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第1章 遅れてきた男
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慶応三年、晩秋。十一月の京の風は、皮肉なほどに冷たかった。
骨の髄まで凍みる底冷えが、足袋の裏から這い上がってくる。だが、相馬主計の背中を濡らしているのは、冷や汗だった。
不動堂村。
相馬は、西日を背負って聳える巨大な長屋門を見上げていた。
デカい。
喉の奥で、ゴクリと音が鳴る。
笠の下から覗くその眼光には、憧憬と畏怖が入り混じっていた。噂に聞いていた「壬生の浪士」という無骨な響きから、古びた寺か質実剛健な町家を想像していたのだ。
だが、現実はどうだ。
この不動堂村屯所は、一万石の大名屋敷にも匹敵する、いや、それを凌駕するほどの威容を誇っているではないか。白漆喰の壁は真新しく、瓦は鋭い刃物のように整然と並び、権威そのものを具現化したかのように居座っている。
相馬は、震える指先で笠の紐をきつく結び直した。
腰の大小。柄を握る掌が、じっとりと汗ばんでいる。
門の向こう。
そこから、目には見えない濃密な粒子が漏れ出してきている気がした。血と、椿油と、饐えた男たちの体臭。そして、何よりも「死」の気配。
ここが、新選組。
脱藩の罪を犯してまで、焦がれ、這うようにして目指した場所だ。
「……行くぞ」
誰に聞かせるでもなく呟き、相馬は一歩を踏み出した。砂利を踏む音が、やけに大きく響く。門番に名を告げようと息を吸い込んだ、その時だった。
「入らねえのか」
背後から、不意に声がした。
低い。地を這い、足首に絡みつくような、重低音の声だ。
相馬は弾かれたように振り返り、反射的に半身の姿勢をとった。鯉口を切る寸前で、指が止まる。
男が立っていた。
相馬の背後に、音もなく立っていたのだ。
豪奢な屋敷には不釣り合いなほどラフな着流し姿。手には濡れた手拭いがぶら下がっている。色白の肌からは、風呂上がりらしい湯気が立ち上っていた。一見、無防備に見える。どこにでもいる、湯屋帰りの町人のようだ。
だが、相馬の肌は総毛立っていた。
男の腰に無造作に差された一刀。そこから放たれる「重力」が、異常だった。
隙がない。
もし今、相馬が気圧されて一歩でも引けば、あるいは逆に斬りかかれば、その瞬間に自分の首が宙を舞う。理屈ではなく、生物としての本能がそう悟った。
男の瞳は、湯気越しにぼんやりと相馬を見ていたが、その奥には、底知れぬ虚無と、研ぎ澄まされた獣の光が宿っていた。
「あ、あの……」
喉が張り付き、声が裏返る。
「見ねえ顔だな。新入りか」
男は相馬の全身を、値踏みするように一瞥した。
「は、はいっ! 本日付けで入隊を許されました、笠間藩脱藩、相馬主計と申します!」
緊張のあまり、怒鳴るような大声が出た。
「声がデカい」
男は露骨に顔をしかめ、小指で耳の穴をほじった。
「ここは戦場じゃねえ。ただの屯所だ。そんなに肩肘張ってちゃ、肝心な時に体が動かねえぞ。……死ぬぞ」
死ぬぞ。
その言葉が、呪いのように相馬の胸に突き刺さる。
「は……」
「ついてきな。案内してやる。俺は二番組の永倉だ」
「なっ……」
相馬は絶句し、再び息を呑んだ。
永倉新八。
「新選組に永倉あり」と、遠く江戸の道場にまでその武名が轟く幹部の一人だ。神道無念流の遣い手であり、その剛剣は局長の近藤勇すら凌ぐとも噂される。
そんな伝説の男が、あろうことか手拭いをぶら下げて、目の前に立っている。
永倉は相馬の驚愕など意に介さず、草履を引きずって門をくぐった。
「ぼさっとしてんな。日が暮れるぞ」
「は、はいっ!」
相馬は乾いた唾を飲み込み、慌ててその後ろを追った。
一歩、敷地内に足を踏み入れる。
広かった。二十人は一度に稽古ができそうな前庭、迷路のように入り組んだ廊下。だが、そこに漂う空気は、屋敷の立派さとは裏腹に、ひどく荒んでいた。
すれ違う隊士たちの目は、一様に暗い。挨拶はない。ただ、探るような視線が相馬の頬を刺す。それは、明日をも知れぬ飢えた狼の目であり、同時に、疑心暗鬼に囚われた病人の目でもあった。
誰もが、どこか苛立っている。
誰もが、誰かを疑っている。
相馬は違和感を覚えた。
これが、天下の往来を肩で風切る新選組の実態なのか。まるで、火事場の前のような騒がしさと、墓場のような静けさが、奇妙なバランスで同居している。この巨大な屋敷全体が、何か恐ろしい爆発を予感して息を潜めているようだった。
「ここは二番組の部屋だ。俺が預かってる」
長い廊下の突き当たり。永倉が乱暴に障子を開ける。
二十畳ほどの広間だった。
畳の新しい井草の匂いに混じって、カビと、鉄と、男の脂汗の臭いが鼻をつく。生活の臭いというよりは、野営地のそれに近かった。
数人の男が車座になり、無言で刀の手入れをしていた。
丁子油の香りが充満している。永倉が入ってきても、彼らは一瞬視線を上げるだけで、すぐに手元の白刃に視線を戻した。誰一人、笑っていない。
その中の一人が、顔を上げた。
若い。相馬と同じ年頃だろうか。だが、その目には若者らしい生気はなく、老人めいた奇妙な静けさが漂っていた。
「お、新入りですか」
「ああ。相馬とか言ったな。……おい、野村。こいつの世話を頼む。寝る場所を作ってやれ」
「へい」
野村と呼ばれた男が、億劫そうに立ち上がる。
野村利三郎。
小柄だが、身のこなしに無駄がない。彼は懐に手を入れたまま、ゆらりと相馬に近づき、つま先から頭のてっぺんまでを無遠慮に舐めるように見た。
「野村だ。よろしくな」
「相馬だ」
「固いねえ。……まあ、ここに来る奴はみんなそうだ。死に場所を探してるか、人を斬りたくてウズウズしてるか。あんたはどっちだ」
試すような口調だった。相馬は野村の目を真っ直ぐに見返す。
「どちらでもない。俺は、侍になりたくてここに来た」
「侍か」
野村は鼻を鳴らした。だが、それは嘲笑ではなかった。どこか遠い昔を懐かしむような、寂寥を含んだ響きだった。
「……珍しい人間だな。荷物はあそこに置け。枕はあるが、布団は争奪戦だ。負けたら板の間で寝な」
「……分かった」
言われた隅に風呂敷包みを置きながら、相馬はずっと胸につかえていた疑問を口にした。ここに来るまでの違和感。屋敷の巨大さと、不釣り合いなほどの静寂。
「なあ、野村」
「ん?」
「人が、少なくないか? 三百人の大所帯だと聞いていたが……」
この広大な屋敷のわりに、人の気配が疎らすぎる気がした。すれ違う隊士も、どこか余所余所しく、群れることを避けているように見えた。
刀を鞘に納める音が、静寂を裂いた。
野村の手が止まる。周囲にいた他の隊士たちの手も、一斉に止まった気がした。室内の空気が、急速に冷える。
「あんた、何も知らねえで来たのか」
野村の声のトーンが一段下がった。
「ああ。京の町じゃ、新選組は泣く子も黙ると……今もっとも勢いのある集団だと聞いていたが」
「勢い、か」
野村は自嘲気味に口端を歪めた。
「派手に割れたのさ。参謀の伊東甲子太郎だ。『御陵衛士』とかいう新しい組を作って出て行った」
相馬は言葉を失った。
あの鉄の結束を誇り、局中法度という厳しい掟で縛られているはずの新選組が、分裂していたとは。しかも、参謀格の人間が。
「……参謀がか?」
「ああ。数こそ二、三十人ってとこだが、質が悪ぃ。八番組の藤堂さんや、三番組の斎藤さんまであっちに行っちまった。残った俺たちは、頭をもがれた手足みてえなもんだ。空気も悪くなるさ」
野村は天井を見上げた。真新しいはずの天井板に、なぜか雨漏りのような黒い染みがある。それはまるで、この組織に広がる病巣のようだった。
「俺たちは、祭りのあとに来た客みたいなもんだ。一番いい酒も、美味い肴も、もう残っちゃいねえ。あるのは、残り火と、血生臭い後片付けだけさ」
冷笑的な響き。諦念に近い言葉。
だが、相馬は見た。野村の暗い瞳の奥に、消えかけた炭火のように燻る、どす黒い熱があるのを。それは絶望ではない。もっと質の悪い、破滅への渇望だ。
相馬は気圧されそうになる心を、意思の力でねじ伏せた。
「……それでも」
相馬は、腹の底から言葉を絞り出す。
「俺にとっては、ここがすべてだ。遅れてきたなら、追いつくまでだ」
野村が相馬を見た。
値踏みするような目ではない。どこか、共感を帯びた目だ。
「違げえねえ。……俺も、貧乏くじと分かっていても引くしかなかったクチだ」
野村はふと、障子の向こう、廊下の奥へと視線を投げた。
その視線の先から、微かに、だが確実に、何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。
「道場はあるか」
相馬の問いに、野村は立ち上がった。
「見るか? 今は一番組が使ってる時間だ。……だが」
野村は言い淀み、奇妙な顔をした。
「……妙だな」
「何がだ?」
「音がしねえ。いつものような、元気な掛け声が」
確かに、聞こえてくるのは竹刀の音だけではない。
ドスッ、バキッ、という、生身の肉体が生木に叩きつけられるような、鈍く湿った音。
そして、床板を踏む震動が、足の裏から直接内臓に響いてくるような圧迫感。
ただならぬ気配を感じ、相馬は廊下へと歩き出した。
新選組が「頭をもがれた」状態だと言うなら、なぜこんなに血の匂いが濃いのか。
その答えは、道場の扉の向こうにあった。
骨の髄まで凍みる底冷えが、足袋の裏から這い上がってくる。だが、相馬主計の背中を濡らしているのは、冷や汗だった。
不動堂村。
相馬は、西日を背負って聳える巨大な長屋門を見上げていた。
デカい。
喉の奥で、ゴクリと音が鳴る。
笠の下から覗くその眼光には、憧憬と畏怖が入り混じっていた。噂に聞いていた「壬生の浪士」という無骨な響きから、古びた寺か質実剛健な町家を想像していたのだ。
だが、現実はどうだ。
この不動堂村屯所は、一万石の大名屋敷にも匹敵する、いや、それを凌駕するほどの威容を誇っているではないか。白漆喰の壁は真新しく、瓦は鋭い刃物のように整然と並び、権威そのものを具現化したかのように居座っている。
相馬は、震える指先で笠の紐をきつく結び直した。
腰の大小。柄を握る掌が、じっとりと汗ばんでいる。
門の向こう。
そこから、目には見えない濃密な粒子が漏れ出してきている気がした。血と、椿油と、饐えた男たちの体臭。そして、何よりも「死」の気配。
ここが、新選組。
脱藩の罪を犯してまで、焦がれ、這うようにして目指した場所だ。
「……行くぞ」
誰に聞かせるでもなく呟き、相馬は一歩を踏み出した。砂利を踏む音が、やけに大きく響く。門番に名を告げようと息を吸い込んだ、その時だった。
「入らねえのか」
背後から、不意に声がした。
低い。地を這い、足首に絡みつくような、重低音の声だ。
相馬は弾かれたように振り返り、反射的に半身の姿勢をとった。鯉口を切る寸前で、指が止まる。
男が立っていた。
相馬の背後に、音もなく立っていたのだ。
豪奢な屋敷には不釣り合いなほどラフな着流し姿。手には濡れた手拭いがぶら下がっている。色白の肌からは、風呂上がりらしい湯気が立ち上っていた。一見、無防備に見える。どこにでもいる、湯屋帰りの町人のようだ。
だが、相馬の肌は総毛立っていた。
男の腰に無造作に差された一刀。そこから放たれる「重力」が、異常だった。
隙がない。
もし今、相馬が気圧されて一歩でも引けば、あるいは逆に斬りかかれば、その瞬間に自分の首が宙を舞う。理屈ではなく、生物としての本能がそう悟った。
男の瞳は、湯気越しにぼんやりと相馬を見ていたが、その奥には、底知れぬ虚無と、研ぎ澄まされた獣の光が宿っていた。
「あ、あの……」
喉が張り付き、声が裏返る。
「見ねえ顔だな。新入りか」
男は相馬の全身を、値踏みするように一瞥した。
「は、はいっ! 本日付けで入隊を許されました、笠間藩脱藩、相馬主計と申します!」
緊張のあまり、怒鳴るような大声が出た。
「声がデカい」
男は露骨に顔をしかめ、小指で耳の穴をほじった。
「ここは戦場じゃねえ。ただの屯所だ。そんなに肩肘張ってちゃ、肝心な時に体が動かねえぞ。……死ぬぞ」
死ぬぞ。
その言葉が、呪いのように相馬の胸に突き刺さる。
「は……」
「ついてきな。案内してやる。俺は二番組の永倉だ」
「なっ……」
相馬は絶句し、再び息を呑んだ。
永倉新八。
「新選組に永倉あり」と、遠く江戸の道場にまでその武名が轟く幹部の一人だ。神道無念流の遣い手であり、その剛剣は局長の近藤勇すら凌ぐとも噂される。
そんな伝説の男が、あろうことか手拭いをぶら下げて、目の前に立っている。
永倉は相馬の驚愕など意に介さず、草履を引きずって門をくぐった。
「ぼさっとしてんな。日が暮れるぞ」
「は、はいっ!」
相馬は乾いた唾を飲み込み、慌ててその後ろを追った。
一歩、敷地内に足を踏み入れる。
広かった。二十人は一度に稽古ができそうな前庭、迷路のように入り組んだ廊下。だが、そこに漂う空気は、屋敷の立派さとは裏腹に、ひどく荒んでいた。
すれ違う隊士たちの目は、一様に暗い。挨拶はない。ただ、探るような視線が相馬の頬を刺す。それは、明日をも知れぬ飢えた狼の目であり、同時に、疑心暗鬼に囚われた病人の目でもあった。
誰もが、どこか苛立っている。
誰もが、誰かを疑っている。
相馬は違和感を覚えた。
これが、天下の往来を肩で風切る新選組の実態なのか。まるで、火事場の前のような騒がしさと、墓場のような静けさが、奇妙なバランスで同居している。この巨大な屋敷全体が、何か恐ろしい爆発を予感して息を潜めているようだった。
「ここは二番組の部屋だ。俺が預かってる」
長い廊下の突き当たり。永倉が乱暴に障子を開ける。
二十畳ほどの広間だった。
畳の新しい井草の匂いに混じって、カビと、鉄と、男の脂汗の臭いが鼻をつく。生活の臭いというよりは、野営地のそれに近かった。
数人の男が車座になり、無言で刀の手入れをしていた。
丁子油の香りが充満している。永倉が入ってきても、彼らは一瞬視線を上げるだけで、すぐに手元の白刃に視線を戻した。誰一人、笑っていない。
その中の一人が、顔を上げた。
若い。相馬と同じ年頃だろうか。だが、その目には若者らしい生気はなく、老人めいた奇妙な静けさが漂っていた。
「お、新入りですか」
「ああ。相馬とか言ったな。……おい、野村。こいつの世話を頼む。寝る場所を作ってやれ」
「へい」
野村と呼ばれた男が、億劫そうに立ち上がる。
野村利三郎。
小柄だが、身のこなしに無駄がない。彼は懐に手を入れたまま、ゆらりと相馬に近づき、つま先から頭のてっぺんまでを無遠慮に舐めるように見た。
「野村だ。よろしくな」
「相馬だ」
「固いねえ。……まあ、ここに来る奴はみんなそうだ。死に場所を探してるか、人を斬りたくてウズウズしてるか。あんたはどっちだ」
試すような口調だった。相馬は野村の目を真っ直ぐに見返す。
「どちらでもない。俺は、侍になりたくてここに来た」
「侍か」
野村は鼻を鳴らした。だが、それは嘲笑ではなかった。どこか遠い昔を懐かしむような、寂寥を含んだ響きだった。
「……珍しい人間だな。荷物はあそこに置け。枕はあるが、布団は争奪戦だ。負けたら板の間で寝な」
「……分かった」
言われた隅に風呂敷包みを置きながら、相馬はずっと胸につかえていた疑問を口にした。ここに来るまでの違和感。屋敷の巨大さと、不釣り合いなほどの静寂。
「なあ、野村」
「ん?」
「人が、少なくないか? 三百人の大所帯だと聞いていたが……」
この広大な屋敷のわりに、人の気配が疎らすぎる気がした。すれ違う隊士も、どこか余所余所しく、群れることを避けているように見えた。
刀を鞘に納める音が、静寂を裂いた。
野村の手が止まる。周囲にいた他の隊士たちの手も、一斉に止まった気がした。室内の空気が、急速に冷える。
「あんた、何も知らねえで来たのか」
野村の声のトーンが一段下がった。
「ああ。京の町じゃ、新選組は泣く子も黙ると……今もっとも勢いのある集団だと聞いていたが」
「勢い、か」
野村は自嘲気味に口端を歪めた。
「派手に割れたのさ。参謀の伊東甲子太郎だ。『御陵衛士』とかいう新しい組を作って出て行った」
相馬は言葉を失った。
あの鉄の結束を誇り、局中法度という厳しい掟で縛られているはずの新選組が、分裂していたとは。しかも、参謀格の人間が。
「……参謀がか?」
「ああ。数こそ二、三十人ってとこだが、質が悪ぃ。八番組の藤堂さんや、三番組の斎藤さんまであっちに行っちまった。残った俺たちは、頭をもがれた手足みてえなもんだ。空気も悪くなるさ」
野村は天井を見上げた。真新しいはずの天井板に、なぜか雨漏りのような黒い染みがある。それはまるで、この組織に広がる病巣のようだった。
「俺たちは、祭りのあとに来た客みたいなもんだ。一番いい酒も、美味い肴も、もう残っちゃいねえ。あるのは、残り火と、血生臭い後片付けだけさ」
冷笑的な響き。諦念に近い言葉。
だが、相馬は見た。野村の暗い瞳の奥に、消えかけた炭火のように燻る、どす黒い熱があるのを。それは絶望ではない。もっと質の悪い、破滅への渇望だ。
相馬は気圧されそうになる心を、意思の力でねじ伏せた。
「……それでも」
相馬は、腹の底から言葉を絞り出す。
「俺にとっては、ここがすべてだ。遅れてきたなら、追いつくまでだ」
野村が相馬を見た。
値踏みするような目ではない。どこか、共感を帯びた目だ。
「違げえねえ。……俺も、貧乏くじと分かっていても引くしかなかったクチだ」
野村はふと、障子の向こう、廊下の奥へと視線を投げた。
その視線の先から、微かに、だが確実に、何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。
「道場はあるか」
相馬の問いに、野村は立ち上がった。
「見るか? 今は一番組が使ってる時間だ。……だが」
野村は言い淀み、奇妙な顔をした。
「……妙だな」
「何がだ?」
「音がしねえ。いつものような、元気な掛け声が」
確かに、聞こえてくるのは竹刀の音だけではない。
ドスッ、バキッ、という、生身の肉体が生木に叩きつけられるような、鈍く湿った音。
そして、床板を踏む震動が、足の裏から直接内臓に響いてくるような圧迫感。
ただならぬ気配を感じ、相馬は廊下へと歩き出した。
新選組が「頭をもがれた」状態だと言うなら、なぜこんなに血の匂いが濃いのか。
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