2 / 15
天使が狩られるこの街で
しおりを挟む
レイヤは野良猫を庇っていた。
「おい、猫を無理矢理捕まえるなよ!嫌がってるだろ?」
街の片隅にてひっそりと暮らす野良猫にも自由がある。心ない輩に対してそう激怒した。
「いやぁ…。そう言われても、その猫……機械にしか…」
確かにその猫は機械だった。そればかりか、真っ白い翼まで生えていた。猫に似せて作った精巧な機械に違いない。もはや生き物ですらないが、それでもレイヤはその猫を守るのだ。
「機械は機械だけどさ。ほら、耳をすませば聞こえるだろ?心の声」
「いや、全然。ちょっと君、名前は?持ち物だけ見せてもらっていい?」
警官ならば職務質問くらいする。レイヤに悪気はないのだが、どうにも不審に思われてしまった。
レイヤは十四歳とまだ若い。彼が、ここ“階都”へ遠路遥々やって来たのはつい先刻、今朝のことだ。少年ではあるが、長旅をしてきたのだ。ただ、手荷物は何ひとつ持ち合わせていない。手ぶらのままだ。ところが、警官を驚かせるほどの素性を隠し持っていた。
「調律師!?君、調律師なの!?」
「一応だけど。ところでさ、サイハって女の子を探してるんだ。知らないか?」
「ああ、Dr.サイハでしょ?悪いけどねぇ、君みたいな得体の知れない子とは会わないよ。ただでさえ忙しいみたいだし」
「そこをなんとか!お願い!」
「駄目駄目!とにかく、その猫みたいなのは君に任せるから!煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
街に来て早々に職務質問を受けるとは思わなかった。レイヤは、人知れずため息をもらした。この街に来てからというものの、道が分からず迷ってばかりいる。これからどうしたものかと悩んだ矢先、ひとりの少女が恐る恐るだが声を掛けてきた。
「あの…。さっきの話…」
「お?」
「あっ、すみません!盗み聞きするつもりはなかったんです!その…たまたまで…」
「もしかしてオマエもこの猫を捕まえにきたのか?」
「いえ、そうじゃなくて…。さっき調律師だって…」
「あ、そうか!この猫、オマエのか!それでオレに治してほしいんだろ!?」
その猫に耳をすますと、体内から清らかな鈴の音が聞こえる。川のせせらぎにも似ている。ただ、少しくぐもったような感じがする。
「…音色が汚れてる。ちょっと調子わるいみたいだな。でも、大丈夫。すぐ元気になるから」
「それ…機械ですよね?」
「ああ。“天使”さ」
あらゆる生物をかたどって作られた機巧。それこそが“天使”と呼ばれる、人類史に残る発明だ。その名に違わず純白の翼を背に生やしており、生物と見紛うほどに滑らかな動きをする。ただ、機械であるため時として故障に見舞われることがある。
今しがたレイヤが診断したその猫は、正式には“猫型天使”と呼ばれる機巧だ。しかし、やや調子が悪そうだ。その根拠は、天使特有の美しい駆動音にある。普段なら清らかな鈴の音が、少々くぐもって聞こえる。
「やっぱメンテナンスは定期的しないとな。天使は精密機械だからさ。ほっとくとそのうち壊れちゃうぜ」
「本当に調律師なんですね…!じゃあ、治したりもできるんですか!?」
「あいにく道具を持ってきてないんだ。貸してくれるか?」
「はい!私、ハッカって言います!」
ハッカは猫型天使の持ち主ではない。それでも常日頃から気に掛けてはいた。いくら機械といえども路地に横たわってばかりいると、壊れているのではないかと不安になる。
調律師とは、天使の専門家。天使の不調を治そうと思えば彼らを頼る他ない。ハッカの自宅には修理に必要な道具が揃っているそうだ。それさえあれば、レイヤが瞬く間に猫型天使を治してしまうだろう。
ところが、ハッカの自宅へと向かう道中、レイヤの頭上高くを旋回する不審な影があった。鷹を模した機巧、鷹型天使だ。その背から天使の翼を生やしていたから、四枚もの翼があった。ある時、鷹型天使は勢いよく急降下して、レイヤの腕の中から猫型天使を奪い去った。
「あっ!おい、泥棒!」
その鷹型天使は、ひとりの少年によって所有されている。猫型天使を奪い去ると、主が待ちわびるビルの屋上へと引き返した。けれど、少年は不満そうだ。
「なんだ猫型か…。てんでたいしたことねぇ」
少年は猫型天使を手に入れはしたが、たかが猫ごときとすぐに放り捨ててしまった。機械とはいえ猫をぞんざいに扱うとは許せない。レイヤは怒りに満ち満ちた。
「おい!いきなり人から奪っといて、どういうつもりだ!?」
「なんだテメェは?」
「オレ、レイヤ!今朝この街に来たばかりなんだ!」
「それがどうした?馴れ馴れしいヤロウだな」
「そういうオマエは誰なんだよ?天使に泥棒なんてさせやがって!」
レイヤはその少年のことを何ひとつ知らなかった。だから、ハッカは気を利かせてそっと教えてやった。
「レイヤさん…。あの人、調律師なんです」
「なんだって!?」
この街の調律師は随分と乱暴だなぁ、とレイヤは思った。調律師の務めとは、天使の声、すなわち駆動音に耳を傾けることだ。もし不調があれば正しく整えてやり、清らかな駆動音を保つ。それが務めであると幼い頃から散々教えられてきた。なのに、天使をぞんざいに扱う調律師がいるとは意外だった。
「おい、オマエ!本当に調律師なのか!?」
「だったら、どうなんだ?」
「耳をすませよ!天使の声に!」
「ハッ!この甘ちゃんヤロウが!だったら、これからテメェにこの街の流儀ってヤツを教えてやるよ」
「お?」
「テメェも調律師なんだろ?だったら、自分の天使を持ってるはずだ!天使を戦わせて白黒つける!それが流儀だ!」
「天使を戦いの道具にするなんて、オマエ一体!?」
「オレはアラシ。文句あんなら、今すぐやり合おうぜ!」
まもなく鷹型天使が襲いかかってきた。猛禽類の鷹をモチーフとしたその天使は、人間の力では到底太刀打ちできるものではなかった。縦横無尽に宙を駆け巡るその姿は、さながら戦闘機だ。
レイヤは、窮地の中でもためらった。天使を戦いの道具にしたくなかった。しかし、この場はやむを得ない。
「乱暴なヤツだぜ…!だったら、オレも乗ってやるよ!この街の流儀とやらにな!」
その時、一陣の突風が吹いた。炎をまとった風、火風だ。鷹型天使はひとたまりもなく燃え上がった。突然の出来事にハッカはもちろん、アラシでさえも息を呑んだ。自分の天使を一蹴されはしたが、それでも思わず目を見張るほどだ。
「テメェ…!なにしやがった!?」
「さぁな。オレの天使は、シャイなんだ」
「天使だと…!?そんなもん、どこにもいやしねぇ!」
「アラシって言ったっけ。オマエなら知ってるだろ?Dr.サイハの家」
「…チッ!」
アラシは大層機嫌を悪くした。自分から勝負を挑んでおきながら、おめおめと逃げ果せた。ただ、この程度で引き下がる彼ではないとハッカは思い知っていた。更に気を利かせてレイヤにこう教えた。
「大変な人に目を付けられましたね…。あのアラシって人、粗暴で有名な人ですから」
「へぇ。サイハとどっちが有名なんだろ」
「Dr.サイハに決まってますよ!なんてったって博士なんですから!」
「博士、かぁ」
猫型天使が屋上の隅にて縮こまっている。そのことにふと気づいたレイヤは、すぐに拾ってやった。耳を傾けると、駆動音の異変に顔をしかめた。
「アラシのヤツ、ヒドイことしやがって…!」
あのような調律師の手元にあっては、不調に拍車がかかるばかり。天使を無下に扱う調律師との出会いに、レイヤは大きな衝撃を受けた。
それからハッカは、レイヤを自宅へと招き入れた。確かに調律師が用いる道具や機器が一通り揃っていた。猫型天使の不調を治すには十分だ。レイヤはすぐに修理に取り掛かった。清らかな駆動音が鳴らせるよう調律してやる。
作業は順調だ。機嫌をよくしたレイヤは、修理をしながらもハッカに尋ねた。
「なぁ、ハッカ。やっぱオマエも調律師を目指してたのか?」
「あはは…。駄目でしたけど」
「そっか。でもオマエ、今でも天使のこと大好きなんだろ?」
「好きというか、なんでしょう………ほっとけないです!」
「だよな~。ハッカみたいなヤツが調律師だったらよかったのに」
そこでレイヤは猫型天使の修理を終えた。今では川のせせらぎを思わせる清らかな駆動音がする。ハッカでさえ、猫型天使が喜んでいるように思えてならない。
ほほえみも束の間、ハッカは窓の外に目をやって愕然とした。
「レイヤさん!」
鷹型天使が脅威となって迫っていた。おびただしい数だ。五十羽は超えている。ハッカの自宅は既に取り囲まれて逃げ場がない。その大群を呼び寄せたのは、他ならぬアラシだった。彼は屋根にのぼっていて、そこからレイヤに呼びかけた。
「まだ勝負はついちゃいねぇ!」
「アラシ!今度こそは!」
そう意気込んでレイヤは屋根によじのぼった。鷹型天使は群れを成していたが、レイヤは怖気付くことを知らない。むしろ悲しんだくらいだ。彼らの駆動音は、あまりにも汚れている。あたかも咽び泣いているかのようだ。そのけたたましい騒音に、すぐにレイヤは耐えられなくなった。
「……泣いてるんだ」
「あ?」
「オマエの天使が泣いてんだ!調律師なのに、わからないのかよ!?」
「くだらねぇ!天使は機械!結局は、人間にこきつかわれる道具でしかねぇ!」
「違う!」
その時、一筋の雲を割いて一体の天使が舞い降りた。女神のような姿にアラシは目を剥いた。
「アイツの翼…!燃えてやがる…!」
その翼こそ、すべてに勝る武器。燃え立つ翼をひと羽ばたきさせるごとに、鐘の音が誰の心にも響き渡った。それほどまでに美しい駆動音だった。レイヤの懸命な調律の賜物だ。
「聞こえんだろ?この駆動音が。天使の心の声さ」
「心だぁ!?機械に心なんてあるわけねぇだろうが!」
「なら、アラシ!オマエは天使に何を求める!?」
「力!それ以外に求めるものなんてねぇ!強さだけに価値があんだよ!」
鷹型天使の群れは、燃え立つ翼の天使に戦いを挑んだ。矢のごとく急降下し、一丸となって降り注いだ。けれど、それらの挙動がレイヤの目にはどうしてもぎこちなく映った。
「動きが鈍い!調律を怠ったな!悪いが、大天使の敵じゃないぜ!」
大天使型は、翼を大きくひと羽ばたきさせた。すると、炎の風を巻き起こしてみせた。そうして鷹型天使の群れを一網打尽にした。
アラシは愕然とした。五十羽にも及ぶ大群がたちどころに倒されたのだから無理もない。ただ、まもなく彼は喜びに打ち震えた。
「大天使…!そうか、それが大天使型・火天使か!!」
それからレイヤに
「確かレイヤとか言ったな!今日のところは負けを認めてやるよ!だが、ここからがテメェにとっての地獄の始まりなんだぜ!」
「なに!?」
「この街はオレたち調律師の狩場!テメェはもう逃げられねぇ!忘れんじゃねぇぞ…!その大天使型は、オレたちにとって最高の獲物だってことをなぁ!」
レイヤがこの街に来た目的はただひとつ。調律師による狩りをその手で終わらせること。そのために授けられた大天使型だ。
「おい、猫を無理矢理捕まえるなよ!嫌がってるだろ?」
街の片隅にてひっそりと暮らす野良猫にも自由がある。心ない輩に対してそう激怒した。
「いやぁ…。そう言われても、その猫……機械にしか…」
確かにその猫は機械だった。そればかりか、真っ白い翼まで生えていた。猫に似せて作った精巧な機械に違いない。もはや生き物ですらないが、それでもレイヤはその猫を守るのだ。
「機械は機械だけどさ。ほら、耳をすませば聞こえるだろ?心の声」
「いや、全然。ちょっと君、名前は?持ち物だけ見せてもらっていい?」
警官ならば職務質問くらいする。レイヤに悪気はないのだが、どうにも不審に思われてしまった。
レイヤは十四歳とまだ若い。彼が、ここ“階都”へ遠路遥々やって来たのはつい先刻、今朝のことだ。少年ではあるが、長旅をしてきたのだ。ただ、手荷物は何ひとつ持ち合わせていない。手ぶらのままだ。ところが、警官を驚かせるほどの素性を隠し持っていた。
「調律師!?君、調律師なの!?」
「一応だけど。ところでさ、サイハって女の子を探してるんだ。知らないか?」
「ああ、Dr.サイハでしょ?悪いけどねぇ、君みたいな得体の知れない子とは会わないよ。ただでさえ忙しいみたいだし」
「そこをなんとか!お願い!」
「駄目駄目!とにかく、その猫みたいなのは君に任せるから!煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
街に来て早々に職務質問を受けるとは思わなかった。レイヤは、人知れずため息をもらした。この街に来てからというものの、道が分からず迷ってばかりいる。これからどうしたものかと悩んだ矢先、ひとりの少女が恐る恐るだが声を掛けてきた。
「あの…。さっきの話…」
「お?」
「あっ、すみません!盗み聞きするつもりはなかったんです!その…たまたまで…」
「もしかしてオマエもこの猫を捕まえにきたのか?」
「いえ、そうじゃなくて…。さっき調律師だって…」
「あ、そうか!この猫、オマエのか!それでオレに治してほしいんだろ!?」
その猫に耳をすますと、体内から清らかな鈴の音が聞こえる。川のせせらぎにも似ている。ただ、少しくぐもったような感じがする。
「…音色が汚れてる。ちょっと調子わるいみたいだな。でも、大丈夫。すぐ元気になるから」
「それ…機械ですよね?」
「ああ。“天使”さ」
あらゆる生物をかたどって作られた機巧。それこそが“天使”と呼ばれる、人類史に残る発明だ。その名に違わず純白の翼を背に生やしており、生物と見紛うほどに滑らかな動きをする。ただ、機械であるため時として故障に見舞われることがある。
今しがたレイヤが診断したその猫は、正式には“猫型天使”と呼ばれる機巧だ。しかし、やや調子が悪そうだ。その根拠は、天使特有の美しい駆動音にある。普段なら清らかな鈴の音が、少々くぐもって聞こえる。
「やっぱメンテナンスは定期的しないとな。天使は精密機械だからさ。ほっとくとそのうち壊れちゃうぜ」
「本当に調律師なんですね…!じゃあ、治したりもできるんですか!?」
「あいにく道具を持ってきてないんだ。貸してくれるか?」
「はい!私、ハッカって言います!」
ハッカは猫型天使の持ち主ではない。それでも常日頃から気に掛けてはいた。いくら機械といえども路地に横たわってばかりいると、壊れているのではないかと不安になる。
調律師とは、天使の専門家。天使の不調を治そうと思えば彼らを頼る他ない。ハッカの自宅には修理に必要な道具が揃っているそうだ。それさえあれば、レイヤが瞬く間に猫型天使を治してしまうだろう。
ところが、ハッカの自宅へと向かう道中、レイヤの頭上高くを旋回する不審な影があった。鷹を模した機巧、鷹型天使だ。その背から天使の翼を生やしていたから、四枚もの翼があった。ある時、鷹型天使は勢いよく急降下して、レイヤの腕の中から猫型天使を奪い去った。
「あっ!おい、泥棒!」
その鷹型天使は、ひとりの少年によって所有されている。猫型天使を奪い去ると、主が待ちわびるビルの屋上へと引き返した。けれど、少年は不満そうだ。
「なんだ猫型か…。てんでたいしたことねぇ」
少年は猫型天使を手に入れはしたが、たかが猫ごときとすぐに放り捨ててしまった。機械とはいえ猫をぞんざいに扱うとは許せない。レイヤは怒りに満ち満ちた。
「おい!いきなり人から奪っといて、どういうつもりだ!?」
「なんだテメェは?」
「オレ、レイヤ!今朝この街に来たばかりなんだ!」
「それがどうした?馴れ馴れしいヤロウだな」
「そういうオマエは誰なんだよ?天使に泥棒なんてさせやがって!」
レイヤはその少年のことを何ひとつ知らなかった。だから、ハッカは気を利かせてそっと教えてやった。
「レイヤさん…。あの人、調律師なんです」
「なんだって!?」
この街の調律師は随分と乱暴だなぁ、とレイヤは思った。調律師の務めとは、天使の声、すなわち駆動音に耳を傾けることだ。もし不調があれば正しく整えてやり、清らかな駆動音を保つ。それが務めであると幼い頃から散々教えられてきた。なのに、天使をぞんざいに扱う調律師がいるとは意外だった。
「おい、オマエ!本当に調律師なのか!?」
「だったら、どうなんだ?」
「耳をすませよ!天使の声に!」
「ハッ!この甘ちゃんヤロウが!だったら、これからテメェにこの街の流儀ってヤツを教えてやるよ」
「お?」
「テメェも調律師なんだろ?だったら、自分の天使を持ってるはずだ!天使を戦わせて白黒つける!それが流儀だ!」
「天使を戦いの道具にするなんて、オマエ一体!?」
「オレはアラシ。文句あんなら、今すぐやり合おうぜ!」
まもなく鷹型天使が襲いかかってきた。猛禽類の鷹をモチーフとしたその天使は、人間の力では到底太刀打ちできるものではなかった。縦横無尽に宙を駆け巡るその姿は、さながら戦闘機だ。
レイヤは、窮地の中でもためらった。天使を戦いの道具にしたくなかった。しかし、この場はやむを得ない。
「乱暴なヤツだぜ…!だったら、オレも乗ってやるよ!この街の流儀とやらにな!」
その時、一陣の突風が吹いた。炎をまとった風、火風だ。鷹型天使はひとたまりもなく燃え上がった。突然の出来事にハッカはもちろん、アラシでさえも息を呑んだ。自分の天使を一蹴されはしたが、それでも思わず目を見張るほどだ。
「テメェ…!なにしやがった!?」
「さぁな。オレの天使は、シャイなんだ」
「天使だと…!?そんなもん、どこにもいやしねぇ!」
「アラシって言ったっけ。オマエなら知ってるだろ?Dr.サイハの家」
「…チッ!」
アラシは大層機嫌を悪くした。自分から勝負を挑んでおきながら、おめおめと逃げ果せた。ただ、この程度で引き下がる彼ではないとハッカは思い知っていた。更に気を利かせてレイヤにこう教えた。
「大変な人に目を付けられましたね…。あのアラシって人、粗暴で有名な人ですから」
「へぇ。サイハとどっちが有名なんだろ」
「Dr.サイハに決まってますよ!なんてったって博士なんですから!」
「博士、かぁ」
猫型天使が屋上の隅にて縮こまっている。そのことにふと気づいたレイヤは、すぐに拾ってやった。耳を傾けると、駆動音の異変に顔をしかめた。
「アラシのヤツ、ヒドイことしやがって…!」
あのような調律師の手元にあっては、不調に拍車がかかるばかり。天使を無下に扱う調律師との出会いに、レイヤは大きな衝撃を受けた。
それからハッカは、レイヤを自宅へと招き入れた。確かに調律師が用いる道具や機器が一通り揃っていた。猫型天使の不調を治すには十分だ。レイヤはすぐに修理に取り掛かった。清らかな駆動音が鳴らせるよう調律してやる。
作業は順調だ。機嫌をよくしたレイヤは、修理をしながらもハッカに尋ねた。
「なぁ、ハッカ。やっぱオマエも調律師を目指してたのか?」
「あはは…。駄目でしたけど」
「そっか。でもオマエ、今でも天使のこと大好きなんだろ?」
「好きというか、なんでしょう………ほっとけないです!」
「だよな~。ハッカみたいなヤツが調律師だったらよかったのに」
そこでレイヤは猫型天使の修理を終えた。今では川のせせらぎを思わせる清らかな駆動音がする。ハッカでさえ、猫型天使が喜んでいるように思えてならない。
ほほえみも束の間、ハッカは窓の外に目をやって愕然とした。
「レイヤさん!」
鷹型天使が脅威となって迫っていた。おびただしい数だ。五十羽は超えている。ハッカの自宅は既に取り囲まれて逃げ場がない。その大群を呼び寄せたのは、他ならぬアラシだった。彼は屋根にのぼっていて、そこからレイヤに呼びかけた。
「まだ勝負はついちゃいねぇ!」
「アラシ!今度こそは!」
そう意気込んでレイヤは屋根によじのぼった。鷹型天使は群れを成していたが、レイヤは怖気付くことを知らない。むしろ悲しんだくらいだ。彼らの駆動音は、あまりにも汚れている。あたかも咽び泣いているかのようだ。そのけたたましい騒音に、すぐにレイヤは耐えられなくなった。
「……泣いてるんだ」
「あ?」
「オマエの天使が泣いてんだ!調律師なのに、わからないのかよ!?」
「くだらねぇ!天使は機械!結局は、人間にこきつかわれる道具でしかねぇ!」
「違う!」
その時、一筋の雲を割いて一体の天使が舞い降りた。女神のような姿にアラシは目を剥いた。
「アイツの翼…!燃えてやがる…!」
その翼こそ、すべてに勝る武器。燃え立つ翼をひと羽ばたきさせるごとに、鐘の音が誰の心にも響き渡った。それほどまでに美しい駆動音だった。レイヤの懸命な調律の賜物だ。
「聞こえんだろ?この駆動音が。天使の心の声さ」
「心だぁ!?機械に心なんてあるわけねぇだろうが!」
「なら、アラシ!オマエは天使に何を求める!?」
「力!それ以外に求めるものなんてねぇ!強さだけに価値があんだよ!」
鷹型天使の群れは、燃え立つ翼の天使に戦いを挑んだ。矢のごとく急降下し、一丸となって降り注いだ。けれど、それらの挙動がレイヤの目にはどうしてもぎこちなく映った。
「動きが鈍い!調律を怠ったな!悪いが、大天使の敵じゃないぜ!」
大天使型は、翼を大きくひと羽ばたきさせた。すると、炎の風を巻き起こしてみせた。そうして鷹型天使の群れを一網打尽にした。
アラシは愕然とした。五十羽にも及ぶ大群がたちどころに倒されたのだから無理もない。ただ、まもなく彼は喜びに打ち震えた。
「大天使…!そうか、それが大天使型・火天使か!!」
それからレイヤに
「確かレイヤとか言ったな!今日のところは負けを認めてやるよ!だが、ここからがテメェにとっての地獄の始まりなんだぜ!」
「なに!?」
「この街はオレたち調律師の狩場!テメェはもう逃げられねぇ!忘れんじゃねぇぞ…!その大天使型は、オレたちにとって最高の獲物だってことをなぁ!」
レイヤがこの街に来た目的はただひとつ。調律師による狩りをその手で終わらせること。そのために授けられた大天使型だ。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる