43 / 74
第3章
締め切り確認
思わず強張ってしまった私を不審そうに見つめながら、先輩は退出しました。
無情にも私の前で閉められたドアを眺めながら深呼吸をして、殿下に向き直りました。
殿下は私を通り越して、ドアに強い眼差し向けていました。
「思わぬところから伏兵が現れたものだ」
艶やかな金の髪をかき上げ、首を軽く振り、私に視線を合わせます。
その顔に先ほどまでの激しい感情は、全く見えません。気持ちを切り替えられたのでしょう。いえ、抑え込んだだけなのかもしれません。
それでも、私は言わずにはいられませんでした。
「ダニエル先輩は信頼できる方です。真っ直ぐな方なのです」
殿下は軽く眉を寄せ苦笑いをなさいました。
「そういう意味で言ったのではないのだが…。」
表情を緩めて続けられます。
「誤解させたようだが、試合での無謀な術に腹立たしさは覚えるが、
彼を疎む気持ちなどない。
むしろ今日の体面で、私にはないものを持っている彼のことは頼もしく思ったぐらいだ」
先輩が認められたのを知り、思わず私の顔は緩んでしまいました。
そうです、先輩は頼りになる方なのです。
殿下はそんな私を見て、「手ごわい伏兵だな」と呟やかれました。
そしてゆったりとした歩みで机に向かい、椅子に腰かけられました。
「さて、シルヴィア、そろそろ僕と君のことについて話をしよう」
こちらに向けられた双眸に強いものはないにもかかわらず、私は目を逸らすことも話題を逸らすことも許されない心地がしました。
「その様子だと、昨夜のことをちゃんと覚えているようだね」
「忘れていたら、なかったことにして下さるのですか」
先輩に煽られたのでしょうか、思ったことが口からこぼれ出ていました。
見慣れた華やかな笑顔が返されます。
「あり得ないね」
殿下は机に肘をつき組んだ手の上に顎を乗せました。
「人生にとっての、国家にとっての大事なことだからね、しっかりと確認しておこう」
「半年後に、私の成人の披露目の会がある。
君がセディを落とせなかった場合、その場で婚約を発表する予定だ」
自分の血の気が引いていくのを感じました。
披露目の会は、諸外国の要人を招く、外交上、極めて重要なものになる予定です。
そんな場所で発表されれば、根回しがされていなくても最早取り消すことのできない状況になります。
「あまりにも一方的ではないですか。私の意思は何も考慮されていないではないですか」
情けないことに声だけでなく口までも微かに震えていました。
殿下は目を伏せた後、私の目の前に立たれました。
魔力が立ち上っています。瞬間移動です。
殿下の魔力の使い方がここまで上手くなっていることに、驚きを覚えました。
私の唇の震えを止めるように、指を置かれます。
「これでも妥協していることに気づいてもらいたい。
君がセディを落とせさえすれば、君の意思は尊重されるのだから」
確固たる意志を持った声と濃い青の瞳が、私を貫きます。
その眼差しは、これ以上の妥協は一切ないことを私に伝えてきます。
部屋の空気は緊張と静寂に満ちています。
「『落とす』とは、どういうことで認めてもらえるのですか」
置かれたままの指に抗って、私は問い質しました。
私は自分の負けを認めました。
声の震えは収まっていましたが、不覚にも目に熱いものがこみ上げてきました。
瞬いてせめて零れるのを止めようとしている私を、殿下は苦しそうな顔で見つめます。
頭を抱き寄せられていました。
離れようとする私の頭を、大きく温かい手が抱え込んで離れることを許しません。
とうとう涙が零れてしまいました。
殿下の手が私の頭をあやすように撫でています。
ここまで追い詰めた本人に慰められることに皮肉を覚えます。
聞こえるか聞こえないかの小さな囁きが降ってきました。
「覚悟はしていたが、やはり君の涙は……」
ご自分の意思を明確に述べることを心掛ける殿下にしては珍しく言い淀んで、その後は続きませんでした。
しばらく頭を撫で続けた殿下は、私が落ち着いたのを見計らって、言葉を紡がれました。
「セディの腕輪が光らなくなった上でセディが君を受け入れれば、君が見事『落とした』と認めよう」
息を呑んだ私をそっと離しながら、殿下はあの極上の笑みを浮かべました。
思わず一歩引いてしまった私に、艶やかな声が投げかけられました。
「半年後が楽しみだよ、私の天使」
私は礼儀も忘れて即座に身を翻し、退出しました。
ドアの外には、騎士だけでなく先輩も立っていました。
私も驚きましたが、先輩も目を見開いています。
自分がどんな顔をしていたのか、今の私は知りたくはありません。
先輩に追及されたくなくて、私は疑問を投げかけました。
「どうして待っていて下さったのですか」
なんということでしょう、私の声はとても固いものでした。これでは、八つ当たりです。
私は深く息を吸い込みました。
「お前を一人にしないよう、守護師から言われている」
先輩はいつもの声で答えて下さいます。
シャーリーの言っていた「実質的な」護衛の方は先輩だったのでしょうか。先輩が付いていて下さるなら、確かに安心です。過保護なくらいです。
先輩と二人で殿下の棟を出たところ、外の明るい日差しが私にいつもの生活を思い出させてくれました。ようやく体も解れていきます。
「少し落ち着いたようだな」
先輩が目を細めて私を見ていました。やはりよく見て下さっています。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
私はいつもの声で答えることが出来ました。
大丈夫です。覚悟は決まりました。
目的はいただけないものがありますが、結果は私にも異存はありません。
セディの腕輪が光らなくなるように、思いつく限りのことをしてみせます。
期限は半年です。
セディを見事『落として』みせます。
殿下、今日は負けましたが、半年後、勝つのは私です。
無情にも私の前で閉められたドアを眺めながら深呼吸をして、殿下に向き直りました。
殿下は私を通り越して、ドアに強い眼差し向けていました。
「思わぬところから伏兵が現れたものだ」
艶やかな金の髪をかき上げ、首を軽く振り、私に視線を合わせます。
その顔に先ほどまでの激しい感情は、全く見えません。気持ちを切り替えられたのでしょう。いえ、抑え込んだだけなのかもしれません。
それでも、私は言わずにはいられませんでした。
「ダニエル先輩は信頼できる方です。真っ直ぐな方なのです」
殿下は軽く眉を寄せ苦笑いをなさいました。
「そういう意味で言ったのではないのだが…。」
表情を緩めて続けられます。
「誤解させたようだが、試合での無謀な術に腹立たしさは覚えるが、
彼を疎む気持ちなどない。
むしろ今日の体面で、私にはないものを持っている彼のことは頼もしく思ったぐらいだ」
先輩が認められたのを知り、思わず私の顔は緩んでしまいました。
そうです、先輩は頼りになる方なのです。
殿下はそんな私を見て、「手ごわい伏兵だな」と呟やかれました。
そしてゆったりとした歩みで机に向かい、椅子に腰かけられました。
「さて、シルヴィア、そろそろ僕と君のことについて話をしよう」
こちらに向けられた双眸に強いものはないにもかかわらず、私は目を逸らすことも話題を逸らすことも許されない心地がしました。
「その様子だと、昨夜のことをちゃんと覚えているようだね」
「忘れていたら、なかったことにして下さるのですか」
先輩に煽られたのでしょうか、思ったことが口からこぼれ出ていました。
見慣れた華やかな笑顔が返されます。
「あり得ないね」
殿下は机に肘をつき組んだ手の上に顎を乗せました。
「人生にとっての、国家にとっての大事なことだからね、しっかりと確認しておこう」
「半年後に、私の成人の披露目の会がある。
君がセディを落とせなかった場合、その場で婚約を発表する予定だ」
自分の血の気が引いていくのを感じました。
披露目の会は、諸外国の要人を招く、外交上、極めて重要なものになる予定です。
そんな場所で発表されれば、根回しがされていなくても最早取り消すことのできない状況になります。
「あまりにも一方的ではないですか。私の意思は何も考慮されていないではないですか」
情けないことに声だけでなく口までも微かに震えていました。
殿下は目を伏せた後、私の目の前に立たれました。
魔力が立ち上っています。瞬間移動です。
殿下の魔力の使い方がここまで上手くなっていることに、驚きを覚えました。
私の唇の震えを止めるように、指を置かれます。
「これでも妥協していることに気づいてもらいたい。
君がセディを落とせさえすれば、君の意思は尊重されるのだから」
確固たる意志を持った声と濃い青の瞳が、私を貫きます。
その眼差しは、これ以上の妥協は一切ないことを私に伝えてきます。
部屋の空気は緊張と静寂に満ちています。
「『落とす』とは、どういうことで認めてもらえるのですか」
置かれたままの指に抗って、私は問い質しました。
私は自分の負けを認めました。
声の震えは収まっていましたが、不覚にも目に熱いものがこみ上げてきました。
瞬いてせめて零れるのを止めようとしている私を、殿下は苦しそうな顔で見つめます。
頭を抱き寄せられていました。
離れようとする私の頭を、大きく温かい手が抱え込んで離れることを許しません。
とうとう涙が零れてしまいました。
殿下の手が私の頭をあやすように撫でています。
ここまで追い詰めた本人に慰められることに皮肉を覚えます。
聞こえるか聞こえないかの小さな囁きが降ってきました。
「覚悟はしていたが、やはり君の涙は……」
ご自分の意思を明確に述べることを心掛ける殿下にしては珍しく言い淀んで、その後は続きませんでした。
しばらく頭を撫で続けた殿下は、私が落ち着いたのを見計らって、言葉を紡がれました。
「セディの腕輪が光らなくなった上でセディが君を受け入れれば、君が見事『落とした』と認めよう」
息を呑んだ私をそっと離しながら、殿下はあの極上の笑みを浮かべました。
思わず一歩引いてしまった私に、艶やかな声が投げかけられました。
「半年後が楽しみだよ、私の天使」
私は礼儀も忘れて即座に身を翻し、退出しました。
ドアの外には、騎士だけでなく先輩も立っていました。
私も驚きましたが、先輩も目を見開いています。
自分がどんな顔をしていたのか、今の私は知りたくはありません。
先輩に追及されたくなくて、私は疑問を投げかけました。
「どうして待っていて下さったのですか」
なんということでしょう、私の声はとても固いものでした。これでは、八つ当たりです。
私は深く息を吸い込みました。
「お前を一人にしないよう、守護師から言われている」
先輩はいつもの声で答えて下さいます。
シャーリーの言っていた「実質的な」護衛の方は先輩だったのでしょうか。先輩が付いていて下さるなら、確かに安心です。過保護なくらいです。
先輩と二人で殿下の棟を出たところ、外の明るい日差しが私にいつもの生活を思い出させてくれました。ようやく体も解れていきます。
「少し落ち着いたようだな」
先輩が目を細めて私を見ていました。やはりよく見て下さっています。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
私はいつもの声で答えることが出来ました。
大丈夫です。覚悟は決まりました。
目的はいただけないものがありますが、結果は私にも異存はありません。
セディの腕輪が光らなくなるように、思いつく限りのことをしてみせます。
期限は半年です。
セディを見事『落として』みせます。
殿下、今日は負けましたが、半年後、勝つのは私です。
あなたにおすすめの小説
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語