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天使が狩られるこの街で
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レイヤは野良猫を庇っていた。
「おい、猫を無理矢理捕まえるなよ!嫌がってるだろ?」
街の片隅にてひっそりと暮らす野良猫にも自由がある。心ない輩に対してそう激怒した。
「いやぁ…。そう言われても、その猫……機械にしか…」
確かにその猫は機械だった。そればかりか、真っ白い翼まで生えていた。猫に似せて作った精巧な機械に違いない。もはや生き物ですらないが、それでもレイヤはその猫を守るのだ。
「機械は機械だけどさ。ほら、耳をすませば聞こえるだろ?心の声」
「いや、全然。ちょっと君、名前は?持ち物だけ見せてもらっていい?」
警官ならば職務質問くらいする。レイヤに悪気はないのだが、どうにも不審に思われてしまった。
レイヤは十四歳とまだ若い。彼が、ここ“階都”へ遠路遥々やって来たのはつい先刻、今朝のことだ。少年ではあるが、長旅をしてきたのだ。ただ、手荷物は何ひとつ持ち合わせていない。手ぶらのままだ。ところが、警官を驚かせるほどの素性を隠し持っていた。
「調律師!?君、調律師なの!?」
「一応だけど。ところでさ、サイハって女の子を探してるんだ。知らないか?」
「ああ、Dr.サイハでしょ?悪いけどねぇ、君みたいな得体の知れない子とは会わないよ。ただでさえ忙しいみたいだし」
「そこをなんとか!お願い!」
「駄目駄目!とにかく、その猫みたいなのは君に任せるから!煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
街に来て早々に職務質問を受けるとは思わなかった。レイヤは、人知れずため息をもらした。この街に来てからというものの、道が分からず迷ってばかりいる。これからどうしたものかと悩んだ矢先、ひとりの少女が恐る恐るだが声を掛けてきた。
「あの…。さっきの話…」
「お?」
「あっ、すみません!盗み聞きするつもりはなかったんです!その…たまたまで…」
「もしかしてオマエもこの猫を捕まえにきたのか?」
「いえ、そうじゃなくて…。さっき調律師だって…」
「あ、そうか!この猫、オマエのか!それでオレに治してほしいんだろ!?」
その猫に耳をすますと、体内から清らかな鈴の音が聞こえる。川のせせらぎにも似ている。ただ、少しくぐもったような感じがする。
「…音色が汚れてる。ちょっと調子わるいみたいだな。でも、大丈夫。すぐ元気になるから」
「それ…機械ですよね?」
「ああ。“天使”さ」
あらゆる生物をかたどって作られた機巧。それこそが“天使”と呼ばれる、人類史に残る発明だ。その名に違わず純白の翼を背に生やしており、生物と見紛うほどに滑らかな動きをする。ただ、機械であるため時として故障に見舞われることがある。
今しがたレイヤが診断したその猫は、正式には“猫型天使”と呼ばれる機巧だ。しかし、やや調子が悪そうだ。その根拠は、天使特有の美しい駆動音にある。普段なら清らかな鈴の音が、少々くぐもって聞こえる。
「やっぱメンテナンスは定期的しないとな。天使は精密機械だからさ。ほっとくとそのうち壊れちゃうぜ」
「本当に調律師なんですね…!じゃあ、治したりもできるんですか!?」
「あいにく道具を持ってきてないんだ。貸してくれるか?」
「はい!私、ハッカって言います!」
ハッカは猫型天使の持ち主ではない。それでも常日頃から気に掛けてはいた。いくら機械といえども路地に横たわってばかりいると、壊れているのではないかと不安になる。
調律師とは、天使の専門家。天使の不調を治そうと思えば彼らを頼る他ない。ハッカの自宅には修理に必要な道具が揃っているそうだ。それさえあれば、レイヤが瞬く間に猫型天使を治してしまうだろう。
ところが、ハッカの自宅へと向かう道中、レイヤの頭上高くを旋回する不審な影があった。鷹を模した機巧、鷹型天使だ。その背から天使の翼を生やしていたから、四枚もの翼があった。ある時、鷹型天使は勢いよく急降下して、レイヤの腕の中から猫型天使を奪い去った。
「あっ!おい、泥棒!」
その鷹型天使は、ひとりの少年によって所有されている。猫型天使を奪い去ると、主が待ちわびるビルの屋上へと引き返した。けれど、少年は不満そうだ。
「なんだ猫型か…。てんでたいしたことねぇ」
少年は猫型天使を手に入れはしたが、たかが猫ごときとすぐに放り捨ててしまった。機械とはいえ猫をぞんざいに扱うとは許せない。レイヤは怒りに満ち満ちた。
「おい!いきなり人から奪っといて、どういうつもりだ!?」
「なんだテメェは?」
「オレ、レイヤ!今朝この街に来たばかりなんだ!」
「それがどうした?馴れ馴れしいヤロウだな」
「そういうオマエは誰なんだよ?天使に泥棒なんてさせやがって!」
レイヤはその少年のことを何ひとつ知らなかった。だから、ハッカは気を利かせてそっと教えてやった。
「レイヤさん…。あの人、調律師なんです」
「なんだって!?」
この街の調律師は随分と乱暴だなぁ、とレイヤは思った。調律師の務めとは、天使の声、すなわち駆動音に耳を傾けることだ。もし不調があれば正しく整えてやり、清らかな駆動音を保つ。それが務めであると幼い頃から散々教えられてきた。なのに、天使をぞんざいに扱う調律師がいるとは意外だった。
「おい、オマエ!本当に調律師なのか!?」
「だったら、どうなんだ?」
「耳をすませよ!天使の声に!」
「ハッ!この甘ちゃんヤロウが!だったら、これからテメェにこの街の流儀ってヤツを教えてやるよ」
「お?」
「テメェも調律師なんだろ?だったら、自分の天使を持ってるはずだ!天使を戦わせて白黒つける!それが流儀だ!」
「天使を戦いの道具にするなんて、オマエ一体!?」
「オレはアラシ。文句あんなら、今すぐやり合おうぜ!」
まもなく鷹型天使が襲いかかってきた。猛禽類の鷹をモチーフとしたその天使は、人間の力では到底太刀打ちできるものではなかった。縦横無尽に宙を駆け巡るその姿は、さながら戦闘機だ。
レイヤは、窮地の中でもためらった。天使を戦いの道具にしたくなかった。しかし、この場はやむを得ない。
「乱暴なヤツだぜ…!だったら、オレも乗ってやるよ!この街の流儀とやらにな!」
その時、一陣の突風が吹いた。炎をまとった風、火風だ。鷹型天使はひとたまりもなく燃え上がった。突然の出来事にハッカはもちろん、アラシでさえも息を呑んだ。自分の天使を一蹴されはしたが、それでも思わず目を見張るほどだ。
「テメェ…!なにしやがった!?」
「さぁな。オレの天使は、シャイなんだ」
「天使だと…!?そんなもん、どこにもいやしねぇ!」
「アラシって言ったっけ。オマエなら知ってるだろ?Dr.サイハの家」
「…チッ!」
アラシは大層機嫌を悪くした。自分から勝負を挑んでおきながら、おめおめと逃げ果せた。ただ、この程度で引き下がる彼ではないとハッカは思い知っていた。更に気を利かせてレイヤにこう教えた。
「大変な人に目を付けられましたね…。あのアラシって人、粗暴で有名な人ですから」
「へぇ。サイハとどっちが有名なんだろ」
「Dr.サイハに決まってますよ!なんてったって博士なんですから!」
「博士、かぁ」
猫型天使が屋上の隅にて縮こまっている。そのことにふと気づいたレイヤは、すぐに拾ってやった。耳を傾けると、駆動音の異変に顔をしかめた。
「アラシのヤツ、ヒドイことしやがって…!」
あのような調律師の手元にあっては、不調に拍車がかかるばかり。天使を無下に扱う調律師との出会いに、レイヤは大きな衝撃を受けた。
それからハッカは、レイヤを自宅へと招き入れた。確かに調律師が用いる道具や機器が一通り揃っていた。猫型天使の不調を治すには十分だ。レイヤはすぐに修理に取り掛かった。清らかな駆動音が鳴らせるよう調律してやる。
作業は順調だ。機嫌をよくしたレイヤは、修理をしながらもハッカに尋ねた。
「なぁ、ハッカ。やっぱオマエも調律師を目指してたのか?」
「あはは…。駄目でしたけど」
「そっか。でもオマエ、今でも天使のこと大好きなんだろ?」
「好きというか、なんでしょう………ほっとけないです!」
「だよな~。ハッカみたいなヤツが調律師だったらよかったのに」
そこでレイヤは猫型天使の修理を終えた。今では川のせせらぎを思わせる清らかな駆動音がする。ハッカでさえ、猫型天使が喜んでいるように思えてならない。
ほほえみも束の間、ハッカは窓の外に目をやって愕然とした。
「レイヤさん!」
鷹型天使が脅威となって迫っていた。おびただしい数だ。五十羽は超えている。ハッカの自宅は既に取り囲まれて逃げ場がない。その大群を呼び寄せたのは、他ならぬアラシだった。彼は屋根にのぼっていて、そこからレイヤに呼びかけた。
「まだ勝負はついちゃいねぇ!」
「アラシ!今度こそは!」
そう意気込んでレイヤは屋根によじのぼった。鷹型天使は群れを成していたが、レイヤは怖気付くことを知らない。むしろ悲しんだくらいだ。彼らの駆動音は、あまりにも汚れている。あたかも咽び泣いているかのようだ。そのけたたましい騒音に、すぐにレイヤは耐えられなくなった。
「……泣いてるんだ」
「あ?」
「オマエの天使が泣いてんだ!調律師なのに、わからないのかよ!?」
「くだらねぇ!天使は機械!結局は、人間にこきつかわれる道具でしかねぇ!」
「違う!」
その時、一筋の雲を割いて一体の天使が舞い降りた。女神のような姿にアラシは目を剥いた。
「アイツの翼…!燃えてやがる…!」
その翼こそ、すべてに勝る武器。燃え立つ翼をひと羽ばたきさせるごとに、鐘の音が誰の心にも響き渡った。それほどまでに美しい駆動音だった。レイヤの懸命な調律の賜物だ。
「聞こえんだろ?この駆動音が。天使の心の声さ」
「心だぁ!?機械に心なんてあるわけねぇだろうが!」
「なら、アラシ!オマエは天使に何を求める!?」
「力!それ以外に求めるものなんてねぇ!強さだけに価値があんだよ!」
鷹型天使の群れは、燃え立つ翼の天使に戦いを挑んだ。矢のごとく急降下し、一丸となって降り注いだ。けれど、それらの挙動がレイヤの目にはどうしてもぎこちなく映った。
「動きが鈍い!調律を怠ったな!悪いが、大天使の敵じゃないぜ!」
大天使型は、翼を大きくひと羽ばたきさせた。すると、炎の風を巻き起こしてみせた。そうして鷹型天使の群れを一網打尽にした。
アラシは愕然とした。五十羽にも及ぶ大群がたちどころに倒されたのだから無理もない。ただ、まもなく彼は喜びに打ち震えた。
「大天使…!そうか、それが大天使型・火天使か!!」
それからレイヤに
「確かレイヤとか言ったな!今日のところは負けを認めてやるよ!だが、ここからがテメェにとっての地獄の始まりなんだぜ!」
「なに!?」
「この街はオレたち調律師の狩場!テメェはもう逃げられねぇ!忘れんじゃねぇぞ…!その大天使型は、オレたちにとって最高の獲物だってことをなぁ!」
レイヤがこの街に来た目的はただひとつ。調律師による狩りをその手で終わらせること。そのために授けられた大天使型だ。
「おい、猫を無理矢理捕まえるなよ!嫌がってるだろ?」
街の片隅にてひっそりと暮らす野良猫にも自由がある。心ない輩に対してそう激怒した。
「いやぁ…。そう言われても、その猫……機械にしか…」
確かにその猫は機械だった。そればかりか、真っ白い翼まで生えていた。猫に似せて作った精巧な機械に違いない。もはや生き物ですらないが、それでもレイヤはその猫を守るのだ。
「機械は機械だけどさ。ほら、耳をすませば聞こえるだろ?心の声」
「いや、全然。ちょっと君、名前は?持ち物だけ見せてもらっていい?」
警官ならば職務質問くらいする。レイヤに悪気はないのだが、どうにも不審に思われてしまった。
レイヤは十四歳とまだ若い。彼が、ここ“階都”へ遠路遥々やって来たのはつい先刻、今朝のことだ。少年ではあるが、長旅をしてきたのだ。ただ、手荷物は何ひとつ持ち合わせていない。手ぶらのままだ。ところが、警官を驚かせるほどの素性を隠し持っていた。
「調律師!?君、調律師なの!?」
「一応だけど。ところでさ、サイハって女の子を探してるんだ。知らないか?」
「ああ、Dr.サイハでしょ?悪いけどねぇ、君みたいな得体の知れない子とは会わないよ。ただでさえ忙しいみたいだし」
「そこをなんとか!お願い!」
「駄目駄目!とにかく、その猫みたいなのは君に任せるから!煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
街に来て早々に職務質問を受けるとは思わなかった。レイヤは、人知れずため息をもらした。この街に来てからというものの、道が分からず迷ってばかりいる。これからどうしたものかと悩んだ矢先、ひとりの少女が恐る恐るだが声を掛けてきた。
「あの…。さっきの話…」
「お?」
「あっ、すみません!盗み聞きするつもりはなかったんです!その…たまたまで…」
「もしかしてオマエもこの猫を捕まえにきたのか?」
「いえ、そうじゃなくて…。さっき調律師だって…」
「あ、そうか!この猫、オマエのか!それでオレに治してほしいんだろ!?」
その猫に耳をすますと、体内から清らかな鈴の音が聞こえる。川のせせらぎにも似ている。ただ、少しくぐもったような感じがする。
「…音色が汚れてる。ちょっと調子わるいみたいだな。でも、大丈夫。すぐ元気になるから」
「それ…機械ですよね?」
「ああ。“天使”さ」
あらゆる生物をかたどって作られた機巧。それこそが“天使”と呼ばれる、人類史に残る発明だ。その名に違わず純白の翼を背に生やしており、生物と見紛うほどに滑らかな動きをする。ただ、機械であるため時として故障に見舞われることがある。
今しがたレイヤが診断したその猫は、正式には“猫型天使”と呼ばれる機巧だ。しかし、やや調子が悪そうだ。その根拠は、天使特有の美しい駆動音にある。普段なら清らかな鈴の音が、少々くぐもって聞こえる。
「やっぱメンテナンスは定期的しないとな。天使は精密機械だからさ。ほっとくとそのうち壊れちゃうぜ」
「本当に調律師なんですね…!じゃあ、治したりもできるんですか!?」
「あいにく道具を持ってきてないんだ。貸してくれるか?」
「はい!私、ハッカって言います!」
ハッカは猫型天使の持ち主ではない。それでも常日頃から気に掛けてはいた。いくら機械といえども路地に横たわってばかりいると、壊れているのではないかと不安になる。
調律師とは、天使の専門家。天使の不調を治そうと思えば彼らを頼る他ない。ハッカの自宅には修理に必要な道具が揃っているそうだ。それさえあれば、レイヤが瞬く間に猫型天使を治してしまうだろう。
ところが、ハッカの自宅へと向かう道中、レイヤの頭上高くを旋回する不審な影があった。鷹を模した機巧、鷹型天使だ。その背から天使の翼を生やしていたから、四枚もの翼があった。ある時、鷹型天使は勢いよく急降下して、レイヤの腕の中から猫型天使を奪い去った。
「あっ!おい、泥棒!」
その鷹型天使は、ひとりの少年によって所有されている。猫型天使を奪い去ると、主が待ちわびるビルの屋上へと引き返した。けれど、少年は不満そうだ。
「なんだ猫型か…。てんでたいしたことねぇ」
少年は猫型天使を手に入れはしたが、たかが猫ごときとすぐに放り捨ててしまった。機械とはいえ猫をぞんざいに扱うとは許せない。レイヤは怒りに満ち満ちた。
「おい!いきなり人から奪っといて、どういうつもりだ!?」
「なんだテメェは?」
「オレ、レイヤ!今朝この街に来たばかりなんだ!」
「それがどうした?馴れ馴れしいヤロウだな」
「そういうオマエは誰なんだよ?天使に泥棒なんてさせやがって!」
レイヤはその少年のことを何ひとつ知らなかった。だから、ハッカは気を利かせてそっと教えてやった。
「レイヤさん…。あの人、調律師なんです」
「なんだって!?」
この街の調律師は随分と乱暴だなぁ、とレイヤは思った。調律師の務めとは、天使の声、すなわち駆動音に耳を傾けることだ。もし不調があれば正しく整えてやり、清らかな駆動音を保つ。それが務めであると幼い頃から散々教えられてきた。なのに、天使をぞんざいに扱う調律師がいるとは意外だった。
「おい、オマエ!本当に調律師なのか!?」
「だったら、どうなんだ?」
「耳をすませよ!天使の声に!」
「ハッ!この甘ちゃんヤロウが!だったら、これからテメェにこの街の流儀ってヤツを教えてやるよ」
「お?」
「テメェも調律師なんだろ?だったら、自分の天使を持ってるはずだ!天使を戦わせて白黒つける!それが流儀だ!」
「天使を戦いの道具にするなんて、オマエ一体!?」
「オレはアラシ。文句あんなら、今すぐやり合おうぜ!」
まもなく鷹型天使が襲いかかってきた。猛禽類の鷹をモチーフとしたその天使は、人間の力では到底太刀打ちできるものではなかった。縦横無尽に宙を駆け巡るその姿は、さながら戦闘機だ。
レイヤは、窮地の中でもためらった。天使を戦いの道具にしたくなかった。しかし、この場はやむを得ない。
「乱暴なヤツだぜ…!だったら、オレも乗ってやるよ!この街の流儀とやらにな!」
その時、一陣の突風が吹いた。炎をまとった風、火風だ。鷹型天使はひとたまりもなく燃え上がった。突然の出来事にハッカはもちろん、アラシでさえも息を呑んだ。自分の天使を一蹴されはしたが、それでも思わず目を見張るほどだ。
「テメェ…!なにしやがった!?」
「さぁな。オレの天使は、シャイなんだ」
「天使だと…!?そんなもん、どこにもいやしねぇ!」
「アラシって言ったっけ。オマエなら知ってるだろ?Dr.サイハの家」
「…チッ!」
アラシは大層機嫌を悪くした。自分から勝負を挑んでおきながら、おめおめと逃げ果せた。ただ、この程度で引き下がる彼ではないとハッカは思い知っていた。更に気を利かせてレイヤにこう教えた。
「大変な人に目を付けられましたね…。あのアラシって人、粗暴で有名な人ですから」
「へぇ。サイハとどっちが有名なんだろ」
「Dr.サイハに決まってますよ!なんてったって博士なんですから!」
「博士、かぁ」
猫型天使が屋上の隅にて縮こまっている。そのことにふと気づいたレイヤは、すぐに拾ってやった。耳を傾けると、駆動音の異変に顔をしかめた。
「アラシのヤツ、ヒドイことしやがって…!」
あのような調律師の手元にあっては、不調に拍車がかかるばかり。天使を無下に扱う調律師との出会いに、レイヤは大きな衝撃を受けた。
それからハッカは、レイヤを自宅へと招き入れた。確かに調律師が用いる道具や機器が一通り揃っていた。猫型天使の不調を治すには十分だ。レイヤはすぐに修理に取り掛かった。清らかな駆動音が鳴らせるよう調律してやる。
作業は順調だ。機嫌をよくしたレイヤは、修理をしながらもハッカに尋ねた。
「なぁ、ハッカ。やっぱオマエも調律師を目指してたのか?」
「あはは…。駄目でしたけど」
「そっか。でもオマエ、今でも天使のこと大好きなんだろ?」
「好きというか、なんでしょう………ほっとけないです!」
「だよな~。ハッカみたいなヤツが調律師だったらよかったのに」
そこでレイヤは猫型天使の修理を終えた。今では川のせせらぎを思わせる清らかな駆動音がする。ハッカでさえ、猫型天使が喜んでいるように思えてならない。
ほほえみも束の間、ハッカは窓の外に目をやって愕然とした。
「レイヤさん!」
鷹型天使が脅威となって迫っていた。おびただしい数だ。五十羽は超えている。ハッカの自宅は既に取り囲まれて逃げ場がない。その大群を呼び寄せたのは、他ならぬアラシだった。彼は屋根にのぼっていて、そこからレイヤに呼びかけた。
「まだ勝負はついちゃいねぇ!」
「アラシ!今度こそは!」
そう意気込んでレイヤは屋根によじのぼった。鷹型天使は群れを成していたが、レイヤは怖気付くことを知らない。むしろ悲しんだくらいだ。彼らの駆動音は、あまりにも汚れている。あたかも咽び泣いているかのようだ。そのけたたましい騒音に、すぐにレイヤは耐えられなくなった。
「……泣いてるんだ」
「あ?」
「オマエの天使が泣いてんだ!調律師なのに、わからないのかよ!?」
「くだらねぇ!天使は機械!結局は、人間にこきつかわれる道具でしかねぇ!」
「違う!」
その時、一筋の雲を割いて一体の天使が舞い降りた。女神のような姿にアラシは目を剥いた。
「アイツの翼…!燃えてやがる…!」
その翼こそ、すべてに勝る武器。燃え立つ翼をひと羽ばたきさせるごとに、鐘の音が誰の心にも響き渡った。それほどまでに美しい駆動音だった。レイヤの懸命な調律の賜物だ。
「聞こえんだろ?この駆動音が。天使の心の声さ」
「心だぁ!?機械に心なんてあるわけねぇだろうが!」
「なら、アラシ!オマエは天使に何を求める!?」
「力!それ以外に求めるものなんてねぇ!強さだけに価値があんだよ!」
鷹型天使の群れは、燃え立つ翼の天使に戦いを挑んだ。矢のごとく急降下し、一丸となって降り注いだ。けれど、それらの挙動がレイヤの目にはどうしてもぎこちなく映った。
「動きが鈍い!調律を怠ったな!悪いが、大天使の敵じゃないぜ!」
大天使型は、翼を大きくひと羽ばたきさせた。すると、炎の風を巻き起こしてみせた。そうして鷹型天使の群れを一網打尽にした。
アラシは愕然とした。五十羽にも及ぶ大群がたちどころに倒されたのだから無理もない。ただ、まもなく彼は喜びに打ち震えた。
「大天使…!そうか、それが大天使型・火天使か!!」
それからレイヤに
「確かレイヤとか言ったな!今日のところは負けを認めてやるよ!だが、ここからがテメェにとっての地獄の始まりなんだぜ!」
「なに!?」
「この街はオレたち調律師の狩場!テメェはもう逃げられねぇ!忘れんじゃねぇぞ…!その大天使型は、オレたちにとって最高の獲物だってことをなぁ!」
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