恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
41 / 74
第3章

新しく懐かしい仲間

しおりを挟む
眠いのです。
とても眠いのです。頭に霞がかかったようにぼぅっとしています。

昨夜は、結局、一睡もできませんでした。ですが、朝は当然訪れて、登城する時間もやって来ます。
今日はお父様も登城なさる日でしたので、いつものシャーリーだけでなくお父様とも一緒に馬車に乗りました。
馬車の振動と長閑な馬の蹄の音が眠気を誘います。
気力を振り絞って目を開けた先に、普段通りの穏やかな顔をしたお父様がクスリと笑っています。ウトウトしていたのを見られてしまったようです。

穏やかなお父様を見ていると、昨夜のことが夢だったような気がしてきます。
いえ、夢でないことは分かっています。
しかし、殿下は本気であのようなことを口にされたのでしょうか。
もし、万が一、あれが本気でのことなら、私が半年でセディを「落とす」ことができなければ、殿下の婚約者になってしまいます。
そのような事態になっているなら、お父様は事前に私に知らせて下さるはずです。
王太子の婚約者を決めることは、国の政治にも関わる一大事です。
事前に念入りに根回しがされ、決定される事柄のはずです。

それでも、残念ながら、私の魔法使いとしての感覚は、殿下は本気で言われたのだと知らせてきます。
思わず、溜息がこぼれました。
こんなぼんやりした頭で考えても、埒が明かないでしょう。
叔父様に仕事の合間にでも、ご存知のことを教えてもらいましょう。
私は、敢えて昨夜の件を頭から追い出しました。


お父様と別れて、叔父様の執務室に向かいます。
横を歩くシャーリーから、重さを感じさせない独特の足音がしています。
勤め始めたころは、王族でもない身で護衛を伴って移動するのは恥ずかしい気持ちもありましたが、この一月でようやく慣れてきました。
慣れてはきましたが、シャーリーの負担が気になります。
私とともに過ごしお城でも屋敷でも護衛をしてくれるシャーリーは、休む時間が少なすぎます。
お城で勤めるようになって、叔父様の強い勧めもあり、学園では敬遠していた叔父様の守護のブレスレットをはめるようになりました。
そしてお城には叔父様がいらっしゃいます。
お城にいる間はシャーリーには屋敷で休んでもらってもいいのではないでしょうか。
「シャーリー、思ったのだけど」
シャーリーは足を止めて振り返りました。
「お城にいる間は叔父様がいらっしゃるから、屋敷に戻ってもいいのではないかしら」
数瞬の後、シャーリーから返事がありました。
「お気遣いありがとうございます、お嬢様。今日から屋敷に戻るように、ハリー様からも言われております」
さすが、叔父様です。既に手を打っていらしたのですね。

シャーリーはドアをノックしながら、付け加えました。
「実質的に別のものがお城での護衛をすることになりますので」
…?
「実質的に」という言葉に首をひねるものがありましたが、シャーリーが休めるなら一安心です。
頬が緩むのを感じました。
「ゆっくり休んでね、シャーリー」
少し細めな目が和らぎました。私はシャーリーのこの瞬間の目が大好きです。
「ありがとうございます、お嬢様」
シャーリーは腰から頭までピンと伸びた美しいお辞儀をして、私を見送ってくれました。

ドアを開けて、私は眠気を忘れました。
見覚えのある鍛えぬいた精悍な体つきの後ろ姿がこちらを振り向き、鷲を思い起こさせる黄色の瞳が、私を出迎えたのです。

「ダニエル先輩!」

嬉しくて、私は先輩に抱き着いていました。
しっかりした先輩の身体が難なく受け止めてくれます。
たった一月余りしか離れていなかったのに、随分久しぶりに感じます。
先輩は、口を手で覆って目を逸らしています。
そうでした、先輩は接触が苦手な方でした。そんなこともとても懐かしく思えます。

「紹介は不要だろう。ダニエルは今日からこの魔法使いの棟で勤めることになる」

なぜだか少し棘のある魔力を立ち上らせて、叔父様が説明します。
「シルヴィ、皆への挨拶回りと建物の案内、最後に殿下のお目通りも頼む」
最後のご指示が、今の私には苦しいものがありますが、ダニエル先輩のためなら頑張ります。

皆さんへの挨拶回りでは、先輩はひたすら相手の魔力の強さを推し量っているようでした。
やはりダニエル先輩は、どこにいてもダニエル先輩です。
私は建物の案内もしていきます。
王都近くの地域の魔法使いが集う広間、物品を調達したりする事務の部屋、薬草の研究の部屋、守護や攻撃の魔法を研究する部屋などが続き、そして最後に予知の広間へ案内しました。

「予知は、その魔力をもつ魔法使いが二人一組となり当番で毎日行われています。
明日はちょうど私の当番の日です。 もう一人のエレンさんに話しておきますから、一緒に広間に入ってやり方を見てみませんか?」

先輩は一も二もなく頷いていました。

さて、残るは殿下へのご挨拶です。
無理に頭から追い出した記憶が嫌でも蘇ってきます。
ダニエル先輩のためです。仕事です。
何度も心の中でそう唱えながら、殿下の棟に先輩と向かいました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...