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第3章
誓いの確認
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それは、もう日も落ちきり夜を迎え、今日の仕事は諦めて帰り支度を始めた時のことでした。
――ッ!
駆け抜けた衝撃に書類を取り落としてしまいました。
叔父様も先輩も、部屋の全てが凍りついた一瞬の後、叔父様がゆっくりと立ち上がりました。
「シルヴィ、殿下の下へ報告に行きなさい。ダニエル、城内の魔法使いの安否確認をしながら、報告するように」
叔父様はそのまま転移しました。
叔父様一人だけで現場に向かうのは危険です。
私も転移しようとすると、先輩は「現場に残っている間抜けな敵ではないだろ」と私を制し、部屋を飛び出しました。
私も続いて殿下の棟へ転移しました。
王都の結界に反応が出たのです。街の人たちに、騎士の皆さんに被害は出ていないでしょうか。セディはこの時間、城で侍従長と打ち合わせだったはずです。
私は殿下の部屋へと急ぎました。規則を破って殿下の部屋へ直接転移したいぐらいです。
執務室の前には、この時間でもいつも通り護衛の方が一名立っていました。
私にいつものように笑顔を見せて下さる途中、笑顔が消えてしまいました。
ごめんなさい、私が動揺を見せてはいけないです。
私は笑顔をかき集めて、挨拶しました。
護衛の方はやや硬い笑顔を返して下さりながら、私を通してくれました。
殿下は書類から目を上げ、私を見て溜息を吐かれます。
一目見て、状況を察したようです。
「こんなことを口にするのは不謹慎と百も承知だが、ようやく、といった気分だ」
髪をかき上げながら、殿下は優雅に立ち上がります。
「まだ、詳細は分からないのだね」
「はい、王都に侵入したことしか分かりません」
答えながら、叔父様が転移した理由がようやく分かりました。結界に侵入者の痕跡が残っていないか確認したかったのでしょう。
「守護師が転移しましたので、もうしばらくすると情報があるかもしれません」
痕跡を消そうと敵がまだいるのではないかと不安になり、私は転移のために部屋を下がろうとしました。
ですが殿下の疲れた声が私を引き止めました。
「守護師にこのようなことをさせた王太子はいないだろうな。私の立場が弱いばかりに」
今までこんな弱気な発言をする殿下を見たことはありません。
私から見た殿下は、幼いころから、物事に一歩引いた位置で臨み、余裕を無くさず、本音を奥底にしまい込みながら、艶やかな笑顔で対応する方でした。
子どものころは、その態度はとても冷たいものに感じて、失礼にも殿下に「ちゃんと私と話をしてください」と頼んだりしたものです。
私は不安に駆られ、思わず口を開きました。
「セディがいます。私も微弱ではありますが、殿下を支えたいと思っています」
殿下が微かに息を呑んだように思えました。ですが、次の瞬間、目を閉じて俯き、再び顔を上げた時には、いつもの艶やかな笑顔が浮んでいました。
「どういう形で支えてくれるのかな?」
殿下の濃い瞳は、笑っていません。なぜだか私の身体は竦みました。
殿下はゆったりと私に向かって歩いてきます。
濃い青の瞳から視線を逸らすことが許されず、逃げ出したくなる想いを堪えて、私は後退りしそうになる足を留めました。
私から一歩離れたところで殿下は立ち止まります。
「セディの腕輪は光ったままだ。お披露目まで後二週間だ。シルヴィ、分かっているのかい?」
ご自身の命が危険にさらされているこの状況でも、賭けを持ち出される殿下に私は信じられない思いでした。
私の思いは顔に出ていたのでしょう。殿下は甘く艶やかな声で告げました。
「もちろん、賭けは決行される」
殿下の右手が私の頬へと優雅に伸ばされます。触れた指はひんやりとしたもので、私は一瞬体が震えました。そんな私を無視して、指は頬を撫でます。
殿下の眼差しが射抜かんばかりの強さへ変わりました。棘を感じる魔力も立ち上っています。
「君はどこまでセディに本気でぶつかっているのかな」
私の身体が再び震えたのを見て、殿下は視線をご自分の指に向けました。
そして震えた唇に指を走らせました。
「この唇にセディはもう触れたのかい?」
指が置かれても震えの収まらない唇から、答えは伝わったようです。
殿下は囁きました。
「君にそんな余裕はないのだよ」
殿下の両手が私の頬を包み込み、顔を上向かされました。
「君は幼いころから、私の婚約者候補だった。
中立派と目されるハルベリー侯爵家の令嬢、そして私の命の恩人だ。
どこにも波風を立てず、私の婚約者となることのできる、最適な存在なのだ」
幼いころ、お父様からそのことを聞かされた時、「セディのお嫁さんになるの!」と泣いて縋り付き、頭を撫でられた記憶が蘇りました。
殿下の氷のような感情のない声が、私を今に引き戻します。
「このままでは、君は私の婚約者となり、私が死ぬ前に子をなすため、異例の早さで婚姻の儀の日を迎えるだろう」
私の頬から手を外されました。
殿下は目を閉じました。不思議なことに魔力は穏やかなものへと転じました。
「そして、婚姻の儀の日、私は祭壇で跪き」
音楽を奏でるような穏やかな声で囁きながら、目の前で実際に殿下が跪きます。
「君の手を取り誓うのだ」
私の右手を取ります。今の殿下の手からは熱さを感じます。
「私、リチャード・アレクサンダー・ウィンドは、生涯の愛をここに誓います」
厳かに誓いの言葉を述べ、殿下はゆっくりと顔を手に近づけます。
殿下が私の甲に口づけた刹那、殿下の魔力は光を放ち私の中を駆け巡りました。
魔力は私のあらゆる場所に流れ、髪の先までも流れたことを感じました。
私も殿下も息を呑み、時が止まったかのように私の手の甲から目を離すことが出来ませんでした。
誓いの印が、小さいながらもはっきりと刻まれていたのです。
やがて私の頭が印を理解すると、全身が震え出しました。
殿下は泣き出しそうな笑い出しそうな声でぽつりと囁きました。
「『魔力は誰にも嘘をつかない』か」
時間をかけて私の手を放し、ゆっくりと立ち上がった殿下は、目を伏せて私を見ないまま絞り出すような声で告げました。
「シルヴィア、もう下がるがいい。私がこの手を放していられるうちに」
――ッ!
駆け抜けた衝撃に書類を取り落としてしまいました。
叔父様も先輩も、部屋の全てが凍りついた一瞬の後、叔父様がゆっくりと立ち上がりました。
「シルヴィ、殿下の下へ報告に行きなさい。ダニエル、城内の魔法使いの安否確認をしながら、報告するように」
叔父様はそのまま転移しました。
叔父様一人だけで現場に向かうのは危険です。
私も転移しようとすると、先輩は「現場に残っている間抜けな敵ではないだろ」と私を制し、部屋を飛び出しました。
私も続いて殿下の棟へ転移しました。
王都の結界に反応が出たのです。街の人たちに、騎士の皆さんに被害は出ていないでしょうか。セディはこの時間、城で侍従長と打ち合わせだったはずです。
私は殿下の部屋へと急ぎました。規則を破って殿下の部屋へ直接転移したいぐらいです。
執務室の前には、この時間でもいつも通り護衛の方が一名立っていました。
私にいつものように笑顔を見せて下さる途中、笑顔が消えてしまいました。
ごめんなさい、私が動揺を見せてはいけないです。
私は笑顔をかき集めて、挨拶しました。
護衛の方はやや硬い笑顔を返して下さりながら、私を通してくれました。
殿下は書類から目を上げ、私を見て溜息を吐かれます。
一目見て、状況を察したようです。
「こんなことを口にするのは不謹慎と百も承知だが、ようやく、といった気分だ」
髪をかき上げながら、殿下は優雅に立ち上がります。
「まだ、詳細は分からないのだね」
「はい、王都に侵入したことしか分かりません」
答えながら、叔父様が転移した理由がようやく分かりました。結界に侵入者の痕跡が残っていないか確認したかったのでしょう。
「守護師が転移しましたので、もうしばらくすると情報があるかもしれません」
痕跡を消そうと敵がまだいるのではないかと不安になり、私は転移のために部屋を下がろうとしました。
ですが殿下の疲れた声が私を引き止めました。
「守護師にこのようなことをさせた王太子はいないだろうな。私の立場が弱いばかりに」
今までこんな弱気な発言をする殿下を見たことはありません。
私から見た殿下は、幼いころから、物事に一歩引いた位置で臨み、余裕を無くさず、本音を奥底にしまい込みながら、艶やかな笑顔で対応する方でした。
子どものころは、その態度はとても冷たいものに感じて、失礼にも殿下に「ちゃんと私と話をしてください」と頼んだりしたものです。
私は不安に駆られ、思わず口を開きました。
「セディがいます。私も微弱ではありますが、殿下を支えたいと思っています」
殿下が微かに息を呑んだように思えました。ですが、次の瞬間、目を閉じて俯き、再び顔を上げた時には、いつもの艶やかな笑顔が浮んでいました。
「どういう形で支えてくれるのかな?」
殿下の濃い瞳は、笑っていません。なぜだか私の身体は竦みました。
殿下はゆったりと私に向かって歩いてきます。
濃い青の瞳から視線を逸らすことが許されず、逃げ出したくなる想いを堪えて、私は後退りしそうになる足を留めました。
私から一歩離れたところで殿下は立ち止まります。
「セディの腕輪は光ったままだ。お披露目まで後二週間だ。シルヴィ、分かっているのかい?」
ご自身の命が危険にさらされているこの状況でも、賭けを持ち出される殿下に私は信じられない思いでした。
私の思いは顔に出ていたのでしょう。殿下は甘く艶やかな声で告げました。
「もちろん、賭けは決行される」
殿下の右手が私の頬へと優雅に伸ばされます。触れた指はひんやりとしたもので、私は一瞬体が震えました。そんな私を無視して、指は頬を撫でます。
殿下の眼差しが射抜かんばかりの強さへ変わりました。棘を感じる魔力も立ち上っています。
「君はどこまでセディに本気でぶつかっているのかな」
私の身体が再び震えたのを見て、殿下は視線をご自分の指に向けました。
そして震えた唇に指を走らせました。
「この唇にセディはもう触れたのかい?」
指が置かれても震えの収まらない唇から、答えは伝わったようです。
殿下は囁きました。
「君にそんな余裕はないのだよ」
殿下の両手が私の頬を包み込み、顔を上向かされました。
「君は幼いころから、私の婚約者候補だった。
中立派と目されるハルベリー侯爵家の令嬢、そして私の命の恩人だ。
どこにも波風を立てず、私の婚約者となることのできる、最適な存在なのだ」
幼いころ、お父様からそのことを聞かされた時、「セディのお嫁さんになるの!」と泣いて縋り付き、頭を撫でられた記憶が蘇りました。
殿下の氷のような感情のない声が、私を今に引き戻します。
「このままでは、君は私の婚約者となり、私が死ぬ前に子をなすため、異例の早さで婚姻の儀の日を迎えるだろう」
私の頬から手を外されました。
殿下は目を閉じました。不思議なことに魔力は穏やかなものへと転じました。
「そして、婚姻の儀の日、私は祭壇で跪き」
音楽を奏でるような穏やかな声で囁きながら、目の前で実際に殿下が跪きます。
「君の手を取り誓うのだ」
私の右手を取ります。今の殿下の手からは熱さを感じます。
「私、リチャード・アレクサンダー・ウィンドは、生涯の愛をここに誓います」
厳かに誓いの言葉を述べ、殿下はゆっくりと顔を手に近づけます。
殿下が私の甲に口づけた刹那、殿下の魔力は光を放ち私の中を駆け巡りました。
魔力は私のあらゆる場所に流れ、髪の先までも流れたことを感じました。
私も殿下も息を呑み、時が止まったかのように私の手の甲から目を離すことが出来ませんでした。
誓いの印が、小さいながらもはっきりと刻まれていたのです。
やがて私の頭が印を理解すると、全身が震え出しました。
殿下は泣き出しそうな笑い出しそうな声でぽつりと囁きました。
「『魔力は誰にも嘘をつかない』か」
時間をかけて私の手を放し、ゆっくりと立ち上がった殿下は、目を伏せて私を見ないまま絞り出すような声で告げました。
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