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第3章
殿下とのダンスと護衛たちの呟き
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セディは殿下に私を引き渡し、その場を離れていきます。
今まで感じていた温もりが遠ざかってしまうような感覚に、私の目はずっとセディを追ってしまいます。
セディの美しい姿勢が、後ろ姿まで美しいものにしています。
苦笑いが私の耳に届きました。
「踊る相手を見るものではないかい?」
我に返り、殿下を見つめます。
「大変な失礼を致しました」
小声で謝ると、殿下の濃い青の瞳が輝きました。
「目を逸らす隙をなくしてあげよう」
腰に当てられた手に力が加わり、いきなりターンへと入ります。
勢いをつけたターンはドレスの裾が広がるほどです。
思わずよろめきかけた私を抱えるように、殿下が支えて下さいます。
「ふふ、大きくなったね。出会った頃は、子どもの私から見てもとても小さくて愛らしかった」
目を細めて私を見つめていた殿下は、すっと私を抱き寄せ、耳元に囁きます。
「広間が先ほどどよめいた理由を分かっているかい?」
思わず顔を上げると、殿下の顔が息を感じるほど近くにあり、少し体を離そうとしたところ、殿下の手が腰を抑えて引き留めます。
俯いて殿下の顔から逃げることにしました。
ふっと笑う気配が降ってきた後、殿下は再び耳元に囁きます。
「セディは私と同時に舞踏会に出るようになったけれど、今まで一度もダンスをしたことがなかったのだよ」
驚いて顔を上げると、間近に少し意地悪な瞳があります。
「私の天使に見つめてもらうには、セディの話をするしかないようだね」
自分でも顔が赤くなるのを感じて、私はひたすら殿下の襟元を凝視します。
金糸の刺繍がステップに合わせて煌めいています。
「誰かにとって、初めてのダンスの相手はどうしても譲れないものがあったようだね」
艶やかな声が笑いを含んでいます。
嬉しさが身体を駆け巡り、封印石が光りました。
殿下は微かに横を向いて笑いを堪えています。
「全く、私の天使は可愛らしい」と呟いて、その後は曲に合わせてただ穏やかにステップを踏んでいました。
そして、曲が終わり、お互い挨拶のお辞儀を交わしたとき、殿下はすっとそれまでの笑顔を消して、囁きました。
「シルヴィア、もっと時間をあげたかったけれど、そろそろ私の大事な側近を返してもらうことにするよ」
◇
お嬢様が殿下に振り回され、殿下との距離に頬を染めつつ苦労しておられる。
殿下がお相手なのだから、これ以上節度を外されることはないだろう。
私は自分に言い聞かせながら、お嬢様を見守っていた。
しかし、困ったものだ。ブリジット、すまない、目的は果たせそうにない。
私はブリジットの落胆を予想して、溜息が漏れ出てしまった。
お嬢様の御父上、侯爵様と、近衛を務める兄を通じて、私は特別に帯剣を許されてこの広間に警護で立っている。
兄を含めて5人の近衛が配置されていた。この広間の大きさとこの人数なら、仕事とブリジットの頼みの両方をこなすことが出来そうだと思っていたが、甘い予想だった。
『今の若いご令嬢の流行はもちろん、可愛いらしさを極めたドレスか、大人の魅力を魅せるドレスか、どちらが主流かも見てきてください!』
残念ながら、簡単に思われたこの依頼から失敗していた。
今日集った人間は、後ろ盾の弱い殿下が長い年月をかけて増やしてきた人脈だ。
かなりの柔軟な思考の持ち主が多いようで、ドレスも様々なデザインで溢れている。
流行など無視して、自分の好きな、自分を際立たせることを目的としたドレスが選ばれているようだ。
『セドリック様がどのようなドレスに目を留めるのか、しっかり確認してきてください!しっかりと!』
頼まれた時点で難しいと思われたこの要望は、やはり予想を裏切らず、いや、予想を超えて困難なものだった。
セドリック殿は、お嬢様の傍にいる時は片時もお嬢様から目を逸らすことはなく、他のご令嬢のドレスになど目を向けることはなかった。
そしてお嬢様から離れた今は、氷のような美貌を全く動かすことなく、広間に一人佇んでいる。
幾人かのご令嬢が、近寄りたそうに視線をちらちらと向けているが、全く感づいてもいない様子だ。
結界を張っているかのような彼の閉ざされた雰囲気を感じて、結局、ご令嬢たちは遠巻きに眺めているだけになっている。
あの状態が、今の彼の通常の様子なのだろう。
お嬢様に対してだけは、必死に向き合っていてくださったのだ。
お嬢様と零れるように笑顔を交わしあっていた昔を知っているだけに、見ているこちらも辛い。
公爵家でもさぞや気を揉んでいることだろう。
「若さ…、セドリック様は非常に女性にもてる方なのだ」
…?
隣で同じく帯剣を許され、護衛にたつチャーリーがぽつりと零す。
セドリック殿の剣の師匠であり、セドリック殿の剣の腕を見る限り、相当な手練れだと常々思っている人物だ。
一度手合わせしたいものだ。
「選り取り見取りといいって良いほどだ」
あの美貌、公爵家の嫡男、加えて王太子の信も厚い若者なら、さもありなんといったところだろうが、私としては棘を感じる発言だ。
「シルヴィア様も、男性にもてる方と思われます」
学園にいた間はもちろん、今日も広間に入った瞬間、男性の視線はお嬢様に集まっていた。お嬢様は気づかれていないようだったが。
「そういうことを言いたかった訳ではないのだ。」
もどかしげな声が隣から放たれる。
「セドリック様は、それでもシルヴィア嬢以外を見たことがないのだ」
「それが不満だと?」
この男、剣だけでは無理でも魔力を使えば叩きのめせるだろうか。
足技も使えば、確実に倒せるかもしれない。
私の殺気に気が付いたのか、溜息をついて彼は話し続ける。
「違うのだ。言いたかったことは、それだけセドリック様にはシルヴィア嬢が全てなのだということなのだ」
彼の話したい先が見えず、私は彼に向き直った。彼もこちらを向く。
「あなたが帯剣しなければいけないほど、シルヴィア嬢は危ない状態なのか?」
押し殺した声で彼は尋ねた。
この人数の中で聞くとは、なんと短慮な。
「セドリック様のためにも、シルヴィア嬢をしっかり守ってもらいたいのだ」
苦しそうな表情と、一段と押し殺した声が私を捕らえる。
「シルヴィア嬢にこれ以上何かあれば、…あの方は完全に壊れてしまう」
彼の拳は握られていた。
ふむ、足技は使わずに手合わせをしよう
お身体を守る自信はあっても、心までは守れない。そして心の傷の方が深くて治りにくい。
彼も私と同様に恐れと無力を感じているようだ。
私は僅かに彼への殺気を減らし、隠すことなく溜息をついた。
「もう、お嬢様がセドリック殿を押し倒してしまえばよいのではないだろうか」
「は…?」
チャーリーが私から半身引いた。
「あれだけ思いあっておられるのだ。
セドリック殿が心を閉ざされているとはいえ、お二人して何をぐずぐずしているのだと思わぬか?」
彼は口を開いたまま閉じられないようだ。
目を見開き、のけ反りながら、声を絞り出した。
「いや…、待ってくれ、話についていけないものが…」
「肌を合わせれば、セドリック殿もシルヴィア様が生きていると実感できると思わないか?
そなたから見て、セドリック殿は、あの状態では感じら」
私の口を押え、あちこちに目を向けながら真っ赤な顔をした彼は押し殺した声で唸る。
「こんな大人数の前で何を言うのだ! 周りに聞かれたらどうする!」
何と失礼な。
大人数の前でお嬢様に危険が迫っていないか尋ねるよりは、問題ない質問ではないか。
そもそも、チャーリーが質問した時点で防音の結界を張っている。
憤然と睨み上げると、まだ顔を赤くしたまま彼は疲れたように言った。
「ともかく、シルヴィア嬢を守ってほしい」
私の答えは決まっている。彼を見つめ真摯に返した。
「言われるまでもなく、この身に代えてでも」
今まで感じていた温もりが遠ざかってしまうような感覚に、私の目はずっとセディを追ってしまいます。
セディの美しい姿勢が、後ろ姿まで美しいものにしています。
苦笑いが私の耳に届きました。
「踊る相手を見るものではないかい?」
我に返り、殿下を見つめます。
「大変な失礼を致しました」
小声で謝ると、殿下の濃い青の瞳が輝きました。
「目を逸らす隙をなくしてあげよう」
腰に当てられた手に力が加わり、いきなりターンへと入ります。
勢いをつけたターンはドレスの裾が広がるほどです。
思わずよろめきかけた私を抱えるように、殿下が支えて下さいます。
「ふふ、大きくなったね。出会った頃は、子どもの私から見てもとても小さくて愛らしかった」
目を細めて私を見つめていた殿下は、すっと私を抱き寄せ、耳元に囁きます。
「広間が先ほどどよめいた理由を分かっているかい?」
思わず顔を上げると、殿下の顔が息を感じるほど近くにあり、少し体を離そうとしたところ、殿下の手が腰を抑えて引き留めます。
俯いて殿下の顔から逃げることにしました。
ふっと笑う気配が降ってきた後、殿下は再び耳元に囁きます。
「セディは私と同時に舞踏会に出るようになったけれど、今まで一度もダンスをしたことがなかったのだよ」
驚いて顔を上げると、間近に少し意地悪な瞳があります。
「私の天使に見つめてもらうには、セディの話をするしかないようだね」
自分でも顔が赤くなるのを感じて、私はひたすら殿下の襟元を凝視します。
金糸の刺繍がステップに合わせて煌めいています。
「誰かにとって、初めてのダンスの相手はどうしても譲れないものがあったようだね」
艶やかな声が笑いを含んでいます。
嬉しさが身体を駆け巡り、封印石が光りました。
殿下は微かに横を向いて笑いを堪えています。
「全く、私の天使は可愛らしい」と呟いて、その後は曲に合わせてただ穏やかにステップを踏んでいました。
そして、曲が終わり、お互い挨拶のお辞儀を交わしたとき、殿下はすっとそれまでの笑顔を消して、囁きました。
「シルヴィア、もっと時間をあげたかったけれど、そろそろ私の大事な側近を返してもらうことにするよ」
◇
お嬢様が殿下に振り回され、殿下との距離に頬を染めつつ苦労しておられる。
殿下がお相手なのだから、これ以上節度を外されることはないだろう。
私は自分に言い聞かせながら、お嬢様を見守っていた。
しかし、困ったものだ。ブリジット、すまない、目的は果たせそうにない。
私はブリジットの落胆を予想して、溜息が漏れ出てしまった。
お嬢様の御父上、侯爵様と、近衛を務める兄を通じて、私は特別に帯剣を許されてこの広間に警護で立っている。
兄を含めて5人の近衛が配置されていた。この広間の大きさとこの人数なら、仕事とブリジットの頼みの両方をこなすことが出来そうだと思っていたが、甘い予想だった。
『今の若いご令嬢の流行はもちろん、可愛いらしさを極めたドレスか、大人の魅力を魅せるドレスか、どちらが主流かも見てきてください!』
残念ながら、簡単に思われたこの依頼から失敗していた。
今日集った人間は、後ろ盾の弱い殿下が長い年月をかけて増やしてきた人脈だ。
かなりの柔軟な思考の持ち主が多いようで、ドレスも様々なデザインで溢れている。
流行など無視して、自分の好きな、自分を際立たせることを目的としたドレスが選ばれているようだ。
『セドリック様がどのようなドレスに目を留めるのか、しっかり確認してきてください!しっかりと!』
頼まれた時点で難しいと思われたこの要望は、やはり予想を裏切らず、いや、予想を超えて困難なものだった。
セドリック殿は、お嬢様の傍にいる時は片時もお嬢様から目を逸らすことはなく、他のご令嬢のドレスになど目を向けることはなかった。
そしてお嬢様から離れた今は、氷のような美貌を全く動かすことなく、広間に一人佇んでいる。
幾人かのご令嬢が、近寄りたそうに視線をちらちらと向けているが、全く感づいてもいない様子だ。
結界を張っているかのような彼の閉ざされた雰囲気を感じて、結局、ご令嬢たちは遠巻きに眺めているだけになっている。
あの状態が、今の彼の通常の様子なのだろう。
お嬢様に対してだけは、必死に向き合っていてくださったのだ。
お嬢様と零れるように笑顔を交わしあっていた昔を知っているだけに、見ているこちらも辛い。
公爵家でもさぞや気を揉んでいることだろう。
「若さ…、セドリック様は非常に女性にもてる方なのだ」
…?
隣で同じく帯剣を許され、護衛にたつチャーリーがぽつりと零す。
セドリック殿の剣の師匠であり、セドリック殿の剣の腕を見る限り、相当な手練れだと常々思っている人物だ。
一度手合わせしたいものだ。
「選り取り見取りといいって良いほどだ」
あの美貌、公爵家の嫡男、加えて王太子の信も厚い若者なら、さもありなんといったところだろうが、私としては棘を感じる発言だ。
「シルヴィア様も、男性にもてる方と思われます」
学園にいた間はもちろん、今日も広間に入った瞬間、男性の視線はお嬢様に集まっていた。お嬢様は気づかれていないようだったが。
「そういうことを言いたかった訳ではないのだ。」
もどかしげな声が隣から放たれる。
「セドリック様は、それでもシルヴィア嬢以外を見たことがないのだ」
「それが不満だと?」
この男、剣だけでは無理でも魔力を使えば叩きのめせるだろうか。
足技も使えば、確実に倒せるかもしれない。
私の殺気に気が付いたのか、溜息をついて彼は話し続ける。
「違うのだ。言いたかったことは、それだけセドリック様にはシルヴィア嬢が全てなのだということなのだ」
彼の話したい先が見えず、私は彼に向き直った。彼もこちらを向く。
「あなたが帯剣しなければいけないほど、シルヴィア嬢は危ない状態なのか?」
押し殺した声で彼は尋ねた。
この人数の中で聞くとは、なんと短慮な。
「セドリック様のためにも、シルヴィア嬢をしっかり守ってもらいたいのだ」
苦しそうな表情と、一段と押し殺した声が私を捕らえる。
「シルヴィア嬢にこれ以上何かあれば、…あの方は完全に壊れてしまう」
彼の拳は握られていた。
ふむ、足技は使わずに手合わせをしよう
お身体を守る自信はあっても、心までは守れない。そして心の傷の方が深くて治りにくい。
彼も私と同様に恐れと無力を感じているようだ。
私は僅かに彼への殺気を減らし、隠すことなく溜息をついた。
「もう、お嬢様がセドリック殿を押し倒してしまえばよいのではないだろうか」
「は…?」
チャーリーが私から半身引いた。
「あれだけ思いあっておられるのだ。
セドリック殿が心を閉ざされているとはいえ、お二人して何をぐずぐずしているのだと思わぬか?」
彼は口を開いたまま閉じられないようだ。
目を見開き、のけ反りながら、声を絞り出した。
「いや…、待ってくれ、話についていけないものが…」
「肌を合わせれば、セドリック殿もシルヴィア様が生きていると実感できると思わないか?
そなたから見て、セドリック殿は、あの状態では感じら」
私の口を押え、あちこちに目を向けながら真っ赤な顔をした彼は押し殺した声で唸る。
「こんな大人数の前で何を言うのだ! 周りに聞かれたらどうする!」
何と失礼な。
大人数の前でお嬢様に危険が迫っていないか尋ねるよりは、問題ない質問ではないか。
そもそも、チャーリーが質問した時点で防音の結界を張っている。
憤然と睨み上げると、まだ顔を赤くしたまま彼は疲れたように言った。
「ともかく、シルヴィア嬢を守ってほしい」
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