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第3章 流山の雪、生かされた誓い
1話
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慶応四年、一月。
伏見奉行所。
冬の風が、肌を刺すように冷たかった。
相馬主計は、土塀の陰で膝を抱え、白い息を吐いた。
隣にいる野村利三郎も、無言で愛刀の柄を握りしめている。
「……変わっちまったな」
野村がポツリと漏らした。
相馬は頷いた。
あの油小路の夜から、まだ二月も経っていない。
だが、世界は一変していた。
徳川慶喜公が大政奉還を行い、王政復古の大号令が下された。
京の町を肩で風切って歩いていた新選組は、一夜にして「朝敵」の汚名を着せられ、ここ伏見へと追いやられたのだ。
「俺たちは、何と戦うんだ」
相馬は自問した。
不逞浪士ではない。
街道の向こうに翻っているのは、「錦の御旗」を掲げた薩摩と長州の軍勢だ。
これは、捕り物ではない。
戦争だ。
「来るぞ」
永倉新八の声がした。
その声は、いつもの豪快なものではなく、硬く張り詰めていた。
彼が見据える先、薩摩軍の陣地から、白い煙が上がったのが見えた。
直後。
時代が、音を立てて崩れ落ちた。
ドォォォン……!
轟音。
鼓膜が破れそうな爆発音が、鳥羽の街道を揺らした。
大砲だ。
薩摩と長州が持ち込んだ、アームストロング砲が火を噴いたのだ。
着弾するたび、地面が抉れる。
泥と、熱風と、人がゴミのように空を舞うのが見えた。
「伏せろッ!」
泥の中で、永倉が叫んだ。
相馬は、地面に顔を押し付けた。口の中に砂利の味が広がる。鉄の味もした。舌を噛んだのか、誰かの血が入ったのか、分からない。
隣にいた隊士が、上半身を吹き飛ばされていた。
数秒前まで、国元の母の話をしていた男だ。今はもう、湯気を立てる肉の塊でしかない。
相馬の手が、柄を探った。
刀は、抜けなかった。
抜く間合いにすら近づけない。
敵の姿も見えない。ただ、圧倒的な鉛の暴風が吹き荒れているだけだ。
剣客集団? 最強の壬生狼?
そんなものは、幻想だった。
鍛え上げた剣技も、死を賭した覚悟も、近代兵器の前では紙屑同然だった。
「……くそ」
相馬は呻いた。
恐怖よりも、無力感が骨に沁みた。
俺は何のために手を血で汚した。何のために、人を斬る痛みを覚えた。
「相馬!」
硝煙の向こうから、鋭い声が飛んだ。
土方歳三だった。
馬上にいる。洋装の軍服が煤で汚れているが、その目は狂っていなかった。戦況を、冷徹に見極めている。
「前へ出るな! 無駄死にするぞ!」
土方が鞭を振るう。
「近藤局長を護衛しろ! 大坂へ下がる!」
「……局長を?」
相馬は顔を上げた。
土方の視線の先に、一人の男がいた。
輿に乗せられ、数人の隊士に囲まれている。
近藤勇だ。
墨染で狙撃され、肩を負傷しているため、自力では動けない。
かつて、不動堂村の屯所では遠くから眺めることしかできなかった「局長」。
雲の上の存在だった男が、今は傷つき、泥にまみれ、退却を余儀なくされている。
「急げ! お前と野村で輿を担げ!」
土方の命令は絶対だ。
相馬は泥を蹴って走った。野村も続く。
近藤のそばに駆け寄る。
初めて、至近距離でその顔を見た。
脂汗が浮いている。
苦痛に顔を歪めているが、その目は、燃え盛る戦場を見つめていた。いや、戦場ではなく、崩れ去る「幕府」という巨大な幻影を見ているようだった。
「……すまない」
近藤が、掠れた声で言った。
誰に向けた言葉でもなかった。
相馬は無言で輿の棒を掴んだ。ずしりと重い。
これが、新選組という組織の頂点に立つ男の重さか。
「引くぞ!」
相馬は叫び、泥の海を逆走し始めた。
背後でまた、爆発音が轟く。
一つの時代が終わる音がした。
*
敗走。
京を追われ、淀へ、そして大坂へ。
錦の御旗が敵軍に翻る。賊軍となった新選組は、船で江戸へと落ち延びた。
富士山が見えた。
雪を頂いたその姿は、地上の泥沼など知らぬげに、皮肉なほど美しく、そして冷たかった。
船底の部屋。 波の音だけが響く、薄暗い空間。 相馬は、近藤勇の枕元に座っていた。 人手が足りない。多くの隊士が死に、あるいは逃亡した。 動けない近藤の世話をするのは、もはや相馬や野村のような、入隊して日の浅い若者の役目になっていた。
近藤が咳き込む。 相馬は水差しを取り、湯呑みに水を注いだ。
「……どうぞ」
差し出すと、近藤は震える手でそれを受け取った。 指先が白く、細くなっている気がした。 傑物と呼ばれた男の、生身の弱さ。
「相馬、だったか」
近藤が水を飲み干し、息をついた。
「はい。相馬主計です」
「……笠間の出か」
「はい」
「そうか。……苦労をかけるな」
近藤は力なく笑った。 その笑顔は、組織の長のものではなく、近所の好々爺のような、不思議な温かさがあった。
相馬は胸が詰まった。 この人は、自分が「賊軍の将」として追われていることを知っている。 それでも、部下を気遣うのか。
「……局長。江戸に着いたら、どうなさるおつもりで」
相馬は禁忌を承知で訊いた。 近藤は天井の節穴を見つめたまま、答えた。
「戦うさ。……まだ、終わっちゃいない」
言葉とは裏腹に、その声には縋るような響きがあった。 終わっていないと信じたい。そう自分に言い聞かせているようだった。
江戸に到着しても、冬は終わらなかった。 三月。 近藤勇が率いた「甲陽鎮撫隊」は、甲州勝沼で壊滅した。 わずか二時間だった。 ここでもまた、文明の利器が大砲という名の死を撒き散らし、侍の魂を粉砕した。
もう、組織としての体はなしていなかった。 敗戦のたびに、人が減っていく。 水が蒸発するように、一人、また一人と消えていく。
永倉新八と原田左之助が、隊を離れたのはその直後だった。
「相馬」
永倉が、荷物をまとめていた。 江戸の空は曇っていた。
「行くんですか」
相馬が問うと、永倉はバツが悪そうに鼻をこすった。
「会津へは行かねえ。近藤さんとは、もう道が違っちまった」
「……そうですか」
引き止めなかった。 引き止める言葉を、相馬は持っていなかった。 永倉には永倉の正義があり、近藤には近藤の意地がある。
「お前はどうする」
永倉が、鋭い目で相馬を見た。
「一緒に来るか。靖兵隊ってのを立ち上げる。まだ暴れ足りねえだろう」
誘いだった。 永倉についていけば、また別の戦場で、侍として戦えるかもしれない。 だが、相馬の足は動かなかった。
脳裏に浮かんだのは、船底で見た、震える手で水を受け取る近藤勇の姿だった。 あの弱り切った背中を、誰が支えるのか。
「……俺は、残ります」
「そうか」
永倉はそれ以上、何も言わなかった。 ニカリと笑い、相馬の肩を叩く。
「死ぬなよ。……じゃあな」
永倉と原田が去っていく。 大きな背中だった。新選組を支えてきた柱が、また一本、折れて消えた。
残ったのは、近藤勇と土方歳三。 そして、相馬たちのような、行き場のない残り滓だけ。 出がらしの茶のような部隊。
「行くぞ」
土方の声にも、以前のような張りはなかった。 それでも、鬼の副長は前を向いていた。
四月。 一行は、下総、流山へ辿り着いた。
*
春の雪が舞っていた。 季節外れの、冷たく湿った雪だった。
酒造家、長岡屋の長屋。 相馬は、囲炉裏の火を見ていた。 薪が爆ぜる音が、やけに大きく響く。
静かだった。 二百人いた仲間は、もう数十人もいない。 座敷には、傷ついた者、疲れ切った者たちが、死人のように横たわっている。
相馬は立ち上がり、障子を少しだけ開けた。 冷気が肌を刺す。 外を見る。 街道の向こう、闇の中に、無数の篝火が見えた。
「……囲まれたな」
背後から、野村利三郎が声をかけてきた。 野村もまた、やつれていた。だが、その目は奇妙に澄んでいた。
「ああ。蟻の這い出る隙間もない」
新政府軍だ。 完全に包囲されている。 逃げ場はない。戦えば、数分で全滅だろう。
「終わりだな」
野村が呟く。 諦めではない。事実を確認するだけの、乾いた響き。
相馬は、自分の手を見た。 あの日、油小路で人を斬った手だ。あれから何度も刀を振るった。 だが、今は刀の重みよりも、背負った敗北感の方が重い。 侍になりたかった。 だが、なれぬまま、賊軍の兵として死ぬのか。
奥の座敷から、声が聞こえた。 近藤勇と、土方歳三だ。 二時間前から、ずっと話し込んでいる。
「……お茶を、持っていく」
相馬は盆を持った。 小姓の真似事も、板についてきた。 今はもう、彼らの間に割って入れるのは、最期まで残った自分たちだけだ。
相馬が座敷の前に立った、その時だった。
「トシ、お前は行け」
近藤の声だ。穏やかだった。 だが、その静けさが、相馬の足を止めた。
「俺がここへ残り、敵を引きつける。その間に、お前は残った兵を連れて脱出しろ。……会津へ向かえ」
「近藤さん。あんた、腹を切るつもりか」
土方の声は、悲鳴のように張り詰めていた。 いつも冷徹な副長の、聞いたことのない揺らぎ。
「切らせねえ。俺が江戸へ行って、勝海舟先生に直談判してくる。あんたを助けるために」
「無茶だ」
「無茶を通すのが新選組だろうが!」
激しい物音がした。 何かが倒れた音だ。 相馬は息を呑み、盆を持つ手に力を込めた。
詰んでいる。 誰の目にも明らかだ。 ここが、新選組の墓場になる。
雪は降り続いている。 音もなく、全てを白く塗りつぶすように。
伏見奉行所。
冬の風が、肌を刺すように冷たかった。
相馬主計は、土塀の陰で膝を抱え、白い息を吐いた。
隣にいる野村利三郎も、無言で愛刀の柄を握りしめている。
「……変わっちまったな」
野村がポツリと漏らした。
相馬は頷いた。
あの油小路の夜から、まだ二月も経っていない。
だが、世界は一変していた。
徳川慶喜公が大政奉還を行い、王政復古の大号令が下された。
京の町を肩で風切って歩いていた新選組は、一夜にして「朝敵」の汚名を着せられ、ここ伏見へと追いやられたのだ。
「俺たちは、何と戦うんだ」
相馬は自問した。
不逞浪士ではない。
街道の向こうに翻っているのは、「錦の御旗」を掲げた薩摩と長州の軍勢だ。
これは、捕り物ではない。
戦争だ。
「来るぞ」
永倉新八の声がした。
その声は、いつもの豪快なものではなく、硬く張り詰めていた。
彼が見据える先、薩摩軍の陣地から、白い煙が上がったのが見えた。
直後。
時代が、音を立てて崩れ落ちた。
ドォォォン……!
轟音。
鼓膜が破れそうな爆発音が、鳥羽の街道を揺らした。
大砲だ。
薩摩と長州が持ち込んだ、アームストロング砲が火を噴いたのだ。
着弾するたび、地面が抉れる。
泥と、熱風と、人がゴミのように空を舞うのが見えた。
「伏せろッ!」
泥の中で、永倉が叫んだ。
相馬は、地面に顔を押し付けた。口の中に砂利の味が広がる。鉄の味もした。舌を噛んだのか、誰かの血が入ったのか、分からない。
隣にいた隊士が、上半身を吹き飛ばされていた。
数秒前まで、国元の母の話をしていた男だ。今はもう、湯気を立てる肉の塊でしかない。
相馬の手が、柄を探った。
刀は、抜けなかった。
抜く間合いにすら近づけない。
敵の姿も見えない。ただ、圧倒的な鉛の暴風が吹き荒れているだけだ。
剣客集団? 最強の壬生狼?
そんなものは、幻想だった。
鍛え上げた剣技も、死を賭した覚悟も、近代兵器の前では紙屑同然だった。
「……くそ」
相馬は呻いた。
恐怖よりも、無力感が骨に沁みた。
俺は何のために手を血で汚した。何のために、人を斬る痛みを覚えた。
「相馬!」
硝煙の向こうから、鋭い声が飛んだ。
土方歳三だった。
馬上にいる。洋装の軍服が煤で汚れているが、その目は狂っていなかった。戦況を、冷徹に見極めている。
「前へ出るな! 無駄死にするぞ!」
土方が鞭を振るう。
「近藤局長を護衛しろ! 大坂へ下がる!」
「……局長を?」
相馬は顔を上げた。
土方の視線の先に、一人の男がいた。
輿に乗せられ、数人の隊士に囲まれている。
近藤勇だ。
墨染で狙撃され、肩を負傷しているため、自力では動けない。
かつて、不動堂村の屯所では遠くから眺めることしかできなかった「局長」。
雲の上の存在だった男が、今は傷つき、泥にまみれ、退却を余儀なくされている。
「急げ! お前と野村で輿を担げ!」
土方の命令は絶対だ。
相馬は泥を蹴って走った。野村も続く。
近藤のそばに駆け寄る。
初めて、至近距離でその顔を見た。
脂汗が浮いている。
苦痛に顔を歪めているが、その目は、燃え盛る戦場を見つめていた。いや、戦場ではなく、崩れ去る「幕府」という巨大な幻影を見ているようだった。
「……すまない」
近藤が、掠れた声で言った。
誰に向けた言葉でもなかった。
相馬は無言で輿の棒を掴んだ。ずしりと重い。
これが、新選組という組織の頂点に立つ男の重さか。
「引くぞ!」
相馬は叫び、泥の海を逆走し始めた。
背後でまた、爆発音が轟く。
一つの時代が終わる音がした。
*
敗走。
京を追われ、淀へ、そして大坂へ。
錦の御旗が敵軍に翻る。賊軍となった新選組は、船で江戸へと落ち延びた。
富士山が見えた。
雪を頂いたその姿は、地上の泥沼など知らぬげに、皮肉なほど美しく、そして冷たかった。
船底の部屋。 波の音だけが響く、薄暗い空間。 相馬は、近藤勇の枕元に座っていた。 人手が足りない。多くの隊士が死に、あるいは逃亡した。 動けない近藤の世話をするのは、もはや相馬や野村のような、入隊して日の浅い若者の役目になっていた。
近藤が咳き込む。 相馬は水差しを取り、湯呑みに水を注いだ。
「……どうぞ」
差し出すと、近藤は震える手でそれを受け取った。 指先が白く、細くなっている気がした。 傑物と呼ばれた男の、生身の弱さ。
「相馬、だったか」
近藤が水を飲み干し、息をついた。
「はい。相馬主計です」
「……笠間の出か」
「はい」
「そうか。……苦労をかけるな」
近藤は力なく笑った。 その笑顔は、組織の長のものではなく、近所の好々爺のような、不思議な温かさがあった。
相馬は胸が詰まった。 この人は、自分が「賊軍の将」として追われていることを知っている。 それでも、部下を気遣うのか。
「……局長。江戸に着いたら、どうなさるおつもりで」
相馬は禁忌を承知で訊いた。 近藤は天井の節穴を見つめたまま、答えた。
「戦うさ。……まだ、終わっちゃいない」
言葉とは裏腹に、その声には縋るような響きがあった。 終わっていないと信じたい。そう自分に言い聞かせているようだった。
江戸に到着しても、冬は終わらなかった。 三月。 近藤勇が率いた「甲陽鎮撫隊」は、甲州勝沼で壊滅した。 わずか二時間だった。 ここでもまた、文明の利器が大砲という名の死を撒き散らし、侍の魂を粉砕した。
もう、組織としての体はなしていなかった。 敗戦のたびに、人が減っていく。 水が蒸発するように、一人、また一人と消えていく。
永倉新八と原田左之助が、隊を離れたのはその直後だった。
「相馬」
永倉が、荷物をまとめていた。 江戸の空は曇っていた。
「行くんですか」
相馬が問うと、永倉はバツが悪そうに鼻をこすった。
「会津へは行かねえ。近藤さんとは、もう道が違っちまった」
「……そうですか」
引き止めなかった。 引き止める言葉を、相馬は持っていなかった。 永倉には永倉の正義があり、近藤には近藤の意地がある。
「お前はどうする」
永倉が、鋭い目で相馬を見た。
「一緒に来るか。靖兵隊ってのを立ち上げる。まだ暴れ足りねえだろう」
誘いだった。 永倉についていけば、また別の戦場で、侍として戦えるかもしれない。 だが、相馬の足は動かなかった。
脳裏に浮かんだのは、船底で見た、震える手で水を受け取る近藤勇の姿だった。 あの弱り切った背中を、誰が支えるのか。
「……俺は、残ります」
「そうか」
永倉はそれ以上、何も言わなかった。 ニカリと笑い、相馬の肩を叩く。
「死ぬなよ。……じゃあな」
永倉と原田が去っていく。 大きな背中だった。新選組を支えてきた柱が、また一本、折れて消えた。
残ったのは、近藤勇と土方歳三。 そして、相馬たちのような、行き場のない残り滓だけ。 出がらしの茶のような部隊。
「行くぞ」
土方の声にも、以前のような張りはなかった。 それでも、鬼の副長は前を向いていた。
四月。 一行は、下総、流山へ辿り着いた。
*
春の雪が舞っていた。 季節外れの、冷たく湿った雪だった。
酒造家、長岡屋の長屋。 相馬は、囲炉裏の火を見ていた。 薪が爆ぜる音が、やけに大きく響く。
静かだった。 二百人いた仲間は、もう数十人もいない。 座敷には、傷ついた者、疲れ切った者たちが、死人のように横たわっている。
相馬は立ち上がり、障子を少しだけ開けた。 冷気が肌を刺す。 外を見る。 街道の向こう、闇の中に、無数の篝火が見えた。
「……囲まれたな」
背後から、野村利三郎が声をかけてきた。 野村もまた、やつれていた。だが、その目は奇妙に澄んでいた。
「ああ。蟻の這い出る隙間もない」
新政府軍だ。 完全に包囲されている。 逃げ場はない。戦えば、数分で全滅だろう。
「終わりだな」
野村が呟く。 諦めではない。事実を確認するだけの、乾いた響き。
相馬は、自分の手を見た。 あの日、油小路で人を斬った手だ。あれから何度も刀を振るった。 だが、今は刀の重みよりも、背負った敗北感の方が重い。 侍になりたかった。 だが、なれぬまま、賊軍の兵として死ぬのか。
奥の座敷から、声が聞こえた。 近藤勇と、土方歳三だ。 二時間前から、ずっと話し込んでいる。
「……お茶を、持っていく」
相馬は盆を持った。 小姓の真似事も、板についてきた。 今はもう、彼らの間に割って入れるのは、最期まで残った自分たちだけだ。
相馬が座敷の前に立った、その時だった。
「トシ、お前は行け」
近藤の声だ。穏やかだった。 だが、その静けさが、相馬の足を止めた。
「俺がここへ残り、敵を引きつける。その間に、お前は残った兵を連れて脱出しろ。……会津へ向かえ」
「近藤さん。あんた、腹を切るつもりか」
土方の声は、悲鳴のように張り詰めていた。 いつも冷徹な副長の、聞いたことのない揺らぎ。
「切らせねえ。俺が江戸へ行って、勝海舟先生に直談判してくる。あんたを助けるために」
「無茶だ」
「無茶を通すのが新選組だろうが!」
激しい物音がした。 何かが倒れた音だ。 相馬は息を呑み、盆を持つ手に力を込めた。
詰んでいる。 誰の目にも明らかだ。 ここが、新選組の墓場になる。
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