【完結】碧血の墓標 ――新選組最後の局長、明治の闇を斬る

高杉 優丸

文字の大きさ
24 / 41
第8章 疑惑の弾道

2話

しおりを挟む
 「……大鳥圭介おおとりけいすけ

 相馬主計そうまかずえは、その名を口の中で転がした。 苦い味がした。 箱館政権の陸軍奉行。仏蘭西フランス流の軍学を修めた秀才であり、土方歳三の上官にあたる男。

「確かに、大鳥殿と副長は、戦術を巡って何度も衝突していたな」

 相馬は記憶を手繰たぐり寄せた。 白兵戦にこだわる土方と、火力を重視する大鳥。二人の議論は、時に怒鳴り合いになるほど激しかった。 だが、それは憎しみ合っていたからではない。 互いに「勝つため」の方策を模索していたからだ。土方もまた、大鳥の知識を認め、大鳥もまた、土方の実戦指揮能力を頼りにしていたはずだ。

「本気で、仲が悪かったわけではないはずだ」

 相馬の言葉に、立川主税たちかわちからも頷いた。

「ええ。私もそう思います。一本木関門へ向かう直前も、副長は『大鳥さんが苦戦している、助けねばならん』と仰っていました。……私怨で背中から撃つような間柄では……」

「私怨ではないとしたら」

 相馬は行灯あんどんの炎を見つめた。 揺らめく光の中に、あの日の絶望的な戦況が浮かび上がる。

 明治二年五月。 箱館政権は詰んでいた。 水も、食料も、弾薬も尽きかけていた。 総裁の榎本武揚えのもとたけあきや大鳥圭介ら上層部の頭にあったのは、もはや「勝利」ではなく、いかにして「幕引き」を図るかだったはずだ。

「……邪魔だったのか」

 相馬がポツリと漏らした。

「え?」

「降伏だ。大鳥たちは、早期の降伏を模索していた。……だが、土方副長だけは違った」

 相馬の脳裏に、土方の言葉が蘇る。 『俺は戦う。最後まで戦って、徳川の意地を見せる』 その徹底抗戦の意志は、新選組の誇りであり、同時に、降伏交渉を進めたい新政府軍や旧幕府軍上層部にとっては、最大の障害だったのではないか。

「合理性だ」

 相馬は吐き捨てるように言った。

「大鳥は学者だ。負け戦で兵を損なうことを何より嫌う。……もし、土方歳三一人が死ぬことで、他の数千人の命が助かると計算したなら」

 立川の顔色が蒼白そうはくになった。

「まさか……。味方を……生贄いけにえにしたと言うんですか」

「あり得ない話じゃない」

 相馬は拳を握りしめた。 土方を前線に突出させ、混乱に乗じて始末する。 そうすれば、「徹底抗戦の象徴」はいなくなり、名誉ある戦死として処理でき、榎本たちはスムーズに降伏できる。 あまりにも冷徹で、あまりにも合理的な「算盤そろばん勘定」だ。

「……鈴木三樹三郎は、それを知っていたのか」

 相馬の中で、点と線が繋がり始めた。 鈴木ごときに、あんな精巧な偽首を用意し、世間をあざむく知恵はない。 だが、もし彼が「謀殺」の実行犯、あるいは事後処理を任された「掃除屋」だったとしたら。

「土方歳三は、官軍に撃たれたことにしておけ」

 そう命じられた鈴木は、土方の死を利用し、自らの手柄として吹聴している。 そして、真実を知る者たちを消して回っている。

「……許せねえ」

 立川が震える声で言った。

「そんな理屈のために……副長は殺されたんですか。あんなに、誰よりも味方を守ろうとして戦っていたのに!」

「ああ。許さん」

 相馬の目から、迷いが消えた。 敵は鈴木だけではない。 その背後にいる、巨大な「裏切り」の構造。 近代化という美名の下に、武士の魂を売り渡した古狸ふるだぬきたち。

「暴いてやる。……奴らの描いた絵図面を、すべて白日の下に」

 その時だった。

 ガタッ。

 店の表で、物音がした。 風の音ではない。誰かが戸板に触れた音だ。

 相馬は瞬時に行灯の火を吹き消した。 闇が部屋を包む。

「……相馬さん?」

「静かに」

 相馬は立川の口を手で塞ぎ、身を低くした。 気配がする。 一人ではない。三人、いや四人。 殺気を隠そうともしない、荒々しい足音が近づいてくる。

「……嗅ぎつけられたか」

 早すぎる。 昨夜、鈴木の屋敷で暴れたばかりだ。 だが、鈴木も必死なのだろう。自分の嘘が暴かれれば、今の地位も名声も失う。 金に糸目をつけず、手下の無頼漢ぶらいかんを総動員して「土方の関係者」を洗っているに違いない。

「立川。裏口はあるか」

 相馬が耳元でささやく。

「は、はい。土間の奥に……」

「家族を連れて逃げろ。今すぐだ」

「でも、あなたは!」

「俺は客だ。……丁重にお帰り願うさ」

 相馬は懐から匕首あいくちを抜いた。 さやを払う。 暗闇の中で、切っ先だけが冷たく光る。

 バンッ!

 表の雨戸が、激しい音と共に蹴破られた。 月明かりが土間に差し込む。 影が躍り込んできた。

「立川ァ! いるのは分かってんだぞ!」

 男たちの怒号。 手には抜身の日本刀、あるいは鳶口とびぐちが握られている。 鈴木が雇った、士族崩れのゴロツキたちだ。

「昨日の今日で、随分と仕事が早いな」

 相馬は、座敷の闇の中から声をかけた。

「あ?」

 先頭の男が足を止める。

「誰だ、てめえ」

「通りすがりの、死に損ないだ」

 相馬は立ち上がった。 着流しのすそをまくり、匕首を逆手さかてに構える。

「鈴木に伝えろ。……『昨夜のは、ほんの手付金《てつけきん》だ』とな」

「てめえ……昨夜の車屋か!」

 男たちが色めき立つ。 血の匂いを嗅ぎつけた飢えた野犬のように、一斉に殺気が膨れ上がった。

「野郎ッ! ここで会ったが百年目だ! 先生から懸賞金がかかってんだよ!」

「やるぞ! 囲め!」

 四人の男が、土足で店に上がり込んでくる。 狭い米屋の土間。 長刀を振り回すには狭いが、多勢に無勢だ。

 だが、相馬は笑った。 口元だけを歪めて、獰猛どうもうに笑った。

「場所が悪かったな」

 ここは戦場ではない。 生活の場だ。 米俵、はかり大福帳だいふくちょう。 ここにあるすべてが、相馬にとっては武器であり、盾となる。

「かかってこい。……地獄の歩き方を教えてやる」

 男の一人が、刀を振り上げて突っ込んでくる。 相馬は動かなかった。 刃が振り下ろされる寸前、足元にあった米俵を蹴り上げた。

 ドスッ!

 重い俵が男の腹にめり込む。 男が「ぐえっ」とうめいて体勢を崩した瞬間、相馬の身体が弾けた。

 懐へ飛び込む。 匕首がひらめく。 狙うは、手首。

 ザシュッ。

「ぎゃあッ!」

 男が刀を取り落とす。 相馬は振り返りもせず、次の敵へと向き直った。

 立川の家族が裏口から逃げる気配がした。 時間を稼ぐ。 そして、あわよくば全員、ここで叩き伏せる。

 九年の歳月さいげつ? 関係ない。 俺の身体には、土方歳三から叩き込まれた「喧嘩」の極意が染み付いている。

「次はどいつだ」

 相馬は、血濡れた匕首を構え直した。 米屋の暗闇で、死闘の幕が切って落とされた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...