恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

初めての舞踏会

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シルヴィが周囲の魔力を取り込んでいく。
瞬間、昔味わった、どこまでも白い世界が僕の頭によぎった。
――ッ!

ふっと景色は変わり、
ゆっくりとシルヴィが崩れ落ちていく。
ライザ殿が血を流しながら倒れこんでいく姿に重なっていく。

―――ッ!

跳ね起きていた。静かな寝室に息が上がった自分の呼吸が響き渡る。

あれは夢だ、シルヴィは生きている。生きているんだ。

腕輪をつかみながら、僕は唱えていた。
暗がりの中、腕輪は光っている。シルヴィの治癒の魔力が僕に流れ込むのを感じた。
世界との間に膜が出来そうなところを、紙一重でシルヴィの力が留めてくれている。

いや、シルヴィにあんな顔をさせている僕は、もう膜ができているのだろうか…

湧き上がる恐れを必死に抑え込む。
今日は、シルヴィにとって初めての舞踏会だ。笑顔を曇らせてはいけない。
腕輪を強くつかみ、僕は呼吸を整えた。





今、私の部屋では熱い議論が交わされています。

「こちらの赤のドレスで攻めるべきです」

最年少のお母様付き侍女だったブリジットは、目に力を込めてシャーリーに訴えています。
「この女性らしさを主張したデザインで、セドリック様にお嬢様の新しい魅力を感じていただくのです!」
胸の開いた、少し背中も開いた、そして体の線がかなり分かるデザインです。

「しかし、ブリジット。世の男性は可愛い女性を好むことも多いです。私の兄や兄の友人の恋人は、皆、小柄で守ってあげたくなるような愛らしさだった」

もはや「侍女」という隠れ蓑を捨て、「護衛」として仕えてくれているシャーリーは淡々とブリジットに意見を返しています。役目が変わったせいか言葉遣いが男性らしくなることが多々あります。

「だから、こちらの愛らしい緑のドレスでセドリック殿に攻めるべきだと思うのだが」
胸は控えめにしか見えず、裾はふわりと広がる、確かに可愛らしいデザインです。
少しセディの瞳の色に近い色合いで、色だけなら私はこちらを選んでしまいます。

「セドリック様は、とうにシルヴィア様が可愛らしいことはご存知です!新たな魅力を見せつけなくては!」
ブリジットは、敢然と言い返します。
「セドリック殿は騎士でもある。私の兄に好みが近いのではないだろうか」
シャーリーは淡々としかし神妙に返しています。

二人とも結論は違えど、目的は一致しています。
セディに私の魅力を感じてもらうことです。
ここまで滔々とセディ対策を議論されると、恥ずかしさを通り越して、申し訳なさを感じてしまいます。

二人ともごめんなさい。心配をかけています。
私は溜息を飲み込みました。

学園を卒業して、一月経ちました。
弟のライアンはもう会話を普通にできるほどに成長していて、私のことを「おねえさん」とかわいく呼んでくれます。ふふふ、本当に可愛いのです。

さて、弟に私を覚えてもらっている間のこの一月に、セディとはお茶を3回一緒にすることができました。
表立ってセディに変わったところは見られません。
青ざめていた顔は、女性が羨むまでの透き通るような白さに戻っています。たまに重なった手も特に冷たさは感じません。
ですが、腕輪は微かに光ったままです。
私の治癒の力が溢れても、心の声は全く漏れ出ることはありません。
浮かぶ笑顔も微かなもので、敢えて浮かべられた笑顔のようです。
私の大好きな、淡い緑の瞳の見惚れてしまうほどの綺麗な笑顔が、無性に恋しくて堪りません。
私に話しかける声も、体温を感じない平淡なものです。
セディもそのことは気が付いているようで、辛そうに目を細めているときがあります。
昔は尽きることなく交わされた会話も、今はお互いに気を遣いあい…

「お嬢様が可愛らしい存在のままでは、新しい一歩が踏み出せないではありませんか!」
「確かにそれには同感だ。しかし、もし好みと外れた方向で攻めてしまった場合、逆効果になるのではないか?」

まだ二人の議論は続いていました。
私は気を取り直して、声をかけました。
「二人ともありがとう」
瞬時に二人は私に向き直ってくれます。二人の瞳には私への心配が浮かんでいます。
申し訳なく、それでもその優しさがうれしく、私は顔が緩むのを感じました。
二人の気配も緩んでいきます。

「ブリジット、今日は初めての舞踏会で、セディのことがなくても緊張すると思うの。
今の私では、胸がここまで見えるとさらに緊張してしまうわ」
ブリジットが眉を顰めます。

「この勝負服は、舞踏会に慣れて、セディのことだけに向き合う余裕ができてから、着てみたいの。
でも、そうね、セディはあんなに素敵だもの。
私にのんびりしている余裕はないと思うから、次の舞踏会で着ることにするわ」

え…?

二人の目に力がこもりました。
「お嬢様こそ、素敵なのです!」
「ブリジット、我々でシルヴィア様を会場で最も可愛くそして美しくして差し上げるのだぞ!」
「もちろんです!」
「さすがだ、ブリジット!」

あの…、お手柔らかにお願いします…
私は心の中で二人にお願いしていました。


そして、2時間は経ったでしょうか。

「お嬢様、セドリック様がお見えです」
執事のジェイムズが知らせてくれました。
舞踏会のエスコートをセディが務めてくれるのです。
ブリジットとシャーリーの技と熱意の結実で、私は自分でもとても可愛く仕上げてもらったと思うのですが、それでも鼓動が早まります。
客間に入ると、セディがソファから優雅に立ち上がり出迎えてくれました。

鼓動が止まる気がしました。
お父様と同じほどに伸びた背の高さと、服を通しても伝わる騎士として鍛えた均整の取れた無駄のない体つきが、セディの凛々しさを際立たせています。
白を基調とした上下に、中のベストと服の端に施された刺繍飾りは青を基調としたもので、セディの端正な顔立ちと姿勢の良さから醸し出される凛とした雰囲気とよく合っています。
袖からは腕輪がわずかに覗いています。
セディは目元をうっすら赤く染めて、私を見つめています。
少し見つめすぎて困らせたのでしょうか。

「シルヴィ、とても愛らしいよ。それに、…とても綺麗だ」

私の手を取りながらセディがそっと囁いてくれました。
一瞬、昔のようにセディの気持ちが声にこもったのを感じました。
うれしくて封印石を光らせながら、私はセディを見上げます。
「セディこそ素敵。 一瞬見惚れてしまったぐらい」
玄関へと歩きながらセディは少し息を呑み、それでも前を向いたまま歩調を乱さず歩き続けます。
こちらに視線を向けてくれないことに寂しさを覚えながら、私も並んで歩きます。
馬車の前で立ち止まったとき、ぽつりとよく通る声が降ってきました。
「ありがとう」
声は平淡なままでしたが、セディが精一杯心を取り出してくれた優しさを感じて、私の封印石はまた強く光っていました。
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