永遠の時を君と共に

瑞紀

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永遠の時を君と共に

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 夜のとばりり、世界を静寂せいじゃくひたしている。そこの見えない暗闇くらやみ見渡みわたす限りをおおっていた。くろな空には細い雲がたなびいているが、月の姿は見当たらない。代わりに頭上には無数の星がまたたき、黒いまくの上に砂金さきんを散らしたように光り輝いていた。

 おかの上に男が一人たたずんでいる。夜闇よやみまぎれてしまいそうな黒づくめの服装に黒い髪、目だけが爛々らんらんと赤く光っている。頭には立派なつのが生えていた。つのの先はやりのように尖り、にぶく光を反射している。このつので貫かれた日には、どんな生き物も無事ではいられないことであろう。

 男は勿論もちろん人間ではない。悪魔であった。それも、今まで何十人ものたましいらい、何百人、何千人の命を奪った残虐ざんぎゃくな悪魔である。しかし、おかふもとにある人間の集落しゅうらくに、悪魔は興味すら示さなかった。

 彼はただ空を見上げていた。彼の唯一ゆいいつであり最愛の女性を頭に思い浮かべながら、静かに何かを待っていた。



 悪魔の最愛は人間の女性であった。悪魔との契約けいやくを望んだおろかな人間が、生贄いけにえとして差し出したのがその女性である。彼女の姿を一目見た瞬間に、悪魔は恋というものを理解した。悪魔がこの世界に存在を得てから数千年、あれほど心が動かされたことは他になかった。

 悪魔は女性を妻として迎えた。彼女を生贄いけにえにするような術者じゅつしゃは、あっさりと殺してしまった。悪魔におびえていた女性も、ひたむきな悪魔にいつしか恋をした。二人に降りかかった奇跡きせきのような幸福だった。

 しかし、彼女はほどなくしてとこしてしまった。普通に暮らしているだけでも、悪魔の強すぎる魔力はれ出てしまう。それに人間の体がえられなかったのである。

 万能と言われる力を持つ悪魔をもってしても、人の命を伸ばすすべはなかった。あるいはこの世界のどこかには存在していたのかもしれない。だが、悪魔はその方法に興味を抱いたことさえなかった。人間の命は搾取さくしゅするものであって、伸ばすものではなかったから。こんなおろかな生き物は早くほろんでしまえば良いとすら思っていた。

 悪魔は、女性の命をつなぎ止める方法を必死に探し始めた。彼女に出会うまで、自分にできないことなど何一なにひとつないと思っていた。大間違いだった。初めて見つけた願いの前に、万能ばんのうだったはずの悪魔は無力むりょくでしかなかった。

「永遠などいらない。其方そなたを先にかせねばならぬのなら」

 ある時悪魔はそうてた。ヤケになっていたのかもしれない。おろかで短命たんめいな人間をずっと馬鹿にしていた。それをこれほどうらやましく思う日が来るとは想像もしなかった。

「私はその永遠が欲しい。それがあれば貴方あなたともにいられるから」

 それだけ言って、女性はすぐに眠ってしまった。悪魔の力をもってすれば、女性の命の灯火ともしびがまだ消えていないことはすぐにわかる。それなのに悪魔はさけび出したい衝動しょうどうられた。

 このまま永遠に目を開かないのではないか。あの愛らしい瞳を見ることは二度とかなわないのではないか。そう不安になったのである。

 翌朝、おはようございます、と微笑ほほえんだ彼女を見た悪魔は、目から透明とうめいな液体が出たことに驚いた。ほおつたって口に入った水は、海の水と似た奇妙きみょうな味がした。

「どうして泣いてるの?」

 彼女に言われて、悪魔はそれがなみだだと知った。悪魔も人間と同じように泣けるのだと驚いた。



「人間の世界では、流れ星を見ると願いがかなうと言われてるの」

 一体なぜそんな話になったのだっただろうか。思い出せないが、悪魔は一縷いちるの希望を見出した。流れ星を二人で見ることさえできれば、この先も彼の最愛と共に過ごせるかもしれない。そう思ったのである。

 悪魔は流れ星を見るために走り回った。見下していた人間に頭を下げ、敬語けいごを使い、教えをうた。そこまでしても、ほとんどの人間は何も知らなかった。「よそものだから」と質問さえさせてくれない人もいた。

 以前の悪魔なら怒りにまかせて人間を殺しただろう。しかし、今の彼はそうはしなかった。礼を言い、別の人間にたずねるために立ち去った。彼の最愛以外にく時間はなかった。そんなわずかな手間てまさえしかった。ただ、彼女を助けたくて仕方しかたがなかった。

 悪魔の努力は実を結んだ。人間の中では有名らしい予言者が、ひと月後には流れ星が見られると教えてくれた。悪魔は涙を流して予言者の手を握った。何度も感謝の言葉をくりかえす。悪魔が流れ星についてたずねた人間たちが、口々くちぐちいわいの言葉をかけた。予言者は、神のご加護かごを、と悪魔に告げて去っていった。

 神は、悪魔とよく似ているようで最も遠い存在である。加護かごが与えられるはずもなかったが、悪魔は初めて神に感謝した。

「ひと月だ。あとひと月で流れ星が見れるぞ! 近所のあのおかなら綺麗きれいに見えるだろうと人間が言っていた」

 興奮気味こうふんぎみの悪魔に、とこしている女性は久しぶりに笑顔を見せた。

「ありがとう。ずっと探してくれてたのね」

 静かに微笑ほほえんで、礼を言ったきり女性は何も言わなかった。それどころか、寝返りを打って、悪魔とは反対の方向を向いてしまう。時折ときおりかたふるえていた。

 ようやく願い事をかなえることができるのだ。もっとはしゃぐものだと思った悪魔は困惑こんわくする。体調が悪いのかと悪魔は心配したが、彼女は顔をそむけたまま首をるばかりだった。



 そのばん、女性の病状びょうじょう急激きゅうげき悪化あっかした。悪魔は彼女の手を握り、何度も名前を呼んだ。ありったけの愛の言葉をさえび、死ぬなとすがりつく。

 神は無情むじょうだった。女性はほどなくして息を引き取った。



 それ以来、悪魔は毎晩まいばん星を見るようになった。

「人は死んだら星になるのよ」

 彼の最愛がいつか口にした、その一言だけが今の悪魔の心のどころだった。彼女に出会う前ならくだらないと一蹴いっしゅうしたであろう迷信めいしんが、今にもれそうな心をなんとか支えている。

 不意ふいに、一筋ひとすじの光が空を流れた。一瞬で消えた光を、悪魔は最初見間違みまちがえたのだと思った。

 少し考えて悪魔は気づいた。あれこそが、ずっとがれつづけてきた流れ星だと。

 彼女がってしまった今、もう願うことはない。だが、不思議ふしぎと悪魔の目は流れ星にきつけられた。



心残こころのこりがあるとするなら、貴方あなたと流れ星を見れなかったこと」

 死の直前、女性は息もえに言った。ふるえながら悪魔の手をにぎり返す。悪魔は一層いっそう手に力を込めた。彼女をこわしてしまわないように、最大限さいだいげんの注意をはらいながら。

「流れ星が見れたら何を願ったのだ。身体がえるようにか。永遠の命を得られるようにか」

 女性は悪魔の問いに、いいえ、と静かに首を振った。

「私がった後も貴方あなたが笑えるように」
其方そなたがいなくては笑えぬ」

 間髪かんぱついれずに入った否定に、女性は苦笑くしょうした。困った人ね、と細められた目が語っていた。

「では、貴方あなたにとって刹那せつなでしかない私との思い出が永遠になるように」

 悪魔は首をかしげた。彼の最愛は時々、悪魔にはわからない人間の考えを口にする。

「決して私を忘れないで。貴方あなたが忘れないかぎり、私は貴方あなたの中で生き続けます」



 色鮮いろあざやかに思い出される女性の笑顔、声、におい。悠久ゆうきゅうの時を生きてきた悪魔であるが、これほどまでに深く記憶きおくきざみつけられたものはない。

其方そなたの願い事をかなえてやろう」

 空に向かって一人つぶやく。またた無数むすうの星。あの星に向かって話しかければ、きっと彼女にも声が届くだろうから。

其方そなたに永遠の命を与える」

 あの日、あの時、そう言ってやれば良かった。彼女はどんな顔をしただろうか。うれしそうに笑っただろうか、安心して泣いただろうか。今となってはわからない。

「永遠の時を、我の最期さいごまでともに」

 ちかいの言葉はすぐに暗闇くらやみけた。悪魔はきびすを返すと、おかを後にした。足取あしどりは迷いなく、確かなものだった。彼は一度もかえらなかった。

 人影ひとかげがなくなったおかを、優しい星明ほしあかりが変わらず照らしている。その無数むすうの小さな光の中に、一つ、一際ひときわ明るく輝く星があった。悪魔はついに、それには気づかなかった。






真砂まさごなすかずなきほしのそのなかわれむかひてひかほしあり/正岡子規まさおかしき
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