恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

宴(殿下)

心からこの光景を望んでいた。
それは確かだ。
だが、認めよう。どこかに寂しさに似たものがあることを。




私の披露目の会は、一時は地獄絵を見せ、そして対極の至福を体感し、更にはセディとシルヴィの婚姻の儀に立ち会うという、本来の予定とはかけ離れたものとなったが、
その後、侍従長の素晴らしい胆力で、予定を全て取り戻し、何とか終わりにたどり着くことができた。

今は、その後の宴の時間だ。
侍従長の顔も少し和らいだものなっている。
全く彼の胆力は称賛に値する。後で、しっかりと労おう。
彼の愛してやまないクロシア国産の酒を差し入れることを決めつつ、広間を見回した。
暗殺の緊張から解放された騎士と魔法使いたちから滲み出る明るさが、宴の雰囲気を盛り上げている。
近衛と魔法使いたちには何で労うか、今は浮かばなかった。
明日セディと相談することを決め、この場は傍にいる者に言葉で労っていた。

一通り諸国の要人たちとの挨拶を終えた私は、目立たぬようにマーシー侯爵へ歩いて行った。
彼は途中で私に気づき、礼に則り慇懃に頭を下げて私を迎えた。
「せっかくの宴だ、寛いでおくれ」
ようやく彼は頭を上げた。彼が型通りに祝いの挨拶を述べるのを遮るべく、私は切り出した。
「すまなかった」
彼はピクリと眉を動かした。
「そのようなことを口に出されるのは、お止めください」
私は肩を竦めた。
「今日は特別だ。誰もが生まれたばかりのような素直な気持ちを抱えているだろう?」
シルヴィの方を見遣る。
私の天使は、今や女神となりつつあるようだ。
彼女の周りには彼女と言葉を交わしたがっている人間が列をなしていた。
諸国の要人も国内の貴族も言葉を交わせずとも、傍に近寄りたい様子だった。
銀の守護師と猛禽の瞳の魔法使いが威嚇していたが、それでも彼女の傍に行きたいという思いは消えないようだった。
そんな状況を全く気にも留めていない風情で、セディはシルヴィの腰に手を回し、時折、髪に口づけている。
あの骨抜き具合を見過ごすのは今日だけだ。
セドリックへの労いは一番後回しだと決めた時に、声が入り込んだ。

「セドリック殿が印を贈らずとも、殿下は会で私を出し抜き、二人を認めるおつもりだったのですね」

振り返るとマーシー侯爵は僅かな不快と諦めをその眼に湛えていた。
私はもう一度肩を竦めた。
近衛を彼に張り付けたのは、遣り過ぎだったようだ。
「すまなかった」
再び素直に口に出した。侯爵は一瞬怒りを見せ、そして溜息を吐いた。
彼の肩に手を回しながら、私は言った。
「未来の王妃より、未来の宰相を選んだのだ」
彼は鼻を鳴らした。
「苦しい強がりですな」
「確かに」
私は目を伏せ小さく笑った。一瞬の夢を見てしまったのだ。言われて当然だった。
そして、あれほどの至福を味わいながら、彼女への想いは消えてくれなかった。
想いは変化していた。締め出すべきものではなく、心の片隅で美しく儚いガラス細工のように煌めくものとなっていた。

肩を叩かれた。
目を開けると侯爵は穏やかな眼差しを向けていた。
「王族で、手痛い失恋を味わうなど、貴重なことです」
珍しく温もりを感じる口調だった。女神のお陰だろうか。
思いがけない優しさにこみ上げた熱いものを隠すべく、得意の笑顔を張り付けると、侯爵は器用に片眉を上げ、またもや鼻を鳴らした。
「殿下は、失恋を味わう民の支えとなるでしょう」
私は声を上げて笑った。

招かれた吟遊詩人が即興で今日の出来事を歌い上げている。
かなりの腕の持ち主のようだ。それとも今日味わった魂の震えが彼を一流にしたのだろうか。
「素晴らしい曲だ」
私はその旋律と歌声に聞き惚れた。
「今日の主役が呆けていないでください」
骨抜きのセディがいつの間にか隣に来ていた。
呆けているのはお前だ、と喉元まで出かかったが堪えた。
私の苛立ちと呆れを感じ取ったのか、侯爵が咳き込んでいる。

公爵夫人譲りの音楽に深い造詣を持つセディは、真剣な表情で曲に聞き入り頷いた。
「確かに素晴らしい曲ですね、これを諸国に流行らせましょう」
曲は二人の婚姻の儀に触れ始めた。セディは顔をしかめた。
「ここは不要です」
「いや、先に流行った悲恋の歌と組み合わせれば、民が喜びますぞ」
「暗殺の印象を薄れさせ、諸国に体面を保つためには、恋愛要素は不要です」
「民にも受け入れられなければ、流行ることは無理でしょう」

侯爵とセディの長閑なやり取りを聞き流しながら、私は曲に意識を傾けていた。
美しいその曲はこの半年の諸々のことが、ようやく全てが終わったと深く実感させるものだった。

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