めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

文字の大きさ
上 下
39 / 124
ハラッパバッカのコのセカイ

39(終)

しおりを挟む
 廻仔らもまた、安堵の時を迎えたが、トロンは全身全霊を尽くした事で精魂尽き果て、前のめりになって倒れこんでしまった。
「お兄様!!」シフォンは、すかさず駆け寄り、腕の中に抱きかかえた。「しっかりしてください!!全部、終わったんですよ!!原初の悪は、消え去ったんです!!」
トロンは、かすかばかり目を開けると、地面に転がる岩の破片に目をやった。それは原初の悪の依り代となった原初の岩の残骸であった。「そうか…。これで…もう…」
「ええ…!」シフォンは、嬉し涙を流して返事した。
 さて、人間の盾となったシンバル、背を支えたラブ=ラドール、囮を買って出たオッド=アイン、原初の力を貸したウェザーが、双子の周りに集まってきた頃、ただ一人、スコアだけは後ずさり、やがて膝から崩れ落ちると、その場にてうなだれた。そんな彼女を見かねたトロンは、体に鞭打って揺らぎ立つと、こう言った。
「確かに廻仔は、恵まれない存在かもしれない。だが、それでも歩んで行くんだ。自分にしか掴めない最善への道を。希望を求めて生きるために、そして、希望を胸に抱いて死んでいくために」
「……ボクには…まだわからないよ…。これからどこへ行けばいいのかさえも…」スコアは、おもむろに立つと、「でも……歩きはするよ。ボクは…ボクだけの道をね…」と皆に言い残し、遅緩ちかんながらも力強い足取りで、その場から立ち去っていった。
「大丈夫に決まってる」シンバルは、トロンの肩を叩き、「アイツは…きっとわかってくれる。自分の犯した過ちも含めて、な」
その言葉にトロンは小さく頷いた。やがてスコアの後ろ姿が見えなくなった頃、どこからか声が聞こえてきた。「我が仔らよ…」。それは脳に直接訴えかけるような声、つまり父の声であった。ふと上空に目をやると、もはや体を成さなくなった鋼鉄のドームに佇む竜権化の凛々しい立ち姿があった。
「悪の原初は消え失せ、世界は安寧を取り戻した。これでこの星は、自然のままに生を全うする事ができる。仔らよ。自然が存在しなければ、万物は存続できぬ事が身に染みて理解できたであろう。そして、人間に孕んだ危険の芽についても。彼らは、とりわけ意志が強いが故に、極めて不安定な存在であり、より強い存在なくしては種を存続させる事ができないのだ。自然が人間の上に立ち、自然のままに導きを与え、繁栄させる。それが自然の意思であり、それを実現させるには、一人残らず自然に帰ってもらわねばならぬのだ。すべては、万物が自然のままであるために」
「自然が強大である事はわかった。だが、なぜ俺たち廻仔をもうけた?」トロンは、父にたずねた。「人間を自然に帰すだけなら、自然の力だけでも可能なはずだ。俺たちは…本当に必要な存在だったのか?」
「愚問。自然の仔は、人間にとっての神となりうる。それは人間を導くには必要不可欠な存在なのだ。仔らは、人間の姿と自然の力を兼ね備えた存在、つまり、人間の崇拝対象となるべき神であり、また、王、勇者、英雄、豪傑、救世主でもある。そして、それらの地位に見合った力を与えるべく、自然は十二の原初を生み出したのだ」
「だが、己が宿命に従わない廻仔もいる。原初を用いて自然の脅威を退けようとする廻仔もいる」
「仔であれば、時に道を外す事もある。それに仔の反抗など毎次の事、もはやしたる問題ではないのだ。自然は悠久の過去より、文明が度を超えて発達する度に、すべての人間を自然に帰し続けてきたのだ。聞き分けのない仔の扱いには、もはや手慣れたものよ」
「何を言っている…?」
「仔らの生まれる億万劫おくまんごうより、廻仔は存在していたのだ。人間が文明を過度に発達させると、自然は、ことごとく文明を消滅させ、人間を自然に帰した。文明の発達と自然への回帰。その輪廻は数えきれないほどに繰り返され、また、その度に自然は廻仔を生み、自らの助力とした。当然、己が宿命に反する廻仔も少なからずいたが、これまで一度として彼らの野望が為されたことはない。たとえ仔らがどのような手段で反抗しようとも、結末は常に同じなのだ。だが、案ずる事はない。すべての文明と人間が失われようとも、彼らは再び世界に登場し、幾度となく文明を築き上げていくだろう」
トロンは、兄弟と共に固唾を飲んで聞き入った。
「よいか、仔らよ。己が宿命に従い、人間を自然に帰す事が仔らの本領。己が存在意義を見誤る事なく、人間に情けをかける事もなく、ただ一心に宿命を果たすのだ。これは厳命であるが故、人間を自然に帰せ、我が仔よ」
「断る」トロンは即答した。「俺は自然には従わない。たとえ無駄なあがきであったとしてもだ」
「そうだぜ!!」シンバルは、声高らかに叫んだ。「もう宿命なんて関係ねぇ!!オレはオレのやりたいように生きるだけだ!!」
「どこまでも救いようのない連中だ…!」オッド=アインは、ぼそりと呟くと、たった一人で外界に向かって歩き出した。「俺は俺の宿命を果たす。それが生まれた意味であるなら、なおさらだ」
オッド=アインが立ち去り、シフォンとラブ=ラドールにも決断の時が迫った。しかし、シフォンは、うじうじと悩み続け、ラブ=ラドールは、ぼんやりするばかりであった。やがてシフォンは優柔不断を蹴破り、思い切って口を開いた。
「わたしは……お兄様と宿命と共にします。たとえどんな末路を辿ろうと、お兄様と一緒なら後悔もありませんもの」
「ほら見ろ!!ほとんどのヤツはオマエに従わないとさ!!」シンバルは、父に向かって威勢よく発した。
「だが、仔らの勇敢なる救世を称え、あるいは父として、一時の褒美だけはくれてやろう。人として生きてさえいれば、いずれ気付く事も多かろうて。しかし、これだけは肝に銘じておくがいい。天知てんし地知ちしる我知われし仔知こしる。すべては自然の一部であるが故に、自然からは逃れられぬという事を…」
そう父は言い残し、蒼き天空の彼方へと飛び去って行った。
 ようやくガゼットに一時の平穏が訪れた。しかし、街は壊滅手前であり、住人もわずかばかりとなっていた。それでも希望は残っている。悪意を吸われた住人は、次々と正気を取り戻し、何事もなく静まり返る街の雰囲気に気付くと、誰しもが首を傾げた。彼らは、じきに喜びを噛みしめつつも一生懸命にガゼットの復興に努める事になるだろうが、やはりリーダーが不在では心もとない。
「さてと、これからが忙しいぜ。こんなガラクタ同然になっちまったんだからな」シンバルは、強き意志の宿った瞳で荒れ果てた街を見渡した。それから双子とラブ=ラドール、ついでにウェザーに向かって「これからオマエらはどうするんだ?」と聞いた。
「俺はガゼットを離れる。せっかくの平穏に水を差したくはないからな」トロンは、歴戦の剣を拾い上げると、腰に差した。「とりあえずは…第二のシュラプルとやらに向かってみる。道のりは長いだろうが」
「もちろん、わたしもご一緒しますわ」シフォンは即座に名乗り出ると、トロンに面と向かって立ち、「構いませんよね、お兄様…?たとえ断られても、勝手について行きますけど…」
「双子の絆は、兄弟よりも強いみたいですねぇ…」ウェザーは、妬いたように言った。「まぁ、結構な事ですが。不仲よりかは健全ですし」
「おい、オレの目が黒い内は、住人には指一本触れさせないからな!!」シンバルは、ウェザーに対し、警戒心を剥き出しにした。
「いいですよ、別に。これから私もガゼットを離れますから。なぁに、また流浪の旅をするだけです。原初の悪は非常に興味深かったですし、もう少しくらいは人の姿でいる事にします」そこでウェザーは、ガゼットに巣食う森に目を向けると「どうせガゼットは風前の灯火、もはや何もせずとも終わるでしょうしね」
「まだだ、まだガゼットは終わらせないぜ!」シンバルは負けじと言い張った。
「せいぜい頑張る事ですね。では……しばしの別れです、兄弟よ」そう言い終えた矢先、ウェザーの背中から一対の光の翼が生えた。その白い翼をはばたかせると、足が地を離れ、瞬く間に空の彼方へと飛び去って行った。
その様子を呆然と見ていたシンバルは、「なんだあれは…!?アイツ、一体何者だ…!?」と目を点にした。
「あれは……ヘイヴンの廻仔にしかできないはずなのですが…」シフォンは、青空を翔ける鳥影を唖然として見つめていた。
「まったく、芸の多いヤツだ…」トロンは、突然、歩き出した。遂に、自らを育んだ鉄のゆりかご、ガゼットとの別れである。
 シフォンはシンバルに一礼したのち、兄の後を追ったが、なぜかラブ=ラドールまでもが追従してきた。しかし、トロンは気にも留めなかった。もはや孤独に執着する理由もないのだから。
しおりを挟む

処理中です...