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第三章 イナズマ組
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しおりを挟む「そうか。お前ならきっと、何者にだってなれるぞ。だって、お前は俺の自慢の息子だからな。……ただ、お前ならもっとかっこいい何かになれるはずだ」
首を傾げる仁を、菊谷は愛で包み込む様に抱き寄せる。俺は親の愛というモノを知らないが、この子に昔の俺みたいな思いはさせやしない。この子は、俺が必ず幸せにするんだ。
それからしばらくして、飛華流を家へ送り届けていた、二人の男が帰ってきた。洞窟の側へバイクを停め、二人は菊谷の前に立つ。
「なあ、菊谷さん……あいつを、この組に入れてやれねーか?」
永戸の言葉に頷き、優も菊谷に言う。
「俺からも頼みますよ菊谷さん……きっと、飛華流は冷たい世間と一人で戦っています。俺達で、あいつを救いましょうよ」
「……何故、二人はあいつの為にそこまでしたいと思うんだ?」
そんな菊谷の問いに答えたのは、永戸だった。
「それは……あいつが、俺達と似た者同士だから」
「似た者同士……か。飛華流はいじめの被害者で、学校に行く事を苦としている様子なんだろ? それは、確かに気の毒だ。だが、あいつには家族が居るんじゃないか?」
雪を掴む手を止め、菊谷は不満そうな表情を浮かべた。
「家族……ああ、居る。……さっき、飛華流の家に行った時、まともそうな母親を見かけた」
どこか切なげに、永戸はそう口にする。すると、優も声を上げた。
「そうそう。こんななりした俺達にも、笑いかけてくれたし……飛華流の母ちゃんは、すげー優しそうでしたよ」
飛華流には、そんな素晴らしい母親が居るのか。そう彼を羨ましく思っていると、菊谷の脳内に闇に埋もれていた過去の記憶が蘇ってくる。
気味の悪く薄暗い、凍りついた森の中――どんどんと小さくなっていく軽自動車を、全速力で追いかける幼い頃の自分。
「私の理想通りに生まれなかった、お前が悪いのさ。恨むなら、私じゃなくて自分を恨みな」
そう吐き捨て、お母さんは自分の元から去っていった。人の寄り付かないこの森で、俺は捨てられた。
実の親から愛されなかった俺に比べれば、飛華流はかなり幸福度が高い。そうとしか感じられず、菊谷は苛立ってしまう。
「…………それなら、飛華流は十分幸せ者じゃないか。学校に居られなくても、帰る場所がある。ちゃんと、家族に愛されている。これ以上、わざわざ俺達があいつの支えになる必要なんか無いっ!」
菊谷は、乱暴に雪玉を雪だるまに投げつけた。どうやら、家族の話から、菊谷は機嫌を損ねてしまった様だ。納得がいかない様子の菊谷に、永戸は飛華流の状態を伝える。
「……いや、あいつは何も満たされてねー。だいぶ前から、いじめに耐えてやがるし……あの調子じゃ家族にも相談してねーよ」
「何故、お前にそんな事が分かる。直接、彼の口から聞いた訳ではないだろ? 言っとくが、あいつは俺達とは違うぞ」
「飛華流だって、俺達と同じだ。あの絶望し切った目……お前らと出会う前の、俺にそっくりだ。本当の意味でのあいつの居場所は、きっとどこにもねーよ」
永戸の発言で、菊谷は黙り込む。確かに、永戸は正しい事を言っているのかもしれない。よく思い返してみれば、暗闇のどん底に沈んでいた時の自分と、飛華流はどこか重なり共通点がある。
生気を失った瞳、全てを無くした死人の様な雰囲気、人生に対する怒りや諦め――彼は確かに、俺達とどこか似ていた。
彼を俺の組の仲間として迎い入れても、良さそうだ。冷たい雪の温度を肌で感じながら、菊谷はそう考えていた。
翌朝、飛華流はワンダに一宝町の案内をする事になった。この前、ワンダのおかげで説教を短縮させる事が出来た。
なので、壁の外の景色を見たがっているワンダに、貴重な冬休みを使い、彼はその時のお礼をする事にした。
玄関の扉を開くと、飛華流は少女と手を繋いで外へ出た。眩い太陽に照らされ、ワンダは真っ青な空を見上げる。
「火の塊……空、青い」
「えっ? ……空が青いのは、普通の事だよ? まさか、太陽も知らないの?」
「普通、空……ピンク。イタイヨウ? 知らん」
ワンダが言葉を口にすればする程、飛華流は頭を混乱させる。この子は、本当に何も知らないみたいだな。
もしかして、異世界から来たんじゃ――オカルト好きな飛華流は、直ぐそんな想像をしてしまう。
すれ違う人々は皆、ワンダをじろじろと見ていく。そうなるのも、当然の事だろう。角と尻尾を生やしている彼女は、人々からとったら未知なる奇妙な存在なのだから。
また彼女も、自分に視線を向ける町の人々を、興味深そうに眺めていた。
「こいつらも……無い」
不思議そうにそう呟くワンダに、飛華流が尋ねる。
「無いって……何が?」
「角……プラス、尻尾」
「……はっ? 動物じゃないんだから、そんなの生えてる訳が無いで……」
ワンダが、飛華流の話を遮る。
「俺、人間。でも、ある」
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