
転移して二人から離れても、まだ動悸が収まりません。
熱い頬を抑えながら、気を紛らわそうとジェニーに話しかけてみました。
「これで、先輩が卒業しても、離れているのは結婚式までで…」
あら…?
二人の魔法使いの立ち合いの下、誓いの印を交換する。
これは魔法使いの「結婚」の儀式です。
あ…、プロポーズと婚約は飛ばしたのですね、まぁ、お互い思いは通じているので…
え…、あの結界は何だったのでしょう。そういえば、アリスに何も告げずに突然印を刻んだような…
不意を衝かれて、アリスは人生の大きな決断を…
ポンと肩を叩かれました。
思わず飛び上がると、ジェニーが首を振っています。
「クリスは、他の男が寄り付く機会なんか一瞬たりとも許さないのよ」
頷きながら、それでも私は笑顔が浮かんできました。
手順は「腹黒い」ですが、手順が違ってもきっといつかは同じ結論に至ったとこの4年間の二人を見ると思います。
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