元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯

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5.出会い

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 狭き門を突破した、与えられた幸運を最大限に活かそうと、ローラは意気込んで大学の講義に臨んだものの、直ぐに気付いたことがあった。
 意気込んでいるのはローラだけではなかった。
 大学全体が意気込んでいたのだ。

 それは、病気でかなりの国民を喪ってしまった、エールズベリー国ならではの事情だったのだろう。
 教授陣たちからは、自分の培った知識と経験を余すところなく学生に伝授しよう、学生たちを一歩でも二歩でも引き上げようという熱意が感じられた。

 これだけの熱意を傾けられれば、それはローラでなくとも、学生の皆に伝わる。
 学生たちも、与えられる熱意を漏らすことなく受け止めることを使命としているように感じられた。
 
 ローラも、その熱意と使命に感銘を受け、この大学での学びに自分の全てを捧げたい、―――捧げようと思い定めた。
 叶うものなら、大学が設ける全ての講義を受けたいけれど、講義に関する文献を読み、討論がある講義には仲間と事前に模擬討論をし、講義の後にはまた提示された文献を探して読み込むとなると、時間の都合上、講義を絞るしかなく、この身が一つしかないことが悔しかった。
 
 ローラが選んだ講義は、経営に関する講義だった。
 自身が何かを経営する姿は、王太子妃の道から降りた今では想像できない。
 それどころか、将来、自分はどう生きていくのか、それすら今は想像できない。
 けれど、商会を経営する叔父のロジャーや、いつか公爵家を担う弟に、学んだ知見を伝えたいと考えたのだ。
 
 自身の為ではないとは言え、明確な目標があるローラの熱意は、他の学生に勝るとも劣らないもので、数少ない女子学生と言うこともあり、目を惹くものがあったのかもしれない。
 忙しい、けれども充実した大学生活が2ヶ月を過ぎた頃、講義の前に文献に目を通していたローラに、声がかけられた。

「随分、熱心だな」

 聞き覚えのない、深みのある声の持ち主に目を向けたローラは、目を見開いた。
 初めて見る学生だった。
 もし見たことがあれば、絶対に覚えているはずだ。
 ケネスの美貌に見慣れたローラですら、目を奪われる美貌の持ち主だったのだから。
 
 艶のある黒髪は短く整えられ、彼の男性的な美貌を強調している。体格も大学では珍しく鍛えられたもので、母国の護衛騎士を思い出させた。
 けれど、それらを全て忘れてしまうほどにローラを捕らえたのは、彼の瞳だった。
 赤みの強い紫の瞳。
 このような美しい色合いの瞳は、見たことがない。
 そう思った瞬間、ふっと脳裏に過るものがあった。

『ローラは彼に会ったことはなかったね。けれど彼を紹介しなくとも、会えば直ぐに分かるはずだ。
 エールズベリーの王族は、とても珍しい紫の瞳を持つ者が多い。赤みの強い美しい紫でね、初めて彼に会ったときは、見入ってしまったほどだ。――だが、病のために、あの瞳を持つ者は彼一人になってしまったらしい』

 穏やかな笑みを浮かべて説明してくれていたケネスは、最後は笑みを消して、瞑目した。
 ケネスは、歳の近い彼とは立場を超えて親しくしていたという。
直接会うことは片手で足りるほどだったものの、文の遣り取りは頻繁にしていたらしい。だから、突然に国王となった彼に宛てた、国としての公の親書とは別に、ケネス個人の手紙を添えていた。
 彼から同じく個人として返された手紙を思い返し、ローラに話していたケネスが、親しい彼の近況に胸を痛め、目を伏せたままになってしまったことが遣る瀬なく、思わず手を伸ばして、ケネスの両手を包んだのだった。
 
 
 ケネスのあの言葉は正しかった。
 名乗られずとも、紹介されなくとも、美しい紫の瞳は彼が誰であるのかを伝えた。ローラは弾かれたように立ち上がろうとして、けれど、それを察した目の前の彼に眼差しで制止された。

「今は、一人の『学生』だ。止めてくれ」

 はっと周りを窺えば、皆、先ほどまでのローラと同じく、講義を受けるための準備に没頭している。ここは神聖とも言える学びの場で、騒ぎを起こすことは避けるべきだ。
――たとえそれが国王陛下への礼を取らないことになったとしても。

 ローラは彼の意向に従い、エールズベリー国王エドワードに対して、目礼で敬意を表するに留めた。
 貴族の礼儀作法が骨の髄まで染みこんでいるローラとしては、自身が許せる限界を超えた譲歩をしたつもりだったけれど、エドワードには、それでも不満だったらしい。
 はっきりと苦笑を浮かべられてしまった。

「何とか時間を作ったんだ。学生として講義に集中させてくれないか」
「承知いたしました。浅慮をお許し下さい」

 彼が大学に来るために、どれほど苦心したのかは容易に想像が出来て、真摯な思いを込めて謝罪をしたけれど、大きな溜息を吐かれてしまった。

「固い。俺は、一人の『学生』だ」
「あ、申し―――、ごめんなさい」

 慌てて謝罪しようとして、けれど少し胡乱な眼差しを向けられ、言い直したローラに、まるで「よく出来た」と言わんばかりに、エドワードから屈託ない明るい笑顔を向けられ、気がつけば釣り込まれて笑顔を返していたのだった。
 






◇◇◇◇◇

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