国外追放された公爵令嬢と国外追放を命じた王太子の一ヶ月

石里 唯

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最後の一ヶ月

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 抜けるような青空だ。
 この空につられ、このところなぜだか常に感じている物憂い気持ちが晴れるだろうかと期待したが、残念ながら、そうはならなかった。
 きっと、大仕事が残っているからだろう。
 隣国への出立を控える馬車に目を遣る。
 これから一月の大仕事に歯を噛みしめたとき、リィンという微かな鈴の音と甘い香りが訪れ、同時に柔らかな感触が自分の腕に触れた。
 瞬間、先ほどまでの物憂さどころか、全てのことが消え失せて、甘やかな、溶けるような心地が私を満たす。

「ハーバートさま。どうしても行かなくてはいけないの?」

 可愛い声が耳をくすぐる。
 引き寄せられるように視線を向ければ、そこには瞳を潤ませて自分を見上げる、この世の何よりも愛らしい彼女がいた。
 別れを惜しんでくれるその表情が愛しくて、そっと彼女の小さな頭を撫でようとして、けれど白い包帯が目に入り、手を止めた。不覚にも手に怪我を負ってしまったのだ。
 しかし、この怪我はいつ負ったのだろうか。
 記憶をたぐり寄せようとしたとき、可愛い声がそれを遮った。

「ハーバートさま、側にいて欲しいです」

 愛らしい願いに頬が緩み、先ほどまでの気がかりはすっかり消え失せ、彼女を宥めることに意識の全てを向けた。

「クローディア。分かっておくれ。あの女は君を虐めた悪女だ。何をするか分からない」

 そうだ。あの悪女は罪を認めず、謝罪もしていない。
 倫理というものが、欠片もないのだ。
 加えて、恐ろしいことに、あの女は私の婚約者になっていただけあって、その出自は高い。公爵家の令嬢という立場から、権力を笠に、隣国への道中に警護を懐柔し、逃亡するかも知れない。
 隣国への道中と言えば聞こえはいいが、現実は国外追放による強制退去のための旅なのだから。

 愛しいクローディアの安寧を守るために、あの女は確実に国外に送らなければいけない。
 それには、王太子である私自らがあの女を監視して送り出すことが必要だ。
 
 決意を新たにすると、甘やかな心地が一瞬遠ざかり、馴染みの物憂い気持ちが蘇ってしまった。
 
 王都から隣国までは一ヶ月だ。
 あと一ヶ月、それであの悪女とは永遠に片が付き、その時は必ずこの物憂い不快な思いとも永遠に別れられるだろう。
 私は愛らしいクローディアに微笑みを送り、馬車へと乗り込んだのだった。
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