めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 その門は近くで見ると、巨人のように高く、そして雄大であった。しかし、門を見上げたのも束の間、門よりも遥かに大きな存在感を示す一人の男に目が釘付けになった。その屈強な肉体を持つ若者は、門の下にあぐらをかき、目を閉じ、口をへの字に曲げ、粛々と鎮座していた。彼も他の住人の例に漏れず、剣と鎧によって全身を武装していたが、精神は無防備なようであり、トロンらが近づいてみても、依然として眠っているかのように不動であった。そんな男を不思議に思い、トロンが首を傾げた一方、シフォンは両目を滲ませると、男に対して頭を深々と下げ、唐突にこう述べた。
「…ごめんなさい!!!わたし…たとえ許してもらえなくても、皆さんに謝りたくて…!!」
すると、男は開眼し、おもむろに立ち上がると、シフォンに向かって、にかりと笑ってみせた。「何も気に病む事はない、シフォンなる少女よ。貴公には最後の最後で世話になったのだ、誰も必要以上に貴公を責めたりはせんよ」
「でも、わたしがシュラプルを自然に帰してしまったのは事実です…!!」
「過ぎた事を悔いるのは、害にしかならない。シュラプルに対する謝罪の気持ちは、貴公の胸の隅に秘めておけ」
シフォンは顔を上げたかと思うと、またすぐに顔を下げ、深々と一礼した。
そんなやり取りを見ていたトロンは、二人が顔見知りである事を悟り、男にこうたずねた。「アンタは誰だ?」
「アスレチック・ペルーセ、またの名を、荒くれペルーセだ!」アスレチックは胸を叩いて名乗ると、今度はトロンに向けて「そういう貴公は誰なのだ?」とたずね返した。
「トロン・F・レイン。ガゼットから来た」トロンは、そっけなく名乗った。
「ガゼット?あまりよくは知らんが、きっと随分と遠出をしたのだろう!」アスレチックは、うんうんと頷いた。それからラブ=ラドールに熱い視線を向けると、「それにしても、よく帰ってきたな、タフ!!シュラプルは貴公を歓迎するぞ!!」
「タフ?」トロンとシフォンは口を揃えた。
「そうともよ!この者は、かつてシュラプルを救おうと奮闘してくれたのだ!タフは口数こそ少ないが、その行いを見れば、勇猛果敢な正しき精神の持ち主である事は一目瞭然!」
シフォンは、アスレチックを凝視するラブ=ラドールに目をやると、「この方は、これまでラブ=ラドール・エシレウスと名乗っていましたの。でも、本当はタフという名だったのですね」
「いやぁ、本当の名かどうかは知らんぞ!このアスレチックもエシレウス将軍から聞いただけだからなぁ!」アスレチックは、自分の発言に自信を持っていないのか、少し及び腰になった。「恐らくは、あだ名だ!将軍が名付けたような口ぶりであったしな!それにしても、タフがエシレウス将軍の名を名乗るとは、余程将軍の事を気に入ったのか!」
「そのエシレウス将軍は今どこにいる?」トロンはアスレチックにたずねた。
「神速のラブ=ラドール・エシレウスは、かつてのシュラプルと運命を共にした。あれほどまでにほまれを積み重ねた男だ、今頃は女神に見初められていることだろう」アスレチックは青空を見上げると、しみじみと感傷に浸った。
ラブ=ラドールは、眉をしかめ、悲しそうな表情を浮かべると、敬愛するエシレウス将軍に哀悼の意を示した。
 聞いてはいけない事を聞いてしまっただろうか、とトロンは閉口した。この場から立ち去りたくなったため、とにかく門をくぐってシュラプルに入ろうと思い立ち、足を前に進めた瞬間、思いがけずアスレチックに進路を阻まれてしまった。
「おっと!このシュラプルに無断で入る事は、この門番たる荒くれペルーセが許さん!」アスレチックは、その身を壁にすると、トロンの眼前に立ち塞がった。「この門をくぐりたければ、我の課す試練を見事なまでに乗り越えてみせよ!さすれば、三又の分かれ道を正しく進むための道標を得るだろう!」
「何をしろって言うんだ」トロンは、いぶかりながらたずねた。
「このシュラプルの近くに森がある!そこに獅子が住み着いているが故、それを退治するのだ!ただし、ただの獅子ではないぞ……世にも奇妙な不死の獅子を退治するのだ!!」
不死の獅子とは、これ異な事を。仮に、そのような獅子がいるとすれば、それはもはや生物ではなく、ましてや自然物でもないだろう。トロンは、ますますいぶかり、その挙句、返答に困ってしまった。
「その不死の獅子を退治すれば、中に入れてもらえるのですね?」そのシフォンの言葉からは、試練に真っ向から立ち向かおうという強い気概が感じられた。
「その意気があれば、何とでもなる!さぁ、細々した事は後回しにして、森へ赴こうぞ!!」アスレチックは、やけに張り切ると、三人を森へ強引に導き始めた。
 その見渡す限りの木々は、特筆する事もないほどに平凡な緑の風景であった。シュラプルからほど近い森の中を雄々しく突き進むアスレチックに連れられ、双子とラブ=ラドールは、不死の獅子の元へと向かっていたが、その最中、アスレチックにこんな質問をされた。
「トロンとやら。もしやとは思うが、貴公とシフォンは兄妹なのではないか?もちろん、同じ父母の元に生まれた家族…という意味での兄妹だぞ」
「それ以外の意味を持った兄妹が存在するのか」トロンは、アスレチックの質問を奇妙に思った。
「意味を広げれば、このアスレチックにも多くの兄弟が存在するぞ!それこそ数えきれないほどにな!当然の事ながら、貴公とも、父を同じくする兄弟である!」
トロンが密かに仰天していると、シフォンが「アスレチックさんも廻仔なんですよ、お兄様。でも、己が宿命には従っていませんから、どうか安心してください」と声をかけ、さらに仰天する羽目になった。
「やはり正真正銘の兄妹であったか!どうりで顔が似ているわけだ!はっは!」アスレチックは、何がそんなに嬉しいのか、大口を開けて笑った。「それにしても、お兄様、とは随分仲睦まじいではないか!あの三兄弟に、貴公らの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ!あれらも貴公らと同様に正真正銘の兄弟であり、また、廻仔でもあるが、今は……目も当てられん…」
その言葉を聞いたラブ=ラドールもまた、うっすらと微笑みを浮かべ、何かに喜んでいるようだった。
「あの三兄弟は、今も元気にしているのですね?」シフォンは、アスレチックの気さくな態度によって肩の荷が少しばかり軽くなったせいだろうか、その声に快活さが戻っていった。
「元気ではある。しかし………」そこでアスレチックの表情に影が落ち、さらには特大のため息を吐くと、続けて「自然は、シュラプルを消滅させただけでなく、三兄弟の間柄をも消し去ってしまったようだ。それまでは誰もが羨むほどに仲の良かった兄弟が、今では仲違いし、手の打ちようもないほどに反目しあうどころか、互いに顔も合わせず、口すら利かない始末。その関係を象徴するかのように、新たなシュラプルは三つの領域に分かれ、それぞれの支配者となった三兄弟が虎視眈々とシュラプル統一を目指している。そこにかつての情が入る余地はなく、ただ己が力を誇示したがために住人すらも巻き込み、誰しもが三兄弟のいずれかに追従し、終わりなき小競り合いを繰り広げるばかりとなってしまった。どうにか三人の仲を取り持とうと懸命になる者もいたが、もはや彼らの心情を察する事すらできず、結局は、いがみ合いを傍観しているしかないのだ。このアスレチックも門番としての務めを果たすにとどまり、訪問者を三つの領域のいずれかに振り分ける事しかできずにいる。実に情けない話だ…」
要は、規模の大きな兄弟喧嘩にシュラプル全体が付き合わされているのだ。先ほど出会った住人が、あれほどまでに殺伐としていたのは、彼らを支配する三兄弟の影響を受けての事であり、それ故に誰も兄弟喧嘩に終止符を打つ事ができずにいるのだ。それにしても、シュラプルを支配しているという廻仔の三兄弟とは、一体何者なのだろうか。今もシュラプルが存続しているのだから、三人とも己が宿命には不服従なのだろうが、今の彼らは自然よりも己が兄弟に向けて牙を鳴らしているのだろう。実の兄弟が、なぜそこまでして争う必要があるのか、と疑問を感じずにはいられない。
「でしたら……一度わたしに話をさせてもらえませんか?その三兄弟と」シフォンは、自らの過ちを咎められる事から逃げず、むしろ真っ向から向き合う事を選び、堂々と名乗りを上げた。「わたしが三人と話をして、なんとか仲直りさせてみせます。せめてそのくらいの事はさせてください」
アスレチックの表情が、ぱっと明るくなった。「それはありがたいが、まずは獅子を退治せねばな!ハッハ!」
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