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もう一人の侯爵令嬢(前編)
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グレース様からは、茶会を中止するという内容の手紙が送られてきた。それ以外は音沙汰なしである。手紙に書かれているのは事務的な報告のみで、謝罪の言葉はなかった。
「謝罪に伺うのが筋でしょうに……」
「皇女殿下相手に無礼だとは思わないのかしら、たかが侯爵令嬢ですのに」
ポピーを筆頭に侍女たちが不満に思っていることは知っていた。私自身、全く腹立たしく思わないと言ったら嘘になる。
それでも、意識的に気にしないことにしていた。グレース様のふるまいは、どう考えても貴族令嬢として残念なものだから。彼女と同じレベルに立つ方が嫌だ。
今日の予定を全て片付けた頃には、私はすっかりへとへとだった。毎日、大量の勉強を詰め込んでいるから、頭が重くなったように感じる。
こんな短期間でやる量ではない、と教師たちは口をそろえるが、無理にお願いしていた。一日でも早く必要なことを身につけてフィンリーの手助けをしたい。
フィンリーは今も一人で頑張っているのだから、これくらいで根をあげてはいられない。今日の復習をして明日の授業に備えようと気合を入れ直す。
何気なく窓を見ると、外は真っ暗だった。太陽はとっくに沈んでしまっていたらしい。
「あの、皇女殿下……」
侍女の一人が遠慮がちに声をかけてきた。困った顔をしているが、何かあったのだろうか。
「どうしたの?」
「そ、それがお客様がいらっしゃっていて……」
「お客様? どなたがいらっしゃったのかしら」
来客なんてありえない、というほど遅い時間ではない。しかし、約束もない相手が訪ねてくる時間としてはあまり相応しくはない。
フィンリーだったら嬉しいのに。そう思って、それこそありえない、と首を振る。
フィンリーは前にもまして忙しいらしく、手紙すら送られてこない。それなのにこちらからお誘いをかけるのもためらわれる。お手紙くらいなら渡してもいいのだろうが、返事を書かなければ、と気を遣わせてしまいそうだ。
「レディ・マリアベルです」
「レディ・マリアベル、ということはアズライト侯爵令嬢ね……。わかったわ、応接室にお通しして」
グレース様とお会いした後、同年代の貴族令嬢のお名前を全て覚えた。当主の名前しか覚えていないのでは支障があるとわかったからだ。
相変わらずフィンリーから側室候補の話は来ていないから、誰が後宮に呼ばれているのかは知らない。それでも推測くらいはできる。
グレース様のお家であるカナリッチ侯爵家ほどの力はないが、アズライト侯爵家も名門である。顔を繋いでおくにこしたことはないだろう。
応接室に足を踏み入れると、椅子に座っていた令嬢が立ち上がった。
「お初にお目にかかります、皇女殿下」
定型文を口にした少女は、綺麗なカーテシーを披露した。最近顔を合わせた令嬢がグレース様だけだったせいで、それだけのことに少し感動してしまった。
グレース様は可愛らしさを極めたような見た目をしていたが、対照的にマリアベル様は美しいという言葉がよく似合う。
美しい緑色の瞳は少しつりあがっていて、気の強い印象を与える。落ち着いたミルクティー色の髪はツヤが良く、まめに手入れされていることがうかがえた。
「マリアベル様、お会いできて嬉しいです」
「突然押しかけてしまって申し訳ありませんわ。実家から送られてきたお茶が本当に素晴らしくて、どうしても殿下にも試していただきたくて……」
その言葉を合図に、控えていたマリアベル様の侍女が小包をポピーに手渡した。可愛らしい包装にすら高級感がある。多分、このお茶もかなりの高級品だ。
事前の約束も取り付けずに当然訪ねてきた意図が気になる。表に出さないように気をつけながら、とりあえず礼を言った。
「まぁ、お紅茶を……。お気遣いありがとうございます」
「皇女殿下のお口にあうといいのですが」
「せっかくですから侍女に淹れてもらいましょう。マリアベル様もご一緒されませんか?」
贈り物だけもらって部屋に帰すのもあんまりだろう。お茶に誘ってみると、マリアベル様はわかりやすく顔を明るくした。
「よろしいのですか? 喜んでご一緒させていただきますわ」
有能な侍女たちはすぐに空気を読んで動き出し、すぐに準備が整えられた。
ポピーが目の前にカップを置いてくれる。ひと口飲んでみると、香り高く美味しい紅茶だった。感心してため息をついてしまう。
「本当に美味しいお茶ですね、ありがとうございます」
「わたしの大好きなお茶なのです。気に入ってくださったようで光栄ですわ」
マリアベル様は隙のない微笑みを浮かべる。邪気はないのに、何となく嫌な感じを受けるのはなぜなのだろうか。
「ところで、少し気になる話を耳にしたのですが」
来た。彼女の本題は多分これだ。
いくら美味しい紅茶であろうと、突然私に持ってくるのはおかしい。どうしても届けたいのなら、侍女に届けさせればいい。
私は身構えてマリアベル様の言葉の続きを待った。
「謝罪に伺うのが筋でしょうに……」
「皇女殿下相手に無礼だとは思わないのかしら、たかが侯爵令嬢ですのに」
ポピーを筆頭に侍女たちが不満に思っていることは知っていた。私自身、全く腹立たしく思わないと言ったら嘘になる。
それでも、意識的に気にしないことにしていた。グレース様のふるまいは、どう考えても貴族令嬢として残念なものだから。彼女と同じレベルに立つ方が嫌だ。
今日の予定を全て片付けた頃には、私はすっかりへとへとだった。毎日、大量の勉強を詰め込んでいるから、頭が重くなったように感じる。
こんな短期間でやる量ではない、と教師たちは口をそろえるが、無理にお願いしていた。一日でも早く必要なことを身につけてフィンリーの手助けをしたい。
フィンリーは今も一人で頑張っているのだから、これくらいで根をあげてはいられない。今日の復習をして明日の授業に備えようと気合を入れ直す。
何気なく窓を見ると、外は真っ暗だった。太陽はとっくに沈んでしまっていたらしい。
「あの、皇女殿下……」
侍女の一人が遠慮がちに声をかけてきた。困った顔をしているが、何かあったのだろうか。
「どうしたの?」
「そ、それがお客様がいらっしゃっていて……」
「お客様? どなたがいらっしゃったのかしら」
来客なんてありえない、というほど遅い時間ではない。しかし、約束もない相手が訪ねてくる時間としてはあまり相応しくはない。
フィンリーだったら嬉しいのに。そう思って、それこそありえない、と首を振る。
フィンリーは前にもまして忙しいらしく、手紙すら送られてこない。それなのにこちらからお誘いをかけるのもためらわれる。お手紙くらいなら渡してもいいのだろうが、返事を書かなければ、と気を遣わせてしまいそうだ。
「レディ・マリアベルです」
「レディ・マリアベル、ということはアズライト侯爵令嬢ね……。わかったわ、応接室にお通しして」
グレース様とお会いした後、同年代の貴族令嬢のお名前を全て覚えた。当主の名前しか覚えていないのでは支障があるとわかったからだ。
相変わらずフィンリーから側室候補の話は来ていないから、誰が後宮に呼ばれているのかは知らない。それでも推測くらいはできる。
グレース様のお家であるカナリッチ侯爵家ほどの力はないが、アズライト侯爵家も名門である。顔を繋いでおくにこしたことはないだろう。
応接室に足を踏み入れると、椅子に座っていた令嬢が立ち上がった。
「お初にお目にかかります、皇女殿下」
定型文を口にした少女は、綺麗なカーテシーを披露した。最近顔を合わせた令嬢がグレース様だけだったせいで、それだけのことに少し感動してしまった。
グレース様は可愛らしさを極めたような見た目をしていたが、対照的にマリアベル様は美しいという言葉がよく似合う。
美しい緑色の瞳は少しつりあがっていて、気の強い印象を与える。落ち着いたミルクティー色の髪はツヤが良く、まめに手入れされていることがうかがえた。
「マリアベル様、お会いできて嬉しいです」
「突然押しかけてしまって申し訳ありませんわ。実家から送られてきたお茶が本当に素晴らしくて、どうしても殿下にも試していただきたくて……」
その言葉を合図に、控えていたマリアベル様の侍女が小包をポピーに手渡した。可愛らしい包装にすら高級感がある。多分、このお茶もかなりの高級品だ。
事前の約束も取り付けずに当然訪ねてきた意図が気になる。表に出さないように気をつけながら、とりあえず礼を言った。
「まぁ、お紅茶を……。お気遣いありがとうございます」
「皇女殿下のお口にあうといいのですが」
「せっかくですから侍女に淹れてもらいましょう。マリアベル様もご一緒されませんか?」
贈り物だけもらって部屋に帰すのもあんまりだろう。お茶に誘ってみると、マリアベル様はわかりやすく顔を明るくした。
「よろしいのですか? 喜んでご一緒させていただきますわ」
有能な侍女たちはすぐに空気を読んで動き出し、すぐに準備が整えられた。
ポピーが目の前にカップを置いてくれる。ひと口飲んでみると、香り高く美味しい紅茶だった。感心してため息をついてしまう。
「本当に美味しいお茶ですね、ありがとうございます」
「わたしの大好きなお茶なのです。気に入ってくださったようで光栄ですわ」
マリアベル様は隙のない微笑みを浮かべる。邪気はないのに、何となく嫌な感じを受けるのはなぜなのだろうか。
「ところで、少し気になる話を耳にしたのですが」
来た。彼女の本題は多分これだ。
いくら美味しい紅茶であろうと、突然私に持ってくるのはおかしい。どうしても届けたいのなら、侍女に届けさせればいい。
私は身構えてマリアベル様の言葉の続きを待った。
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