恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

親王妃派(殿下)

「殿下、マーシー侯爵がお見えです」

護衛に立っていた騎士がドア越しに来客を告げる。
――やはりしびれを切らしたか。
迎えに席を立ったセディに、可能な限りさりげなく用を頼んだ。

「セディ、ついでと言っては何だが、侍従長に当日の式次第をもらってきてほしい」

セディが私を振り返った。
物問いたげな眼差しを向け、説明を求めていたが、私は無視を決め込んだ。
セディは諦めて、ドアを開けた。

セディと同じぐらいの背丈の老年に差し掛かった男が入ってきた。
今日も、離れていても質の良さが伝わる洗練された服に身を包み、歳を感じさせないスッと伸びた背筋は、威厳を生み出している。

親王妃派筆頭ともいえる侯爵へ、セディは慇懃にお辞儀をして、そのまま部屋の外に出た。
二人になった途端、私が椅子を勧める間も与えず、侯爵は切り出した。

「殿下、何故、我々の動きを妨害なさるのです」

私は内心でほくそ笑んだ。
ここまで余裕がないということは、私の動きが上手くいっているということだ。
私はいつものお得意の笑顔を浮かべた。シルヴィはこの笑顔を嫌っているのだが。

「妨害しようとしていたのではない。ただ、陛下にはクロシア国との交易交渉を何よりも優先してもらいたいと思ったまでだ」

貿易で栄えるクロシア国の要人が早い順番で入国したのだ。これを生かさない手はない。
私の婚姻に関する進言など当然後回しにしてしかるべき問題だ。
陛下にはクロシア国以外の国の要人の面子をつぶさないため、他国との交渉にも顔を出して頂いている。
親王妃派は面会できない状態になった。

交渉の重要性は侯爵も理解していたのだろう。
苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「魔法使いの棟に、魔法使い以外が立ち入り禁止となったのは、どう説明なさる」

――おや、まだ私に建前の説明を求めるのか。

「もちろん、防衛上の問題だ。魔法使いたちは、今、必死に敵の気配を探っている。慣れない魔力や人の気配は彼らの集中を妨げる」

ハルベリー侯爵が説得に応じる気配は全くなく、それどころかシルヴィがセディへ印をつけたことを広めだしたため、直接、シルヴィを説得しようと動いたらしい。
私がさほど手を出さずとも、棟の護衛、受付は、防衛の理由から頑として彼らをはねつけていた。

そして、私のところにたどり着いた次第だ。

マーシー侯爵は、顔に明らかな苛立ちを浮かべた。

「私としましては、いきなりお披露目の会で婚約を発表する前に、シルヴィア嬢に打診する礼儀を取りたかったのです」
「陛下がご了承なさっていない状態で、一体、誰が婚約をしたというのだい」

相手の苛立ちに巻き込まれそうになるのを、静かに呼吸を深くしてやり過ごす。
どこかで誰かが言った策と同じところが皮肉なものだ。

「諸外国の要人が居並ぶ場では、誰も反対を唱えられないでしょう」
「その場ではそうかもしれない」
「外交上、決まってしまえば、その後も反対は唱えられないでしょう」

静かに再び呼吸を深くした。
そして、シルヴィの嫌がる笑顔を浮かべて彼の目を捕らえた。

「貴方は、今、王都で流行っている歌を知っているのか」

明らかな疑問が彼に浮かんだ。
予想通り彼が知らずにこの話の流れにしたのなら、私に勝ち目がある。

「私によって引き裂かれた、精霊を思わせる美しき乙女と青年の悲恋の歌だ」

アメリア公爵夫人のお気に入りの吟遊詩人が、二人の現状に心を動かされ1日で仕上げた歌は、今や大人気で、劇を作る話まで上がっているほどだ。

息を呑んだ侯爵に、畳みかけた。
「民が反対を唱えるだろう」

「そんなもの、いずれは――」
私は彼を遮った。そして本音をぶつけた。
「二代続けて、世論を無視した相手を選ぶことはしたくないのだ」

彼の目が見開かれた。
私は断固とした意思を乗せて、彼を見据えた。
ここはこの私が譲ることはあり得ない点だ。
彼にも伝わったらしい。
目を伏せて、急にしわがれた声を絞り出した。

「シルヴィア嬢に印を送った今、殿下のお相手を別の方にすることは困難を極めますぞ」
「すまないと思っている。だが、今、世論の流れはシルヴィア嬢を相手とすることはできない。分かってほしい」

彼は疲れた様子で首を振った。
「暗殺の噂は諸外国に流れてしまっています。我が国の体面を保つためにも、慶事を発表することは必要でしょう」
彼の正論からくる頑迷さに、舌打ちしたくなった。
「無理な慶事を作っても、その後の国の施政に響くだろう。堪えて欲しい」
私は彼に心からの真摯な思いをぶつけた。
「この失態はひとえに私の科だ。私は生涯をかけて国のために尽くす」
掛け値なしの誓いだった。

彼は私の目を見続けた。
そして、深い溜息をこぼし、立ちあがった。
「殿下はお若い。理想だけでは国は回らず、民も付いてきてはくれないこともあるのです。
私の態度は保留とさせていただきます。
会で、諸外国の要人たちの反応を見て、動きを決めます」

彼を完全には落とせなかった。だが、ここが引き際だろう。
最善の結果は得られなかったが、僅かな猶予は確保された。
彼を裏切る形になるが私が会でうまく立ち回れば、シルヴィとセディを結びつける機会はできるはずだ。
彼の近くに護衛を配置して、動きを封じてしまうのもよいかもしれない。

私は近衛の人間と後程相談しようと考えを巡らせながら、彼を見送るために立ち上がり、ドアを開けた。
ドア近くにセディが控えていた。

侯爵は彼に視線をやると、一言投げかけた。

「殿下の想い人からの印を受け取るなど、側近にあるまじき行為ではないかね」

私は怒りで魔力が立ち上るのを感じた。
シルヴィに印をつけてしまったのは私の不覚だ。
混乱したシルヴィから印を受け取ったセディは実質的に不可抗力だった。
責められる謂れは一切ない。
しかしセディから魔力は立ち上らない。
慇懃に頭を下げた。

「おっしゃる通りです。恋に囚われてしまいました。」

欠片も悪いと思っていないことを口調で器用に伝えていた。
そして、アメリア公爵夫人譲りの宰相をたじろがせる艶やかな笑顔を浮かべた。

「ですから、今後、殿下がどのような道を選ばれようと、私は付き従う所存です」

侯爵にはセディの意図が通じたらしい。
一瞬不快な表情を見せ、その後、年の功で覆い隠し歩き去っていった。


部屋に二人で戻ると、会談の内容に質問をさしはさまれないよう、私は要求した。

「さて、式次第を見せておくれ」
セディが冷ややかな眼差しを私に向けた。
ばれてしまったのかとヒヤリとする。

セディは溜息を吐いて、私の机の書類の束から紫紺の上質な紙を引き抜いた。
広げてみると中に式次第が書かれた白く透かしの入った紙が貼り付けられている。

「昼頃、侍従長が持ってこられたのを忘れたのですか?
何を隠していらっしゃるのか知りませんが、次回からはもっとましな用を言いつけて下さい」

痛烈な口ぶりだった。
袖で隠れて見えなかったが、思わず本当にまだ腕輪が光っているのか確かめたい気持ちに囚われたぐらいに。

――確かに、咄嗟にしてもひどかったかもしれない。
私は敗北を認めた。

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