恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
54 / 74
第3章

侍女と護衛(シャーリー)

お嬢様の誕生日から一夜明けた、清々しい朝。
期待に満ち溢れていた私の耳には、一瞬、お嬢様の言葉が理解できなかった。
昨夜は、セドリック殿の魔力を長い時間感じた。
だから、私はお二人の進展を、期待どころか確信していたのに――

信じられない

お嬢様から昨夜の首尾を聞いて、愕然とした。
思わず口をついて言葉が出た。

「あの、ヘタレ…」

隣のブリジットも大きく頷いている。
お嬢様はご存じない言葉だったようで、首を傾げて聞き返す。
「へたれ?」
「お嬢様が知る必要はない言葉です。忘れて下さい」
ブリジットも再び大きく頷いている。
「でも…」
「「忘れて下さい」」
私とブリジットの息はピッタリだった。ブリジット、嬉しいぞ。

しかし、どこまでヘタレなのだ、あの若者は。

想い合っている若い男女が深夜に二人きり。
加えてお嬢様は体の線が分かる寝間着姿だった。

あの若者が未だに、お嬢様が生きていることを、死んでいないことを確かだと信じられないことは、百歩譲って、認めよう。譲りがたいが、何とか譲って認めるとしよう。
しかし――

ずっと離せなくなる…だと?

「そんなもの、限度を超えれば、このシャーリーが引き離すに決まっているでしょう…!」

地を這うような声になってしまったのは、ご容赦願いたい。
お嬢様は目を丸くしたものの、すぐに苦しそうなお顔をされた。
「シャーリー、ありがとう。でも、引き離したらセディがさらに壊れてしまうのでは―」

「お嬢様、セドリック様のためにとあっさり引き下がってはなりません」

聞いたこともない硬い声が遮った。
ブリジットはお嬢様に詰め寄り、お嬢様の右手を両手で握りしめた。

「セドリック様が後先のことなど思い浮かばない程、お嬢様の魅力を感じさせればよいのです」

おお、ブリジット!何て素晴らしい案なのだ!
私は自分の頬が緩むのを感じた。
しかし、お嬢様はまだ抵抗なさる。

「でも、ブリジット、離れるときに不安を思い出してしまうと思うの…」

それで引くようなブリジットではなかった。
お嬢様の目をしっかりと捉え、言い放った。
「お嬢様の魅力に満足なされば、忘れてしまいます。魅力しか思い出さなくなるでしょう」
「え…、あ…、み、魅力というのは、そういう…」

ようやくブリジットの言わんとすることを理解されたお嬢様は、顔を真っ赤に染め上げる。
貴族のご令嬢としては、思いも寄らぬ発想なのだろう。
しかし、今、お嬢様に正攻法で構える余裕はないのだ。
殿下のお披露目まで二ケ月を切ってしまっているのだ。セドリック殿の腕輪は光を放ったままだ。
ブリジット、お嬢様が狼狽えて思考が散漫になっている今がチャンスだ!

「お嬢様、もう少し、女性の魅力を感じさせなくてはなりません。
昨夜はもしやセドリック様が忍んでいらっしゃるのではと、このブリジット、格別に薄手の、最高に大胆なデザインの寝間着をお嬢様に用意したのですよ」

そうだったのか、さすがだ、ブリジット。
私はブリジットの手腕に唸らされた。ブリジットはここまで強く出たのは私よりも落胆が強かったためかもしれない。
お嬢様は今や胸元まで赤く染まっていた。
「用意を無駄にしてしまって、ごめんなさい」
途端にブリジットは爽やかな笑みを浮かべた。
「では、お嬢様、次は、結界を破ってセドリック様に抱き着いてくださいませ」
勢いに呑まれて、お嬢様は頷かれた。
目標が少し下がったことも頷きやすかったのだろう。鮮やかな手並みだ。
貴女と同僚であることを誇りに思うぞ、ブリジット。

しかし、抱き着いた後は――、
「お嬢様、セドリック殿のために、シャーリーが引き離すのは、一日経つまでは待って差し上げましょう」
「まぁ、シャーリー。長年の想いを考えれば、二日は必要でしょう?」
「しかし、それだと仕事への支障が大きすぎるのでは」
「お二人は優秀ですもの。何より、セドリック様が堪能なさる必要があるのですから」

私とブリジットは、もう赤くないところはなくなって涙目になっているお嬢様を横にして、セドリック殿への猶予を語り合っていた。

そして胸の内で祈りにも似た思いを、お嬢様に捧げていた。

お嬢様、見守るだけでなく、どうか一歩踏み出してみてください。
セドリック殿は、お嬢様が心を決めて動けば、必ず動かされるはずです。
それがいい方向か保証はできません。
ですが、後、二ケ月です。試せるものは試してから、泣いてください。
シャーリーは、どこまでもお付き合いさせていただきますから。



あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました! レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語