めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 シフォンは、猪にトロンを乗せ、自らは手綱を取り、森の中の泉を目指した。前だけを向いていればいいものを、なぜか背後のトロンに向かって、ちらちらと視線を送ってくる。理由は定かではないが、シフォンは大層ご機嫌であった。しかし、どれだけ視線を送ろうが、トロンが気に留める事はなく、最後には憂い顔で前方だけを見据えるのであった。森の泉にたどり着くと、シフォンの言った通り、そのほとりにオッド=アインが一人、片膝をついて座っていた。今までの威勢のよさは失われ、憂鬱の真っただ中に沈みきっているようだった。
シフォンは、猪をオッド=アインのそばまで寄せると、唐突にこう問うた。「あの、おたずねしたい事があります。ガゼットから最も距離が近い街はどこですか?」
オッド=アインは、目線を水面に向けたまま答えた。「お前たちの考えはわかっているぞ。無駄な悪あがきはしない事だ」
トロンは猪から降りると、オッド=アインの真横に立ち、その脳天を見下ろした。「知らないのか、それとも知っているのか。はっきり答えろ」
オッド=アインは、おもむろに立ち上がると、トロンを鋭い眼差しで睨みつけた。「どちらにせよ結果は同じだ。ガゼットは消滅し、人々は自然に帰る。だが、あくまでも悪あがきに固執するのなら、教えてやろう。最寄りの街は、シュラプルを置いて他にない」
「シュラプルは自然に帰った。アンタが帰したんだ」トロンは、毅然とした態度で睨み返した。
「そうだ。だが、シュラプルの住人は、自らの意思で救いの手を振り払った。消えゆく街から逃れた住人が少なからずいたばかりか、再び文明を築き上げようと新たな集落を作っている始末だ。まったく、救いようのない愚者どもだ…!」
「その集落はどこにある」
「知ってどうする?人間には到底たどり着ける距離ではないというのに。もはやガゼットの住人に選択肢などない。自然に帰るという選択肢以外はな」
「まだ住人たちは諦めていない。俺たちもだ」
「ならば、教えてやろう。第二のシュラプルの現状を。あの街…いや、村と言った方がいいだろうな。その住人どもは老若男女問わず、闘争の虜となり、今や修羅の化身と化している。あのような殺伐とした集落が、よそ者を受け入れるとは考えられんな」
「御託はいい。早く場所を言え」
オッド=アインは、ゆっくりと右腕を上げると、南の方角を指差した。「行きたければ行くがいい。しかし、その先の文明に到達する事は決してない」
トロンはオッド=アインに背を向けると、猪にまたがり、シフォンに「用は済んだ」と背後から告げた。
シフォンは泉を去る直前、オッド=アインに小声でこうたずねた。「あの…。一緒に来ませんか…?皆、集まってますよ…」
オッド=アインは再び座り込むと、泉に視線を落とした。それからというものの、一言も発する事はなかった。
シフォンは、何も言わずに猪を歩かせると、泉から去っていった。
 双子は洞窟に戻ると、目指すべき方角を廻仔らに伝えた。シュラプルへの地図を手に入れたシンバルは、難しい決断を迫られた。竜権化を退け、ガゼットを奪還するか。それとも、南へ向かい、シュラプルを目指すか。あの竜権化を退けるには、自然除けの力が必須であったが、その行方はウェザーと共に何処かへ消えてしまっていた。やはり廟の前で奪っておくべきだったか。今更、死んだ子の年を数えた所で意味もなく、わずかな望みを糧にして、ガゼットへ赴いてみるしかない。あるいは、いっそガゼットを諦め、うんと南を目指そうか。そうすれば、新天地にたどり着ける可能性が万が一にもあるかもしれない。しかし、オッド=アインがシュラプルの方角を素直に教えたのは、絶対に到達できないという自信の表れでもあり、そう考えると迂闊に目指す事は賢明ではない。そもそも、自然にくみする廻仔の言葉を鵜呑みにしてもよいものだろうか。彼は、真に自然な自然の仔であり、自らの手で人間を自然に帰せるのなら、どんな姑息な手段をも講じるだろう。結局の所、どちらを選択しようが、まるで大差がない事に気付くのに、そう時間は要しなかった。行くも地獄、戻るも地獄、まさにジレンマの分かれ道であり、住人の運命は既に決してしまったかのようにも思えた。それでも、希望は捨てず、第三の選択肢を模索する事も視野に入れつつ、ひとまずは自然除けの力を捜索してみる事に決定した。悠長に探すだけの時間はなかったが、ガゼットの様子を見に行くほどの余裕はあるはずだ。
 ある程度の展望が見え始めてきた頃、シンバルに一人のアースガル隊員が進み出てきた。その背後には、同僚たる他の隊員だけでなく、屈強な住人までもが改まったように整列し、緊張の面持ちでシンバルを見つめていた。そして、進み出た隊員がシンバルにこう提言した。「我々をガゼットへ向かわせてください。そこで我らは身を挺し、噂の真相を確かめます」。その意味をシンバルのみならず、他の廻仔らも理解できなかった。そこでシンバルが隊員を問いただすと、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「噂をご存じないのですか?最近、住人の間で妙な噂が流行っております。なんでも“権化に対し、一日につき十人の生贄を捧げれば、ガゼットは破壊から免れる”との噂を耳にいたしました。所詮は噂でしょうが、いかんせん状況が状況ですので、住人たちの大半は、完全に噂を信じきっております。そこで、我々が噂の真偽を確かめます。いえ、確かめさせてください」
シンバルは、冷や水を浴びせかけられ、呆然とした。それから、「たかが噂に命を懸ける馬鹿が、どこの世界にいる!?」と隊員を叱りつけた。
それでも、隊員は断固として決意を崩さなかった。自らを犠牲にしてでも住人を守ろうとするその姿勢は、まさに勇士であり、だからこそシンバルは彼らを危険な目に遭わせたくなかったのだ。しかしながら、その噂は、みすみす聞き流せるものではなかったが、その内容には、いささか疑問符が浮かぶ。権化に住人の生贄を差し出せば、街の破壊を免れるなどと一体誰が言い出したのだろうか。恐らくは、住人の心に巣食う恐怖が作り出した幻想だろうが、もし真実であるとすれば、権化に対する造詣が極めて深い者が流布させたに違いない。なんにせよ、根も葉もない噂のせいで、住人が危険に晒されるなどあってはならず、また、噂が真実である可能性を考慮すれば、ここは廻仔が進んで危険な橋を渡るべきだ。だが、たった五人の廻仔だけでは噂を実証するに不都合があり、結局は住人の力を借りねばならなかった。本来であるならば一蹴するような話だが、今ばかりは貪欲になり、あらゆる可能性を探っていかなければならない。あわよくば、第三の選択肢を切り開くきっかけとなるやもしれない。
 シンバルは、隊員らの要求を受け入れた。ただし、その身に危険が及べば、なりふり構わず逃げるよう、何度も言い聞かせておいた。廻仔は五人であったため、必要な住人は五人で事足りるのだが、あくまで名乗り出た住人の全員がガゼットへの帰還を希望した。その意思は強固であったため、遂にシンバルは根負けし、洞窟に残る住人のすべてを部下に任せ、計十五人でガゼットへ向かう事となった。
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