めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 あの宣戦布告が出されてからと言うものの、シュラプルは異様なほどに殺伐としていた。住人の誰もが余所余所しく、会話もなく、まるでエラクレス三兄弟の写し鏡であった。さらには、まだ開戦していないのにもかからず、時折、小競り合いが起こる事もあり、兄弟間の対立は目に見えて激しくなっていった。神の如きエラクレスの次兄、ポワソンと、その末弟、ブブゼラは、敵領地を攻め落とすための準備を着々と進め、争いの火種は日増しに大きくなるばかりであった。アンデスは、そんな弟たちの身を案じてはいるようだったが、特に目立った動きを見せる事もなく、我関せずと言わんばかりに自らの根城に佇んでいるだけであった。双子もまた、アンデスと共に手をこまねいていた。所詮、部外者たる彼らの言葉には、住人を鎮めるだけの説得力もなく、ことごとく無視される始末であった。ある時、ポワソンからの使者、誠実なオオリンこと、メルヘン・オオリンが言伝を携え、アンデスの元を訪れた。彼女は、殺伐としたシュラプルに愛想を尽かしたのか、以前のような凛々しさは一切感じられず、憂鬱とした表情で淡々と言伝を述べた。
「拝啓、嘆きの長兄殿。致命的な戦力の差に頭を抱えているのなら、直ちに降伏し、我ら教会の領域に属するよう。次に、こちらへ双子を明け渡し、我らに加勢させるよう働きかけよ。これは伝令である。以上」
アンデスは、うわの空であった。言伝の内容など、まるで意に介していないようであった。
その反面、シフォンは、ひどくうろたえた。それからトロンに「どうしましょう、お兄様…」と不安を口にした。
トロンには、どうする事もできなかった。今となっては三兄弟を仲直りさせる事など絵空事のようにも思える。
「アンデス…。大人しくポワソンの愚問に下ってくれ…」メルヘンは、三兄弟の幼馴染であるが故に、彼らの対立を誰よりもうれえていた。「でなければ、ポワソンは、お前だけでなく、壁の領域の住人にまで攻撃を加えるだろう…。無駄な血を流すくらいなら、最初から投降してくれ…」
それを聞いたアンデスは、突拍子もなく、こんな事を言い出した。「いい方法があります。少し危険かもしれませんが……」
「もうやめてくれ…!!」メルヘンは、アンデスの提案を遮った。「お前の事だから、自分なりの方法で何とかしようとしてるんだろう…!でも、状況は悪化の一途を辿るばかりだ…!」
 重苦しい雰囲気の中、誰もが口をつぐんだ。やがて、事を急いたのだろう、シフォンが静寂を打ち破り、思い立ったように「わたし、ポワソンさんの所に行って、なんとか説得してみます!!」と言い残すと、突如として駆け出し、高台を下っていった。
「おい、よせ!!危険だ!!」メルヘンは、シフォンを呼び止めようとしたが間に合わず、急いで後を追っていった。
トロンは、少なからず妹の身を案じ、メルヘン同様、追いかけようとしたが、
「一つだけいいですか」とアンデスに呼び止められた。「手短に言います。ポワソンとは戦わないでください。それだけです」
トロンは、すぐに走り出した。
 高台を降り、殺気立った視線も気にせず、村中を一心不乱に駆けている最中、トロンは、「皆、随分と急ぎだなぁ!!」と元気な声に呼び止められ、焦心しながらも声の方を向くと、のんきに燻製肉を食べ歩くアスレチックの姿を見た。アスレチックは、手にした燻製肉を一気に口の中に放り込むと、素早く咀嚼そしゃくし、それからトロンのそばまでやってくると、「メルヘンもシフォンも走っていったが、呼びかけても目もくれないとは、よっぽど急ぎの用事があるのだろうな!」と緊張感のない笑顔で言った。
「悪いが、俺も急いでいる」トロンは、能天気なアスレチックに呆れつつも、先を急いだ。
すると、アスレチックがトロンに追従してきた。「やはり教会に行って、ポワソンと会うつもりか!そんな事だろうと思っていたぞ!ならば、この荒くれペルーセがお供をしてやろう!」
トロンは、気にも留めずに走り続けた。
 教会内に入ると、目の前には、ポワソンとエシレウスの二人と相対するシフォンとメルヘンの後ろ姿があった。何やらシフォンが喚くようにして訴えている。
「もうこんな事はやめてください…!!シュラプルを統一するのなら、争いではなく、話し合いでも可能だと思うんです…!下手に争いを起こせば、あなた方だけでなく、住人までもが傷ついてしまいますよ…?そうなれば、シュラプルを繁栄させるどころか、皆、共倒れになってしまいます!」
ポワソンとエシレウスは、必死の訴えを受けたものの、その表情は渋く、とても心に響いているようには見えなかった。やがてトロンとアスレチックがシフォンらと合流すると、ポワソンは待ちわびていたかのようにこう言った。
「兄弟諸君!僕らが力を合わせれば、たとえ原初を有するブブゼラといえども、怖気づき、泣いて許しを乞うだろう!勝利は既に僕の手の中にあるが、断じて独り占めにしようなどと欲深な考えを起こしているわけではない。君たちが望むのなら、僕は喜んで勝利を分け与え、共に栄光を分かち合うための機会を設けようじゃないか!」
「いい加減にしろ、ポワソン!!」メルヘンは、堪忍袋の緒が切れたのか、人目をはばからず怒鳴りつけた。「いつまでもくだらない意地を張って、兄弟喧嘩を大ごとにするな!!お前だけでなく、三兄弟全員が、どうしようもないほどの馬鹿者だ!!神の如きエラクレスは、わがままで、幼稚で、不器用で、それこそ子どもと何ら変わりない、本物の馬鹿者兄弟だ!!」
「そんな事はないさ」ポワソンは、罵倒をさらりと受け流した。「むしろ僕は大人になったんだ。いや、僕だけでなく、アンデスやブブゼラだってそうさ。だから、もう遠慮はしない。大人となった今、無理に気を遣い合う必要なんかないのさ」
「貴公らの母上は、そんな事を望んではいなかった!三人仲良く手を取り合って末永く生きてほしい、常々そう願っていたぞ!」アスレチックは、ポワソンに説教じみた言葉を投げかけた。それから、エシレウスに向かって「将軍!!貴公だって存じておられるはず!!三兄弟の母が、貴公の部下たるクレア・エラクレスが、どれほど子息らを思いやっていたのかを!!」
エシレウスは、黙したまま、皆の様子を観察する事に努めているようだった。なぜ何も言おうとしないのか、とトロンは彼の真意を理解できずにいた。神速のエシレウスは、シュラプルでは名の通った人物だが、部外者であるトロンには、彼の功績やその性格すら知る由もない。
 「母の…母の名を口にするな!!」ポワソンは、突如として取り乱したように声を荒げた。表情から笑みは消え、かわりに鬼気迫る剣幕を露わにした。「やはり僕を責めるのか!?母を見捨ててしまったこの僕を!!ああ、そうさ、僕は見捨ててしまったのさ、己が母を!!」
その剣幕に圧倒されたシフォンは、思わず疑問を漏らした。「ど…どうしたんでしょうか、一体…?」
「かつてのシュラプルから脱出する際、母上を置き去りにした事を悔やんでいるのだ」アスレチックは、そうシフォンに教えたのち、ポワソンをなだめようと「過ぎた事で思い煩うな!クレアが亡くなった事は、貴公の責任ではない!」と慰めの声をかけた。
ところが、ポワソンは一切耳を貸さず、背負った三又の鉾を手に取ると、その鉾先をアスレチックに向けた。「かつてのシュラプルは死に、無力な僕もまた、死んだ!!今の僕は、人間はおろか、自然すらも超越している!!」
 その時、教会が激震した。石造の教会が大きく揺さぶられると、天井からいくつかの石塊が降り注ぎ、アスレチックを急襲した。あまりにも突然の出来事に、誰もが見上げる事しかできずにいたが、アスレチックは、すかさず両拳を振り上げると、すべての石塊をいともたやすく打ち砕いてしまった。
「やはり、ただの鉾ではなかったか!」アスレチックは、両腕をぶるんと回し、その豪胆さを見せつけた。
「どうだい?この鉾の力は。見るのは初めてだろう」ポワソンは、三又の鉾を両手で持つと、愛おしそうに目をやった。「これは“震撼しんかんを呼ぶ鉾”といって、万物を揺さぶる力を宿す自然物なのさ。ほら、ずっと昔に僕が遠征軍に強制入隊させられ、無理矢理遠征に駆り出された挙句、不幸な事故によって奇しくもヘイヴンに流れ着いた事があっただろう。その時に貰ったのさ。これまでは、ただの芸術品だと押し通してきたけど、騙していて悪かったね」
「やっぱり、ただの鉾じゃなかったのか!どうりで、片時も離さず抱えていたわけだ!」メルヘンは、目を剥いて仰天した。
「あなたは…へイヴンに行った事があるのですか!?」シフォンは、ポワソンの話に耳を疑い、前のめりになってたずねた。
「ああ、あるとも。だが、そんな事、今は重要じゃない!」ポワソンは、震撼を呼ぶ鉾を勢いよく足元に突き刺した。「僕は自然を乗り越えたんだ!この教会を見ればわかるだろう!?もはや僕の前では、自然など無力に等しい!最初こそ僕に歯向かってきたが、今では僕の力に屈服し、一介の建造物として存分に役立ってくれている!いわば、この教会は、洗礼のエラクレス、その偉大なる力の象徴なのさ!」
 トロンは、悪しき予感に胸騒ぎを覚え、歴戦の剣を引き抜こうとした矢先、シフォンの両手に制され、さらには、その訴えかけるような眼差しにも諭され、素直に剣を納めた。妹は、兄弟同士が傷つけ合う事を望んでおらず、それ故に、兄に剣を納めさせたのだ。しかし、ポワソンの武器は、依然としてこちらを捉えている。震撼を呼ぶ鉾の力により、地面が大きく揺さぶられたかと思うと、驚くべき事に、ポワソンら二人とトロンら四人の間を分断するようにして地割れが生じただけでなく、その亀裂を境目として床全体が傾き始めたのだ。トロンらの側だけが、出口に向かって大きく傾き始め、やがて立っている事すらできなくなり、最後には転がるようにして教会の外へと追い出された。その鉾の力は、原初に匹敵するほどの非常に強力なものであった。
 トロンらは、即座に立ち上がり、教会の出入り口から内部を覗いてみたが、大きく傾いた床に視界を阻まれ、様子をうかがい知る事はできなかった。まもなく、床は重力に従い、徐々に傾度を下げつつ急速に落下していった末、地響きを伴った爆音がシュラプル中に轟いた。すると、鉾を床から抜き取るポワソンと、不動のままに腕を組むエシレウスの姿が見えたのも束の間、ポワソンは再び鉾を地面に突き刺し、出入口に向けて直線状の地割れを這わせてきた。それは時折、意思を持ったように蛇行し、不安定な軌道を描きながらも、トロンらを飲み込もうと迫ってきた。
「ここは一旦、退いた方が身のためだろうに!」アスレチックは、皆に向かって叫んだ。
「まったく…!怒ると、いつもああだ!」メルヘンは愚痴をこぼしつつも真っ先にその場を離れていった。
その後方をアスレチック、さらには双子が続いていった。まるで光明が見いだせない、そうトロンは悲観的になってしまっていた。
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