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流せ、綴れ、情愛
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トロンは、人知れず歓喜した。何よりも恋しき文明を遂に発見し、喜びも一入だった。ガゼットを旅立ってからというものの、原っぱを歩き、森を抜け、川を渡り、山谷を越え、前途多難を乗り越えた末に、ようやく、待ち焦がれたシュラプルに到達したのだ。ここに至るまでを思い返せば、果てしなき苦難の連続であった。過酷な自然環境の中に身を置きながらも、一生懸命に生き抜いてきたのだ。食料に四苦八苦しながらも悪食で食い繋ぎ、熟睡すらままならず、時には自然の襲撃に遭いながらも、見事生存してみせたのだ。これも偏に、我が妹たるシフォン、そして、野生児たるラブ=ラドールのおかげである。彼女らが、自然を生き延びる術を心得ていたが故に、飢えや事故によって野垂れ死ぬ事もなく、永遠と錯覚するほどの長き時を無事に渡り歩く事ができたのである。しかし、そんな苦労を重ねたトロンに反し、シフォンは、すこぶる生き生きと旅をしていたようにしか見えなかった。彼女は、自然の中で過ごす事に慣れきっていたため、何一つとして不自由な思いもせず、むしろ兄の面倒を逐一見ては、嬉々として胸を躍らせるばかりであった。それほどまでに双子で過ごせる事を待望しており、いざ生活を共にすれば、健気に喜びを噛みしめていたのだ。そのせいか時折ラブ=ラドールを除け者にする事もあり、また、友であるはずの巨大猪すらもぞんざいに扱う始末であったが、当の本人らは、特に不服を申す事もなかったため、旅に支障をきたしはしなかった。幼気な妹は、唯一無二の家族と共にいられる事を心から幸福に思い、常に笑顔を絶やさなかったのだ。しかし、それとは打って変わって現在、やっとこさ辿り着いたシュラプルを一望しているのにもかかわらず、シフォンは、やけに浮かない顔であった。その原因をトロンは既に知っていた。あの殺風景な村には、かつて自らの手で自然に帰そうとした人々が暮らしているのだから罪悪を感じずにはいられないだろう。
その村は“シュラプル”、正確には“第二のシュラプル”といった。かつての故郷を失った者たちが新たに築き上げた小さな集落であり、その外観は暗く、雰囲気も沈んでいるように感じられた。石切り場に隣接、もとい一体化しており、石造りの簡素な小屋が寄り集まって形成された原始的な集落ではあったが、あろう事か、自然物たる石切り場に集落を作るという愚行を犯したばかりか、住人を自然から守るための囲いもなく、まさに無防備を地で行く村であった。そんなシュラプルにも、特に目を引く建物が三つほどあった。宮殿のようなドーム、無彩色の教会、残骸のような壁。高台にそびえるあれらは一体何なのか、とトロンは純粋に興味を抱かされた。
なにはともあれ、何事もなくシュラプルに到達したのだ。シフォンには悪いが、せめて少しだけでも文明の利器を堪能させてもらいたいし、なにより、ひどく疲れたので、久しぶりにベッドの温もりの中で安眠したい。そんな欲望を抑えつつ、トロンはシフォンに声をかけた。
「最寄りの街の居所だけ聞き出したら、すぐに発つ」
シフォンは、シュラプルから視線を外すと、トロンに向かって空笑いを見せた。「いいんですよ、わたしの事は気にしなくても。せっかく訪れたんですもの……わたし…勇気を出して皆に謝らないといけませんから…」
気丈に振る舞うシフォンの本心に、トロンは心なしか共感し、わずかばかりでも彼女の力になりたいと願った。せめて、片時もそばを離れず、謝罪を述べる妹を見守っていてやろう、と思った。シュラプルの住人は、シフォンに対し、いかほどの激情をぶつけるだろうか。身内ばかりか、故郷をも奪われた者の抱く憎悪は、計り知れない。その事を既に嫌というほど思い知らされているため、たとえ無関係の立場といえども、どうしても住人の反応を気がかりに思ってしまうのだ。謝って済むような話でもないため、きっとシフォンは徹底的に咎められ、そればかりか、討ち取るべき仇敵として扱われる事すら想像に難くない。いざという時に備え、逃げ果せる心構えだけはしておかなければ。
猪は待機させておき、のうのうとするばかりのラブ=ラドールだけを連れ、双子はシュラプルへと足を運んだ。近づくにつれ、村の様子が、はっきりと見て取れるようになっていった。住人は皆、槍や鎧で武装しており、物々しい雰囲気の中で日常生活を送っているようだった。畑を耕そうが、籠を編もうが、酒を飲もうが、誰しも武具を手放さず、それこそ普段着のようにして身に着けていた。オッド=アインの言葉通り、この村の住人は誰もが戦いの虜となり、修羅の化身と化しているのだ。到底彼らとは相容れそうにない、とトロンは若干弱気になってしまった。
いよいよ村の敷地へ足を踏み入れようとしたその刹那、全住人に緊張が走ったのをトロンは感じ取った。途端に住人らは、戦士の面持ちへと変貌し、束となって進撃し、たちまち双子らの前に立ち塞がると、各々が盾と槍を構え、並々ならぬ人の城壁を作り上げた。村へ立ち入ろうとするトロンらに槍先を向け、殺気を帯びた眼差しをも向け、明確な敵愾心をもって威嚇したのだ。そのあまりの気迫に圧倒され、ラブ=ラドールはおろかトロンまでもが怯み、思わず足を止めてしまった。そんな彼らに向けて、人の壁を構成する一人の住人から、こんな警告が出された。
「シュラプルへ立ち入るのに、門からでなく、敷地を乗り越えて来る者は、盗人であり、すなわち我らの敵である!!」
トロンらは絶句した。いきなり盗人呼ばわりされるとは思いもしなかったが、彼らが、よそ者を警戒するのは当然である。事情を話そうと思ったが、その矢先、警告を発した住人が、その手に持った槍でシュラプルの入り口、鳥居のような門を指し示した。石造りの大層立派な門に見えたが、ここから遠くに建っていたため、その存在に気付けず、また、シュラプルには囲いがないため、門の必要性にも疑問を呈した。門を通らずとも、四方八方どこからでも村中に足を踏み入れる事はできるのだが、住人はそれを是とはしないようである。そこでトロンらは、住人たちを下手に刺激する事を避けるべく、大人しく門を通って中に入る事に決めると、ぐるりと迂回して門前に向かった。
その村は“シュラプル”、正確には“第二のシュラプル”といった。かつての故郷を失った者たちが新たに築き上げた小さな集落であり、その外観は暗く、雰囲気も沈んでいるように感じられた。石切り場に隣接、もとい一体化しており、石造りの簡素な小屋が寄り集まって形成された原始的な集落ではあったが、あろう事か、自然物たる石切り場に集落を作るという愚行を犯したばかりか、住人を自然から守るための囲いもなく、まさに無防備を地で行く村であった。そんなシュラプルにも、特に目を引く建物が三つほどあった。宮殿のようなドーム、無彩色の教会、残骸のような壁。高台にそびえるあれらは一体何なのか、とトロンは純粋に興味を抱かされた。
なにはともあれ、何事もなくシュラプルに到達したのだ。シフォンには悪いが、せめて少しだけでも文明の利器を堪能させてもらいたいし、なにより、ひどく疲れたので、久しぶりにベッドの温もりの中で安眠したい。そんな欲望を抑えつつ、トロンはシフォンに声をかけた。
「最寄りの街の居所だけ聞き出したら、すぐに発つ」
シフォンは、シュラプルから視線を外すと、トロンに向かって空笑いを見せた。「いいんですよ、わたしの事は気にしなくても。せっかく訪れたんですもの……わたし…勇気を出して皆に謝らないといけませんから…」
気丈に振る舞うシフォンの本心に、トロンは心なしか共感し、わずかばかりでも彼女の力になりたいと願った。せめて、片時もそばを離れず、謝罪を述べる妹を見守っていてやろう、と思った。シュラプルの住人は、シフォンに対し、いかほどの激情をぶつけるだろうか。身内ばかりか、故郷をも奪われた者の抱く憎悪は、計り知れない。その事を既に嫌というほど思い知らされているため、たとえ無関係の立場といえども、どうしても住人の反応を気がかりに思ってしまうのだ。謝って済むような話でもないため、きっとシフォンは徹底的に咎められ、そればかりか、討ち取るべき仇敵として扱われる事すら想像に難くない。いざという時に備え、逃げ果せる心構えだけはしておかなければ。
猪は待機させておき、のうのうとするばかりのラブ=ラドールだけを連れ、双子はシュラプルへと足を運んだ。近づくにつれ、村の様子が、はっきりと見て取れるようになっていった。住人は皆、槍や鎧で武装しており、物々しい雰囲気の中で日常生活を送っているようだった。畑を耕そうが、籠を編もうが、酒を飲もうが、誰しも武具を手放さず、それこそ普段着のようにして身に着けていた。オッド=アインの言葉通り、この村の住人は誰もが戦いの虜となり、修羅の化身と化しているのだ。到底彼らとは相容れそうにない、とトロンは若干弱気になってしまった。
いよいよ村の敷地へ足を踏み入れようとしたその刹那、全住人に緊張が走ったのをトロンは感じ取った。途端に住人らは、戦士の面持ちへと変貌し、束となって進撃し、たちまち双子らの前に立ち塞がると、各々が盾と槍を構え、並々ならぬ人の城壁を作り上げた。村へ立ち入ろうとするトロンらに槍先を向け、殺気を帯びた眼差しをも向け、明確な敵愾心をもって威嚇したのだ。そのあまりの気迫に圧倒され、ラブ=ラドールはおろかトロンまでもが怯み、思わず足を止めてしまった。そんな彼らに向けて、人の壁を構成する一人の住人から、こんな警告が出された。
「シュラプルへ立ち入るのに、門からでなく、敷地を乗り越えて来る者は、盗人であり、すなわち我らの敵である!!」
トロンらは絶句した。いきなり盗人呼ばわりされるとは思いもしなかったが、彼らが、よそ者を警戒するのは当然である。事情を話そうと思ったが、その矢先、警告を発した住人が、その手に持った槍でシュラプルの入り口、鳥居のような門を指し示した。石造りの大層立派な門に見えたが、ここから遠くに建っていたため、その存在に気付けず、また、シュラプルには囲いがないため、門の必要性にも疑問を呈した。門を通らずとも、四方八方どこからでも村中に足を踏み入れる事はできるのだが、住人はそれを是とはしないようである。そこでトロンらは、住人たちを下手に刺激する事を避けるべく、大人しく門を通って中に入る事に決めると、ぐるりと迂回して門前に向かった。
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