めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 廻仔らは野営地へと帰ると、シンバルや囮組の二人に廟での出来事を話した。廟に宿っていた自然除けの力の正体は、見た事もない文字であり、その由縁は誰も知らない、と。その文字の刻まれた石盤は、ウェザーが持っており、今も彼と共にガゼットに取り残されているのだろう。石盤を気にするあまり、シフォンを除いては、誰もウェザーの安否を気にかけていなかった。もしウェザーが窮地に陥っているというのなら、それは身から出た錆というものだが、石盤の行方については案じなければならない。竜権化に壊されてはいないだろうか、ウェザーに持ち去られたりしないだろうか。せっかく見出した希望を、そう易々と手放すわけにはいかず、是が非でも手中に収めたかったが、一目散に逃げてきた手前、のこのことガゼットに戻る気にもなれなかった。どうせあの男の事だ、そのうち顔を出すに違いない、と今は野営地を守る事に専念した。
 月明りの夜は、住人の恐怖を煽り立て、ますます戦々恐々とさせた。巨大な照明に照らされた野営地は、暗闇の中に浮かび上がり、自然に向けて獲物の位置を晒していたも同然であった。周囲一帯の森は、音一つなく静まり返っている。住人はテントに籠り、不安から逃れるようにして眠りにつこうとしていた。アースガルが守ってくれているから大丈夫だろう。そう信じざるを得ないほどに誰もが精神を追い込まれており、そんな彼らの信頼に応えたいとアースガルの面々は、自らの心に雷鳴を轟かせ、より一層気を引き締めて警備にあたるのであった。
 夜も深まった頃、野営地に一陣の突風が吹いた。それは徐々に風速を増していき、しまいには暴風と化して住人を襲った。風、つまり“吐ク風族ハクフウぞく”による夜襲である。シンバルは、交代で仮眠を取っていた隊員に向かって「武器を取れ」と叫ぶと、自らも銃を手にして戦いに身を投じ、もちろん廻仔らも自然を撃退しようと試みた。ところが、風を相手に刃物や銃弾が通じるはずもなく、アースガルの猛反撃は空回りするばかりであった。さらに、闇夜までもが風に味方したのか、煌々こうこうたる月が黒雲に覆われていくと、風はおろか地面すら視認できなくなってしまった。暴風は、いともたやすくテントを吹き飛ばすと、無防備となった住人を次々と夜空へ舞い上げていった。その中にはアースガルの隊員も含まれており、自然環境の中で遂に本領を発揮した自然の前では、あらゆる人間は赤子の手を捻るがごとく、あえなく自然へと帰るしかないのである。
 嵐が過ぎ去った後に残されたのは、わずかばかりの人間と六人の廻仔だけであった。暴風の中でも、かろうじて洞窟に避難できた者のみが、自然の脅威から逃れる事を許された。しかし、テントも照明も吹き飛ばされ、もはや野営地は避難場所としての体を成していなかった。
「なんてこった…!!」シンバルは愕然と膝を折った。「残ったのは…何人だ…!?」
住人は、その気になれば一人でも数えられるほどの人数しか残っていなかった。一夜にして住人は、全滅の危機に追い込まれてしまったのである。
「マズイなぁ…!!」スコアは頭を抱えて嘆いた。「これじゃあ…………ガゼットを取り返せたとしても、どうにもならないよ…!」
やはり人間には、文明が必要不可欠なのだ。そうでなければ、ただの脆弱な生物に成り下がってしまう。そう痛感するトロンであった。
 残った住人は、洞窟へ足を踏み入れる事に躊躇がなくなっていた。それどころか、夜明けまで暗い洞内に留まってすらいた。夜襲の恐怖から一睡もできず、皆で寄り集まって徹夜した。家族が自然に帰ってしまった事を誰もが嘆き悲しみ、中には自然に対する憎悪を募らせる者までいた。そして、明朝、彼らはシンバルに向かってこう申し出た。安息の地を求めて旅に出る、と。到底受け入れられる申し出ではなく、頭ごなしに断りたくもなった。しかし、住人の気持ちもわからんでもない。昨夜の惨事をかえりみれば、身を落ち着けられる場所を求めたがるのは必然だ。シンバルは住人の意見を尊重し、しばし一考する事に決めた。そのための猶予も貰い、洞窟に住人を残して廻仔らと共に外へ出ると、まずは他の街の所在を知っていそうなシフォンにたずねてみた。
「ガゼットから一番近い街は、確か…シュラプルって言ってたな。それはどこにあるんだ?」
「シュラプルは、もう跡形もなく消え去っています。それ以外の街は……わたしが知っているのはヘイヴンだけですが、あの街は歩いて行けるような距離ではないですし、とても住人にたどり着けるとは思えません。その前に皆、自然に帰ってしまうでしょう」
シンバルは口を閉ざし、腕を組むと、悩みこんでしまった。
そこでトロンは、こう発言した。「オッド=アインなら何か知っているんじゃないのか」
その名を聞いた途端、ラブ=ラドールは目を吊り上げ、朝空に向かって低くうなり声を上げ始めた。
「そんなに怒んなくてもいいじゃん…」スコアは、ラブ=ラドールの豹変ぶりに目を点にした。「まぁいいや。それよりも、オッド=アインに聞いてみるのはいいかもね。あの人、自然と仲がいいし、たぶん知ってるんじゃないかな?」
「でも、得体の知れない部分もあるんですよ。それに、たとえ知っていたとしても、あの人が素直に教えてくれるとは到底思えません」シフォンは表情を曇らせた。
「収穫なしなら、ヘイヴンとやらに行くのも考えないといけないな」シンバルは、大きなため息をついた。
「……ヘイヴンとは、どんな街だ?」トロンはシフォンにたずねた。
「お兄様、やっぱり自分の故郷に興味があるのですね。以前も言った通り、ヘイヴンは自然と人間が共に暮らす街です。信じられないかもしれませんが、わたしは昔、ヘイヴンに住んでいたので知っているんです。あの街の住人は、定められた戒律を遵守しなければならず、破った者は刑罰を受けさせられるのです。さしずめ、戒律が支配する街…と言った所でしょうか」
「え~~~っ!!そんなとこ、行きたくないよ!!」スコアはヘイヴンに拒否反応を示した。
「そんなに厳しい街なら移住なんて無理そうだ」トロンは、諦めたように呟いた。
「でも、住み心地は悪くないんですよ!ちゃんと戒律を守っていれば、平穏な街ですし…!お兄様は元々ヘイヴンの廻仔ですから、きっと受け入れてくれると思いますよ!」シフォンは早口で口走った。それから一転、勢いを失くし、伏し目になると「わたしとしては……複雑ですが…」
「結局は、まがいものの平穏か」
「はい…。わたし、養母が死んでからというものの……ヘイヴンが怖くなってしまって…。それで…もうどうなってもいいやって……死んでもいいやって思って…街から逃げ出したんです…。そしたら、あの人が…オッド=アインがわたしを拾ってくれたんです。彼は、わたしに廻仔の事を教えてくれました。それに、己が宿命についても。それからは、彼と共に自然の中で生きてきましたが………正直言うとヘイヴンで暮らすくらいなら、自然の中にいた方がいいですよ、お兄様」
トロンは、垣間見えたシフォンの過去を不憫ふびんに思い、何も言えなくなった。
「流石に自然の中より悪いって事は…ない…よな…?」シンバルは、ヘイヴンに慄然りつぜんした。それから、すぐに気を取り直すと、「とにかく!すぐにオッド=アインの所に行って、聞いてきてくれよ!他の街を知らないかってな!俺は、ここに残って住人のそばについててやらなきゃな」
「ついでに、ラブ=ラドールの面倒も見てくれ」トロンはシンバルにラブ=ラドールを預けた。
そのラブ=ラドールは、いまだに不機嫌そうな顔をしながら、空を見上げていた。
「そうだね。オッド=アインに会いに行くんだから、この人は連れて行かない方がいいかも」スコアは、うんうんと頷いた。「じゃあ……ボクも残ろっかな~。なんか気まずいし」
「では、わたしとお兄様だけで…!」シフォンは、遠くで控えていた猪に向けて手招きした。それからトロンに「オッド=アインなら、泉にいると思いますわ。行きましょう」
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