【完結】碧血の墓標 ――新選組最後の局長、明治の闇を斬る

高杉 優丸

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第11章 板橋の誓い、北の狼

1話

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 東京、板橋宿いたばしじゅく
 中山道なかせんどうの入り口であり、かつては多くの旅人でにぎわったこの宿場町も、今は早春の寒風にさらされ、ひっそりと静まり返っていた。

 相馬主計そうまかずえ島田魁しまだかいは、街道を外れた雑木林の中を歩いていた。
 足元の霜柱しもばしらが、ザクザクと音を立てて砕ける。

「……ここだ」

 島田が足を止めた。
 目の前に、古びた石碑が建っている。
 周囲はきれいに掃き清められ、寒椿かんつばきが一輪、供えられていた。

『近藤勇・土方歳三之墓』

 明治九年、永倉新八ながくらしんぱちが奔走し、松本良順まつもとりょうじゅんらの協力を得て建立した慰霊碑だ。
 土方の遺体は箱館はこだてにあるが、近藤勇の遺体はこの板橋の刑場跡に眠っている。

「……戻って参りました、局長」

 相馬は笠を取り、手を合わせた。
 島田も無言で頭を下げる。

「相馬。……知っているか」

 島田が、重い口調で言った。

「近藤局長が斬首された後、その首がどうなったかを」

「……いえ。京へ送られ、三条河原に晒されたとしか」

「ああ。だが、その後だ」

 島田は拳を握りしめた。

「首は行方知れずだ。……東本願寺の和尚が盗み出し、愛知の寺に葬ったという噂もあるが、定かではない。ここにあるのは、胴体だけだ」

 相馬は墓石を見つめた。
 武士として生き、武士として死ぬことを望んだ男が、罪人として首を斬られ、体と頭を別々の場所に引き裂かれた。
 その無念はいかばかりか。

「だからこそ、許せんのだ」

 島田の声が震える。

「局長の死さえ、俺たちにはとむらすべがなかった。……それなのに、今度は副長の死に様まで、奴らの都合のいいように書き換えられようとしている」

「させません」

 相馬は誓った。
 腰にある和泉守兼定いずみのかみかねさだが、呼応するように熱を帯びる。

「そのために、俺たちは戻ってきたんです」

 二人は参拝を終え、墓所の近くにある茶屋の跡地――今は廃屋となっているあばら家の軒先に身を隠した。
 ここなら、墓へ来る人間を見張れる。

「待つぞ」

 相馬は腰を下ろした。
 永倉新八がいつ来るかは分からない。
 今日か、明日か。あるいは、もう来ないかもしれない。
 だが、あの男は必ず来る。
 近藤勇の墓前で誓いを立てずに、戦場へ向かうような男ではない。

   *

 時が流れた。
 太陽が中天に昇り、やがて西へ傾いていく。
 風が冷たさを増し、相馬の手足から感覚を奪っていく。

「……来んのか、本当に」

 島田が、しびれを切らしたように身体をさすった。

「来ます」

 相馬は動かなかった。
 寒さは感じない。
 腹の底にある兼定の重みが、熱源となって体を温めていた。

 陽が落ちた。
 板橋の森が、急速に闇に飲み込まれていく。
 鳥の声も止んだ。
 あるのは、風が枯れ枝を揺らす音だけ。

 その時だった。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 足音がした。
 街道の方ではない。森の奥、獣道の方からだ。
 重く、しかし迷いのない足取り。

 相馬と島田は顔を見合わせ、気配を消した。
 相馬はつかに手をかける。
 永倉か。それとも、ここを嗅ぎつけた敵か。

 人影が現れた。
 一人の男だ。
 厚手の外套がいとうを着込み、深編笠ふかあみがさを被っている。
 男は墓の前で足を止めた。
 だが、手を合わせようとはしない。
 じっと、闇の中――相馬たちが潜んでいる廃屋の方角をにらんでいる。

「……出てこい」

 低い声が響いた。
 ドスの効いた、腹の底に響く声だ。

ねずみが二匹、隠れているのは分かっている」

 男が、外套の下で何かを構えた。
 殺気。
 研ぎ澄まされた日本刀のような、鋭利な殺気が肌を刺す。

「……敵か?」

 島田がささやく。
 鈴木の追っ手か、それとも警察か。

「分かりません。……だが、この圧力」

 相馬は立ち上がった。
 尋常な使い手ではない。
 言葉を交わすよりも、剣を交えた方が早い。

「俺が出ます」

 相馬は廃屋の陰から飛び出した。
 問答無用。
 相手が敵なら、機先を制した方が勝つ。

「やァッ!」

 相馬は兼定を抜き放ち、真っ向から斬り込んだ。
 手加減なしの、必殺の一撃。
 直心影流特有の、呼吸と体重を乗せた重厚な斬撃だ。

 男は動じなかった。
 抜刀さえしなかった。
 腰に差していた長刀を、さやごと引き抜き、盾のように掲げる。

 ガチンッ!

 硬質な音が響く。
 相馬の斬撃が、男の鞘によって受け止められた。
 重い。
 まるで鉄の塊を叩いたような反動が、相馬の手首に走る。

「ほう」

 男が、笠の下でニヤリと笑った気配がした。

「いい太刀筋だ。……真っ直ぐで、重い」

 男の手首が返る。
 鞘で弾かれた相馬の体勢が崩れる。
 その隙を、男は見逃さなかった。

「遅ぇ!」

 男の蹴りが、相馬の腹に突き刺さる。
 強烈な一撃。
 相馬は数間すうげん後ろへ吹き飛ばされ、地面を転がった。

「ぐっ……」

 相馬はすぐに受け身を取り、構え直した。
 強い。
 底知れない強さだ。

 男は、ゆっくりと鯉口こいぐちを切った。
 ギラリと光る刃。

「どこの手の者か知らんが……。近藤さんの眠りを妨げる奴は、叩き斬る」

 男が構える。
 その構えを見て、相馬の確信は決定的になった。

 上段ではない。中段でもない。
 剣先を相手の目元につける、独特の構え。
 神道無念流。
 そして、この肌があわ立つような威圧感。

「……やはり」

 相馬の口元が緩んだ。
 殺しに来た相手を見て、笑いがこみ上げてくる。
 間違いようがない。

「待っていましたよ」

 相馬は構えを解かず、男を見据えた。

 男が踏み込んでくる。
 殺す気だ。
 容赦などない。
 だが、それでいい。それでこそ、この男だ。

 男の剣が振り下ろされる。
 速い。
 風ごときり裂くような、剛剣。

 相馬は兼定を横に払い、死に物狂いで受け流した。
 火花が散る。
 鍔競つばぜり合い。
 至近距離で、互いの顔が近づく。

 笠の下から覗く、鋭い眼光。
 歳を重ね、年輪のように刻まれた皺。
 だが、その奥にある狂犬のような輝きは、十年経っても変わっていなかった。

「……あんたが来るのを、信じていました」

 相馬が叫ぶ。
 男の目が、驚愕に見開かれた。

「この声……。それに、この泥臭い剣」

 男の力がふっと緩んだ。

「まさか……相馬か?」

 北の海を渡ってきた最強の狼。
 永倉新八が、そこにいた。
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