天使調律師

しろくじちゅう

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街に決戦の鐘が鳴る

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 この頃、レイヤは大天使型風天使にかかりっきりだ。ハッカから譲り渡してもらったものの、どうにも調子が悪い。駆動音だってひずんで聞こえる。長らくの間、調律を怠っていたせいだ。精密機械である天使には、定期的なメンテナンスが必要不可欠なのだ。だから、レイヤは一生懸命に調律してやっていた。
 大天使型は、天使の生みの親であるゼンノウの最高傑作。その構造は複雑で、並みの調律師では綺麗な駆動音を鳴らすことはできない。しかし、レイヤの腕前は見事なものだ。そうサイハも認めていた。
 実の所、レイヤは元々調律師ではない。その事実をサイハは知っていたからこそ、レイヤの身を案じていた。
「ねぇ、ワタシが預かってあげるよ!風天使!」
「いいって!」
「大天使型を二体も持ってたら絶対危ないよ?また狙われちゃうよ?ガオ!…って恐竜さんが襲ってくるよ?」
「この間はオマエに助けられたけどさ!次からは…オレひとりでやる」
 どうにも水臭いのだ、この少年は。彼には助けがいる。だから、サイハは力になりたかった。
「ねぇ。なんでおじいさんはレイヤに火天使をあげたの?」
「借りてるだけさ。天使の一体でも持ってないと調律師とは言えないだろ」
「貴族だもんね。それが調律師を名乗り始めたんだから、こっちも大変だよ。色々面倒みてあげなきゃいけないし」
「世話になるのはマリアさんだけで十分さ」
 そこで風天使の調律が一段落した。レイヤは、すっかりくたびれた。息抜きしたい。今すぐ屋敷から外出したかった。ところが、サイハが許してくれなかった。
「あっ、ダメだよ!外は危ないんだから!」
「いいだろ少しくらい」
「ダメ!大人しくしてて!」
 そう言ってサイハは、段ボールを担ぎこんできた。調律師の教本が箱詰めにされている。これで勉強しろ。そう言わんばかりにレイヤに教本を浴びせかけるのだ。
「ほらほら、勉強!まだまだ半熟調律師なんだから!」
 レイヤは、ひどく滅入ってしまった。サイハが見張っている限り、この屋敷から出られそうにない。仕方ないので外出は諦めた。けれど、勉強するつもりはない。
 そうだ、無事階都に着いたのだ。そのことを身内に連絡しておこう。レイヤは電話を取り出した。
「…もしもし」
『ああっ…その声はレイヤ様!よくご無事で!』
「ああ。ゼンオンじいさんに代わってくれ」
 電話に出たのは若い女性だったが、彼女に用はない。まもなくして老人のしわがれた声がした。
『……レイヤ。どうやら難儀のようじゃな』
「じいさんの心配してた通りだった。この街の調律師は普通じゃない」
『天使は絶滅の危機にある。すべては我が弟の偉業を妬んだ聖銀河テクニカの所業。レイヤよ。オマエが天使を滅びから救うのじゃ。そして、調律師たちを在るべき姿に戻せ』
「でも、ヤツらはおかしな天使を持ってる。天使を喰らう天使だ」
『竜は強い。大天使だけでは荷が重いことはわかっておる。だからこそ、“竜調りゅうちょうギルド”じゃ』
「竜調ギルド?」
『竜の狩人。恐竜型を専門に狩る調律師団のことじゃ。その団員が、聖銀河の暴挙を止めるべく階都に集いつつある。彼らがオマエの力となるだろう。まずは副団長であるDr.サイハに会うのじゃ』
「副団長だって!?」
 驚きのあまり電話を切ってしまった。ゼンオンには後で謝っておこう。
 それはそうと、レイヤは不安になった。竜の狩人とは聞こえがいいが、よりにもよってサイハなんかを副団長に据えるとは。あまりにも頼りない。そんな不安をよそにサイハは得意げだ。
「ほら!おじいさんに言われたんでしょ?ワタシを頼れって!」
「冗談じゃないぜ!オレひとりで戦った方がマシだ!」
 この時のレイヤは竜調ギルドを侮っていた。今の自分には火天使と風天使がある。大天使型を二体も所持する彼だったからこそ、その力を過信していた。
 結局、レイヤは外出しようと思い直した。そうだ、これからハッカに会おう。風天使を回収できたのは彼女のおかげなのだから何かお礼をしないと。
「ダメだってば~!」
 やはりサイハに止められた。それでもレイヤはかたくなだった。そのせいで今にも喧嘩になりそうだ。けれど、突然マリアが割って入ったので事なきを得た。
「あら?レイヤくん、お出かけかしら?」
「ああ!ちょっと行ってくる!」
「いってらっしゃい。恐竜に気を付けるのよ」
 マリアはサイハと違って実に優しい。サイハはいまだ不満そうだが、レイヤは心置きなく外出できた。ハッカの自宅へ直行し、彼女を外へ誘った。街に潜む天使を一緒に探すつもりで誘ったのだ。ハッカはかつて調律師を目指していたし、今でも天使が好きだ。だから、きっと喜んでくれると思った。
 ハッカは快く誘いに応じてくれた。二人は街に繰り出した。ぶらぶらと天使を探し歩いた。耳をすますと、かすかに声が聞こえる。天使特有の美しい駆動音だ。その声を辿れば、きっと天使の元へと導かれるだろう。
 ところが、天使の姿は忽然としていた。代わりにお嬢さまを見つけた。歩道橋の上でひとり佇んでいる。レイヤは、ぎょっとした。
「オマエ…!聖銀河テクニカの!」
「スペーシア。こう見えても社長ですのよ」
「へぇ。だったらオマエがこの街の調律師をおかしくした黒幕ってわけか!」
「すべてはゼンノウの責任…。あなたの祖父が招いたことですわ」
「違う!ゼンノウじいさんは世界を変えたんだ!」
「そう、悪い方へと。天使なんてつまらないもののために、一体どれほどの技術や利益が我が社から失われたというの?」
「そんなの逆恨みだ!」
「ああぁぁぁ…!本当に目障り…!」
 風景に混じってレイヤとハッカを取り囲む不穏な人影。コネクタ、リカバリ、そしてアラシだ。聖銀河に属する面々の存在に、そこでようやくレイヤは気が付いた。
「オマエら…!そんなにオレが憎いかよ!」
「ええ、この世で一番!さぁ、大天使型を渡してちょうだい!」
 スペーシアは本気だった。火と風の大天使をどうあっても狩る。そのために配下を伴ってレイヤに挑みかかった。それだけではない。恐ろしいことに、彼らは皆して恐竜型を従えていた。スペーシアには撃滅竜が、リカバリには大火竜があった。コネクタとアラシでさえ、見たこともない竜を持たされている。
 確かにレイヤには大天使型があった。天使の発明者たる祖父ののこした最高傑作だ。それが二体もあるのだから、このくらいの数的不利なら覆せるかもしれない。けれど、この場にはハッカがいる。彼女を戦いには巻き込めない。
「ハッカ!早く逃げろ!」
「えっ、レイヤさんは!?」
「オレには使命がある。アイツらから天使を守らないと」
「でも、レイヤさんひとりじゃ…!」
「心配すんな!オレには天使がついてる!オマエにも、天使の加護があらんことを!」
 そして、レイヤは戦いに臨んだ。突風が吹いたのも束の間、暴風が恐竜型を襲った。大天使型風天使の降臨だ。その力には凄まじいものがあった。あまりの風の勢いにとても立っていられない。人が、木が、竜が、否が応でもひざまずく。
「す、すごいです…!これならいけるかも!」
 ハッカは逃げることを忘れて喜んだ。一方、聖銀河の面々は苦戦を強いられた。ただ、想定内ではあった。暴風に抗って真っ先に立ち上がったのは、撃滅竜。そして、その主であるスペーシアだ。
「…ふん。ゼンノウの最高傑作とやらはこの程度ですの?」
 決して強がりではない。現に撃滅竜は、すっかり暴風を克服している。どれだけ風を吹かそうとも微動だにしない。牙を剥き、風天使に猛然と飛びかかった。
 その時、青空を翔ける一筋の流星。大天使型火天使が火球となって撃滅竜を貫いた。勝った。レイヤはそう確信した。
「二度と天使は喰らわせない!さぁ、燃え尽きろ!」
 撃滅竜は、天使を捕食することで傷を回復できる。しかし、この場には獲物となる天使が見当たらない。そう思っていた。
「…何をしているの?ほら、アレをお上がりなさい」
 撃滅竜が目を付けたのは、同胞の天使。コネクタが従えていた恐竜型だった。暴風に跪いているばかりでは何の役にも立たない。弱者は強者の血肉となる。これにはコネクタも困惑した。
「おいおい、スペーシア!僕は餌やり係じゃないんだ!」
「それしか能がないんだから、あなた。せいぜいわたくしに仕えなさい。しもべ」
 まもなく捕食を終え、撃滅竜は回復した。あまりにも頑丈だ。無敵なのかもしれない。それでもレイヤは弱音を吐かない。
「いいぜ!こうなったらトコトンぶつかってやる!」
 意気込みは十分。しかし、それだけでは竜狩りを成し遂げることはできない。やはり彼には助けが必要だ。暴風が止みつつあった頃、力強い足音が聞こえるようになった。見知らぬ少年だ。戦いの最中であるにもかかわらず、レイヤに歩み寄ってこう言った。
「まるでなってないな。戦い方が」
「なんだオマエ?」
「大天使型は確かに強力だ。だが一撃が大きい分、手数が少ない。だから、敵に捕食する隙を与えてしまう」
「もしかして…調律師なのか?」
「戦いに言葉は不要。ひとつ手本を見せてやる」
 一体の天使が歩道橋の下からおどり出た。そうして撃滅竜に戦いを挑んだのは、翼を生やした巨人。
「さぁ、打ち砕け!!しろがねの守護神よ!!」
 巨人の天使は強かった。その鎧は牙を阻み、その剣は竜の身体を切り裂いた。まさに狩人だ。思わぬ乱入にスペーシアは歯ぎしりした。
「竜調ギルド…!もう戻ってくるなんて…!」
「前座は終わりだ。スペーシア。お前を狩る」
 その名は、ミハル。竜調ギルドの団長だ。彼が従えるは、巨人の天使。ある時、巨人は手にした長大な剣を高々と掲げた。すると、竜狩りの同胞たちが剣の元に集った。白鯨はくげいや銀狼といった見覚えのあるものから、小鮫の群れや、剣をくわえた獅子といった目新しいものまで。
 狩人たちは竜に戦いを挑んだ。竜調ギルドと聖銀河テクニカ。双方の調律師が対峙し、そして街は戦場となった。決戦の幕開けを告げたのは、清らかな鐘の音。白鯨の駆動音だ。
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