恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
60 / 74
第3章

一生の一瞬の夢

会議の報告に来た宰相に私はかみついた。
「反対はでなかったのか」
「ハルベリー侯爵以外は」
「反フィアス国派はなぜ反対しなかったのだ…!」
「親王妃派、中立派がこの件ではまとまったことと、貴方の暗殺に賭ける思いがあったのでしょう」
淡々と表情一つ変えずに宰相が報告する。
自分の息子の幸せはいいのか…!
拳を握りしめ堪えようとしたが、顔に出ることは防げなかったようだ。
「息子は幼いころから、シルヴィア嬢の立場は知っていました。時間は十分にあったはずです。シルヴィア嬢を得られないとすれば、それは息子の怠慢でしょう」
「貴方がもっと早くに二人の婚約を認めていれば…!」
「殿下の最適な婚約者候補を得るには、それなりの周りの納得が必要です」
尤もらしいことを口にしながら、私の婚約者候補を減らしたくなかったことをその口調で匂わせていた。
――私が、婚約者を決めていなければいけなかったのだ。
それを突き付けられた気がした。私の怠慢だったのだ。
誰でも選んで、反対派を一人一人懐柔し「最適な」婚約者候補を育て上げればよかったのだ。

私は打ちのめされた。
私が二人を追い込んだのだ。
「セディは、この件を知っているのか」
声が掠れるのを抑えられなかった。
「いいえ、まずは殿下にご報告をと思いましたので」
「そうか。セディに報告は不要だ。私があの二人を結ばせてみせる」
宰相は、眉を微かに動かしたものの無言で頷き、退出した。
一人になれた私は、机に拳を叩きこんだ。
婚約など冗談じゃない。セディをこれ以上壊してなるものか。
必ず、私はセディを取り戻す。

だが、打つ手が限られていた。
頼りとするセディに相談はできない。
せいぜいシルヴィアを煽ることしか手段がなかったが、私とシルヴィアの仕事上の接点は少なかった。
私は日々セディの腕輪を眺め、その光に舌打ちをする思いだった。
焦りは募るばかりだった。
明確に反対を表明したハルベリー侯爵にハリーを通じて密書を送り、貴族の動きを知らせてもらうことにした。親王妃派は侯爵に説得をかけ始めたという。
あの侯爵がシルヴィアのことに関して折れるとは思はないが、生き馬の目を抜く貴族の闘争だ。策に嵌められる可能性はある。

何も打開策が見いだせないまま、披露目の会は近づいてくる。
敵も王都へと迫っている。
民に被害が出ていないことが奇跡のようだ。しかしいつまでこの奇跡が続くのだろう。
いっそ、暗殺者どもがさっさと仕事を成してくれないかと思い始めた。
ライザのことがなければ、幼いころ堕ちた甘い誘惑に確実に堕ちていただろう。

親王妃派の攻勢も敵の近づきに呼応して強いものになってきた。
父、陛下へ進言する手はずを整えているらしい。
もはや、穏やかな解決は望めなかった。
私がもし暗殺を生き延び、披露目の会を迎えたとして、会で、根回しなく貴族たちを出し抜くしかなかった。
親王妃派は一体どれだけ残るだろう。
彼らにとっては、私のために国のために良かれと思っての行動を裏切る形になる。
軽率な王太子を見限って、反フィアス国派に雪崩を打って転身するだろうか。
笑いたかった。
見た目によらず豪胆なセディに「そんな軽い気持ちの者は捨ておきましょう」と笑い飛ばしてほしかった。


そして、ついに、シルヴィアが敵の王都への侵入を伝えに訪れた。
自分の立場を思わず言葉にしてしまった。
弱音を吐いてしまったようだ。

「セディがいます。私も微弱ではありますが、殿下を支えたいと思っています」

その言葉は私を揺さぶった。
名状しがたい感情がこみ上げた。
常識の範囲内でしかセディに働き掛けない彼女への苛立ちももちろんあった。
しかし、抗いがたい感情の高ぶりはそれだけでは決してなかった。
幼いころ芽生えた瞬間に締め出した想いが私に攻め寄せた。

「この唇にセディはもう触れたのかい?」
わななく唇に私の指を溶け込ませたい衝動が走る。

「君にそんな余裕はないのだよ」
そう、全くないのだ。
私がこの沸き立つ思いに流され選択を誤れば、君は――。
――!
ここまでぐらついた自分に慄然とした。
一体、私は何を考えている。
ライザを、セディを思い出すのだ!
凍りつきそうな心地で、建前を述べ続けた。

「このままでは、君は私の婚約者となり、私が死ぬ前に子をなすため、異例の早さで婚姻の儀の日を迎えるだろう」

それは単に現状を述べただけのはずだった。
起こりつつある状態を述べただけのはずだった。
しかし、耐え難い甘美な誘惑が頭に過った。
私はこの甘美な誘惑に抗えなかった。
いや、喜んで自ら誘惑に落ちた。

――今なら、一生に一度、この瞬間だけ、愛する女性を選んだ自分を夢見ることができる。
この一瞬だけは捨て去った選択を夢見ることが許される。

私は、締め出していた思いを全て自分に許した。
沸き立つような歓喜が全身を駆け巡った。

――そう、私の愛は、一生、君だけにしか誓えない。
一目見た時から、報われることがないと分かっていても、この想いは消えなかった。
どれだけ締め出しても、尽きることなく想いは湧き続けた。

――今だけだ。今だけ、この想いに日の目を見せてやろう。想いを許してやろう。
私は溢れる想いを全て誓いに込めた。

「私、リチャード・アレクサンダー・ウィンドは、生涯の愛をここに誓います」

そのとき、魔力が発動した。

シルヴィアの甲に、はっきりと印が刻まれていた。
猛禽類の瞳を持つ魔法使いの言葉が、私を打った。

「『魔力は誰にも嘘をつかない』か」

私の一瞬の想いを、夢を、自分にすら偽ることを魔力は許さなかった。
溢れだした想いを現実に突き付けたのだ。
私は印から目が逸らせなかった。

彼女の手に取りすがりそうになる自分を必死に抑えて、彼女から目を逸らした。
私は、最早、自分を一切信じられなかった。
彼女を見て、同じことを言える自信など欠片もなかった。

「シルヴィア、もう下がるがいい。私がこの手を放していられるうちに」

震え慄く彼女が転移したとき、私の手は彼女の魔力の名残に伸ばされていた。








あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました! レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語