恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
62 / 74
第3章

侯爵家の攻勢

殿下の印を隠すことは諦めました。
屋内で手袋をし続けるわけにもいかないからです。
包帯で隠すことは、私の治癒の魔力ではさらに無理です。
ですから、手の甲はそのままで朝を迎えました。
そして当然ですが、印があることを周りに知られてしまいました。

シャーリーは、部屋の空気が冷えるような魔力を立ち上らせ、
「お嬢様、このシャーリーが不届き者を始末して差し上げます」
王都に敵の侵入があったこの状況では冗談にならないことを真剣に呟きました。
ブリジットは常にブリジットでした。
「お嬢様、セドリック様の胸に口づけて、どうしてそこで終わってしまうのです!」

何だか、あれだけ取り乱したことが愚かに思えてきました。
笑いながら二人をぎゅっと抱きしめます。
「いつもごめんなさい。次こそは頑張るわ」
二人は抱き返してくれました。


朝食の席では、真っ先にお父様が印に気が付きました。
「それは、セディの魔力とは違うようだが」
「はい、違います」
セディからのものだったら私はお父様に抱き着いて報告していたでしょう。
お父様の眉間にしわが刻まれます。
「誰からのものなのだい?」
私は息を吸い込んで答えました。俯てしまいましたが。
「殿下です」

お父様とお母様の空気が変わったことを感じました。
慌てて顔を上げるとお父様の眉間の皺が深まっています。
「殿下を想っていたとは思わなかった」
「私にはセディだけです…!これは殿下が弾みで…!」

お母様から魔力が立ち上りました。
お母様の魔力は生まれてから数えるほどしか見たことがありません。
「それは、シルヴィに合意を取らずに印をつけたということかしら?」
「あの、…そもそも印をつけるつもりは殿下になかったの」
空気に呑まれて私は思わず唾を飲み込みました。
地を這うような声が食堂に響きました。
「シルヴィ、詳しく説明しなさい」
居たたまれず、私は口走ってしまいました。
「あの、ですが、私も殿下を責める資格はないの!」
お父様とお母様は同じ角度で首をかしげます。
「私も、セディに印をつけたの!!」

再び、お父様たちの空気が変わりました。
「ほう」
「まぁ」
お父様たちはお揃いで目じりを下げています。
咳払いをしてお父様はもう一度繰り返しました。

「シルヴィ、詳しく説明しなさい」
今度は穏やかないつものお父様の声でした。
私は安心して昨夜の一部始終を告白したのです。
セディに印をつけた説明は、顔から火が出る思いをしました。
とてもお父様たちの顔を見て告白できず、下を向いて話していました。
「まぁっ」
お母様の楽しそうな小さなつぶやきが聞こえました。気のせいだと思いたいです。
話し終え、意を決して顔を上げると、今度はお父様とお母様の顔は違っていました。
お母様は薄っすら頬を上気させて嬉しそうです。
お父様は眉間の皺が復活していました。

「シルヴィ、話しておかなければならないことがある」

そして、お父様から、貴族の一部の方が私を殿下の婚約者にしようと動いていることを教えられました。
私は血の気が引く思いでした。
そんな方たちが、この殿下の印のことを知ったら、動きはもっと激しさを増すことになるのではないでしょうか。

「シルヴィ、落ち着いて」
いつの間にかお母様が席を立って、私の手を握りしめてくれていました。
お父様が頷きます。
「殿下は素晴らしい方だ。しかし、幼いころともに時間を過ごしてもセディにしか目が向かなかったのだ。シルヴィの幸せはセディの隣しかないのだろう」
私の気持ちを察してくれるお父様に、感謝の思いを込めて頷きました。

「シルヴィが殿下を選ばない限り、「貴族の務め」の一言で、娘の幸せを捨てさせようとする動きに私は同調しない。
我が侯爵家は、その他の道で務めを果たす」

確固とした意志をのぞかせたお父様は、表情を緩めました。

「シルヴィがセディに印をつけたことは実に助かった」

私はもう恥ずかしさも感じず、頷き返しました。殿下の印だけなら、私は追い詰められていたところでした。
方法はクリス先輩を責められない腹黒さでしたが、セディはあれだけ喜んでくれたのです。我ながらよくやったと褒めたい気分でした。

お父様は渋い顔で続けます。
「だが、もっと見えやすいところに印をつけてほしかった。それこそ手の甲とか」
恥ずかしさが再び戻ってきました。
一夜明けると、本当になんて大胆なことをしたのかと思うだけの冷静さがあって辛いです。
セディの服のボタンを…
私は手で顔を覆いました。
お母様のクスリと笑う空気を感じて、耳まで熱が広がりました。

「シルヴィア、殿下の印を利用されないために、私はお前がセディに印をつけたことを盛大に広めようと思う」

お父様の穏やかな声が、ゆっくりと響き渡りました。
「お前の醜聞になることでもある。覚悟しなさい」

私は顔を上げ、お父様を見つめました。
「ぜひともお願いします。お父様」
隣から明るく温かな声がしました。
「アメリア様に協力をお願いしてみましょう。殿方と違って縛りは少ないはずです」
私はお母様にしがみつきました。
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
「まぁ、何を言うの」
お母様は優しい声で怒ったふりをしました。
私の頬を優しく包み込んでくれました。 温かな手です。
「少しも迷惑じゃないわ。せっかく好きな人に出会えたのですもの。諦めてはいけないわ。
そもそもシルヴィがセディを好きなことは、幼いころから広まっていることだから、今更な気もするわね」
さらりとものすごいことを言われた気もするのですが、私は頷きました。
きっと一部の方から反感を買うことになるでしょう。簡単なことではありません。
有難さと申し訳なさから涙が零れました。
いつの間にか隣に来ていたお父様が、涙を拭ってくれます。

「ちょうど領地の空気が恋しくなっていたのだ。いいころ合いだ」
「そうですね、私も広い景色が懐かしく思っていました」
二人はのんびりと話し続けます。
私は胸が熱くなりました。
二人の話は流れていきます。
「しかし、セディがシルヴィに印を返さなかったとは…」
「本当に、いくら心の調子が良くないとはいえ…」

一瞬の間の後、ぴったりと息が合っていました。
「「ヘタレ」」

「だな」
「ですね」

二人は軽やかに笑いました。
何となく、「へたれ」の意味が分かってきた気がします。

「案外、殿下の方が熱くシルヴィを想ってくれているのではないか?」
「あら、そうとも言えるかもしれませんね」

私は聞こえないふりをすることにしました。


あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました! レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語