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明けない闇2
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現王妃エミリーは、1年半程前、強引とも思える唐突さで隣国から嫁いできた。陛下はハーバート殿下のご生母アンジェラ前王妃を深く愛され、アンジェラ様が亡くなられてからもずっと独り身を貫かれていた。
その陛下がエミリーを受け入れたのは、密約があったからだ。
それは、エミリーとは子を設けない、万一、エミリーと子を設けたとしても子には王位継承権を永久に与えないというものだった。
表向きは、王位継承者に関して国内の政争を避けるためだったが、内実は隣国もこの密約を受け入れるしかないほどのエミリーの悪評があった。
性に奔放なエミリーが出産すれば、子の父が誰なのか分からない可能性が極めて高かったのだ。
悪評に違わず、陛下と閨を共にすることなく、エミリーは男児を出産した。出産時期から計算すると、輿入れ前に妊娠していた可能性が高い。
密約に従い、子には継承権は与えられなかった。
だが、エミリーは、母国と取引が深い貴族を巻き込み、継承権を与えることを要求してきた。密約は公表されていない。陛下が隣国から嫁いだ王妃と閨を共にしなかったことも、密約がなければ、王としての責務を果たしていないと批難されることであり、公表できない。
隣国は静観している。
あわよくば血統が王位を継ぐことを狙っているのだろう。
もしくは政争が激しくなり、我が国が弱れば侵略することも視野に入れているかもしれない。
陛下は事態を穏便に解決するために、殿下の学園卒業と同時に譲位することを宣言した。
クローディアの転入1ヶ月前のことだ。
公金横領と時期は重なる。
横領された資金は、暗殺組織の依頼に流れたのだろう。
組織の一つに、「赤」と呼ばれる、絶対の成功率を誇り、1件の依頼に国家予算の10分の1ほどの高額な報酬を求める組織がある。
仕事は暗殺だけでなく、情報収集、情報操作など多岐にわたるとされる。
恐ろしいほどの高い報酬だが、それに見合った仕事がなされ、組織には仕事の依頼が途切れることはないらしい。
あまりに高い報酬のため、依頼をする際の前金は一括で求められるが、完遂されたときの報酬は分割を認め、利息も取らないという良心的な噂もある。
――もっとも、仕事が完遂されても支払いが出来ない場合、組織を挙げて報復されるということも真しやかに聞こえてくるのだが。
ともあれ、エミリーから組織に依頼が為されたのだろう。
即座の暗殺ではなく、自分と我が子の派閥を広め、強くするために、殿下の評判を下げ、殿下を弱らせていく。そして、いずれは実際に暗殺をしかける予定と思われた。
エミリーとクローディアの繋がりの証拠をつかむために、殿下は学園に通い続けることを決断した。
それは、殿下を蝕む屈辱が増えることを意味する。
実に危険な賭に、皆が不安を覚えたが、幸か不幸か事態は急変した。
今まで殿下に纏わり付くだけで、それ以外のことは仕掛けてこなかったクローディアが、動いた。
オフィーリア様からの虐めを受けたと訴えたのだ。
クローディアは、これまでの昼の殿下の反応から、自分の訴えが聞き入れられる自信を得ていたのだろう。
そして、クローディアの目論見は正しかった。
昼の殿下は、何一つ疑うこともなく、調べることもなく、その場でオフィーリア様を糾弾したのだ。
オフィーリア様が虐めをしていないことは、誰の目から見ても明らかだった。
オフィーリア様は警護の負担を考え、殿下から蔑ろにされても殿下の傍にいたのだから。
昼の殿下の思考は、視野が欠けていた。
下らない流行の小説のように、婚約破棄や国外追放を口にすることはなかったが、虐めを認めないオフィーリア様を「悪女」と呼んだ殿下の信用は、――地に落ちた。
そして、夜の殿下は自身に絶望した。
その夜の殿下は、表に現れた途端、一言も発することなく短刀を胸に刺そうとした。
もちろん、自分たちも警戒していて、傷は浅いもので済んだのだが、その抵抗は強いものだった。
自身の不甲斐なさと、クローディアへの怒り。
愚かな判断をした自身への憤り。
そして、オフィーリア様への罪を詫び、傷つけたことを悔恨する。
血を吐くような叫びが続いた。
為すべき事を見いだせず、殿下にかける言葉も見付からず、歯を噛みしめたとき、宰相が部屋に訪れて告げた。
オフィーリア様を国外追放すると。
「オフィーリアにありもしない罪を被せるのか――!!」
叫ぶ殿下に宰相は冷然と答えた。
「今はそれしか方法はありません」
宰相は淡々と理を唱えた。
これ以上、殿下が傷つくことは避けなければいけない。
国外追放として、娘が殿下から離れれば、娘が蔑ろにされる姿を見ることはなくなり、殿下の傷も減るはずだ。
クローディアが娘の嘘の罪を告発したのは、娘を排除して父である自分と殿下の分断を図る目的もあったはずだ。
ならば、その目論見に乗れば、クローディアの油断を誘える。上手くいけば、エミリーが報酬を渡す段階に入ることもあり得る。決定的な証拠を掴める機会を得られるかも知れない。
宰相の提言は頷けるものがあった。
部屋には沈黙が下りた。
オフィーリア様の不名誉につながると納得を見せなかった殿下は、黙考の後、一言加えた。
「私は監視を名目に同行する」
部屋にいる誰もが、宰相もが息を呑んだ。
「自分が同行すれば、直接的な暗殺を企てるだろう。クローディアの組織が企てなくとも、エミリー自身が企てるはずだ」
部屋の沈黙は重くなった。
エミリーの罪の証拠を掴める機会が増えることは確かだが、道中の危険も格段に増すことになる。
沈黙の中、殿下の静かな声が響いた。
「ポール、オフィーリアと別れることになるかも知れない。最後の時間が欲しい」
「お気づきでしたか」
宰相は溜息を付いた。
昼の殿下はオフィーリア様とクローディア以外のことには、今まで通りの優秀さを保っている。
宰相の計画は、オフィーリア様を殿下から離し、クローディアを処分して、殿下を保たせるものだった。
昼と夜の殿下の調和がなければ、一生、オフィーリア様は殿下から離れることになる。
宰相は目を伏せた。
「もし、昼の殿下がそれを仰せになれば、私は止めることはありません」
妥協とも言えない妥協を示して、宰相は部屋から退出した。
示された高い条件に、殿下は考えるように目を伏せた。
そして――、
オフィーリア様のために、夜の殿下は必死に抗ったのだろうか。
翌日、昼の殿下は、国外追放と監視のための同行の準備を、自分に指示したのだった。
その陛下がエミリーを受け入れたのは、密約があったからだ。
それは、エミリーとは子を設けない、万一、エミリーと子を設けたとしても子には王位継承権を永久に与えないというものだった。
表向きは、王位継承者に関して国内の政争を避けるためだったが、内実は隣国もこの密約を受け入れるしかないほどのエミリーの悪評があった。
性に奔放なエミリーが出産すれば、子の父が誰なのか分からない可能性が極めて高かったのだ。
悪評に違わず、陛下と閨を共にすることなく、エミリーは男児を出産した。出産時期から計算すると、輿入れ前に妊娠していた可能性が高い。
密約に従い、子には継承権は与えられなかった。
だが、エミリーは、母国と取引が深い貴族を巻き込み、継承権を与えることを要求してきた。密約は公表されていない。陛下が隣国から嫁いだ王妃と閨を共にしなかったことも、密約がなければ、王としての責務を果たしていないと批難されることであり、公表できない。
隣国は静観している。
あわよくば血統が王位を継ぐことを狙っているのだろう。
もしくは政争が激しくなり、我が国が弱れば侵略することも視野に入れているかもしれない。
陛下は事態を穏便に解決するために、殿下の学園卒業と同時に譲位することを宣言した。
クローディアの転入1ヶ月前のことだ。
公金横領と時期は重なる。
横領された資金は、暗殺組織の依頼に流れたのだろう。
組織の一つに、「赤」と呼ばれる、絶対の成功率を誇り、1件の依頼に国家予算の10分の1ほどの高額な報酬を求める組織がある。
仕事は暗殺だけでなく、情報収集、情報操作など多岐にわたるとされる。
恐ろしいほどの高い報酬だが、それに見合った仕事がなされ、組織には仕事の依頼が途切れることはないらしい。
あまりに高い報酬のため、依頼をする際の前金は一括で求められるが、完遂されたときの報酬は分割を認め、利息も取らないという良心的な噂もある。
――もっとも、仕事が完遂されても支払いが出来ない場合、組織を挙げて報復されるということも真しやかに聞こえてくるのだが。
ともあれ、エミリーから組織に依頼が為されたのだろう。
即座の暗殺ではなく、自分と我が子の派閥を広め、強くするために、殿下の評判を下げ、殿下を弱らせていく。そして、いずれは実際に暗殺をしかける予定と思われた。
エミリーとクローディアの繋がりの証拠をつかむために、殿下は学園に通い続けることを決断した。
それは、殿下を蝕む屈辱が増えることを意味する。
実に危険な賭に、皆が不安を覚えたが、幸か不幸か事態は急変した。
今まで殿下に纏わり付くだけで、それ以外のことは仕掛けてこなかったクローディアが、動いた。
オフィーリア様からの虐めを受けたと訴えたのだ。
クローディアは、これまでの昼の殿下の反応から、自分の訴えが聞き入れられる自信を得ていたのだろう。
そして、クローディアの目論見は正しかった。
昼の殿下は、何一つ疑うこともなく、調べることもなく、その場でオフィーリア様を糾弾したのだ。
オフィーリア様が虐めをしていないことは、誰の目から見ても明らかだった。
オフィーリア様は警護の負担を考え、殿下から蔑ろにされても殿下の傍にいたのだから。
昼の殿下の思考は、視野が欠けていた。
下らない流行の小説のように、婚約破棄や国外追放を口にすることはなかったが、虐めを認めないオフィーリア様を「悪女」と呼んだ殿下の信用は、――地に落ちた。
そして、夜の殿下は自身に絶望した。
その夜の殿下は、表に現れた途端、一言も発することなく短刀を胸に刺そうとした。
もちろん、自分たちも警戒していて、傷は浅いもので済んだのだが、その抵抗は強いものだった。
自身の不甲斐なさと、クローディアへの怒り。
愚かな判断をした自身への憤り。
そして、オフィーリア様への罪を詫び、傷つけたことを悔恨する。
血を吐くような叫びが続いた。
為すべき事を見いだせず、殿下にかける言葉も見付からず、歯を噛みしめたとき、宰相が部屋に訪れて告げた。
オフィーリア様を国外追放すると。
「オフィーリアにありもしない罪を被せるのか――!!」
叫ぶ殿下に宰相は冷然と答えた。
「今はそれしか方法はありません」
宰相は淡々と理を唱えた。
これ以上、殿下が傷つくことは避けなければいけない。
国外追放として、娘が殿下から離れれば、娘が蔑ろにされる姿を見ることはなくなり、殿下の傷も減るはずだ。
クローディアが娘の嘘の罪を告発したのは、娘を排除して父である自分と殿下の分断を図る目的もあったはずだ。
ならば、その目論見に乗れば、クローディアの油断を誘える。上手くいけば、エミリーが報酬を渡す段階に入ることもあり得る。決定的な証拠を掴める機会を得られるかも知れない。
宰相の提言は頷けるものがあった。
部屋には沈黙が下りた。
オフィーリア様の不名誉につながると納得を見せなかった殿下は、黙考の後、一言加えた。
「私は監視を名目に同行する」
部屋にいる誰もが、宰相もが息を呑んだ。
「自分が同行すれば、直接的な暗殺を企てるだろう。クローディアの組織が企てなくとも、エミリー自身が企てるはずだ」
部屋の沈黙は重くなった。
エミリーの罪の証拠を掴める機会が増えることは確かだが、道中の危険も格段に増すことになる。
沈黙の中、殿下の静かな声が響いた。
「ポール、オフィーリアと別れることになるかも知れない。最後の時間が欲しい」
「お気づきでしたか」
宰相は溜息を付いた。
昼の殿下はオフィーリア様とクローディア以外のことには、今まで通りの優秀さを保っている。
宰相の計画は、オフィーリア様を殿下から離し、クローディアを処分して、殿下を保たせるものだった。
昼と夜の殿下の調和がなければ、一生、オフィーリア様は殿下から離れることになる。
宰相は目を伏せた。
「もし、昼の殿下がそれを仰せになれば、私は止めることはありません」
妥協とも言えない妥協を示して、宰相は部屋から退出した。
示された高い条件に、殿下は考えるように目を伏せた。
そして――、
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